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ー15ー


 ――怒鳴り声と、壺が砕ける音が部屋に響く。


 密偵の背を見失わぬよう追い、スキル《隠密》を使い領主邸宅に入り執務間に潜入する事できた。


 (……間違いない。あれがヘンリー・ハート伯爵。)


 声の主に宿る激情と傲慢さ。その口ぶりからしても、ワン・ウィストンの背後にいた黒幕であることは明らかだった。


 「……失敗した、だと?」


 伯爵の低い声が響いた。怒気を孕んだその声音は、部屋の空気を切り裂いていく。


 「奴らは、生きている? ワンのクズが……この期に及んで、あの程度の仕事すら果たせなかったと?」


 震える密偵の言葉に、ヘンリーの顔がみるみるうちに赤く染まり、次の瞬間──


 「ふざけるなァッ!!」


 怒声と共に、重厚な机が拳一つでひしゃげた。血管が浮き出た拳からは、血の雫がぽたりと床へ落ちる。


 「何のためにあの無能に女神の涙を預けたと思っている!? 確実に処理しろと命じたはずだ!」


 怒りの矛先は、隣に控えていたラルネイへと向けられる。


 「お前の監視はどうなっていた!? 密偵をつけていたのだろう!? 一体何を見ていた!? ワンの尻でも追っていたかッ!!?」


 「……失礼ながら、あれは“あくまで監視”の役目でした。直接の介入を許されたのは……」


 「黙れッ、言い訳など聞いておらん!! 今すぐワンの口を塞げ! 禁制品の件が外に漏れれば、我々がすべて吹き飛ぶぞ!」


 (そこまでやるか……)


 背中で冷たい風が吹き抜けたような感覚が走る。リリーの顔が思い浮かび、それがほんの一瞬、心を凍らせる。


 けれど、すぐに抑える。


 小さく息を吐く。胸の内にある冷たい決意が、静かに熱を帯びる。


 (……十分だ。これ以上は、隠れる必要もない。)


 隠密を解くと同時に、室内の空気が一変する。


 誰よりも先に、ラルネイが顔を上げ、息を呑んだ。


 「……奴隷がなぜここにいるっ!」


 驚愕と恐怖、そしてほんの僅かな動揺――そんな複雑な色が彼の瞳に宿る。


 「初めまして、ヘンリー・ハート伯爵。そして……お久しぶりですラルネイ。予想外の再会ですね。」


微笑みを浮かべながら、ゆっくりと数歩彼らの前に出た。


「貴様、どうやってここに来たのか聞いているのだ。」


「何かおかしなことでも?あなた方がリリー様を始末しようと動いている事は明確。少しだけお話を伺いたくて。リリー様の命を、なぜ狙ったのかその理由を。」


そう問うと、ラルネイの目が一瞬揺れた。だが、口は開かない。沈黙。


その沈黙の隙に、もう一人──ヘンリー・ハート子爵が動いた。


 低く、鋭く。

 空気を震わせる詠唱が、ほとんど聞き取れないほどの速さで紡がれていく。


 《── 我は望む、氷の鎖よ、闇より呼び声を聞き、

身を縛りて動きを奪え。 ──》


足元の床が白く凍りつき、そこから無数の鎖が這い上がる。

 氷で編まれたその鎖は、生き物のようにうねりながらクロノの両足を絡め、腰、腕、肩へと一気に巻きついた。


 「──凍鎖結縛(フロスト・バインド)。」


詠唱の終わりと同時に、最後の鎖が首元へと巻きつく。

 冷たい鎖が肌に触れた瞬間、凍えるような魔力が自分の全身を締め上げた。


 身動きが──取れない。


「フン、所詮は奴隷。過信した報いだな」


 満足げなヘンリーの声。


さして状況は変わらないが。


 「……拘束、ですか。」


 「当然だ。礼儀を知らぬ獣には、鎖がよく似合う。」


ヘンリー・ハートは、なおも余裕を崩さない自分の表情に、苛立ちを隠さなかった。


「貴様……なぜそんな顔ができる?」


足元から伸びた氷の鎖が、自分の両足を絡め取り、冷気が肌を裂くように締めつける。さらに腕にも回り込み、体の自由を奪っていく。

それでも、自分は微笑を崩さなかった。


「捕まっても問題はないから、避けなかったのです。もうすぐ効き始めますからね。」


「……何を言っている?」


怒気に満ちた目でにじり寄ってきたヘンリーは、拳を振り上げ――その動きを止めた。


「っ……く……が……っ!」


拳を下ろすどころか、膝から崩れ落ち、そのまま床に倒れ込む。


「ば、かな……体が……動かん……」


ラルネイもまた、隣で呻き声を上げて膝をついた。


自分は静かに言葉を継ぐ。


「最初から、空気中に毒を少しづつ。吸い込んでも気づかれないほど薄い、無色無臭の毒を。遅効性で、少しずつ末端神経を麻痺させるものです。」


「毒……?小癪な真似を。」


氷の鎖の内部で、わずかにひび割れる音がした。


毒が浸透し、構造が崩れ始めたのだ。

バキィィン、と鋭い音を立てて、鎖が砕け、体の拘束が解けた。


床に倒れ、身動きの取れないヘンリーを捨て置いて、壁際で背を預けこちらを見つめるラルネイに近づく。


「リリー様の命を狙った理由。今度こそ、聞かせてもらえますか?」


ラルネイは、しばらく唇を噛んでいた。けれど、やがてその顔から力が抜け、重く目を伏せた。


 「……スパイだったんだ。」


 ぽつりと、言葉が落ちた。


 「オスカー家に仕えていたのは、表向きだ。本当は……ヘンリー・ハート伯爵の密命を受けていた。屋敷の内情や動向を探り、報告していた……。」


 「……。」


 自分は黙って聞いていた。問い詰める必要はない。今、ラルネイの心を支えていた嘘が、音もなく崩れている。


 「皇帝にこのことが明るみに出れば、竜骸の素材が市場に出回らなくなる。。だから、邪魔だった……。」


 「……竜骸の素材を?」


 「ああ。あれは、帝国でも一部の錬金術師や軍部にしか流れない貴重素材だ。私は、子爵に黙って、それを密かに横流ししていた……ヘンリーの懐を肥やすために……いや、自分の取り分も、しっかり受け取っていたよ。」


 それは、罪の自白だった。

 同時に──もう一つの裏切りの告白でもあった。


 「……だから、娘に帝都に行かれると困る。厄介だと……そう思った。……だから……殺すしかないと……そう判断したんだ……!」


 ラルネイの声は震えていたが、言葉には確かな覚悟があった。


 自分は目を細めながら、ゆっくりと彼の前にしゃがみ込む。


 「自分達の利益のために、リリー様を殺そうとした──そう、はっきり言いましたね?」


 「……ああ。言ったよ。」


 自白は済んだ。


 あとは、償ってもらうだけだ。


魔力感知がこの場に接近する人影を捉える。

 

読んで下さりありがとうございます。


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作者の決意の火に燃料が投下されます。


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