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ー20ー



 森の斜面を抜けた先。視界に飛び込んできたのは、赤黒く染まる屋根と立ち上る黒煙。

 焼ける木材の匂いが風に混ざり、刺激臭が鼻をつく。


 「リリー様。馬はここで。……自分が、先行します、リリー様は村人の救出を。」


 そう言って馬から降りると、木陰に手綱を結び、慎重に坂を下りていく。

 遠目に確認できる村の広場。数人の女たちが縄で繋がれ、男たちは抵抗の果てに倒れていた。

 その周囲を囲むように、十数名の野盗たちが乱雑に動き回っている。


 顔を隠し、皮鎧を纏い、腰に乱雑な剣や棍棒。

 そして彼らの会話は、耳を覆いたくなるような卑しさに満ちていた。


 「金目のもんは奥の倉に全部突っ込め! 女は後で連れてけ、売れるな、あれは。」


 「チッ、男どもがすぐ抵抗するからよ……あーあ、血で服が汚れたぜ」


 (……村を襲い、女を捉え、男を殺す。典型的な野党団。許す訳にはいかない。)


 自分は左手を上げ、指先に魔力を収束させる。

 詠唱は、要らない。


 《スキップ》


 魔法回路が一気に展開される。言葉の流れを飛ばし、ただ核心だけを押し出す。


 「……我が身は望む...幻惑の霧ミラージュブルイャール。」


 自分の足元から、空気がうねるように広がっていく。

 白灰の霧が地を這い、家々の隙間を通り抜け、野盗たちの間へと染み込んでいくように満ちていく。


 視界が揺れる。音が歪む。距離が曖昧になる。


 「な、なんだ……? 霧か……!? 急に……見えねぇ……!」


 「おい!? 誰だ、声出せ、居場所を教えろッ!!」


 「っ……なんだこの霧、気味が悪ィ……!」


 ――《生産》《放出》

 ――《液状操作》《物体操作》


自分は左手を胸元にかざし、魔力を引き上げる。


「……応えろ。」


ギィ……ギィィッ……!


空気が歪む。

大気が蠢き、周囲の霧を巻き込みながら、毒が結晶化を始めた。


白の霧の帳を縫うように、淡い紫が浮かびあがっていく。


生と死の狭間で生まれた、“凶槍”。


カチッ……ピシィ……キィィィィン……ッ!


細長く、鋭く。

結晶化した毒が、槍の形を成した。


薄い白の霧が、なおもその大槍を包み込んでいる。

見えない熱気が、じりじりと周囲を歪めるように滲む。


女神の涙晶(ラクリマ・ディヴァ)の長槍。


槍を引き抜くと、別の一人が逃げるように振り返った。

だが――遅い。


「ッがはっ……!」


胸板を、槍が深く貫く。

毒が血流を走る前に、相手の目から光が消えた。


(……次。)


霧の中で足音を殺しながら、次の標的へと駆ける。

相手の姿が見えぬなら、自分もまた、見えぬ死を背後から与えるだけだ。


一方その頃。


「大丈夫よ、もう安心して。今、縄を外すわ――」


霧の端。まだ明るさの残る井戸のそばで、リリー様が捕らわれた村人たちの縄をほどいていた。

子供たちは怯えた目をしながらも、声に安心の色を浮かべる。


「お、お姉ちゃんは?」


「私はリリー。すぐに助けが来るわ。あなたたちはこの霧から離れて、建物の中へ!」


髪を振りながら、リリー様は救出を続ける。

治癒魔法ヒール・ライトを次々に展開し、負傷した者の腕や肩に触れては、淡い光で傷を癒していく。


「……っ、ありがとうございます。」


「感謝は後でいいわ、今は生きることを考えて!」


リリー様の声は強く、だが優しく響いた。

炎と霧と悲鳴の入り混じる中、それだけが道標として際立っていた。


その後も、自分は槍を手に、霧の中で確実に一人ずつ敵を仕留めていく。


悲鳴が、恐怖が、次第に消えていく。

霧の中で響くのは、短い叫びと、槍が肉を裂く音だけだ。


やがて最後の一人が槍の毒に倒れ、霧の中に沈む。


《幻影解除》


自分は静かに霧を解いた。

村を包んでいた白灰の帳が晴れていくと、そこには、


涙を流しながら抱き合う村人たちと、膝をついて祈るように手を重ねるリリー様の姿があった。


自分は、毒槍をゆっくりと地面に下ろす。


血と毒に塗れた槍を、自分は静かに見下ろしていた。


 これは――もう不要だ。


 《物体操作》のスキルを併用しながら、自分は槍の構造を崩し始める。


軟化し、細く、柔らかく、飲み込めるほどのサイズへと圧縮していく。


敵を貫いた槍が、わずか指ほどの長さに成り果てる。


 自分はそれを迷いなく口へと運び、ごくり、と喉の奥に落とし込んだ。


《0pt》


《Dispose of foreign objects.》


得るものはない。ただ、跡を残さずに済むという、それだけ。


自分は再び口を閉じ、何事もなかったかのように背筋を伸ばした。






読んで下さりありがとうございます。


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作者の決意の火に燃料が投下されます。


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