ー31ー
攻め込まれる前に踏み込む。
足裏に魔力を込め、地面を弾き飛ばすように──瞬歩。
視界が一瞬、流れに溶け、次の瞬間にはバルザックの背後にいた。
回し蹴りを振り抜く。
だが──
「遅ぇ。」
振り返りもせず、奴の左手が自分の足首をがっしりと掴む。
骨が軋む。脛の奥にまで握力が食い込み、背筋が勝手にこわばる。
視界が天地ごと反転し──
ドゴォンッ!
外壁が粉を吐く。衝撃で肺の空気が押し出され、喉が勝手に鳴る。
砂煙の中、低く響く笑い声。
「いい蹴りだな。」
余裕たっぷりの口調。
喉奥に熱がこみ上げ、奥歯がきしむ。
奴の左拳が唸りを上げて迫る。
(正面から受ければ──終わる)
反射で身を捩じり、紙一重でかわす。
直後、足元で地面が爆ぜ、衝撃が脛から腹へ突き上げる。粉塵が舞い、視界が白に溶けた。
「……我が身は望む──幻惑の霧」
足先から淡い霧を吐き出す。空気が乱れ、白がさらに濃くなっていく。
力勝負では押し切れない。なら、手数で削る。
水を生み、形を整える。自分の輪郭を寸分違わず写した人形。
その表面を幻影で覆い、もう一人の自分を作り出す。
偽りの姿
奴は霧を警戒し、一歩引いた。
その刹那、水弾を指先で弾くように放つ。
飛沫には細かく砕いた《女神の涙》の結晶。
腕で弾いた瞬間、結晶が奴の肌を裂き、赤が滲む。
……効いたな。
霧の奥から水人形を突進させる。
拳が唸り、頭部が砕け、しぶきが飛び散る。観衆がざわつき、「やりすぎじゃねぇか…」という声が耳に混ざる。
後ろでリリー様が息を呑む音。
(感触で……見抜いたか)
バルザックの目が鋭く細まる。
その瞬間、背後に回り込み、後ろ回し蹴りを放つ──が、再び左手で足を掴まれる。
止まらず、右拳を突き出す。
それも右手で掴まれる。
ならば──残った右足を使うだけだ。
「──ッ!」
頭部めがけて叩きつける。手応えと同時に、甲高い女の声が響く。
「バルザックさん!! あなた何やってるんですか!」
眼鏡の女が駆け込んできて、ギルドマスターを容赦なく叱り飛ばした。
足を掴まれたまま、どう動くか一瞬の思考が巡った時、甲高い女の声が場を切り裂いた。
「私が打ち合わせで出かけている間に、何やってるんですか!」
扉の向こうから現れたのは、眼鏡を掛けた細身の女性。
肩から下げた書類袋が揺れ、その目は戦場の殺気よりよほど冷たい。
「いや、息抜きに少しだな。」
バルザックの声が、さっきまでの獣じみた迫力を失っている。
「それならもちろん、私が頼んでいた書類の始末は終わってますよね──バルザック・ドラバイトさん。」
一拍、沈黙。
観衆も自分も、思わず息を止める。
「……。」
「出来てないんですね! これだから書類は刻々と溜まる一方なんですよ!」
女性の声がギルド中に響き、周囲から押し殺した笑いが漏れる。
「そのなんだ……今、男の約束を掛けた試合をだな……。」
「何を言ってるんですか? あなたの負けですよ。いいから早く汚れを落として部屋に来てください! いいですね!」
……さっきまで自分を圧倒していた男が、子猫のように小さく頷いている。
その光景に、魔法を解き、俺も呆気に取られて立ち尽くしていた。
──これが、帝都冒険者ギルド本部のギルドマスターなのかと。
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作者の決意の火に燃料が投下されます。




