ー24ー
「……ごめんなさい。」
リリー様の声が震えていた。
その手は、確かに癒しの力を込めてくれていた。傷口は塞がり、焼け焦げた皮膚も血管も、ゆっくりと元の形に戻り始めている。
だが――
「……腕だけは、戻せなかった。」
リリー様の両手は震え、涙が頬を伝って地面に落ちていく。
その姿は、あまりにも無力に見えた。
自分のために泣いてくれている。それがどれほど尊いものかは、理解している。
けれど――
「リリー様。」
自分は静かに言葉を紡ぐ。
「謝らないでください。」
ゆっくりと、リリー様の手に、自分の右手を重ねる。片腕しか残っていなくても、この想いだけは、まっすぐ伝えたかった。
「そして、自分には……まだ手段があります。」
視界の端に映る数字を見る。
―― point:73,000pt
なにかあった時の為に取っておいた数値。
今このとき、自分に必要なのは――これだ。
意識を向け、ウィンドウが切り替わる。
・再生 point:71500pt
オークなどが持つ、自己修復の肉体特性。
《success.》
その瞬間、自分の魔力の消費が始まった。
焼け焦げていた左肩の付け根に、鈍い熱が集まり始める。細胞が脈打ち、骨が伸び、肉が繋がり始める――!
「……クロノ!? 」
リリー様が顔を上げた。その瞳に驚きと希望が同時に灯る。
(……これが、《再生》の力。)
左肩から、新たな肉が形を作り出していく。指先、手の甲、そして前腕。再構成された腕は、まだ感覚が鈍いが、確かに“そこに”あった。
自分は静かに、左の拳を握る。
「リリー様のお陰で腕以上のものは失わなかったんです。ありがとうございます。援護がなければ死んでいました。」
あの瞬間だけは凌げなかった。
自分の命は、確かに――彼女の想いで繋がれた。
その時だった。
「……クロノ……っ。」
名を呼ぶ声が震え、次の瞬間、彼女の身体が飛び込んできた。
柔らかな感触と共に、細い腕が自分の背を強く抱き締めてくる。
「よかった……本当によかった……!」
嗚咽交じりの声。胸元に頬を押し当て、まるで子供のように泣きじゃくる彼女の姿に、自分は戸惑いながらも、ぎこちなく両手を宙に浮かせた。
(ち、近い……ッ。)
その柔らかさも、体温も、香りまでもが、無防備に押し寄せてくる。
「リ、リリー様……そ、それは……っ、あの、距離が……!」
情けない声が出た。だが、止まらなかった。
彼女は気づいていない――いや、気づいたとしても、止められないのだろう。
「……どうして、私は……!私がもっと上手く魔法を使えていれば...!」
その細い指先が、自分の服をきゅっと掴んだ。
(……強くなっている。)
抱き締める力が、徐々に強まっていく。
この涙を止めたいと願うことすら、自分には、きっとおこがましい。
彼女が自分の無力さに涙しているなら、その涙を、守り切れる力を持たなければならない。
だからこそ、自分は――
彼女の背に、再生した左腕を、僅かに震えながらそっと回そうとするとリリー様の力がふっと消える。
そのまま、自分の胸元へ、崩れ落ちるように――倒れ込む。
「……リリー様?」
呼びかけには、返事がなかった。
その額に触れる。冷や汗が滲んでいた。呼吸は浅く、鼓動も細い。完全に、意識を手放している。
(魔力の使いすぎ……いや、枯渇か。)
自分を守るために、ためらわず最大魔法を放った。
その後もすぐに治癒に入ってくれたのだ。体内に残る魔力を、使い切るまで。
自分のせいだ。
自分が力不足だったせいで、彼女にここまで背負わせてしまった。
「……本当に、すみません。」
誰にも聞かれることのない謝罪を、小さく口にした。
リリー様の体をそっと抱き上げる。細くて、軽い。だが、この腕に抱えるには重すぎるほどに、彼女の存在は自分の中で大きかった。
馬を呼ぶと、従順なその背にリリー様を預け、自分も手綱を握る。
馬は走る。街道を、帝都へ向けて。
今はただ、一刻も早く、安全な場所へ。
走らせながらも、視線は時折、リリー様へと向かう。
その顔は安らかだ。だが、その安らかさが、余計に胸を締めつける。
噛み締めた唇に、血の味が広がる。
街道を馬が走る。
倒れたままのリリー様の髪が、風に揺れていた。
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作者の決意の火に燃料が投下されます。




