ep 19
消えた小さな影、そして動き出す仲間たち
グレンスでの数日は、エスゼナ・グレスレイン邸の温かいもてなしと、新しい発見に満ちたものだった。冒険者ギルドや商人ギルドへの登録も済ませ、ユウジはこの大都市で自分に何ができるのか、少しずつ考え始めていた矢先のことだった。
その日の夕暮れ時、ユウジたちが街の散策から屋敷に戻ると、いつもとは明らかに違う空気が漂っていることに気づいた。玄関ではメイドたちが小走りに動き回り、執事の顔には焦りの色が浮かんでいる。そして、客間で待っていたエスゼナは、血の気の引いた顔で窓の外を繰り返し見つめていた。その手は微かに震えている。
「エスゼナさん、どうされたんですか?何かあったんですか?」
ユウジが声をかけると、エスゼナははっとしたように振り返り、その瞳には深い不安と恐怖の色が浮かんでいた。
「ユウジ様…アヤナ様、サーベル様…!大変なのです…!息子が…イアンが、まだ帰ってこないのです…!」
その声はか細く、今にも泣き崩れてしまいそうだった。
「何!?イアン君が?そんな…」ユウジは絶句した。あの無邪気な笑顔が脳裏をよぎる。
「カガン護衛隊長たちには既に連絡し、街中を探させているのですが…もう日が暮れかかっているというのに、何の連絡も…」エスゼナは言葉を詰まらせ、ぎゅっと拳を握りしめた。気丈に振る舞おうとしているが、母親としての不安は隠しきれない。
「落ち着いてください、エスゼナ様!すぐに私たちも捜索に加わります!」アヤナが力強く言い、エスゼナの肩にそっと手を置いた。
「おう、当たり前だ!あのちっこいのがいねぇと、屋敷も静かすぎて落ち着かねぇからな!」サーベルもいつもの軽口とは裏腹に、その虎の瞳には鋭い光を宿している。
「しかし…一体どこを探せば…?グレンスは広いぞ」
「エスゼナさん、イアン君が今日出かけていた場所に、何か心当たりはありますか?いつも通る道とか、寄り道しそうな場所とか…」ユウジは必死に頭を回転させ、情報を引き出そうとした。
「イアンは…今日は街の西地区にある、貴族の子弟が通う『クレリック』という学び場に行っておりました。いつもなら、もうとっくに帰宅している時間なのですが…あいにく、今日は私が少し手が離せず、いつものお迎えの者を向かわせるのが少し遅れてしまって…その間に何か…」
エスゼナは自分を責めるように唇を噛んだ。
「分かりました。その貴族塾『クレリック』から、この屋敷までのルートを徹底的に探しましょう。もしかしたら、途中で何か手がかりが見つかるかもしれません」ユウジは即座に提案した。
「お願いします…!ユウジ様、皆様…どうか、どうかイアンを…!」エスゼナは深々と頭を下げた。
エスゼナからクレリック塾の場所と、イアンが普段使う道筋を詳しく聞き出すと、三人はすぐさま屋敷を飛び出した。日は既に西の空を赤く染め、街には家路を急ぐ人々の喧騒と、夜の帳が下り始めようとしていた。
「急ぐぞ!夜になれば、捜索はさらに困難になる!」サーベルが先陣を切り、その逞しい足取りで人混みをかき分けて進む。アヤナは持ち前の広い視野で周囲を見渡し、些細な異変も見逃すまいと神経を集中させている。
ユウジもまた、必死に周囲に注意を払いながら、頭の中ではスキル「超学校」の可能性を探っていた。
(何か使えるものはないか…?暗い場所を照らすなら【理科室】の『強力な懐中電灯』?いや、もっと直接的な手がかりを…【図書室】の本に、誘拐犯の追跡方法とか載ってないか?いや、そんな都合の良いものが…でも、諦めるな!)
今はまだ、具体的な活用法は思いつかない。だが、必ず何かできることがあるはずだ。イアンのあの無邪気な笑顔を、もう一度見るために。
クレリック塾に到着するも、塾の教師によれば、イアンは確かにいつも通り授業を終えて塾を出たという。手がかりはない。
三人は、塾からエスゼナ邸へと続く道を、文字通りローラー作戦で調べ始めた。道行く人々にイアンの写真(エスゼナが護身用に持たせていた小さな肖像画)を見せて聞き込みをし、路地裏や公園、空き家など、子供が迷い込みそうな場所、あるいは連れ去られそうな場所をしらみつぶしに探していく。
しかし、時間は無情にも過ぎていく。街には街灯が灯り始め、人通りもまばらになってきた。焦りと不安が、じわじわと三人の心を蝕んでいく。
「くそっ、どこに行っちまったんだ、イアンの奴…!」サーベルが苛立たしげに唸る。
「諦めないで、サーベル!きっとどこかにいるはずよ!」アヤナは自分に言い聞かせるように言った。
ユウジは、きつく唇を噛み締めた。無力感が全身を包む。だが、ここで諦めるわけにはいかない。
(必ず見つけ出す…!俺のスキルで、この状況を打開できる何かを…!)
彼の瞳には、まだ諦めない強い光が宿っていた。イアンを探すための、時間との戦いが始まったばかりだった。




