-3-
町の外壁が見えた瞬間、膝が崩れ落ちそうになった。
それでも気力を振り絞り、門番に追い払われるようにして町へ足を踏み入れる。通りを駆け抜け、息を切らせながら屋敷の扉を叩いた。
「……私が以前、何と言ったか覚えているか、奴隷。」
オスカー様の書斎へ向かう途中、廊下で執事のひとりとすれ違う――その瞬間、足を払われ、床に倒れ込んだ。
「も、申し訳……ございません。今……!」
「私に近寄るなと、言ったはずだろう。奴隷風情が……同じ空間にいるだけで吐き気がする。」
体勢を立て直す間もなく、蹴りが腹部に叩き込まれる。
「そんな薄汚い格好で、屋敷をうろつくな。目障りだ。」
「その足をどけろ、ラルネイ。」
張り詰めた空気を裂くように、オスカー様の声が響いた。
「オ、オスカー様……っ。申し訳ございません。この奴隷が無礼を働きましたので……応分の処置を……」
沈黙。
オスカー様は目を伏せ、ほんの数秒、深く思案するように息を止めた。そして静かに、しかし抗えぬ決断として言い放つ。
「ラルネイ。貴様は……クビだ。」
「な、なぜです!? 奴隷が蔑まれることなど、この屋敷の誰もが承知しているはずだ! 手を出した程度で解雇とは……っ!」
「……あまり私の手を煩わせないでくれ、ラルネイ。」
ラルネイは息を呑み、悔しげに唇を噛み締めながらも頭を垂れる。
「……納得が、いきません……。失礼します……」
怒気と怯えの入り混じった顔で、廊下の奥へと姿を消していった。
「……傷が酷いな。何があった。」
オスカー様が手を差し伸べると、その掌に淡く青い魔力の光が宿り迷いなく、その手を自分の胸元へと当てた。
蒼光が全身に広がり、焼けるようだった首の痛みが消えていく。
ひび割れた肋骨、裂けた皮膚、重く沈むような疲労――すべてが、静かに、確かに癒えていく。
「……話せ。何があった。」
その一言を合図に、胸の奥で堰き止められていた記憶が、奔流となってあふれ出した。
魔物の死体の山。猛る虎の獣人。底知れぬ異様な力。そして、奴に「ヴァルカン」と名を呼びかけた、獅子の獣人――。
すべてを語り終えたとき、オスカー様は静かに目を閉じた。長い沈黙が、部屋に落ちる。
「クロノ ...一つ頼みがある。」
読んで下さりありがとうございます。
面白かった、続きを読みたいと思ってくださった方、是非フォロー、ブックマークをお願いします。
作者の決意の火に燃料が投下されます。