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魔物の気配がしない。
【竜骸】以降、急激に増加した魔物たちは、森林での生存競争に敗れ、脅威度の低い個体ほど町の外壁付近にまで姿を現すようになった。
小鬼、大猪、岩鷲――いつ遭遇してもおかしくないはずなのに、一度も襲われないなど異常にも程がある。
門兵に知らせるために引き返すべきか……
だが、たとえ真実でも、奴隷の言葉に耳を貸す者などいやしない。
リリー様には申し訳ないが、魚は諦めてもらうことにしよう。
背中を汗が伝い落ちる。引き返したい衝動を必死に抑え、湖へと足を急がせた。
湖は静かだった。
あまりにも、静かすぎた。
木々のざわめきも、虫の羽音も、まるで誰かが切り取ったかのように、何も聞こえない。
ただ、腐ったような、鉄のような匂いだけが、風に乗って鼻を突く。
水辺に踏み込んだ瞬間、足元がぬかるみに沈んだ。見下ろすと、黒ずんだ皮膚――それが小鬼の腕だと気づいたのは、ほんの一瞬あとだった。
目を上げると、そこにあったのは、死体の山。岩鷲のちぎれた翼、大猪の裂けた腹、小鬼の潰れた頭蓋。
血に染まりきった地面の真ん中で、何かが動いた。
そいつは……人のようで、人ではなかった。
筋骨隆々の腕、縞模様の毛皮、むき出しの牙。虎の姿をした獣人が、屈み込みながら魔物の肉をむさぼっていた。
……目が合った。
次の瞬間には、地面に叩きつけられていた。
「っが……!」
息ができない。喉に何かが食い込んでいる。
見ると、片腕で自分の首を押さえつけ、獣人が真上から覗き込んでいた。
呼吸ひとつ聞こえない。
「……弱ぇな。」
絞るような低い声が耳を打つ。
首が、焼けるように痛い。視界が狭くなって、手足が痺れてきた。
――死ぬ。自分は、ここで――
「ヴァルカンッッ!!」
吠えるような怒声と共に、圧が消えた。
視界の端に、金色のたてがみ。もう一体の獣人――獅子の姿をしたそれが、虎を跳ね飛ばしていた。
「久しいじゃねえか。落ちこぼれの敗北者が。」
二体は、一言のやり取りもなくぶつかり合った。
風がうねり、地面が抉れ、空気が震える。
這うように立ち上がり、喉を押さえながら森へと逃げ出した。肺が焼ける。目の奥が痛む。血の味が、喉の奥に広がっていく。
足がもつれて転びそうになる。それでも、必死に町を目指して走り続けた。
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作者の決意の火に燃料が投下されます。




