ep 6
鳴り響く警鐘、オークの影
ルールシア大陸の朝日は、いつものようにターナ村を優しく照らし始めていた。ユウジは、アヤナが毎朝届けてくれる手作りの朝食を、すっかり楽しみにするようになっていた。その日も、香ばしい黒パンと温かい野菜スープの匂いが、ユウジの質素な家を満たしていた。
「うん、やっぱりアヤナの作るスープは美味しいよ。なんだかホッとする味だ」
「ふふ、ありがとう、ユウジ。お世辞でも嬉しいわ」
アヤナは照れたように微笑む。食卓を挟んで交わされる何気ない会話は、ユウジにとって異世界での数少ない安らぎの時間だった。
「さて、ユウジ。今日は村の何を修理してくれるのかしら?それとも、サーベルとの訓練?」アヤナが楽しそうに尋ねる。
「そうだなぁ、昨日やり残した井戸の滑車の修理を先に済ませてから、サーベルさんにしごいてもらおうかな…」
ユウジがそう言いかけた瞬間だった。
カン!カン!カン!カン!
村の広場の方から、甲高い鐘の音がけたたましく連続して鳴り響いた。それは、今まで聞いたことのない、空気を引き裂くような不吉な音だった。
「え…何?この鐘の音は?」ユウジは思わずスプーンを取り落とす。
アヤナの顔からさっと血の気が引いた。その表情は、先ほどまでの穏やかなものから一変し、厳しい緊張に満ちている。
「敵襲の合図よ…!ユウジ!あなたは絶対にこの家から出ないで、隠れててね!」
そう言い残すや否や、アヤナはテーブルに置いていた自分の弓を掴み、風のように家を飛び出していった。
「え!?敵襲って…モンスターか!?」
アヤナの緊迫した声と、遠くから聞こえ始めた村人たちの騒然とした声に、ユウジの心臓も早鐘を打ち始める。隠れていろと言われたものの、じっとしていられるはずがない。
(アヤナは?村のみんなは大丈夫なのか!?)
ユウジはアヤナの後を追うように、慌てて家を飛び出した。
村の広場には、既に村人たちが集まり始めていた。屈強な男たちは錆びついた剣や農具を手にし、女子供は不安げな表情で寄り添っている。広場の中央では、村長であるナージが、険しい顔つきでサーベルや数人の若い村人と話し込んでいた。アヤナも既にその輪に加わり、背中の矢筒から矢を数本抜き取り、弓に番えようとしている。
「うーむ、オーク共め、こんな朝早くから現れるとはな…」ナージ村長が苦々しげに唸る。
「お父さん!状況は?」アヤナが鋭く問う。
「おう、アヤナか。村の東の森の入り口付近で、見張りをしていた若い衆がオークの集団を見かけたそうだ。五、六体はいたらしい。慌てて逃げて知らせてくれたが…」
「ぺっ!オークなんざ、五、六体だろうが十体だろうが関係ねぇ!俺様のこの両手斧で、まとめて薪にしてくれるわ!」サーベルは背中の両手斧を軽々と肩に担ぎ直し、獰猛な笑みを浮かべる。
そこへ、ユウジが息を切らせて駆けつけた。
「はぁ、はぁ…!オークが…オークが村に来たんですか!?」
「ユウジ!どうして来たの!?隠れていなさいって言ったでしょう!?」アヤナが驚きと焦りの混じった声で振り返る。
「でも…!俺、アヤナや村の人たちが心配で…!俺にだって、何か出来ることがあるかもしれないだろ!?」ユウジは必死に訴える。数日間の訓練は過酷だったが、この村の人々の温かさに触れ、彼らを守りたいという気持ちが芽生えていたのだ。
「そんな…ユウジは戦いなんてしたことないんでしょう?危ないわ!ここは私たちに任せて、あなたは安全な場所に…こうみえても、私はユウジよりもずっと強いんだから!」
アヤナはそう言うと、腰のベルトに差した二振りのナイフの柄を握りしめ、さらに太腿には投げナイフ用のホルスターも装着している。その姿は、普段の穏やかな彼女からは想像もできないほど、戦い慣れた戦士のそれだった。
「そんなことは分かってる!アヤナが強いのも、サーベルさんが強いのも、ちゃんと分かってるつもりだ!でも、それでも…俺は、アヤナを守りたいんだ!」
ユウジの真っ直ぐな言葉に、アヤナは息を呑んだ。その瞳が、驚きと、そして何か別の感情で揺らぐ。
「…ユウジ」
「ガハハハ!良いぞユウジ!それでこそ男だ!アヤナ、そいつの覚悟は本物だぜ。無理に下がらせるより、側に置いて戦い方を教えてやる方が、よっぽど本人のためだ」
サーベルが豪快に笑い飛ばし、ユウジの肩をバンと叩いた。
アヤナはしばらくユウジの瞳を見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「…分かったわ、ユウジ。でも、絶対に私の側を離れちゃ駄目よ。無茶もしないこと。約束できる?」
「うん、約束する!」
「…ありがとう、ユウジ」アヤナはそう言うと、ふっと微笑んで見せた。それは、いつもの優しい笑顔だったが、今はそこに強い決意が宿っているように見えた。
「ありがとう、サーベルさん、アヤナ!」ユウジもまた、二人に深く頭を下げた。
遠くから、獣の咆哮のようなオークの鬨の声と、地響きにも似た足音が近づいてくる。村の簡素な木の柵が、頼りなく風に揺れている。
村の男たちがそれぞれの持ち場へと散っていく。サーベルは両手斧を構え、ナージ村長は古びた槍を手に、村の入り口へと向かう。
ユウジは、ゴクリと唾を飲み込み、アヤナの隣に立った。心臓は今にも張り裂けそうだったが、不思議と足は震えていなかった。
(俺に何ができる?「超学校」…そうだ、何か使えるものが…!)
咄嗟に頭の中でスキルのことを考える。戦闘の真っ最中に、悠長に電子ボードを操作している暇はないかもしれない。だが、何か、何かあるはずだ。
ターナ村の、そして松村優治の初めての防衛戦が、今、始まろうとしていた。




