2ページ目「相棒と泥棒退治」
『市はいいなあ。人の賑わう姿を見ると心が温かくなる。』
そう口にするのは私の相棒「ハヤテ丸」。
彼は現在、私に背負われ、私と共に町の市場に来ていた。
ハヤテは黒一色の鞘に納められた日本刀だ。
長さは四尺、約一メーター二十センチ。
何が言いたいかというと、現在の私の身長には長すぎるのだ。前世、百七十あった当時の私の体格なら腰に下げて丁度良かった彼だが、現在の私の身長は百四十‥‥‥とても腰には下げられないので、こうして出掛ける際には背中に背負う形となっているのである。
「ハヤテはこういう光景見てもカルチャーショックを受けないですよね。」
前世の日本ではまず見かけない光景だ。テレビで見た中国とかブラジルとかの市場みたいに、壁がない屋根と柱だけのスペースの中に台があって、売りたい商品=野菜や果物や道具やらを雑多に台に置いて販売しているスタイルだ。まあ観光地に行けば日本にも未だにあるのかもしれないけど、私は見たコトがない。なので前世の記憶を取り戻した後には改めて見たこの光景には感動したものだった。
『日本でもこういう市はあったからなあ。まあ平安とか室町とかの時代だったが‥‥』
この宝刀、かなりの年代物なのでこうして時折昔の話を口にする。改めて凄まじい遺物なんだなと私は再認識する。
『しかし、時代はおろか、世界が違っても、そこに人がいて営みがある‥‥‥初めて見た風景でも何処か見覚えがある懐かしい光景に重なる。それは人間という種が何処に行っても何をやっていても結局根底にあるものが同じだからであろうなあ。』
「哲学的なコトを言いますねえ。では尋ねましょう。その根底にあるものとはなんでしょう。」
『”誰かのために”というコトだ。
例えば商いはそれを欲している者に物を提供する場だ。何かを求めている者のためにと考えたとき、自ずとこういう風景に行き着く。
無論ココから財力や人脈や技術や文化やらが加わっていき、スタイルが変化してゆく。戸建ての商店が立ち並ぶ、ガラス張りの戸建ての店が立ち並ぶ。二階建て三階建ての家屋に店が入る。ビルの中に多くの商店が入る‥‥‥、いずれも”誰かのために”という理念のもと変化してゆく。”誰かのために”を消費者のニーズに合わせてという言葉に置き換えられるがな。』
「誰かのために‥‥‥」
思ったよりも詩的な回答だった。この宝刀は結構ロマンチストだと思う。
『まあ商いの場合は無論それだけではないがな。
如何に客に自分の商品を買って貰うかを考え、利益を出さねばならんからな。同じ品を扱う同業他社相手に、如何に儲けて如何に損を出さず、そして客の目を引いて買わせるか。そのために売場、店の姿を工夫するという考えもある。
だが、まずは顧客のため。イコール”誰かのため”だ。』
"自分のコトしか考えない、自分勝手な考えの押し付けは、相手に受け入れられない。孤立する。ひいては破滅へと遅かれ早かれ繋がるものだ。"とハヤテは結ぶ。
『この光景を見よ。売る方も買う方も、そしてそれを横目にただ歩く者も、皆笑顔で活気に溢れておる。それはほんの少しの”誰かのために”という思いやりの心が皆の心の中にあるからだ。
良い景色だ。』
「そうですね‥‥‥。」
買う人は帰りを待っている自宅の誰かのため。
売る方は、客のニーズに合わせたもの買わせたいため。そして売り上げを帰りを待つ誰かに届けるため。
大雑把に言えばそういう光景なのだ。
無論そんな綺麗事の事情ばかりではないだろう。ノルマだのショバ代だの予算だの好き嫌いだの売る側買う側双方に綺麗事じゃない事情も存在している。
この宝刀もそれを解って言っているのだ。
人には良い面も悪い面もあるけれど、良い面を見ていたいし、良い面を忘れずにいたい。
守るべき価値のあるものが人間にはあるし、その答えがこの光景にはあるのだと。それをいつまでも見ていたいし、忘れてはいけないと言いたいのだろう。
「では、私たちは”教会で待つ皆のために”、お目当ての物を買って帰りますか。」
『うむ。』
そう会話を結んだ私たち。さて、お魚は何処で売っているのでしょう。
お魚を求めて多くの笑顔とすれ違っていると‥‥‥
「泥棒だぁぁぁ!!」
喧騒の中、平和を壊す声が響き渡った。
籠を片手にお魚を探していた私は、叫び声に視線を上げると、遥か前方に、こちらに向かって走ってくる人影を見つける。頭が禿げているひげ面の大男だった。
「泥棒だぁ! 誰か捕まえてくれぇ!!」
叫んでいるのは何処かの店の人だろう。恐らくこっちに向かって駆けてくる人物に店の品を盗まれたとみた。犯人らしき男がこちらに向けて走ってくる。
『ジャンヌ。』
「ええ。やりますよ。」
買い物籠を地面に置くと、私は左手を背中に回し、背負っているハヤテの鞘を掴む。
革製のベルトにホルダーで固定されていたハヤテは、私が強く引っ張るとホルダーから外れ解放された。
鞘に納まったままのハヤテを迫ってくる犯人らしき男に向ける。私はハヤテの柄ではなく鞘の下の方を掴んだまま、抜刀せずに敢えて柄の方を犯人に向けている。何故こんな持ち方をしているのか。
断っておくが柄の部分でぶん殴るというワケではない。
「そいつだ! 捕まえてくれぇ!!」
誰の声かは知らないけど、私の中で目の前に迫る男が犯人だと確定。では遠慮なくやらせて貰おう。
『よいぞ。』
「了解です。」
私はハヤテに魔力を込める。
うっすらと彼に白い光が纏わりついた。
「どけどけどけぇぇぇぇ!!!」
「《バインド》。」
「んぎゃ!!?」
私が唱えると同時に、大男がド派手に前のめりに転んだ。幸いまだ私と距離があったので、私に向かって倒れ込んでくるなんてことはなかった。
なんてことはない。私はハヤテを魔法の杖のように扱ったのだ。
この世界に転生した私は聖魔法の適正があったらしく、回復魔法などの魔法を扱えた。この世界では杖は魔法の行使をサポートする補助アイテム。なくても魔法は扱えるが、杖があると威力の増幅やコントロールの補助が出来るのである。
ハヤテと再会した私は、以降普段魔法を使う際はこうしてハヤテを魔法の杖として扱っている。
元々私は離れた対象に魔法を当てるコトが苦手だったのだが、ハヤテを杖の代わりにするコトでこれが克服された。
現にこうして聖属性の魔法《拘束》を犯人の足元にピンポイントで発動させたのだ。急に足が拘束された犯人は勢いそのままに地面とキスする羽目になった、というワケである。
尚、ハヤテ丸もこうやって扱われるコトに抵抗はなく、了承している。
「”自分のコトしか考えない、自分勝手な考えの押し付けは、相手に受け入れられない。孤立する。ひいては破滅へと遅かれ早かれ繋がるものだ。”‥‥‥ですか。」
つい先程のハヤテの言葉が頭を過る。この犯人はこのあと捕まり、多かれ少なかれ裁かれるワケだ。
『悲しい光景だ‥‥‥。』
左手に納まる魔法の杖もとい宝刀が呟いた一言が耳に残った。