婚約破棄フラグのある婚約者と鍋を囲む
某日、1人の有能なメイドが、某少年探偵のような効果音をたてひらめいた。
「これは………婚約破棄フラグ!」
その日はとても寒い日だった。
がたがたと北風が窓を蹴る音に耳を傾けながらIH型コンロのプラグをコンセントに差し込んでいると、メイドのアンナがすごい形相で私のちゃんちゃんこを引き剥がしにきた。
「ちょっと!何するのよアンナ、寒いじゃない!内ポケットにはカイロが入っているのに!」
「子爵家の令嬢が庶民的なこと言わないでください!あああああどうしようどこからどうみても庶民が鍋パしようとしている部屋!」
「子爵家の令嬢が鍋パして何が悪いのよ!」
必死な思いではんてんを死守していると、アンナの命令でほかのメイドちゃん達があたふたと私のネギやら白菜やらお花型にくりぬいたにんじんやらを回収し始める。
私はどこか申し訳なさそうにテーブルからつくねの皿を拾い上げる新人メイドのニナちゃんに手を伸ばし、叫んだ。
「ああ!私が丹精込めて捏ねた鶏つくねが!」
「男連中も呼んで早くこのコタツとホットカーペットも片付けて!!」
しかし無情にもニナちゃんは泣きそうな顔で首を横に振り『わたしが責任持って食べておきますから!』走り去っていく。
そんな…!一緒に鶏つくねを捏ねた仲なのに!
鬼気迫る表情のアンナに流石の私も何かを察したが、耐えられなかった。
「返してーーー!!!私のちゃんこ鍋ーー!!!」
次の瞬間、大きな音を立てて、私の部屋の扉が開け放たれた。
「セシリア・メルディウス!話がある!」
それはここ数年まともに会話をしていない、心で真面目メガネくんと呼んでいるうちの婚約者だった。
「ああああ来てしまった!」
水戸黄門よろしく(しらんけど)登場した真面目メガネくんに、アンナがショックで膝から崩れ落ちている。
他のメイドちゃんたちは片しきれなかった皿を持ったまま、座り込んでめそめそと泣き出した。
「…………こ、これはどういう状況だ?」
「鍋パよ」
「鍋パ……?」
「鍋パーティーよ」
「パーティー……?これが……?」
私はお腹が空いていた。
ゆえに誤魔化すことも、言い訳もせず、包み隠さず事実を伝えると、真面目メガネくんもといコーネリウスくんは困惑した様子で狼狽え出した。
「す、すまなかった………こういうのは勢いが大事だと思い乗り込んだが、まさかパーティーの最中だったとは………本当にすまない、続けてくれ」
そして心底申し訳なさそうにふにゃりと眉をさげ、素直に頭を下げてくる。
その時、ちょうどテーブルの上で、炊飯器が軽快な音楽を奏で始めた。
お腹が死ぬほど減っていた私は、しょんぼりしている婚約者を無視して呆然としているメイドちゃんたちに向けて言った。
「ですって。ほら、私のつくねとネギと白菜とにんじんとしめじと春菊と油揚げとしめのうどん返して」
「あんたさぁ、文官志望とはいえ細すぎなのよ。肉食いなさい肉」
「い、いやしかしセシリア……」
「なに?私の捏ねた鶏つくねが食べれないっていうの?」
「君が捏ねたのか!?」
ぐつぐつと美味しそうな音を立てる土鍋を前にぐるぐると目を回し混乱するコーネリウスくんに、私はもくもくと食べごろの具材たちをよそってあげた。
私たちが鍋の準備をしているのに邪魔な場所で突っ立っているものだから仕方なく誘ってやったのだ。
最初はごねた真面目メガネだったが「パーティーにはエスコート役が必要でしょ」というと素直に席についた。
彼は堅物だが至極素直な人間なので、出されたものは大人しく食べる。
恐る恐る箸を持ってそれを口に運んだコーネリウスくんは、つぎの瞬間一言も喋らずに具材を平らげだした。ご飯茶碗も片手にだ。こいつ、意外とやる。
ちなみにメイドちゃんたちは流石に同席させるわけにはいかないので別室で鍋パをしている。
こたつの中で未婚の男女の足と足が絡み合う…!?お姉ちゃんそんな破廉恥なの許しません!
「にんじんは?」
「いただこう」
「春菊は?」
「いただこう」
「つくねは?」
「いただこう」
「ご飯のおかわりは?」
「いただこう」
細いから勝手に少食だと思っていたが、この男案外食べっぷりがいい。
気に入って引き続きよそってやっていると、一生懸命食事をしていたコーネリウスくんが、なんだか申し訳なさそうな顔で私を見てきた。
「君、さきほどから僕に気を遣ってばかりだが、食べているか?このパーティーの主催者は君だろう。君が一番に楽しむべきだ」
「だってあんた、どうせ自分から欲しいって言えないじゃない」
「ぐ……っ」
図星だったのか、素直メガネくんはメガネを曇らせながら胸を抑え項垂れた。
こんな調子で学園でも貧乏くじを引いているのだろう。
私はため息をつき、箸を止めてしまったコーネリウスくんを見上げた。
「で、学園のマドンナのアリスちゃんとはどうなの?」
「ぐふっ…」
どうせそれを話に来ただろうに、意気地なしメガネくんは盛大に咽せ、間一髪で口から吹きかけた春菊を手でせきとめていた。
「あんたのことだから、気になる子がいるけど私との婚約を理由にしてアタックできないんでしょ。だっさ」
「う"……っ」
「ライバルは王子様と天才魔導士様だっけ?勝ち目ないねー」
「ゲホッゲホッ」
「もしかして聖人ヅラで相談とか乗って敵に塩送ってたり?馬鹿ねー」
「ぐはっ……」
そう、こいつは堅物のくせに一丁前に学園のマドンナに恋してしまっているのだ。
よりによって何故か将来性のある美男子生徒ばかりを友人に持つアリスちゃんを好きになってしまった奴は、その堅物な性格から彼女の取り合いに出遅れいまだに二の足を踏んでいるのである。
「で、なに?卒業直前にやっと心に決めて婚約破棄しにきたの」
たたみかけながらも箸だけは止めなかった私だが、ようやく腹が膨れてきたので、箸を置いて意気地なしメガネくんを見上げる。
意気地なしメガネくんは視線をうろうろとさせ、はぁ…と小さいため息をついた。
「………僕は確かに、婚約解消の検討に来た」
「検討」
実に彼らしい言葉である。
呆れ通して感心していると、彼はぽつぽつと本題について話し出した。
「………僕は、同じクラスのアリス・ミーディルが気になっている」
「知ってる」
「初めて僕に『無理をしている』と指摘してくれた、優しい子なんだ」
「へぇ」
「……だが彼女はあっという間に人気者になり、僕にはとても手の届かない存在になった」
「そう?相手は平民であんたは伯爵令息。むしろ他の連中に比べたらまだ現実的だと思うけどね」
「…………しかし、彼女は王太子殿下のことが気になっているようなんだ」
「そりゃそうよ」
「だが、それでもまだこんな僕を慕い頼ってくれる」
「キー……、パシ………、大切にされてるのね」
「………そして1ヶ月前、急に彼女が僕の顔を見ると表情を曇らせるようになったんだ」
「ふぅん」
「気になって話を聞いたら、彼女はこう答えたんだ」
「なんて?」
「………君に、嫌がらせを受けていると」
「…………」
「だから、今日それを問いただすためここに来たんだが…………今気づいた」
「………何を?」
「君は、僕たちと違う学校だ」
「馬鹿なの?」
「ノートを破いたり上履きを隠したりなんてできるわけない」
「当たり前だわ。私フェンシング部の主将とテーブルゲーム部の部長掛け持ちしてんのよ」
「それに僕の婚約者の名前は『セシリア・メルディウス』ではなく『セシル・メルディ』だ」
「あんたやっと思い出したのね」
「10年も会っていないから忘れていた」
「この薄情もの」
「面目ない」
こいつを次期宰相候補にしているこの国はもうおしまいかもしれない。
私は今年一番の盛大なため息をつき、のろのろとこたつから出た。そして特撮のヒーローのようにバッ!とちゃんちゃんこを脱ぎ去り、びしっと人差し指でポンコツメガネくんを指さす。
「コーネリウス・ローラント!今日を持って貴方との婚約を破棄するわ!あんたみたいな臆病者、こっちが願い下げよ!」
「な……っ!?」
「その子に告白するまで、2度と顔を……いえ、うちの敷居を跨がないで!」
パン!と2回手を叩くと、どこからともなく現れた有能メイドのアンナが諸々の書類を懐から取り出した。
既にサイン済みであるそれを目の前に並べられたアホヅラメガネくんは目を白黒させている。
いつのまにか鍋パを中断して部屋を覗きに来ていた新人メイドちゃん達は「これが見たかった!」と感激の涙を流していた。
「………セシル……」
盛大に婚約破棄を受けた真面目メガネくんは、何故か泣きそうな顔で私を見上げてきた。
「何よ」
何か文句あるかと睨みつけると、何を勘違いしたのか、純粋培養メガネくんは何かを決意した顔をし、力強く頷いて見せた。
「……ありがとう」
何がよ。
そういう前に、律儀メガネくんは茶碗を空っぽにして部屋を飛び出していった。
「………え、シメまだいれてないんだけど」
あまりの行動の速さに驚いた私は、完全に出遅れたうどんを持って、呆然と遠のいていく元婚約者の後ろ姿を見つめた。
それから約1ヶ月が経ち、堅物メガネくんと愉快な仲間たちは学園を卒業したらしい。
私は彼らの1つ年下なので無関係の話だ。
その日は春休み初日で、あたたかい木漏れ日と春の風に誘われ街へと出た私は、肉屋で霜降り和牛をゲットした。
おひとり様一点だったけど、そこはアンナとニナと連携プレイだ。ズルとでもなんとでも言うがいい。うちは今日はすき焼きである。
鍋に牛脂を入れ、具材とこだわりの割下を入れたあとは、ニコニコでお皿の中にたまごをとく。
「たまごったまごったまごったまごっ」
「18歳の子爵家の令嬢が珍妙な歌を歌わないでください」
「お肉たくさん入れて!」
「ダメです。これ高級なんですよ」
まるで大輪の薔薇のようにこれでもかと乗せられた和牛の皿をアンナと取り合っていた、そのときだった。
「たっ大変ですぅっ!」
ギリ新人メイドのニナちゃんが、真っ青な顔をして部屋に駆け込んできた。
「ニナ!なんです騒々しい!和牛がひっくり返ったらどうしてくれるんですか!貴方の肉で支払うんですか!?」
すき焼き奉行のアンナが厳しい顔で叱責するが、ニナはそれどころじゃないのか一目散に私に駆け寄ってくる。
そして、
「復縁フラグです!」
この世の終わりのような顔でとてつもなく馬鹿っぽい言葉を叫んだ。
「ちょっと、来るなら事前にアポ取りなさいよね」
「す、すまない……またパーティーの邪魔をしてしまって……」
再びアポなしで我が家の食卓に緊急参戦してきたまっすぐメガネくんは大変恐縮した様子で私から茶碗を受け取った。
相変わらず堅苦しい顔でごねた元婚約者殿だが流石の彼も和牛の魅力には抗えなかったらしく、いそいそと私の向かい側に座る。
彼はなんとちゃんこ鍋に引き続きすき焼きも初めてらしく、まだ割っていない卵とお皿を渡すと不思議そうな顔をした。
私と卵を交互に見て首を傾げるのでこれをといて具をつけて食べるのだと説明すると信じられない顔をしたが、いざ恐る恐る口にすると、やはりもくもくと言葉を発さず食事に集中し始める。
「欲しいのあったら遠慮なく取りなさいよ」
「……わかった。ありがたくいただく」
せっかくの良い肉を取られたら堪らないので、私も本気ですき焼きに向き合うこととする。
まずは白菜である。くたくたになる前に火を弱めしっかり割下の旨みが染み込んだ素晴らしい出来栄えだ。シャキシャキ食感がたまらない。
次に豆腐だ。冷や奴は絹ごし派だが、鍋だと崩れてしまうため、今日は木綿豆腐を使用する。よし、こっちにもしっかり味が染み込んでいる。木綿豆腐は絹ごしと違い少しかためで歯応えがあって、これはこれで食感が楽しい。今度は肉豆腐にしたい。
そして主役の和牛だ。正直その他は前座である。箸でしっかりと溶き卵に絡め、ほかほかの白米にのせたあと、白米を肉で包んで大口を開けて放り込む。うむ、最高である。和牛の旨味と割下が見事にマッチしている。それだけではしょっぱくなりすぎそうなところを溶き卵が見事にマイルドにし、口の中に幸福の風を巻き起こしている。
思わずにこにこしながら具材、卵、米、具材、卵、米を繰り返していると、あっというまに皿が空になってしまった。
もちろんおかわり一択である。
炊飯器を開け茶碗に米をよそい、さらに菜箸に手を伸ばした私は、
「「あ」」
正面から伸びてきた別の手とぶつかってしまい、驚いて目を見開いた。
……って、あれ?肉少なくなってない?
というか、割下も少なくなってない?
「………まあコーネリウスくん、君も随分図々しくなったじゃない」
「欲しいものは遠慮なく取れと君が言ったんだろう」
少し気まずそうに目を逸らす素直メガネくんに肩をすくめる。
だが案外、さほど悪い気はしなかった。
「で?本当に欲しいものは取れたのかしら」
アンナからもう一膳菜箸を受け取り、具を盛りながら尋ねると、コーネリウスくんは真面目な顔をし、まっすぐ私の顔を見た。
「………あのあと、僕は改めて彼女と話し合った。君は嫌がらせなどしていないと」
「ふぅん」
「そうしたらとても怒っていたよ。そんなはずはない、貴方の婚約者は悪役令嬢なんだって」
「あらそうなの」
「僕は、彼女の言うことなら信じてあげたかったが…………どうしても信じられなかったから、自分で調査することにした」
「そう」
「そうしたら、様々なことがわかった。君はもちろん、王太子殿下の婚約者も、天才魔導士の幼馴染も、誰1人として彼女に嫌がらせなどしていなかった」
「まあ」
「それに彼女は、教師をまるめこみ、成績を偽装させていた」
「………」
「今まで彼女が僕にくれたものは、すべて真っ赤な嘘だったんだ」
「…………」
その場に数秒ほど沈黙が流れる。
薄々想像していた話だが、あんまりにコーネリウスくんが不憫だったからである。
え、マドンナちゃん凄すぎでは?うちの暗部のハニトラ部隊で是非雇いたい。
アンナも真面目な顔で「アリス・ミーディル…ね」とメモをして紙飛行機にして天井に飛ばしているし、きっとスカウトするつもりなのだろう。
そんな私たちの事情をつゆしらずコーネリウスくんは自嘲じみた笑みを浮かべ、話を続けた。
「それを王太子殿下たちの前で彼女に確認したら、彼女は別人のように癇癪を起こした。僕を罵っていたよ。『こそこそこんなことして最低』だとか『私のことを好きじゃなかったの』だとか」
「…ええ」
「僕は好きだと言ったよ」
「………そう」
「そしたらフラれてしまった。『この私が伯爵令息如きと付き合うわけないでしょ』って」
「………………そう」
それはちょっと………教育が大変そうだな。まあその調子だと豚箱入りだろうし、うちの暗部に入ってくれる可能性あがるからうちは好都合だな。
まあうちの部隊長めちゃめちゃ怖いし、あのニナちゃんを更生させた敏腕教育者だからなんとかなるでしょ。
「………だが、僕は不思議とスッキリしている。君のおかげだ。君が背中を押してくれなかったら、僕はずっと臆病者のままだった」
真面目メガネくんは前見た時より儚げな、しかし吹っ切れた表情で、ふわりと微笑んだ。
「ありがとう、セシル」
それは初めて見た彼の笑顔だった。
「なーに感傷的なこと言ってんのよ。あんたシメいらないの?」
「え?シメ?」
今度こそ用意していたシメの皿を持って眉を顰める私に、真面目メガネくんはきょとんと目を瞬かせる。
まあ米とかラーメン派もいるけど………このパーティーの主催者は私だし、いいわよね。
「えいっ」
私は残った割下の中にうどんをぶちこんだ。
「な、なんだこれは……!」
「え?うどんよ。あんたうどん知らないの?」
「あ、ああ……」
興味深そうに覗き込んでくる素直メガネくんに思わず笑いながら、固まったゆでうどんを菜箸でほぐし、柔らかくしていく。
そこで私は重大なことを忘れていることに気づいた。
「大変!メガネくん!卵ほぐして!」
「メガネくん……!?」
つい心の中で呼んでいる呼称が出てしまったが、私の鬼気迫る様子に何かを察した素直メガネくんが慌てて卵を割りほぐしだす。
「で、できたぞ」
「ありがとうコーネリウスくん」
しばらくしてうどんが柔らかくなり、割下とよく絡んだのを確認した私は、しれっと呼称を戻しつつ、コーネリウスくんから受け取った溶き卵を鍋の中に回し入れた。
「こ、これは……!」
その出来栄えは堅物メガネくんのお気にも召したらしく、彼の瞳は先ほどの話題が嘘のようにキラキラと輝いている。
うきうきとそれぞれの分のシメを取り合った私たちは、お互い満面の笑みで手を合わせた。
これはその後の話なのだが、私と眼鏡くんは鍋友になった。
え?復縁フラグは?と疑問に思う方もいるかもしれないが、当然しない。私はうじうじした男は嫌いなのだ。
では何故鍋友という関係に収まったのかと言うと、そもそも私たちが婚約していた理由まで遡る。
真面目メガネくんことコーネリウスくんの家は、代々宰相を輩出している政治一家。
一方私の家はしがない子爵家…………に、見せかけて、実は代々王家の御庭番をしている忍一族だったりする。
つまり癒着していると非常に都合がいいのである。
「最近めっきり寒くなった」
「コーネリウスくん、モツ鍋とおでんどっちがいい?」
「モツ鍋」
「うーーーーーん………よしおでん」
「何故聞いた」
なんだか今日はみそおでんの気分だ。大根こんにゃく竹輪は勿論もち巾着もいれよう。今日のような寒い日にはきっと美味しいはずだ。
「次はモツ鍋だ」
「じゃああんたが具材買ってきてよ。この前買ってきてくれたお肉美味しかったから、そのお店で」
「わかった」
街をぶらぶらと歩きながら今日の具材を物色する。
鍋とは、寒い外を歩き回ったあと、あったかいこたつと器で冷えた指とお腹をあたためるまでがセットなのだ。
「でもあんたさ、いつまでもこうして私とつるんでると結婚できないわよ」
「別にいいさ。弟もいるし、すでに甥もいるしな」
「あんたの弟ほんと手早いわよね」
「セシルはどうなんだ?その………もうそろそろしないとまずいと思うのだが」
「私ぃ?しないわよ。親にももう諦められてるし、別に世襲制じゃないしね」
それにいつ死んでもおかしくないし、と呟くと、コーネリウスがびくりと肩を揺らした。前から思っていたが、この男は随分情に厚い。
私は指揮するだけのお気楽令嬢だから戦闘とかで死にはしないけど、やはりお家柄恨まれることは多い。
実際何度か毒を盛られかけたし誘拐されかけたこともある。すべてしごできメイドちゃんたちに防がれたけど。
「…………そうか」
あれから5年。すっかり宰相補佐も板につき、うちのハニトラ部隊にも引っかからないような女性不信体質を手に入れた哀れなコーネリウスくんは、今や真面目メガネくんと呼ぶには失礼なまでに仕上がっている。
きまぐれに社交界に行くと女の子に囲まれ狼狽えている姿が笑える。
思い出し笑いしながら横を向いた私は、横を歩いているはずの男がそこにいないことに気づき、驚いて辺りを見回した。
その男は私から5.6歩後ろに立ち尽くしていた。何故かその表情はひどく曇っている。
な、なんでこの数分でローテンションに。
何か地雷でも踏んだかと珍しく慌てた私は、ふとあることに気がついた。
「あれ?そういえばあんた今日スーツだけど、もしかして仕事だった?」
「……っ」
「あとさっきから気になってたけど、後ろ手に何隠してるの?」
「…………」
コーネリウスくんは黙りこくったまま口を開かない。
首を傾げた私は、久しぶりに一家秘伝の俊足術を使ってひらりと彼の背後に回り込んだ。
コーネリウスくんは驚いてさらに隠そうとするが、遅い。
彼の意外と大きな手の中には、
ベルベットの生地で出来た小箱と、真紅の薔薇の花束があった。
「………」
「………」
好奇心は猫を殺すと言うが、まさにその通りというかなんというか。
その時の私たちはなんともいえない気まずい空気に包まれたのだった。
そして
「………うん、落ち着こう。とりあえずモツ鍋囲んで話し合おう」
「待て、さっきはああ言ったがもう僕はおでんの口になってしまったんだ。断る」
「ああもうわがままだなぁ!」
「だから君が言ったんだろう!欲しいものは遠慮なく取れって!」
相変わらずくだらない言い合いをしながら、またあのコタツで鍋を囲みに、賑やかに帰路につくのだった。






