ー4ー
「この町から逃げてリリーを守ってくれるか。」
オスカー様の言葉が、まだ頭の奥で残響している。
貴族が奴隷に娘を託すなど、本来なら考えられることじゃない。けれど――自分は頷いた。
リリー様は泣き叫んだ。「父様と母様を置いていけるはずがない」と何度も言って、必死に自分の腕を叩いた。
それでも、屋敷の上空に黒い影が現れ、外壁が崩れ落ち、ヴァルカンがその姿を現したとき――もう、選択肢なんて残されていなかった。
全速力で馬を走らせる。リリー様は自分の背にしがみつき、震えていた。
「問題ありません。大丈夫です。」そう言ってみせたが、それが嘘だということくらい、自分が一番わかっていた。怖かった。追いつかれる気がして、息をするたびに心臓が凍るようだった。
そんな中、風を切る音がした。振り返る暇もなかった。
「っぐ……!」
肩に何かが突き刺さった瞬間、世界が暗転した。
焼けた鉄を流し込まれたような熱さ。いや、違う。
痛みだ。
とてつもない激痛が、肩から胸へと広がっていく。
「ぐっ……あ……っ……!」
声が漏れた。喉の奥から絞り出されるような声。視界が霞んでいく。
手綱を握る手が震え、感覚がなくなる。
馬の背で体が揺れ、足が外れる。
視界が傾いだ。その瞬間、落ちると悟った。
「……っ!」
背中から地面に叩きつけられ、肺の中の空気が一気に抜けた。地面の冷たさと、血と土の匂い。目の前が白く明滅する。
けれど、痛みは終わらなかった。むしろ――そこからが本番だった。
毒が神経を這い回り、内側から骨を焼く。体の中に火を放たれたようだった。何もかもが熱く、痛く、動かない。
「く……そ……」
自分の声が、自分のものとは思えなかった。
「クロノッ! クロノ、お願い目を開けてッ!」
リリー様の声が聞こえる。けれど遠い。水の底から響いてくるみたいに、ぼやけていた。
……もう、だめかもしれない。守るって、誓ったばかりなのに――
そのときだった。
《Limits exceeded. Toxic reaction has reached dangerous levels.》
《Rapid Relief Execution.》
《Survival instinct confirmed.》
《 --Skill [毒喰らい], activate》
視界が崩れ落ちる。
意識が、深く沈んでいった。
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作者の決意の火に燃料が投下されます。