ep 9
街道の獣、そして初めてのキャンプ飯
ターナ村での温かい見送りを受け、松村優治、アヤナ、そしてサーベルの三人は、グランツ王国でも一、二を争う活気ある領土街「グレンス」を目指して街道を歩き始めた。ターナ村からグレンスまでは、大人の足でも数日はかかる道のりだ。
「それにしても、グレンスってそんなに大きな街なのか?」
ユウジは、サーベルからお下がりで貰った革鎧の感触を確かめながら尋ねた。槍と盾を背負い、クロスボウを肩にかけた姿は、数日前のジャージ姿とは比べ物にならないほど冒険者らしくなっている…はずだ。
「おうよ!グランツ王国の東の玄関口だからな。ありとあらゆる品物と、それこそエルフやドワーフ、遠くは魚人族まで、いろんな奴らが行き交う活気のある街だぜ。市場を冷やかすだけでも一日潰せるし、腕に覚えのある奴らが集まる冒険者ギルドもある」
サーベルは背中の両手斧を軽く揺らしながら、得意げに語る。以前、ターナ村の作物を売りに何度も訪れている彼にとっては、勝手知ったる場所なのだろう。
「わぁ、そんなに賑やかなのね!私、ターナ村から出たのって、数えるくらいしかないから楽しみだわ!」アヤナも瞳を輝かせている。
「はは、アヤナは初めて見るものばっかりで驚くかもな。ユウジも、地球とやらの街とはまた違うだろうから、面白いと思うぜ」
「うん、すごく楽しみだよ、サーベル!」
いつの間にか、ユウジはサーベルのことを「さん」付けではなく呼び捨てにするようになっていた。最初の特訓の時、あまりにユウジが「サーベルさん、サーベルさん」と恐縮するので、サーベルの方が「堅苦しいのは性に合わねぇ!仲間なんだから呼び捨てでいいぜ、ユウジ!」と豪快に笑い飛ばしたのがきっかけだった。
三人は他愛もない話をしながら、時にはユウジが地球の不思議な話をし、アヤナがルールシア大陸の植物や動物について教え、サーベルが過去の武勇伝(多少盛っている節もあるが)を語り、和気あいあいと旅を続けた。
二日目の昼下がり、森を抜け、見通しの良い丘陵地帯に差し掛かった時だった。
「チッ…!お喋りはそこまでだ。デカいのが来るぞ!」
サーベルが鋭い嗅覚でいち早く危険を察知し、一行の足を止めた。彼の視線の先、茂みの中から、銀色の毛並みを持つ巨大な熊が姿を現した。体長は三メートルを超え、鋭い爪と牙が太陽の光を反射している。その威圧感は、先日戦ったオークの比ではなかった。
「シルバーベア…!この辺りじゃ一番厄介なモンスターよ!」アヤナが息を呑む。
「ユウジとアヤナは援護に回れ!俺が前に出る!」
サーベルは背中の両手斧を抜き放ち、獣のような低い姿勢でシルバーベアと対峙する。
「グルルルルァァァッ!」
シルバーベアが咆哮と共に突進してきた。その巨体に似合わぬ俊敏さだ。サーベルはそれを紙一重でかわし、すれ違い様に両手斧を叩き込むが、分厚い毛皮と筋肉に阻まれ、浅い傷しか与えられない。
「サーベル、右よ!」
アヤナが鋭い声と共に矢を放つ。矢はシルバーベアの右目に正確に突き刺さったが、獣は怯むどころかさらに凶暴性を増し、アヤナに向かって方向転換しようとする。
ユウジもクロスボウを構えるが、目まぐるしく動き回るサーベルとシルバーベアに、誤射を恐れて引き金を引けない。
(くそっ、俺は何も…!)
自分の無力さに歯噛みする。
「邪魔だ、ユウジ!下手に撃つな!」サーベルの檄が飛ぶ。彼はシルバーベアの攻撃を巧みに捌きながら、じりじりと距離を詰めていく。
「アヤナ、奴の動きを止めろ!」
「ええ!」
アヤナは弓を捨て、腰の投げナイフを数本同時に放つ。それらはシルバーベアの足や関節を狙い、わずかにその動きを鈍らせた。
「よし、今だ!行くぜ!俺流奥義――【虎王斬】(こおうざん)!!」
サーベルの全身から、前回のオーク戦よりもさらに濃密な闘気が立ち昇り、両手斧が黄金色の光を帯びる。一瞬の溜めの後、サーベルは地面を蹴って跳躍し、シルバーベアの頭上から渾身の一撃を叩き込んだ。
ズシャァァァッ!
凄まじい音と共に、シルバーベアの巨大な頭蓋が、まるで熟れた果実のように真っ二つに断ち割られた。巨体は数瞬痙攣した後、どさりと地面に崩れ落ちた。
「…す、凄い…!」ユウジはその圧倒的な力にただただ唖然とする。
「流石ね、サーベル!見事な一撃だったわ!」アヤナも興奮気味に称賛する。
「ハッハッハ!俺様の力はこんなもんじゃねぇ!天井知らずよ!」サーベルは両手斧を肩に担ぎ、いつものように豪快に笑った。
その時、ユウジの頭の中に声が響いた。
《女神システムより通達。シルバーベア討伐を確認。パーティメンバーによる貢献と判断し、松村優治様にスキルポイントを30ポイント加算します》
「え?俺、何も役に立ってないけど…それでもポイント貰えるのか?」
ユウジは驚いたが、同時に、何もできなかった自分への不甲斐なさが募る。もっと強くならなければ、この二人と肩を並べて戦うことなどできない。
三人は手際よくシルバーベアから素材(美しい銀色の毛皮、鋭い爪と牙、そして上質な肉)を剥ぎ取り、日が暮れる前に近くの森でキャンプの準備を始めた。焚き火を起こし、簡単な寝床を整える。
「さぁて、今日の晩飯は何かな、ユウジ!この熊肉も美味そうだが、やっぱりお前の出す不思議な料理が楽しみだぜ!」サーベルが腹をさすりながら期待の声を上げる。
「私も楽しみにしてるわ、ユウジ。昨日のカレー、本当に美味しかったもの」アヤナも微笑む。
「いやぁ、給食は日替わりでランダムだから、何が出るかは俺にも分からないんだよな…ええと、【超学校】!今日の給食は…お、中華丼と、野菜サラダ、それと瓶牛乳だ。今日は当たりかもしれないぞ!」
ユウジがスキルを発動させると、ほかほかと湯気を立てる中華丼が盛られた深皿と、シャキシャキの野菜サラダ、そして冷えた牛乳瓶が人数分、焚き火のそばに出現した。
「ちゅーかど?なんだそりゃ?それに、またこの白い飲み物か!」サーベルは初めて見る料理に興味津々だ。
「ナニコレ…ご飯の上に、いろんな具材のあんかけがかかってるのね…それに、この生野菜の盛り合わせも綺麗だわ」アヤナも目を輝かせている。
三人はそれぞれレンゲ(これも給食セットに付いていた)を手に、中華丼を口に運んだ。
「うん、美味しいな。豚肉と野菜の旨味がたっぷりで、とろみがまた良いんだよな、中華丼は」ユウジは懐かしい味に顔をほころばせる。
「う、うんめぇぇぇーーーっ!!なんだこの味は!甘くてしょっぱくて、ちょっとピリッとしてて、口の中が祭りだぜ!」サーベルは目を剥いて叫び、猛烈な勢いでかき込み始めた。
「こ、こんな複雑で奥深い味、初めて…!野菜もシャキシャキしていて、この白いドレッシング?もすごく合うわ!牛乳も、やっぱり美味しい…!」アヤナも感動しきりだ。
焚き火の暖かさと、美味しい食事、そして信頼できる仲間たち。ユウジは、異世界に来て初めて、心からの安らぎと冒険の楽しさを感じていた。
(もっと強くならなきゃな…この二人と一緒に、もっと色々な場所へ行って、色々なものを見たい)
夜空に満月が輝く中、三人の夕食は、笑い声と共にゆっくりと更けていった。




