1ページ目「退魔師の日常」
剣と魔法のファンタジーな世界【イルベンティア】。地球から見れば、異世界と称されるこの世界に私はいる。
私の名前はジャンヌ。
この世界で生を謳歌する十三歳の少女だ。
この世界で生を受けて十三年と言い換えてもいい。私には前世の記憶がある。
前世、私は日本の対魔師の家系に生まれた。
古くから続く歴史ある名家で生を受けた私は、代々続く、悪霊や妖怪退治を生業にしていた。そういう家に生まれたと納得していたし、日々妖怪退治をする生活に疑問を感じたコトはなかった。
霊障に困っている人を相手に助けに駆けつけ、悪い妖怪や悪霊を退治する日々。
テレビやマンガで見る「普通」の人生とはかけ離れた日々だったけれど、私は気にしていなかった。私の活動で誰かの人生に笑顔が戻る。私の振る舞いで、誰かの人生に平穏が戻る。それが私の人生であり、私の「普通」だった。
ある妖怪との戦いで私は命を落とした。
幸いなコトに我が家の跡取りには優秀な兄がいたから血が途絶えるという心配はなかった。
いつか戦いで命を落とすかもしれないという覚悟もしていたから、無念とかそういう感情もなかった。最期の戦いで自分は死んでしまったけれど、相手の妖怪が消滅したのは確認出来たからそういう未練もない。その妖怪に狙われていた助けたかった人が救われた姿は見届けられなかったけれど、きっとその人はやがて笑顔を取り戻して自分の人生を歩んでゆくのだろう。その助けになれたのは満足だ。
心残りがあるとすれば‥‥‥
「恋ってどういうものなんでしょうねえ。」
恋愛という物を知らずに死んだコトだろう。
私の前世の享年は十七歳。
恋人も許嫁もいないまま他界してしまった。
恋の「こ」の字も知らないまま逝ってしまった。
‥‥いや、異世界転生したから、この場合は行くという言い回しではなく、来てしまった、と言った方が正しいのだろうか。
『ニシキゴイなら生前の其方の実家の庭におっただろうが。白地に赤や黒の模様が入った魚だ。』
「‥‥‥ハヤテ。そういうお約束のボケはいらないんですよ。」
私の呟きに返事をしたのは私の相棒だ。
と言っても人間ではない。
テーブルに立て掛けてあるこの黒い棒が喋ったのだ。
名前は【ハヤテ丸】。私は「ハヤテ」と呼んでいる。長さ四尺‥‥‥約一メーター二十センチの日本刀だ。
鍔がないので一見するとただの黒い真っ直ぐな鉄の棒にしか見えないけど。
元々は生前、私が扱っていた我が家に代々伝わっていた宝刀である。ちなみに日本にいたときから喋っていた。このファンタジー世界に来たから喋れるようになったとかではなく、元々口がきけた。‥‥‥口ないけど。
本来は当主が扱う名刀だったらしいんだけど、生前は父や兄ではなく何故か私が使っていた。ハヤテ曰く「其方が一番相性が良い」とのコト。
で、私が死んだ後は兄に引き継がれる筈だったのだが、何を思ったかこの宝刀、まさかの時空を越えるという偉業をやってのけて、転生した私の元まで追っかけてきたのである。
凄い執念である。ちょっと怖い。
尚、十三歳までこちらの世界での人生を謳歌していた私ことジャンヌは、何を隠そうこのハヤテと再会したコトで前世の記憶を取り戻したのだ。
十三歳の誕生日の日、不思議な声(後にハヤテの声だったと解った)に導かれて、訪れた森の中にハヤテはいた。彼と再会した私は前世の記憶を取り戻し、現在に到る。
「魚ってコトは食べられるんですか? 美味しいんですか?」
そう尋ねてきたのは同じテーブルに同席するミレーヌだ。食べるコトが大好きなちょっとふっくらした体格の私の一年先輩のシスターである。
そう。シスターなのである。
ここは教会。孤児院を併設する私たちの家なのである。何を隠そう私ことジャンヌはシスターなのである。どうやら私はこの世界では孤児だったようで、この教会のシスターに赤ん坊の頃拾われ育てられた。ここは我が家で職場なのである。
ちなみに現在は朝食の時間。ふっくらとしたロールパンと野菜がゴロゴロ入ったスープを頂いている最中。これを作ったのは目の前にいるミレーユ(十四)である。
「‥‥‥鯉はとても泥臭くてそのままでは食べられないです。泥抜きをしたりハーブと一緒に煮込んだりして工夫して食べます。」
食事の最中に別の食べ物の話に興味津々なミレーユは食欲旺盛で食べるコトが大好きなシスターだ。家事全般が得意で、掃除洗濯などひと通りの家事作業を素早く丁寧に出来る凄腕シスター(十四歳)だったりする。
私? 私は並みくらいかな?
ひと通りこなせるけどミレーユほど素早くは出来ない。ミレーユはお手伝いさん顔負けなのだ。
あ、この世界ではメイドさんって言うんだっけ?
「ジャンヌさんは魚を食べたコトがあるんですね〜。ニホンではよく召し上がってらしたんですか?」
「ええ。日本は島国でしたから、魚はよく食べてました。
まあ鯉は川魚ですけど‥‥‥。」
そう。ミレーユ始め、ここの人間は全員私が前世の記憶持ちだと知っている。前世の記憶を思い出した後、皆に事情を説明したからだ。
まあ隠そうにもハヤテがいたから誤魔化しようがなかったんだけどね。彼すぐ口を開くし。お喋り大好きだし。
「私、魚って食べたコトないんですよ〜。美味しいんですか?」
「魚の種類にもよりますけど、私は好きですよ。お刺身も煮付けも、お寿司も好きでした。」
お寿司ではコハダが好きだったなあ。よく家族から渋いって言われていたのを思い出す。
「色んな調理法があるんですね〜。」
「あら。だったら今夜はお魚にしましょうか。」
そう声を掛けてきた第三者。(ハヤテもいるから第四者かしら?)私とミレーユが顔を上げるとそこにはブロンドの長い髪が目立つお姉さまがいた。
「シスターオリヴィエ。」
「おはようジャンヌ、ミレーユ。それからハヤテさん。」
『うむ。おはようオリヴィエ。』
彼女はシスターオリヴィエ。この教会をまとめるリーダー。皆のお姉さまだ。
私を拾った院長は既に他界しており、院長亡き後彼女の跡を継いだ責任者である。
尚、穏やかで普段はポワポワした感じの優しいお姉さまなのだが、怒らせると怖い。彼女に年齢を尋ねることはNGだ。
「オリヴィエさん、魚って言いますが市場にありますかねえ? ここ内陸の国ですから中々魚は出回らないじゃないですか。」
流石ミレーユ。市場のコトにも詳しいなと私は彼女に感心する。
「ふふっ。さっき散歩帰りのガンザさんが教えてくれたの。今日は市で商人が魚を仕入れてくれているんですって。珍しく塩漬けじゃない新鮮な魚らしいわよ。」
まさにタイムリー。この世界には魔法があるからおそらく氷漬けにして運搬しているのだろう。
新鮮な魚かあ。お寿司やお刺身は無理でも、久々に焼き魚とか食べたい。
「いいですね〜。じゃあ今夜は魚にしましょうか。ただ私、魚は食べたコトがないから調理法が解らないです。」
ミレーユが笑顔で答えたものの、後半は眉を下げて口にした。
「ジャンヌ解るかしら?」
「はい。大丈夫です。」
前世でも自身で料理もしていたから魚は捌き方から知っている、問題はない。
「じゃあジャンヌさん、教えてください〜。」
任せるではなく教えてと言うところに私はミレーユを好感に思う。彼女のコトだ。一度教えればあとはひとりで出来るようになるだろう。
「任せてください。」
「なら、ジャンヌは今日は買い出しを頼んでいいかしら。」
「解りました。お引き受け致します。」
こうして私の今日のスケジュールが決まった。
さて、久々のお魚だ。どんな魚があるか楽しみである。少しワクワクしながら私は朝食の残りを堪能し、準備に部屋へと向かうのであった‥‥‥。
ところで、なんで魚の話になったんだっけ?




