ー14ー
勢い良くギルドの扉を開いた瞬間、周囲の視線が一斉にこちらへと向いた。
少し驚いたような受付嬢の顔を無視して、真っすぐカウンターに歩み寄る。
「至急対応をお願いするわ。……依頼について重大な問題が発覚したの。」
受付の動きが一瞬止まる。
「依頼……とは、今日の運搬任務のことでしょうか?」
「ええ。届け先は地図には載っていたけれど、実際影も形も村なんてなかったわ。人の気配どころか、有るのは岩ばかり。」
「えっ……そ、それは……。」
困惑を隠せない様子の受付嬢に、わざと声を張った。
「こんなこと、普通に考えてあり得ないでしょう? この街のギルドで受けた依頼が、実在しない村へ、荷物を運ばせるなんて──おかしいと思わなかったの?確認はしっかりとしなかったのかしら?」
わざとらしいほど大げさに言ってみせる。 ──真実を知らない“被害者”を装うために。
「わ、私では判断できません。すぐに支部長を──」
受付嬢は困惑した顔で視線を泳がせている。
他の冒険者たちも、何事かとちらほら注目し始める。
──そして、奥の部屋から重い足音が響いた。
「またお前か。」
現れたのは、冒険者ギルドの支部長──ワン・ウィストン。
仏頂面に険を増したような顔つきで、彼は私に視線を向けた。
「依頼の内容に虚偽があると、申し立てに来たのよ。」
「お前のような子供が、地図も読めずに勝手に迷っておきながら、依頼書のせいにするとは──。」
「私が地図を読み違える事なんてありえないわ。自分達の確認不足を冒険者に押し付けないで欲しいわね。」
背中から木箱を取り出し、カウンターに放り出す。
──ゴン、と重々しい音が響いた瞬間。
ワン・ウィストンの顔が青くなっていくのを私は見逃さなかった。
「中身が何なのか、私は知らないわ。渡す相手もいないのに、わざわざこれを持って行かされたのよ。」
「箱の中身くらい教えて貰えなきゃ割に合わないわ。」
淡々とした言葉の中に、詰問の刃を潜ませながらそう言い、さらに一歩踏み出す。
「黙ってるってことはあなた、知ってるのね? この箱の中身を。」
一歩前に出た。ワンの目がわずかに揺れたのを、見逃さなかった。
「さっさと答えなさい。何の意図で私たちを送ったの?」
「し、知るものか。依頼は適切に振り分けられた。それだけだ。」
「返答になっていないわ。──不当な態度を取るならこうして叩き割っても、問題ないのよね?」
そう言って、リリーは木箱を持ち上げ、床に叩きつける動作に入る。
その瞬間だった。
「やめろッ!!」
ワン・ウィストンが叫び声をあげ、咄嗟に木箱へと手を伸ばした。落ちるより早く、箱の下に身体を滑り込ませ、庇うように地面へ倒れ込む。
「馬鹿か貴様……! 中身の女神の涙が漏れ出たらどうするつもりだ!!」
その叫びは、ギルド内の静寂を引き裂いた。
リリーはすっと目を細める。
「……あら。やっぱり、知っていたのね?」
その一言に、場の空気が一変した。
「いま、女神の涙って……?」
「どうしてそれをギルド長が……?」
ざわざわと広がる冒険者たちのさざめき。誰もが、その名に込められた意味を知っている。竜種さえ昏倒させる、帝都禁制植物。
言葉にならない動揺と、疑念の目が一斉にワン・ウィストンに向けられる。
「全てこの女のデタラメだ。私を嵌めるためにこんな嘘までついているのだ。」
ようやく絞り出した言葉だったが、その声にはさっきまでの威圧感も威厳もなく、震えてすらいた。
「デマカセ……?」
リリーは静かに首を傾げた。
「では、なぜあなたは──私が箱を叩きつけようとした時、それを庇ったの? “女神の涙が漏れたら”なんて、この箱の中身を用意した犯人しか知りえないのよ!」
ワンが口を開こうとしたが、言葉が出ない。
「説明、してくださるかしら?私、今凄く腹が立っているの。」
再び詰問の刃を潜ませた声。
そして──冒険者たちの誰かが、呟いた。
「中身を知らなきゃ、あんなふうに飛び込めないよな。」
「だよな。あれは知ってる人間の動きだった。」
「しかも女神の涙って、帝都の禁制指定品だぞ。持ってる時点でアウトじゃねぇのか?」
「下手したら俺達まで処罰案件じゃねぇのか?」
「……あの嬢ちゃん、昨日Fランク扱いだったのに……今、ギルド長追い詰めてるぞ。」
「ふっ、こりゃ面白ぇ。傍観はここまでだ。俺は“筋の通った奴”に賭ける。」
「ワンの野郎を取り抑えろっ!」
誰かがそう言い放つと同時に、冒険者たちは手を伸ばし、ワンの両腕を押さえ込んだ。
「やめろ! 放せ! 貴様ら、何を──!」
「黙れ! 禁制品だと!? そんなもん抱えて、誰があんたに味方するか!」
その場にいた誰もが、すでにワンを“不要な存在”として扱っていた。
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作者の決意の火に燃料が投下されます。