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16 恋の苦味
宴のざわめきから離れ、エドワードはひとり静かにバルコニーに立っていた。
月光は白銀のように降り注ぎ、石畳と彼の肩を冷たく照らし出している。
──イザベラ。
彼女の名を胸の内で呼ぶと、不意にあの横顔が浮かんだ。
整った輪郭、落ち着いた物腰、そしてわずかに微笑むときの瞳の輝き。
思い出すだけで、なぜか心がざわめく。
……これは一体、なんなのだろう。
贈り物をすれば喜ぶだろうか。
似合う花はどんな色だろう。
ふとした想像が胸に忍び込み、慌ててかき消そうとする。
エドワードは拳を強く握りしめた。
自分はヴァレンシュタイン王国の王弟だ。
王都では兄王コンスタンティンが、自分の婚約者を選定している最中。
軽率な感情で動けば、不誠実となり、兄の名を汚すことになる。
だから――これはただの揺らぎにすぎない。
胸の奥に閉じ込めておくべき感情だ。
そう自分に言い聞かせながら、彼は夜空を見上げた。
月は静かに輝き、風は頬を撫でて過ぎていく。
決意と迷い、その狭間で、青年の心はひそかに揺れていた。




