ー22ー
PV伸ばす為に投稿時間変えます。すみません。
夜も更け、窓の外に虫の声が響く中。
戸口を小さく叩く音がして、自分が静かに立ち上がると、外には一人の若い村の女性が立っていた。
「……あの、遅くにごめんなさい。これ……よかったら。」
差し出されたのは、ほのかに甘い香りを含んだ薄いスープ。それに、焼いた穀物の小さなパンが添えられた、簡素な膳だった。
女性は気まずそうに目を伏せながら、小さな声で言葉を続けた。
「……村長のこと、本当にごめんなさい。あの人、昔からちょっと頑固で……村の中にも、奴隷の方を偏見で見る人、まだいて……。」
リリー様が立ち上がり、そっと微笑んだ。
「お気持ち、ありがとうございます。助けたのは見返りを求めてのことではありません。あなたの、その気遣いだけで、私たちは十分に報われていますわ。」
女性は、ほっとしたように顔を綻ばせたが、それでも小さく首を振る。
「……本当はもっと、ちゃんとしたものをお出ししたかったんですけど……。」
リリー様は、優しく微笑みながら首を振った。
「いいえ。心からの気持ちは、料理の豪華さより、ずっと尊いものですわ。」
そのやりとりを少し後ろで見守っていた自分は、女性に一歩近づき、深く頭を下げる。
「……自分のような者に、心遣いを感謝します。」
その声に、女性は一瞬目を見張ったが、すぐに少しだけ頬を赤らめ、かすかに微笑んだ。
「こちらこそ……助けてくださって、ありがとうございます。」
言葉を交わしたあと、ふと女性は外の夜風に目をやり、小さく吐息をこぼした。
「……最近、帝都の周りも物騒で……北のソルド地方が騒がしいって話は聞いてたけど、こっちでも最近、道を通る人たちが急に減って。衛兵もあまり見かけないし、村の男の人たちも不安がってて。」
「帝都周辺の治安が、悪化しているのですか?」
リリー様の問いに、女性は不安げにうなずいた。
「はい。うわさ話ですけど……北の方に騎士団が集められたとかで、こっちは手薄になってるとか。だから、盗賊や流れ者が増えてるって……それで、村も警戒してたんですけど。」
その目には、今夜の惨状を思い返すような陰が落ちていた。
「ご安心ください。今夜はもう、誰も村を襲いには来ません。」
自分はそう口にして、静かに外の夜気に目を向けた。
その奥に広がる闇の向こうで、何かが蠢いているような気配――それもまた、否定できぬ感覚として、自分の胸に微かに残っていた。
翌朝。
村の空は晴れ渡り、昨夜の騒乱が嘘のように、澄んだ空気が辺りを包んでいた。
リリー様は、村人たちの見送りを受けながら、静かに村を発った。
帝都までは、ここからさらに三日。
この道程を、ただ穏やかに進めれば――そう願っていた。
だが、その願いが叶わぬことは、二人が帝都を目前にした、その日の午後に判明する。
「……気配。数十……いや、それ以上。」
自分は歩を止め、視線を前方の木立へと向けた。
「クロノ?」
リリー様が小さく問いかける声に、自分は頷き返す。
「……囲まれました。数は……二十を超えます。恐らく、報復目的でしょう。」
その名を口にすると同時に、木々の陰から黒ずくめの集団が、ぞろぞろと姿を現す。
皮鎧と、手入れの行き届いた武器を携えた彼らの中央――比較的、装備の整った男が一歩、前へ出た。
「はーい、そこでストップ。お姫様に奴隷一人。まさか、このまま通れると思ったわけじゃないよね?」
男は笑っていた。だがその笑みは、意図的に作られた軽薄さと、内に潜む殺意を隠しきれていない。
「名乗れ。」
自分がそう告げると、敵の一団の中から、やけに調子のいい声が返ってきた。
「おっと、そう来る? いいね、礼儀ってやつは大事だよ、うん。」
前へと一歩。黒霧を思わせるような濃い灰色のマントをはためかせて、小柄な青年が姿を現した。その軽薄な笑みの裏には、妙に冷めた気配がある。
「僕の名前はコリン。黒霧団――いわゆるブラックミストの“目付け役”ってとこかな? あんまり偉くはないけど、ちょっとは立場あるんだよね。君たちに会いに来るなんて、僕にしちゃ珍しいお仕事さ。」
「……用件を。」
「まぁまぁ、そう焦らないでよ。ほら、こう見えて僕、話好きなんだよね。」
コリンは口元に指を添えて、くすくすと笑う。自分はその無駄な動き一つひとつを観察しながら、静かに魔力の流れに意識を傾ける。
「それでね、うちの仲間が――ほら、あの村の近くで――何人かやられたらしいんだ。殺したのって、君たちでしょ?」
「……否定はしません。」
「だよねー。いや、わかってた。でさ、それで終わればいいんだけど……ほら、うちのボス、そういうの許さないタイプでさ。見せしめってやつ? 盗賊って、舐められたら仕舞いの仕事じゃん。」
「……命令か。」
「うんうん。上からの指示でね。“イレギュラーを帝都に入れるな”って。何がイレギュラーなのかは、僕もよくわかってないけど。まぁ、僕らはおとなしく言うこと聞かないといけなくてさ。」
ふざけた口ぶりのくせに、目だけが笑っていない。
「殺された仲間の仇を取れってのもあるけど……上からの命令だし、あの人が言うなら、僕も動かないとねぇ。」
「で? どうする? ここで少し手荒なことしてもいいんだけど――君たち、どう足掻いたって詰みだと思うよ?」
自分は一歩、リリー様の前へ出る。
「……抵抗させて頂きますよ。」
その声に、コリンの笑みがさらに深くなる。
「おっかないなぁ。じゃあ、始めよっか?」
自分は深く息を吐き、意識を静かに沈めた。内なる魔力の流れに集中する。目に集中した魔力が、ひとつの意志に応じてゆっくりと脈打った。
《鑑定》。
視線の先―あの男へと魔力が細く伸びる。
(……まずは、敵の力量を知る。)
名前:コリン 種族:人間 職業:盗賊 レベル:32
■ 基本能力値
HP:350
MP:180
ATK:70
DEF:85
INT:75
MGR :65
AGL:72
■ アクティブスキル
《罠設置》Lv4
《多弾射撃》Lv3
《精密射撃》Lv2
《収納》Lv3
■ パッシブスキル
《回避》Lv3
《暗殺術》Lv2
自分はあらかじめ仕込んでいた毒を拳を打ち付け、展開する。地中に展開していた毒が一瞬で反応し、足元の大地から無数の槍が咲き乱れる。
「――散華の毒槍。」
咲き誇るは死の華。毒を纏い、放たれた魔法と矢を全て打ち払いながら、周囲の盗賊たちを容赦なく貫いた。
断末魔すらあげる暇もなく、十を超える敵影がその場に崩れ落ちる。
だが――ひとりだけ。
ひらり、と。黒い影が毒槍の合間を縫って後方へ跳ね退き、無傷で着地する。
「うっわ、危ないなぁっ!」
コリン。目を丸くしているが、その瞳に怯えはない。むしろ、仲間が一掃されたというのに、その口元には笑みすら浮かんでいた。
「仲間を一瞬で殺されて、その反応か。」
自分が呟くと、コリンは肩を竦めた。
「いやー、普通じゃないね君。」
次の瞬間、手のひらから飛び出した小型の投擲ナイフが、鋭く空を裂く。が――
「遅い。」
生成した槍を掴み、それを難なく打ち落とす。
キン、と乾いた音を立てて地面に落ちる鉄の破片。その音すら、静寂に沈む森の中で際立って響いた。
「ふむ……それすら反応されちゃうか。じゃあ、ちょっと頭使わないとね。」
そう呟きながら、コリンはゆっくりと距離を取り始める。足の動きは無駄がなく、視線は常にこちらの動きを捉えていた。
間違いない。こいつ――経験も、実力もある。
「リリー様、後退を。」
「ええ、わかったわ。」
自分は僅かに身を低くし、周囲の魔力を再び探る。
今度は一手では崩れない。――戦場全体を使う。
「さあ、続けようよ? 君、本当に面白いね。」
再び笑みを浮かべるコリンの瞳は、まるで獣のように、こちらの隙を見計らっていた。
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作者の決意の火に燃料が投下されます。




