ー23ー
戦闘描写って難しい...
コリンの手から、小さなナイフが放たれた。
軌道は直線。真正面から、こちらを試すような投擲。
――浅い。
槍の柄で払い落とす。鉄片が地面に転がり、乾いた音を立てた。
その音が、合図だったかのように。
「……っ!」
空間が、牙を剥いた。
茂み、木の陰、地面の窪み。誰もいないはずの死角という死角から、無数のナイフが殺到してくる。
(飛道具か――数が多すぎる。全部は捌けない。)
瞬時に判断し、地を蹴った。体をしならさせて跳躍する。空中へ、一気に抜ける。
が――そのとき、視界の端で、コリンが指を鳴らした。
「ピンポーン、正解。」
――来る!
直後、空間が青白く閃いた。
上空に仕掛けられていたスクロールが炸裂する。雷撃。視界すら焼く光の刃が、空中の俺を包み込むように走った。
「ぐ……っ!」
とっさに腕を交差し、防御を形成する。だが展開が一瞬遅れた。左肩を雷撃がかすめ、肌を焼くような痛みが走る。
空中でバランスを崩し、そのまま地面に叩きつけられた。
膝をつく。左肩から煙が上がっていた。皮膚が裂けている。痛みよりも先に、コリンの動きに意識を集中する。
「ふぅん、なるほど。打たれ強いかと思ったけど、そこまで慣れてないんだ?」
コリンが軽くステップを踏みながら、こちらへ歩いてくる。口元に笑みを浮かべたまま。だがその笑みの裏にあるものは、よく知っている。――殺し慣れた目だ。
「足元にも、空にも、罠は張ってあるよ? 一撃で倒せとは言われてないし、少しずつ削るのも悪くないでしょ?」
コリンの言葉に、俺は何も返さない。ただ立ち上がり、呼吸を整える。
(読まれていた。跳躍も、魔力の流れも、先手を取られた。)
罠の配置範囲。投擲角度。目線の動き。言葉の選び方。
無駄なようでいて、全てが情報だ。
俺は静かに魔力を探る。
……やはり、罠は発動の瞬間にしか感知できない。
それまでは空気すら騙すように、気配も魔力も遮断されている。視線も、魔力の流れも、読ませないように設計された罠だ。
(なら――起動させる隙を与えなければいい。)
距離を詰める。足元に潜む危険も承知の上で、正面からコリンへと突きかかる。
コリンの笑みが、わずかに歪んだ。
「うわ、そんなにがっつかないでよ。」
軽い口調と同時に、奴の左足が地を蹴る。懐に入った俺の腹部へ、強烈な膝蹴り――否、フェイントだ。直後、奴の左手が俺の肩に触れた。
「――バイバイ。」
何かが、熱を持って肩に張り付いた。
(……罠!?)
次の瞬間、白光が弾けた。
「――っ!!」
轟音と共に、左腕が吹き飛んだ。焼け焦げた肉片が宙を舞い、世界が赤く染まる。
衝撃で視界が霞む。痛みが神経を焼き切るほどに鋭い。だが――膝をつく暇も、倒れる暇もない。
その瞬間――
「クロノッ!!」
天から降るような光が、戦場を照らした。
リリー様の声。彼女の魔力が、一気に解き放たれる。
「《ホーリーインパルス》!」
純白の魔法陣が空に浮かび、放たれた聖なる衝撃波が、一直線にコリンへと襲いかかった。鋭い閃光が、空気を轟、地を走る。
「まず、これはちょっと――!」
コリンが舌打ちし、身体を翻す。光はコリンの体を捉え、爆風で砂塵を巻き上げた。
聖光の衝撃が直撃した。
コリンの身体が、宙へと軽く跳ね上がる。砂塵が舞い、焼けたような焦げ臭い匂いが立ち込める中、奴は地面に着地した。
だが、あの余裕の笑みは――そこには、なかった。
「……へえ。なるほど。ちょっと油断したかも。」
肩を上下させ、うっすらと笑う。だがその声に、確実に焦りが滲んでいる。
「こりゃ、ちょっと……予定外だったな。ここで終わるのも、悪くないかもしれないけど――」
口元を拭うその手には、血がついていた。
「……今日は引くよ。あんまり、身を削る趣味はなくてね。」
コリンが撤退の意を口にしたその瞬間――俺は動いた。
(逃がさない。)
地に這わせていた毒を、一気に反転させる。魔力を注ぎ込み、鋭く、鋭く、まるで鳥籠のように立ち上がる毒の槍を形成する。
「――鋭利なる毒の槍」
無数の毒槍が四方からコリンを包囲し、逃げ場を潰す。逃げ道はない。はずだった。
「っとっと、危ない危ない……!」
――コリンの姿が、ふっと消えた。
(……!?)
次の瞬間、倒れた盗賊の死体と入れ替わる。
「ふぅ……これ以上いると、ほんとに死にそう。」
軽口を叩きながら、奴の身体が徐々に、森の中に溶けていく。
(逃げられる……ッ。)
だが――それは終わりではなかった。
じゃ、最後に置き土産――ってことで。」
その声が空気に消える刹那、戦場全域に膨大な魔力の震えが走った。
まるで時限式のように、地面や木々、死体の陰、俺たちの足元――あらゆる箇所から、魔力の光が一斉に浮かび上がる。
「リリー様――っ!」
体が勝手に動いていた。
「――結晶壁!」
透明な結晶の壁が、自身とリリー様を取り囲み展開する。
《女神の涙晶》の壁でリリー様は守れた。だが、すべての爆裂を遮断しきれたわけではない。罠は仕掛けの巧妙さだけでなく、魔力の連鎖反応によって、空間ごと崩すように仕組まれていた。
背中から喰らう。凄まじい熱と衝撃が皮膚を裂き、肺を潰し、骨にまで軋む振動が伝わった。
「――ッ……!」
息が抜けた。世界が遠のく。音が消え、光がぼやけ、感覚が砕けていく。
(……まだ、だ)
焼けた左腕はとうに感覚がなかった。身体のあちこちが軋みを上げている。それでも、自分は倒れるわけにはいかない。
「クロノッ!!」
リリー様の声が届く。痛みよりも、彼女の叫びが胸を貫いた。
自分は地を這い、右手で土を掴み、なんとか上体を起こす。
視界の先、涙晶の壁の向こうに、無傷のリリー様がいた。彼女の目に浮かぶのは、安堵と、怒りと、何より――悲しみだった。
「ご無事で……よかった……」
言葉を紡ぐのも辛かったが、それだけは伝えねばならなかった。
「動かないで、すぐに癒すから……!」
リリー様が駆け寄り、手を伸ばしてくる。聖なる魔力が胸元に流れ込み、焼け焦げた内側に、柔らかな光が広がった。温かい。けれど、その温もりを受けるたび、自分の不甲斐なさが突きつけられる。
(リリー様を庇って、これが限界か……。)
コリンは、もう姿を消していた。まるで最初からいなかったかのように、痕跡すら残していない。だが、確かに感じた。
あの男はまだ終わっていない。
あれは“撤退”ではなく、“間合いの取り直し”だ。
「……次は、逃がさない。」
誰に向けた言葉か、自分でもわからなかった。だが、自然と唇からこぼれていた。
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作者の決意の火に燃料が投下されます。




