2.A child.
ジンたちがたどり着く頃には既に、ゲートの周りは好奇心旺盛な南北東西エリアの人間で埋め尽くされていた。
正確には、ゲートを囲む電流の流れる網のこちら側……緩衝地帯が、だ。
船の到着は半ば娯楽の一種ではあるものの、普段より人数が多い。
北の情報屋が噂を流したのだろうとあたりをつけて、ジンはゲートから少し離れた大樹のかげにあぐらをかいて座りこむ。
とたん、背中を叩かれて咳き込むはめになった。
「おう、ジン!お前がわざわざ顔見せるなんざ、珍しいじゃね〜か」
威勢のいい声を上げたのは、東のリーダーであるガイだった。
「おまえ……会うたびに背中を叩くな、とあれほど言っただろう」
僅かに怒気のこめられた口調に、悪びれた風もなくガイが笑う。
「眉間に皺よせてっと禿げるぜ。そう、怒んなって」
「誰のせいだ」
人の話を聞け、と。
この島に来てから口癖になるほど繰りかえした言葉を口に出して、ジンはガイの背中を叩き返した。
周囲の誰もがいつものことだとばかりに笑うのが、少し忌々しい。
西と東の平穏さが生み出す余裕だと考えれば、そう悪いことばかりでもないのだが。
「リーダー。ゲートが開きます」
東の副隊長が、いつも通りの丁寧な口調で言った。
すべての視線が開いてゆくゲートを見つめる。
金網からの距離は、およそ100メートル。
島の中心、世界との唯一の通路にして境目のゲートの向こうで、青海原が揺れる。
自動制御の囚人護送船が、ゆっくりとその姿をあらわした。
「おいでなすった」
「どんな方でしょうね」
「男とは限んねぇけどな」
「まぁ、どっちでもいいんだけどねー」
ざわめきの中で、船の扉が開く。
次の瞬間、音もなく現れたのは、長い銀の髪をもつ、痩せた子どもだった。
ジンの半分ほどしかない背丈に、誰もが眼を丸くする。
「ガキじゃね〜か」
ガイのぼやきを皮切りに、あれが本当に特級逸脱者か、と新たなざわめきが起きる。
その間に、少年とも少女ともつかない子どもだけを残して船は去り、ゲートは閉じてしまった。
「なぁ」
ジンからの呼び掛けに、ガイが眼を丸くする。
口調や外見の軽さからは想像できないが、ジンは自分からは滅多に他者に話しかけないのだ。
まともに会話が成立する人間も、6本の指で数えられるくらいしかいない。
「あの子どもさ、オレんとこで預かってもいい?」
「マジで?お前が?」
即座に頷くジンに眼を丸くしたのは、ガイだけではない。
「悪ぃかよ?」
「いや、まぁ。俺はあんな人形の面倒みたくねぇし。いいけど」
北と南が何言うか分かんねぇぜ、と言いかけてガイはやめた。そんなことは、百も承知のはずだ。
「人形、ね」
「や、どうせ苦労症の副長さんが面倒みることになんじゃね〜の?」
さらりと流して、ガイはジンに背を向ける。これ以上この場にいることは無意味だった。ゲート周辺は緩衝地帯になっているとはいえ、東を長時間空けておくわけにはいかない。
「バカ言え」
悪態をつくジンは、やはり興味深い、と笑いながら、背中越しに手を振る。あとで、あの子どもの素性を副長に調べさせることは確定事項だ。
「人形、ね」
ガイの言葉を反芻して、ジンは傍らに立つ副長を見やる。
「お前、ど〜思う?」
「壊れてるか肝が据わってるのか、どっちかだと」
去っていくガイの背中を数秒見つめた後、ジンは金網の一部が開くのを待つべく、再び寝転がる。
遺伝サンプルの収集は既に行われているはずだ。
数分もかからないだろう。
先ほどの光景を思い返して、ジンはペロリと唇を舐めた。
一波乱どころか、嵐が起きる予感があった。
二度と地上には帰れないことが分かっている隔離地。
そんなトリカゴに足を踏み入れて尚、あの子どもは幸福を絵に描いたような笑顔で笑っていたのだ。