ー5ー
何もない空間だった。
音も、風も、痛みすらもなかった。
ただ、どこまでも白い世界――それがすべてだった。
「……ここは……?」
気づけば、自分は立っていた。
地に足を着けている感覚はあるのに、地面がどこにあるのかもわからない。
なのに、心の奥がざわめいていた。
誰かが自分を見ている。そんな気配が、背中にあった。
「ここは、あなたの《境界》。意識と命の狭間よ」
振り返った先に、少女が立っていた。
年の頃は十を少し過ぎた程度。
肩まで垂れる真っ直ぐな銀髪、淡く光を反射するような紫の瞳。
少女は、まるでどこか別の世界から切り取られたような存在だった。
肩から足元までをすべて包むのは、一切の染みも皺もない――純白のトーガ。
布の縁には微かな銀の糸が走り、風もない空間で、まるで呼吸をしているようにたおやかに揺れている。
「……貴女は?」
「私は《セテラ》。この力に宿る意思 ……そう言えばわかりやすいかしら。 」
「……力?」
「ええ。あなたの身体に刻まれたスキル、《毒喰らい》……その核よ。」
セテラと名乗った少女は、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
その歩みには影も音もない。白に溶け込むような存在だった。
「その力は、毒を“喰らい”、苦痛や呪いを“力”へと変える異能。
あなたが取り込んだすべての害を、私が媒介して、刃へと還元するの。」
苦しみを力へ――。
「あなたが逃げずに“喰らう”なら、私は何度でも応える。
限界を超える力が欲しいなら、ただ喰らい続けなさい。
でも覚えていて。これは祝福であると同時に――呪いよ。」
その言葉だけが、やけに深く胸に刺さった。
「……なんで、そんな力が……自分に?」
「さあ。それは、あなた自身が知っているんじゃない?」
セテラは、ふっと微笑んだ。
その笑みは柔らかく、それでいて、どこか哀しげだった。
「喰らいなさい、クロノ。あなたの痛みも、恐怖も、私は全部憶えてる。
だから――あなたが“喰らう”限り、私は“力”を与えるわ。」
そして、白の世界が溶け出した。
視界が揺れ、光が遠ざかっていく。
-----------
「……ぅ、あ……」
目を開けた。
硬い地面の感触。刺すような草の匂い。遠くで風が葉を揺らす音。ああ……戻ってきた。現実だ。
「……リリー様……?」
あたりを見回す。
――いない。
「……リリー様!!」
叫んだ声は森に吸われるように消えていった。彼女の姿はどこにもなかった。
落ちた矢も、馬の痕跡も……まるで何もなかったかのように。
胸の奥がざわめいた。熱いものが込み上げる。再び、自分の中で“何か”が動き出す音がした。
「……探さないと。」
視界の隅がじわりと赤く染まった。
かすかなノイズと共に、今まで見えなかったはずの“何か”が浮かび上がる。
──【Potential release】
──【Body Modification】
──【point:328400】
見慣れた情報表示。その下に、新たに出現した選択肢。
以前は淡く霞んでいたはずの項目が、今は赤く、鮮烈に輝いていた。
選択肢を辿ると、そこに並ぶのは──
・火属性魔法 point:390000
・水属性魔法 point:590000
・風属性魔法 point:750000
・土属性魔法 point:350000
・etc...
息を呑む。
そのとき、胸の奥にふっと声がよみがえった。
『あなたが“喰らう”限り、私は力を返すから。』
セテラ――あの白い空間で出会った少女。
純白のトーガをまとい、どこか哀しげに笑った彼女の言葉が、今になって心に重く響く。
「“進化”の選択肢か。」
“毒を喰らう”ことで蓄積された刃。
痛みも、死にかけた数々の記憶も──全部、無駄じゃなかったというのか。
【鑑定Lv.1】
Points required to obtain : 70000
effect: 対象のステータスやスキル、状態を確認する。
クロノはもう一度文字を見つめ直した。データが目の前に映し出され、どれもこれも自分にとっては新しい情報だ。
“鑑定”というスキルを確認した直後、画面に赤く点滅する「 acquisition 」と書かれたボタンが現れた。クロノは迷うことなく、その文字に触れる。
《 鑑定 Skill Acquisition Success! 》
視界の隅にそう表示された瞬間、自分の体がわずかに震えた。
その感覚は、何かが体の中に新たに宿ったような感覚だった。“鑑定”というスキルが、確かに自分のものとなったのだ。
自分のステータスを改めて見直すと、【point: 258400 】と減っていた。
スキル取得に必要だったポイントが確かに差し引かれている。
クロノは無意識に手を握りしめた。自分に与えられた力が、今やリリー様を救うための武器になる。リリー様を見つけ出し、守るために。
「これで、リリー様を…。」
再び文字を覗き込んだ。次はどうするべきか。今すぐにでもそのスキルを試してみたかったが、ここで無駄に魔力を消費するわけにはいかない。
今の状況を打破するためのスキルがいる。
読んで下さりありがとうございます。
面白かった、続きを読みたいと思ってくださった方、是非フォロー、ブックマークをお願いします。
作者の決意の火に燃料が投下されます。