3ページ目「警備兵さんとの出会い」
「こいつですっ! こいつがウチの商品を盗んだんですっ!!」
興奮しながらやってくる人影が複数。
声を上げている男の人の声には聞き覚えがある。恐らくあれが、あのとき叫んでいた店の人だろう。その人を中心に三人ほどが一緒にこちらに向かってくる。
「警備兵さんだわ。」
『この世界の警察だな?』
ハヤテの言う通り、この世界の警察のような組織が警備兵だ。警らや市民宅への巡回、事件の捜査や犯人逮捕などを担っている。三人全員警備兵だと解る青い制服を着ており、地面とキスしてうつ伏せの格好で気絶した男を取り囲むと、そのまま男の両手を縛って身体を起こしていた。
「ちょっといいかな?」
その光景を横目に、地面に置いていた買い物籠を拾っていると、警備兵のひとりが私に話しかけてきた。
「はい、なんでしょう。」
声を掛けてきた警備兵さんを見る。十三歳の身で身長が低い私は顔を上げて彼を見上げた。
身長は百七十くらいかな?
中肉中背、色の薄い短い金髪、緑の眼をした二十歳くらいのイケメンだった。あと声も良い。
「あの犯人に拘束魔法を掛けたのはキミで間違いないかい?」
イケメンの警備兵さんは背を屈め中腰になると私に視線を合わせてくれた。私が見上げているコトに気づいて目線を合わせてくれたのだろう。
『うむ。我とこの子でやった。お節介だったかな?』
はいそうです、と答える前に左手の中の宝刀が先に答えてしまった。警備兵さんは眼を丸くしてハヤテを見る。
「杖が喋った‥‥‥。インテリジェンス・スタッフなのかい? 凄いなあ。」
インテリジェンス・スタッフとはまあアレだ。喋る杖だ。そのまんまだが他に説明のしようがない。自我を持ち、知性を持ち、自分で考え話すコトが出来る魔法の杖。
うん、そのまんまハヤテのコトだね。
まあ彼は杖じゃなくて日本刀なんだけど。
この世界ではレアな魔道具らしく、そういう杖があるというコトは知られているが、実物を見た人は少ないらしい。
ちなみに何故私がこんなに詳しいのかというと、ハヤテを見た人皆が決まって「インテリジェンス・スタッフなのか」と言うからだ。また、教会のシスターの中にそういうのに詳しい人がいてその人の受け売りでもある。
「‥‥‥まあ、ちょっと違いますけど、そんな感じです。」
なので毎回聞かれるので、私はこんな感じで返している。
こう答えながら、私はハヤテを背中のホルダーに戻す。その動作を警備兵さんは眼で追いながら「へえぇ」と感心していた。
「すみません。お仕事の邪魔をしてしまいましたか。」
もしかすると公務執行妨害に当たったかと私は謝罪を口にする。私がこう口にすると、警備兵さんは慌て始めた。
「あ、いやいやそうじゃないんだ。見事な魔法だったんで確認したかっただけなんだ。犯人逮捕にご協力感謝します。」
警備兵さんがそう言ったので私は胸を撫で下ろす。神に仕えるシスターが警備兵に捕まったら洒落にならないからね。まあ捕まったら不当逮捕だと教会のシスターたちが鬼の形相で警備局に怒鳴り込んでくるだろうけど。
まあ問題はないようだからと挨拶してこの場を離れようとしたときだった。
「アレックスさん。」
不意にこちらに声を掛けて来る人がいた。
見るとそこには男性と女性、そして子供の三人連れがいた。恐らく親子だろう。声を掛けてきたのは父親らしき男性だった。
「ゴンザレスさんっ! お久しぶりですっ!」
答えたのはイケメンの警備兵さん。どうやらこの人がアレックスさんというらしい。警備兵さんことアレックスさんは嬉しそうに父親に握手していた。
「パイクも、久しぶりだなあ! 俺のコト覚えてるかい?」
「あ、警備兵のお兄ちゃん!」
アレックスさんは父親と手を繋いでいた少年を見下ろして笑顔で尋ねていた。
と、ココでアレックスさんは父親の後ろで控えていた女性を見る。するとそれまで笑顔だった彼の表情に戸惑いが生まれていた。
「えっ‥‥‥と。こちらは‥‥‥?」
私はてっきり女性はパイクと呼ばれた少年の母親かと思っていたのだが、様子がおかしい。
「‥‥‥妻です。」
ゴンザレスさんだったか。彼がはにかみながら、女性を抱き寄せる。
「え? けど、奥さんって‥‥‥」
「ええ。アレックスさんが知ってる嫁は去年亡くなりまして‥‥‥。再婚を。」
「ああ。そうでしたかっ。」
「ヘレンと言います。宜しくお願い致します。」
奥さんらしき女性が頭を下げ、アレックスさんも頭を下げていた。
なにやら複雑な事情がありそうだ。
もうちょっと見ていたい気持ちもあるが、私はこうなっては完全に部外者だ。ここらで退散しよう。
「いけませんね。ちょっと時間を食ってしまいました。今何時でしょう。」
この場を切り上げようと無自覚に呟いたのだが、思わず返事があった。
「今ね、一時だよ、お姉ちゃん。」
答えたのはパイク少年だった。九歳くらいだろうか。私よりも低い身長の彼は私を見上げながら笑顔で時間を教えてくれていた。
「ありがとうございます。よく解りましたね。」
「時計持ってるんだ〜。」
そう笑顔で答えたパイク少年は、見せびらかすように私に懐中時計の文字盤を見せてくれた。
「凄いですねえ。自分の時計をお持ちとは。」
私は素直に感心する。
この世界、時計は存在するが、皆持っていて家に柱時計が精々で(それも持っていないのが大半、ないのが当たり前)、自分の懐中時計を持っているのはお貴族様か、職業柄必要になる警備兵さんたちのような職種の人々か、お金を持っている裕福な人くらいなのだ。基本的には時間に追われない生活を人々は送っており、聞こえてくる町の鐘の音で人々は大体の時間を把握する生活を送っている。
「お母さんがくれたんだ。」
パイク少年のこの一言で、その場にいた全員が違った表情を浮かべた。
まず私は微笑ましく思い笑みを浮かべたのだが、ふいに他の三人の顔を見たのだ。
アレックスさんは困った感じの笑みを。
お父さんのゴンザレスさんは暗い悲しい表情を。
そしてヘレンさんは‥‥‥無表情だった。
ごっそりと感情が抜け落ちたかのように無表情になっていた。
「パイク‥‥‥行くぞ。」
それまでヘレンさんを笑顔でアレックスさんに紹介していたゴンザレスさんが、急に歩き出して向こうに行こうとしてしまっていた。手を繋いでいたパイク少年もそれにつられ、戸惑った表情のまま引っ張られるように歩き出す。そしてそれを追うヘレンさん。
「パイク。」
その背を見ていたアレックスさんが、パイクに声を掛ける。
「またおんなじ町内だ。何かあったらいつでも詰め所に遊びに来い。昔みたいにな。」
パイク少年はアレックスさんと父親を交互に見ながら人混みの中に家族三人で消えていった。
ふう‥‥と溜め息を吐きながら頭を掻くアレックスさん。そんな彼に私は声を掛ける。
「ではすみませんが、私もこれで‥‥」
「ああ‥‥‥。
‥‥‥あ、いっけね! 犯人の輸送っ!」
どうやら私の声で職務中だったコトを思い出した警備兵さんは、慌てて現場に戻ろうとした。
が、思い出したかのように振り返り、私に声を掛けてきた。
「キミも。何かあったら詰め所に気軽に来てくれ。俺は大概そこにいるから。」
突然の言葉に、一瞬ポカンとしてしまったが、私は笑みを浮かべ‥‥‥
「ありがとうございます。」
こう返して、その場をあとにするのだった。
『ヘレンとか言ったか。あの女‥‥‥少し気になるな‥‥‥。』