Prolog
「お前は奴隷だ。名前なんかない。」
物心付いた頃から自分は奴隷だった。この狭隘な檻の中が、自分の全てだった。
奴隷商が営む店に客が来たら顔を出し、他の奴隷が買われていくのを眺める日々。
悪魔だと罵られた自分の黒い髪と瞳は、代わる代わる入ってくる奴隷達や疎ましそうに目を向けてくる客達を見ても誰一人としていなかった。
「ここまで育ててやってるだけでも有難いと思え。」
憤懣の捌け口は何時でも自分へと向かう。
拳や蹴りは日常茶飯事、煙草による焼入れや鞭打ちでの痛みで意識が飛ぶ事もあった。
服の下の痣を擦りながら自分の檻の中で、動かず騒がないのが、痣を増やさない賢いやり方だ。
「飯だ。早く取りに来い。」
檻越しに黒パンと水の入った器を貰うとさっきまで座っていた場所に座る。
自分はこの時間が一番好きだ。
黒パン、水と豆が少し入ったスープしか食べたことがないが、犯罪を犯して奴隷になった人からの話によるともっと美味しい食べ物があるらしい。
死ぬ前に一度でもいいから食べてみたい。
明日も朝が早い、寝よう…
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「起きろっ。」
意識が覚醒するよりも先に腹部に強烈な痛みが走る。胃から込み上げてくるものを必死に抑え、立ち上がる。吐いてしまえば次は男の大きな拳が飛んでくる。
奴隷商の男の後についていき外に出ると他の奴隷たちが馬車の荷台で待機していた。
荷台に乗り空いた場所に座ると奴隷商の男が馬の手綱を引き店を出発した。
こんな朝早くから何処へ向かうのか?という疑問よりも初めて見る外の景色に心を驚かしていた。
馬車が走り初めてどのくらいたったのだろうか。自分達の住んでいた町よりも数倍デカイ町の中へと馬車が入って行く。
「降りろ。」
髪を引っ張られ、馬車の荷台から降りると大きな白を象徴した建物の前だった。
他の奴隷たちが降りると奴隷商の男の後ろをついていき白い建物の中へと入っていく。
「お待ちしていましたよ。」
建物の入り口で出迎えたのは、高価そうな服を着た小太りの男性だった。奴隷商の男は懐からお金の入った袋を取り出し男に渡す。
「確かに受けとりました。ではこちらに着いてきてください。」
男の後に続き歩いていくと部屋の一つに案内された。そこは椅子と机の上に水晶が置いてあるだけの質素な部屋だった。
「一人ずつ前に来てこの水晶に触れてください。」
他の奴隷たちが一列に並び水晶に触れて行き、触れると同時に光が水晶から零れるがすぐに収まっていく。
一体なんなんだろうか?先に触れた奴隷を見ても何も変化はない。中高年男性は必死に水晶を見つめ紙になにかを写していた。
自分の番が来ると手を水晶に手をかざす。小太りな男性は少し顔をしかめると立ち上がり奴隷商の男と話をする。
「がはははっ。俺はついているな。」
話をしていたかと思えば奴隷商の男の笑い声が部屋中に響き渡る。何が面白いのかさっぱりわからない。
「それじゃ早く馬車に戻れ。」
また髪を引っ張られるのかと身構えたが何もなく逆に優しく背を押され荷台に乗り込んだ。
帰り道では数人の武装した男女が付きゆっくりと元の町まで戻ってきた。奴隷商の男はさっきからご機嫌が良く体調が悪くないかと聞いてくる。正直言って底気味が悪い。
生まれてこの方、暴力を受け続け様々な罵倒を聞かされたが、こんなににこやかな顔や優しい言葉なんて一度も掛けられた事などなかった。
店につくと冷たい檻から温かい個室へ移された。
奴隷商の男は店に帰ってから何やら急いで出掛けたみたいだが、これは罠だ。気を抜いて家具に触れようものなら、後から罰を与えられるに違いない。
冷たい檻の中で寝るよりはこの部屋は凍えて眠る事も無いだろうから、床で寝るとするか。
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「起きたか。」
扉が軋む音で目が覚め、咄嗟に壁へと背中をつけ警戒するが奴隷商から暴力を振るわれることは無かった。
「これで体を拭け。」
奴隷商の男が手にもっていたのは桶に入ったお湯と大きな布だった。
渡された布をお湯につけ絞り体の汚れを落として奴隷商の男に着るように指示された服に着替えた。
着替えを済ませ店頭に出ると同時に店先に馬車が止まった。昨日自分達の乗った荷馬車よりも豪華で装飾が施されていた。
店内から見ているが一人の男が馬車から降りるのが見えた。
「ここが連絡のあった店か?」
奴隷商の男が奥の方から急いで出てくるのが音でわかる。
「はいっ。そうでございます。旦那のご希望通りの物をご用意しております。」
物と言う言葉に貴族らしき男は顔を顰めるが話に夢中でその様子には気づかない。
「この物が旦那のご所望の商品でございます。」
自分は事前に指示された通りに頭を下げ、貴族の前へと出る。
「この物は黒目黒髪ですが、そんなことはお客様の現状些細なことですよね。」
「……受けとれ。」
客は懐から袋を取り出し奴隷商の男が確認するとそそくさと店の奥へ行きまた戻ってきた。
「では、契約させて貰います。」
客が胸ポケットから赤い液体の入った瓶を取り出し自分は手の甲を差し出す。
何年も契約をするところを見ているのだこれぐらいのこと言われなくてもわかる。
奴隷商人がぶつぶつ何か言っているが良くわからない。手の甲に垂らされた血が光ると契約が完了した合図だ。
契約が終わり晴れて主を得た自分は主人の後を追い、馬車に乗り込むように指示される。
「私の名は、オスカー・マリオン。王から領地を承る子爵だ。」
こうして自分はこの日からマリオン家の奴隷となった。
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作者の決意の火に燃料が投下されます。