3.Intro
自由だ、と言えば、キョトンとした顔が返ってきた。
まさか意味が通じねぇとか、とため息が出た。
今までうなずきもしなかったのはそのせい?
遺伝子サンプルの採集から始まる一連のチェックを終えた子どもが金網のこっちにきたのは、予期したよりずっと後のことだった。染めてんのかと思ってた銀髪が地毛だったのも関係してんのかもしれない。そう思いながら西へ連れ帰ったのが少し前。
簡単に島の内部について説明して、西の中では自由にしろ、と告げたのもついさっきだ。
この子どもの背が低くてよかった。でなきゃ、副長に丸投げしてた。
「さっきも説明したけど。おまえが連れてこられたのはトリカゴ、つまりこの島な。
んで、この島は東西南北の四つに分かれてて、オレが西のリーダー」
なんだってこんな、懇切丁寧に説明してやってんだ、オレ。
とりあえず、副長を呼ぶ。
もうそろそろ日が沈むからだ。子どもは寝る時間だ。
こっちにやってくる黒髪を見ながら、なんとなく口を開いた。
「そういや、名前は?」
オレは「ジン」って言うんだけど。
問いかけた言葉に返ってきたのは、さっきからずっと子どもの顔を覆っている笑顔だけで。いっそどう扱えばいいのか始末に困った。
「喋れね〜の?」
答えが返ってこないことは半ば承知の上で、ポケットを探る。
指先に、少しぬるいかたまりがあたった。
ん、予想どおり。
「別に答えたくないならい〜けど。とりあえずコレやっから。何かあったら吹け」
出血大サービスだ。ぜってぇ捨てんなよ。
言いながら、ひきずりだした笛に紐をつけて子どもの首からかけてやる。
身じろぎもしなねぇ子どもは、精巧な人形みてぇで。
どうも、特級逸脱者には見えなかった。
いいとこの坊ちゃん、の方がまだしっくりくる。
「じゃ、子どもはもう寝ろ。
腹減ったらその笛吹くなりなんなりしてオレに言え。
ここのことはまた明日教えてやっから」
すぐ側で様子を伺ってた副長に、寝床へ連れて行くよう言って。あとは全部、明日に回すことにした。
やれやれ、と首をすくめる黒髪が、どうも癪にさわる。考えなしなことをしてんのは、言われなくてもわかってた。気まぐれだ、こんなことは。