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ー16ー



執務間の扉がノックもなく静かに開かれた。


姿を現したのは、威圧感のない柔らかな雰囲気の男――だが、その眼差しは鋭い。


「そこまでで手を引いて貰えないだろうか。」


男は静かにそう告げる。自分と目が合うと、軽く手を挙げて応えるように言った。


「驚かせてしまってすまない。私はウィリアム・ハート……ヘンリーの弟だ。」


ウィリアム・ハート。

名前だけは知っていた。表舞台には滅多に姿を見せないが、政務と内部統制を一手に握る人物だと聞いたことがオスカーが話していたのを覚えている。


「君が警戒するのも当然だ。だが、私は敵ではない。むしろ――君に感謝している。」


その言葉に、一瞬だけ警戒が緩む。


「……感謝?」


「長年、兄を穏便に失脚させる手段を探していた。証拠も慎重に集めていた……だが、君たちの登場で、それもすべて水泡に帰したよ。皮肉だが、これ以上に確実な結果もない。」


ウィリアムはヘンリーに視線を落とす。その目に怒気はなかった。ただ、深い諦めと覚悟だけがあった。


「この件は、私が引き取ろう。兄も、ラルネイも、私が処理する。君が手を下す必要はない。……それで納得してもらえないだろうか?」


信用できない──自分の目はそう言っていたのだろう。

 けれど、ウィリアム・ハートは臆することなく、自分の前に歩み出てきた。


 「……君が警戒するのは当然だ。だが私は、君に敵対する意思はないと誓おう。」


 そう言って、彼は懐から革袋をひとつ取り出すと、それを自分の足元に放った。

 重々しい音と共に開いた袋からは、分厚い帳簿と、金貨の詰まった小袋が覗いている。


 「そこのヘンリーの首を絞めるには、十分すぎる証拠だ。是非持って行ってくれたまえ。金の方は……そうだな、口止め料ということで納得してくれれば助かる。」


 目を細めながら、自分は慎重に帳簿を拾い上げた。

 丁寧に綴じられたその書物は、表紙こそ地味だが――中身はえげつない。

 領内で裏取引された資源、竜骸の素材の横流し、貴族との不正な金銭の流れ……そして、ヘンリー・ハートの名前。


 ……間違いない。本物だ。


 「これを、どうして自分に?」


 ウィリアムは疲れたように、そして少しだけ微笑んで肩を竦めた。


 「私はずっと、兄を穏便に処理する道を模索していたが、今となれば強引にでも当主の座を奪えば良かったと猛省しているよ。」


 その口調に、嘘は感じなかった。

 いや、たとえ嘘が混じっていても――これは利用できる。


 自分は帳簿をもう一度ぱらりと捲りながら、小さく呟いた。


 「……ずいぶんと、都合の良いタイミングですね。」


 「そう思ってもらって構わないよ。だが、君が勝ったのは事実だ。私は、その事実を最大限に活かすつもりだ。」


 ウィリアム・ハートの瞳は、どこまでも冷静で、どこまでが一体計算づくなのか怖くなるな。

 

 「では、自分も遠慮なく、使わせてもらいますよ。この帳簿も、金も……一つ貸しとしておきましょう。」


 「ふふ、それでいい。取引というのは、そういうものだろう?」


 短く言葉を交わしただけで、全てを読み合っているこの感覚。

 相手が“善人”でないことなど最初から分かっている。それでも、リリー様を守るためなら、どんな手だって使う。



ーーーー---------





冒険者ギルドの扉をくぐると、喧騒の中に見慣れた顔が見えた。リリー様だ。こちらに気づくと、小さく息を呑み、次の瞬間には椅子を蹴るようにして立ち上がった。


 「クロノ!」


 名を呼ばれた瞬間、自分は自然と歩み寄っていた。リリー様の瞳が潤んでいるのを見て、胸の奥がじんと熱くなる。


 「ご無事で、何よりです。」


 そう告げると、リリー様は一瞬だけ躊躇いを見せた後、ぎゅっと自分の両手を握った。細くて柔らかいその指先が、わずかに震えている。


 「クロノ……! 本当に、無事で良かった……!」


 その声に、ようやく自分も安堵を覚えた。緊張が抜けて、力が抜ける。任務を果たした――そう思えた瞬間だった。


 席に戻ってから、館での出来事を簡潔に報告した。ラルネイの裏切り、ヘンリーの陰謀、そしてウィリアムとの対話。すべてを包み隠さず話す。


 リリー様は黙って聞き続け、最後に小さく頷いた


 「リリー様。」


 言葉を探していたそのとき、リリー様はふと立ち上がり、場の冒険者たちを見渡した。


  ギルドの席に戻り、館での出来事をすべて報告した。ラルネイの裏切り、ヘンリーの陰謀、ウィリアムとの取引――すべてを、包み隠さず。


 リリー様は黙って聞き続け、最後に小さく頷いた。


 「でも、これは私一人の力じゃないわ。冒険者の皆が助けてくれたから、私は今ここにいるの。」


 そう言って立ち上がると、ギルド中に声を響かせた。


 「皆、本当にありがとう!」


 あちこちから拍手が起こる中、自分は腰の金袋から金貨を五枚取り出し、カウンターのマスターに手渡した。


「リリー様から感謝を込めて今日は奢りだそうだ。好きなだけ飲んでくれ。」


酒場の空気が一瞬止まり、次の瞬間、歓声が爆発する。


「うおおおおッ!!」

「マジか、女神だ!」

「クロノ、最高!! リリー様に乾杯だ!!」


 酒場は一瞬で祝宴の空気に包まれ、酒が運ばれ、笑い声があふれていく。


 「……クロノ、あなた勝手に。」


 「いいえ、リリー様のご無事と、皆の協力に対する感謝の気持ちです。口実が欲しかっただけですよ。」


 自分は肩をすくめて微笑んだ。リリー様は一瞬むっとしたようだったが、すぐに頬を緩めた。


 「……ふふ、なら仕方ないわね。今日は、飲ませてあげしょう。」


 そう言って酒を一杯手に取ると、リリー様は高らかに掲げた。


 「皆、ありがとう。そして──乾杯!」


 「乾杯ッ!!」


 グラスが打ち鳴らされ、夜のギルドは熱気と笑顔に包まれていく。


読んで下さりありがとうございます。


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作者の決意の火に燃料が投下されます。


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