4ページ目「教会の仲間たち」
「家庭を持つ‥‥‥って難しいですよねえ。」
そう呟きながら、私は台所で魚を捌いていた。
あれから市場でお目当てのお魚を見つけた私は大量に購入。買ってきた魚たちを解凍しつつ、調理に励んでいた。
今夜の献立はサンマに似た魚の焼き魚に、サバに似た魚の煮付け、あとはサケに似た魚のムニエルである。
この教会は孤児院も併設しており、多くの孤児たちを養っている。幸い経営資金は潤沢なのでお金には不自由していないが、食事となると大量に拵える必要があるのだ。
現在は午後三時過ぎ。既に夕飯の準備の時間なのである。
「再婚相手と前妻の子供とのギクシャクした関係、ですか。クロエの好きなドロドロの恋愛小説みたいですね。」
そう口にするのはシスターオリヴィエ。手が空いたからと調理に参加してくれている。
我らがお姉さまは調理は勿論、経営から魔法格闘までなんでもこなすオールラウンダーにして完璧シスターなのだ。
‥‥‥男にモテないこと以外は!(※これは禁句)
「でもそんなクロエさんが好みそうな恋愛小説みたいに複雑な展開はないのではないんですか〜? 案外ギクシャクしてるのもちょっとしたきっかけでハッピーエンド、仲睦まじい三人家族像の完成に繋がりますよ〜。」
手にしたサケもどきをテキパキと三枚に卸しながらミレーユは言う。この子は本当に素晴らしい家事の腕前の持ち主だと私は感心してしまう。
一回教えただけですぐに魚の卸し方をマスターしてしまい、テキパキと作業し始めてしまった。あまつさえ雑談する余裕まであるだと? キミ本当に魚扱うの初めて? 怒らないからお姉さん(前世の年齢込み換算)に実は初めてじゃありませんって言いなさい。やっぱりねって賛同してあげるから。
『どうかな? 場合によってはクロエが好んで読む恋愛小説のようなドロドロの展開が待ってるやもしれんぞ?』
こう口にするのは我が相棒ハヤテ。彼は当然ながら手も足もないので調理の手伝いは出来ないが、調理の様子は見たいし雑談に参加したがるので壁に立て掛けてこの場にいる。
「? どういう意味?」
私は小麦粉をつけたサケの身をフライパンの上に寝かせながら彼に尋ねる。
『少し気になったコトがある。まあ我の気のせいならそれにこしたことはないのだが‥‥‥』
ハヤテがこういう言い回しをするときは‥‥‥
「荒事か? 手が要るなら手伝うぜ?」
ハヤテの言葉に反応した第三者がキッチンに現れた。短くした黒髪にややハスキーな声で喋る背の高い彼女は‥‥
「あらフランシェスカ。おかえりなさい。」
シスターオリヴィエがキッチンに乱入してきた新たなシスターに声を掛ける。
肌を健康的に焼き、小麦色した身体にやや似合わないシスター服に身を包んだ彼女はシスターフランシェスカ。姉御とでも呼ばれてそうな様相の彼女もこの教会のシスターのひとりだ。
「依頼の帰りですか〜? お疲れさまです。」
やや間延びした声で労いの言葉をミレーユが告げる。尚、私とシスターオリヴィエが調理の手を止めているのに、ミレーユはその間も手を動かし続けている。この子はどこまで出来る子なのか。
「ああただいま。‥‥‥旨そうだなあ。ちょっと味見していい?」
「もうちょっとで出来るから、我慢なさい。」
「はーい‥‥‥」
シスターオリヴィエの諌めの言葉にしょんぼりするフランシェスカ。ちょっとその姿がお預けを食らった大型犬みたいで私は微笑ましく思ってしまい、思わずクスッと笑ってしまった。
「ジャンヌ。」
「あ、ごめんなさい。」
笑ったのを怒られるかと私は反射的に謝ってしまった。が、彼女はそれを言いたかったワケではなかったようだ。
「いや、そうじゃなくてよ。なんか厄介事がありそうな気配か? 手なら貸すからいつでも声掛けてくれよな。」
どうやら先ほどのハヤテの言葉が彼女も引っ掛かっているようだ。
フランシェスカはシスターにしては珍しい冒険者の資格を持ったバリバリの武闘派だ。いつもは冒険者ギルドに顔を出して、魔物退治の依頼やダンジョン探索などをこなし、その報酬を孤児院に入れている。
「まあお前が強いのは知ってっけどよ。戦いは何があるか解んないからさ。俺で力になれるんなら遠慮なく言ってくれや。」
歯を見せながらニッと笑うフランシェスカ。
うん、ワイルドなイケメンだ。おっぱいのついたイケメンだ。姉御と呼びたくなる。
「ありがとうございます、フランシェスカさん。何かあったらそのときは宜しくお願い致します。」
私は微笑みながら彼女にそう答えた。彼女の実力は本物だ。伊達に日常的に戦いをこなしていない。何度か共闘したことがあるが実に便りになる。いざというときはお願いするかもしれない。
「で? ハヤテ。実際のところどうなんですか? 厄介事は起こりそうですか?」
事の発端に私は声を掛ける。
『‥‥‥厄介事は起こるやもしれんな。確証はないが。』
ハヤテのこういう勘はよく当たる。
彼がこういう言い回しや発言をするときは「霊障」と呼ばれる事件が起こる可能性が高い。
『だが、まあジャンヌひとりで問題ないレベルだ。フランシェスカの手を煩わせるほどではないだろうな。』
「何故言いきれる?」
『霊障相手に長年向き合ってきた勘かな? 言い換えれば「ヤバイ匂いが全然しない」というヤツだ。』
フランシェスカの問いにハヤテはフランクな言い回しで返答した。冒険者の彼女はこういう言い回しが好きだ。それに合わせたのだろう。
ハヤテの回答は曖昧で具体性は欠片もなかったが、当のフランシェスカには刺さったらしい。
「ならいい。」
彼女は微笑んで納得していた。
「でもその言い方だと、私は戦う可能性はあるワケですよね。実際どうですか? 戦闘はありそうですか?」
『‥‥‥どうだろうな。』
あるな、これは。
これは私の勘だ。
この宝刀も現在は何か違和感くらいのものしか感じ取ってないのだろう。しかし戦いの予感みたいなものは感じ取っているのだ。具体的に何がどうなるか全く解らないから言いよどんだ。そういう「どうだろうな」と見た。
「まあ、近々戦いがあるかもしれないくらいに思って備えておきますか。」
私はそう口にして、焼きあがったムニエルを大皿に移すと、お盆に載せる。
私とハヤテならある程度の怪異なら問題なく対処出来る。現在気にしていても仕方のないコトならば後に回そう。
「さて、『腹が減っては戦は出来ぬ』です。ご飯にしましょう。運んでいきますよ。」
やった、とフランシェスカも配膳を手伝い始める。孤児たちや他のシスターたちの待つ食堂へと出来上がった料理を運び始めるのだった。
さて、久々のお魚。
この世界のお魚料理は如何なものでしょうか?
ワクワクするね。