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ー9ー



 「リリー様、それは毒草です。」


 自分の声に、リリー様がびくりと反応して手を放す。指先から落ちた草は、小さな紫の花をつけながらふわりと地面に落ちた。


 「また……? 形、似てるのに……」


 唇を噛むようにしてうつむくリリー様。その視線には、悔しさと真剣さが混じっていた。自分が役に立てていないと感じているのだろう。


 「これはアルファ・セイジ。強い鎮痛作用がありますが、摂りすぎれば痙攣を引き起こします。」


 そう淡々と伝えてから、別の草を摘んで手に取った。


 「こっちがルミナ草です。依頼対象の薬草。茎の断面が白く、葉の裏に細かい毛が生えています。」


 「……見分け、つかないわ……。」


 震えるような声。リリー様の指も、わずかに揺れていた。


 「大丈夫です。経験を積めば、きっとすぐに分かるようになります。」


 励ますようにではなく、確かな事実として言った。


 「でも……クロノは、どうしてそんなに詳しいの?」


 不意の問いかけに、少しだけ目を伏せる。


 「……以前、オスカー様の書斎で。植物に関する本を、何冊か読ませていただいたんです。」


 「お父様の……」


 リリー様の声がやわらかくなった。懐かしさを滲ませるような、記憶に触れる響き。


 「本だけでそんなに分かるもの?」


 「いいえ。でも、読んで、覚えて、試して、失敗して……その繰り返しです。」


 自分がそう答える間も、意識の一部は常に《魔力感知》に回していた。


 ――やはり、いる。


 微かな魔力の揺らぎ。通常の人間とは異なる、それでいて確かに訓練された者の気配。

それが、森の奥の複数箇所からにじみ出ていた。


 (今のところ干渉はない……けど、“待って”いる)


 自分達の動きを監視している視線。すぐにでも動けるように構えながら、しかし手を出してこない沈黙の兵たち。


 「クロノ……?」


 リリー様の問いかけに、我に返る。思考がほんの少しだけ表に出ていたか。


 「……いえ。少し風向きが変わっただけです」


 何でもないように微笑む。だがその裏で、戦闘の準備を始めていた。


 (リリー様を……危険に晒すわけにはいかない。)


 包囲の数、気配の濃さ、距離。全部、頭の中で地図のように並べていく。


 (……来るなら、戻る途中だ。)


 森の空気が僅かに変わった。 草葉の揺れ方、風の匂い、鳥のさえずりの途切れ……全部が、危機を告げている。


八人。 魔力感知を最大限に広げれば、そこにあるのは隠された殺意の点――円を描くように包囲された気配が、確かに自分達を囲んでいた。


 立ち止まり、目を伏せるふりをしながら、静かに鑑定を起動する。


名前:クロノ種族:人間 職業:奴隷 レベル:11

■ 基本能力値

HP:143 

MP:82

ATK:31 

DEF:44

INT:38 

MGR:29

AGL:30

■ アクティブスキル《瞬歩》Lv.1《隠密》Lv.1《鑑定》Lv.1《魔力感知》Lv.1

■ パッシブスキル《毒耐性》Lv.4《睡眠耐性》Lv.1《麻痺耐性》Lv.1《体術》Lv.1

■ ユニークスキル《毒喰らい》

■ 種族スキル 《吸収・生産・放出 》《魔力操作 》

《物体操作》《液状操作》《気体操作》

■point:450pt


 (問題ない。今の自分なら、数で押されても潰せる)

 スキルに浮かれる気はない。だが、それは確かに"武器"だった。 身体の中を流れる魔力の状態も、集中すればはっきりと感じられる。今の自分は、確実に“戦える”。


 「リリー様、少し下がっていてください。」


 リリー様がわずかに頷く気配を感じた。木陰に身を隠す彼女を確認して、静かに息を吸い込む。

 やるなら、迅速に。隙を見せれば、リリー様が巻き込まれる。


 右手を掲げ、魔力を収束。


 「《液体生産》《放出》……《液状操作》」


 毒素を抽出し、凝縮。淡い紫の気泡が集まり、液状に変化する。


 「……成形、鋭利化。」


 濃密な毒液が鋭利な穂先を持つ槍へと姿を変えた。


 ――鋭利なる毒の槍(パルチザン)


 「……狩らせてもらう。」


 魔力の弾ける感覚とともに、音もなく槍を放つ。


 森の茂みの奥、喉を穿つ音が響いた。


 「ぐッ……!? あ、が……」


 頸動脈に直撃。毒は一瞬で全身に回り、男は痙攣しながら崩れ落ちる。


 ――まず一人。


 狙い通り、混乱が広がる。


 「なんだ!? どこから撃たれた!」

 「見えねぇ……姿がねぇ!」


 《隠密》が効いている。俺の姿は悟られていない。


 次の槍を生成しながら、距離を詰めていく。

腰を落とし、草の陰から狙いを定め――もう一人の心臓を貫いた。


 「……ッ!」


 断末魔すら出さず、男は崩れる。

 ……あと六人。


 傭兵たちは恐慌に陥っていた。見えない敵に仲間が一人、また一人と殺されていく。だが自分には、もう勝敗が見えていた。


 「どんな手であれ、リリー様に手を出した時点で――命はない。」


 毒槍を連続で成形、射出、命中。一発一殺。的確に急所を狙い、躊躇なく仕留めていく。


 逃げる間も、叫ぶ間も与えない。


 最後の一人が振り返る前に、喉元に槍が突き立った。


 血が宙を舞い、そして森に静けさが戻る。

 深く息を吐き、毒を体に戻しながら手を下ろした。


 「……終わりました。リリー様、もう大丈夫です。」


 振り返ると、木陰からリリー様がこちらを見ていた。表情は読み取れなかったが――その目には、確かに何かが宿っていた。

 恐怖ではない。驚きでも、嫌悪でもない。


 「……クロノ。」


 リリー様が何かを言いかけたそのとき、それを遮るように頭を下げた。


 「戻りましょう。もう、安全は確保できましたから。」


 自分が“戦う”理由は、それだけだ。

 この手は、リリー様を護るためにある。




-------------




森を出たあとも、クロノの様子はどこか落ち着かなかった。


 そんな彼が、唐突に立ち止まった。


 「……リリー様。」


 「なに?」


 「ひとつ……話しておかなくてはならないことがあります。」


 その声には、迷いはなかった。ただ、深く沈んだような静けさがあって、私の胸がすこしざわつく。


 クロノがこちらを向いて、真っすぐ目を見て言った。


 「今日の依頼の最中……薬草採取に向かうときから、自分たちは“監視”されていました。」


 「……!」


 驚いて声が出なかった。けれど、彼の言葉は続いていく。


 「森に入る前から、複数の気配がついてきていました。訓練された傭兵のような動き。気配の消し方も、連携も、素人ではありません。」


 「……それって、つまり……」


 「はい。――リリー様の命が、誰かに狙われています。」


 心臓が大きく跳ねた。

 怖い、と感じたはずなのに、なぜかその言葉は、どこか納得できるような響きを持っていた。


「……クロノ。」


 私はそっと言葉を吐いた。


「……あのとき、盗賊たちが話していたの。私が捕まったのは……ラルネイの手引きだったって。」


 クロノの目が、わずかに揺れた。


「ラルネイが……?」


「うん。……父様に忠義を誓っていた執事が、私を売ったのよ。……信じられなかった。でも、はっきり言っていた。“ラルネイの命令”だって。」


 言葉にするたびに、胸が苦しくなった。裏切られたというより――自分が何も知らなかったことが、悔しくて、情けなくて、怖かった。

 でもそれ以上に……私には、分からないことがあった。


 「……ラルネイが、なぜ私を殺そうとするのか……分からないの。」


 私には政治のことも、利権のこともよく分からない。 父様のやっていたことも、家の中で何が動いていたのかも、私は……何も知らなかった。 ただ、大切な人を信じて、当たり前のように毎日を生きていただけだったのに。


 「……私が帝都へ向かえば、何かが暴かれる。誰かが罰を受ける。……それは、きっと正しいことなんだと思う。だけど……」


 私は、言葉に詰まった。

 帝都に向かうことが“怖い”なんて、クロノには言えなかった。 だって、あんなにも傷ついて、命懸けで私を守ってくれた彼の前で、私は今もまだ、前を向けないでいる。


 「……私、ずっと思ってたの。私が何もしなければ、父様もクロノも、傷つくことはなかったんじゃないかって……」


 クロノは何も言わず、ただそばに立っていた。

 責めない。その沈黙が、余計に胸に響く。


 「リリー様。……大丈夫です。自分が、絶対に帝都まで送り届けます。」


 その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。


 「クロノ……怖くないの? また……誰かに、傷つけられるかもしれないのに……」


 「怖いですよ。」


 彼は、はっきりと答えた。けれど、その目は一寸の揺らぎもなかった。


 「でも、それ以上に……リリー様を、救えずにいたら、きっと自分を許せません。」


 ――クロノは、いつだってそうだ。

 強がりじゃなくて、ちゃんと弱さを持って、それでも立ち向かってくれる。 私が逃げたかった現実に、真正面から向き合ってくれる。


 私は、彼の瞳をまっすぐ見返した。


 「……ありがとう、クロノ。私の騎士として支えてくれるかしら。」


 クロノが、小さく微笑んだ。


 「はい”リリー様(マスター)”命を賭けて、お守り致します。」


 その言葉が、胸の奥に深く沁みた。

  でも今、こうして並んで立っていられるなら、私はきっと――

 どこまでも、進んでいける気がした。




読んで下さりありがとうございます。


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作者の決意の火に燃料が投下されます。


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