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奴隷の朝は早い。
鳥が囀り始めると共に目を覚まし庭に出て、剣を振り弓を引き的に矢を打ち立てる。
マリオン家に仕えるようになって早一年、オスカー様の御屋敷で部屋のひとつを与えられ生活を送っていた。
井戸で水を汲み、火照った身体を清めて身嗜みを整え屋敷の厨房へと向かう。
「来たか坊主。早速で悪いがこれを食べてくれ。」
厨房で作業していたバンガスさんから一つの果実が投げられる。
「アプルの実ですか。」
シャクリと実を齧り、口に頬張り咀嚼する。
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喉を通すと痺れが体中を巡り、床へと倒れ込む。
「坊主ッ。」
【Breaks down toxins】
【Paralysis easing】
視界の隅に文字が浮かび上がると同時に、体を縛っていた痺れが和らいでいく。
倒れた自分を抱え、心配してくれる人がすぐ側にいる。買われる前では考えられなかった事だ。
「毒性は以前と比べても明らかに改善してきています。この調子であれば3ヶ月程汚染の浄化を継続すれば領内で農作出来るようになるかと。」
広大な山林に囲まれた清閑な町 ロストーネ オスカー様が治める領地は厄災に見舞われていた。
濃密度の魔力に当てられた住民達が変死した事が発端だった。
土地は魔力に侵され、植物は毒を帯び魔物は凶暴になり人を襲う。
生きる竜、死せる竜厄災を齎す。
竜を討った英雄が死した竜に呪い殺され、竜殺しが愛した人も国すらもが滅びたお話。
後に帝国は竜の呪いを【竜骸】と名を定め、竜の死骸を発見した際にギルドへの報告を義務付けていた。
オスカー様が兵を動員し、ロストーネの森の奥地で発見した竜の骸。
素材を売却し、被害が出た農地のの補填や食料の入手、そして魔力汚染の浄化を手掛けていらっしゃる。
毒味役 それがオスカー様に与えられた此処での役割だ。
「それにしてもよく食べるな。倒れたばかりだってのに。」
今日の朝食は、鶏もも肉の焼きサンドとトマトスープだ。
専属料理人であるバンガス・ジルダットの仕事に外れはない。
カリッと焼き上げたパンを噛めば、ピリッとしたタレが絡まった柔らかな鶏モモの旨みが口に広がる。
トマトスープを口に含めば、酸味の効いた爽やかな喉越しが吹き抜ける。
毒味の後の食事が自分にとって至福の時間だ。
「ク~ロ~ノ~//」
掛け声と同時に両手を首に回し抱き着いて来るのは、オスカー様とシエラ様の一人娘であるリリー・マリオン様であった。
「リリー様。失礼とは存じますが、奴隷である自分に貴族の女性が抱き着くものではありませんと何度もお話した筈です。」
ふわりと靡く金色の髪、顔を覗き込んで来る宝石と見間違える青い目はどうしてクロノと訴え掛けて来るようだ。
「不埒な女性だと言う噂だって広まってしまう可能性だってあるんですよ。バンガスさんからも何か言ってあげて下さい。」
リリー様と出会った一年前のあの日、素っ気ない態度を取っていたリリー様は一体何処へ行ってしまわれたのか。
「勘弁してくれ坊主。俺が嬢様に物言える訳無いだろう。」
「どうせ私は不埒な女の子ですよー。私が抱きついているのに顔色一つクロノは変えてくれないだもの。」
「困りますリリー様。頬を撫でないでください。」
バンガスさんが最後の頼みの綱だったのだが、たった今頼みの綱では無くなってしまった。
自分の黒い髪を編み始めたリリー様をよそに、サンドイッチのおかわりを頂き頬張る。
「ねぇバンガス。私今日はキュキュスが食べたいの。用意出来るかしら。」
「キュキュスか。最近じゃ滅多に湖に近づく奴も少なくなったからな。今日は予定も詰まってる、用意は難しいな。」
「そう...我儘言ってごめんなさいバンガス。そろそろ魔法の勉学の時間だから部屋に戻るわね。」
リリー様はお優しくて、不器用な方だ。
今から向かえば夕飯には間に合うだろう。
「ご馳走ですバンガスさん。それでは夕飯のにキュキュスを使ったメニューを考えておいてください。」
ちょっと待てと静止が掛かったような気がしたが、気のせいだと思うことにしよう。
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作者の決意の火に燃料が投下されます。