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03-12:放浪騎士

 (あらすじ:魔王討伐は完了した。一行の前に、とある少女のホログラムが現れる。『あなたの隣人』シャーロットと名乗る彼女は、あからさまに機械神ムコナダァトであった)


 「ええと……それで、シャーロットさんは何をしにここへ……?」


 恐る恐る、オドが問う。

 オドの耳には、神々が緊急事態に備え、各領域に指示を飛ばす声が聞こえてくる。


 イロハ、ルノフェンも同様のようだ。

 特にルノフェンには、アヴィルティファレトの焦りが直に伝わってきたらしい。

 

 「アヴィ。どこの軍を出すか迷うのは良いけど、結論が出てから教えてくれない? うるさくて……」

 「あっあっ、すみません! 唐突に出てきて、驚きますよね。特に戦争がしたいとか、そういうのではないです!」

 シャーロットは両手を突き出し、ぶんぶんと振る。

 計算され尽くした、あざとさがあった。


 「まあ実のところ、『なんか起きたら面白そうなことやってたんで、うちの子とぶつけたらどっちが勝つのかな』って……」

 「んんんー……」

 予想の斜め下を行く理由に、アヴィルティファレトの悪態が聞こえてくるようだった。


 「でも、セイシュウさんはかなり手加減してませんでしたか? 戦ってるときは、下級呪文しか使ってませんでしたし」

 イロハが指摘。


 「魔王顕現と、神子召喚のシステムに乗っかってるからね。世界のマナをね? 上手いこと少し借りたら、下級呪文でもああなるんです」

 「そういえば、イロハちゃんの模倣体もかなり耐えてたなあ。普通私が全力で殴ったら、一発で塵になって消し飛ぶんだけど」

 「……それは、本当にただの殴打なのか……?」

 フィリウスは少し引いている。

 

 「ただいまー。あれ? その子誰?」

 リコが戻ってきたので、かくかくしかじか。


 「まとめると、魔王討伐はムコナダァト……じゃなくてシャーロットにしとこう。シャーロットちゃんによって干渉を受けていた」

 「そうです」

 「それで、無事に終わったので本人がねぎらいにやってきた。本柱のほうが適切かもしれないけど」

 「そうです!」


 BLAMN!

 自信満々に言いのけたシャーロットのホログラムを、リコの拳銃が撃ち抜いた。


 「何するんですか!」

 「最悪その干渉で人が死んでたからね。今回は死んでないから、ホログラムに一発で許す」

 「それは……滅相もないです」


 少しだけ、しゅんとしたようである。


 「……とりあえず、王都に戻りましょう。わたしたちの魔力に呼応して、強いアンデッドが出たら面倒ですし」

 「そうしよっか。アドラムに話を通せば、シュヴェルトハーゲンからもシャーロットちゃんにお願いしたいことが出そうだし。バイク乗る?」

 「ホログラムなので……。《ピン》打てますか?」

 「ツィークル」

 「承知しました」


 そういうわけで、この場は解散となった。


 ◆◆


 その、二日後。


 祭事の予感に、首都グローセシュミデは湧いていた。


 「叙任式かあ」

 「二代前の王家が廃止した称号を、どうにか調べて引っ張り出してきたってよ」


 行き交う市民、飛ぶ噂。

 その噂のターゲットは、オドである。


 まず、魔王討伐の余波で、シュヴェルトハーゲン北方のカカオバーグ山が解放された。


 解放されたからには、治めなければならない。

 だが、アンデッドの多い旧王都にほど近く、地形も悪い。

 なので、せめて肥沃にしてやる必要があった。


 ここで、討伐隊のうち生命属性に長けた数名が槍玉に上がる。

 ヒュペラと、オド。

 その両方が、領地の受取を断った。


 ヒュペラは、そもそもシュヴェルトハーゲンとミトラ=ゲ=テーアが未だ緊張関係にあることを強調した。

 「それはナシでしょ。『友好』とか『親善大使』とか言って他人をいいように使う前に、国家としてけじめ付けなさいよ」

 とのことである。


 アドラムも、この対応は当然予期していた。結果が最初から見えている話だった。

 本命は、オドの方だ。


 そのオドは、なんとなく断った。

 「あはは、まだ私、未熟者なので……」

 そう言いつつも、手にはサヴィニアック印の(くわ)があった。


 「それは?」

 官邸の会議室。

 アドラムは興味を持ったようだ。


 「リコさんにはお見せしたんです。“硬い地面でも問題なく耕せる”との触れ込みで」

 「ほう……」

 手に取り、金属の部分を叩く。

 「軽いな。ドワーフが使うとしても、もう少し先端が重いほうが良さそうだが」

 「そこは、多分先方も融通が効くと思います。単に中空なので」


 彼は側近の一人を呼びつける。

 暫く相談してから、要約をオドに伝える。

 

 シュヴェルトハーゲンの鉱石を金属に変えて売り、サヴィニアックからは農具を輸入する。

 そうなれば、国外の人間や強力な魔術師の力を借りずとも、カカオバーグ山の開拓はスムーズに進むに違いない。

 側近は、「内政にも余裕が出てきたし、良いと思うぜ。やれよ、アドラム」と肩を叩き、去っていった。


 「辺境伯領とはいえ、ソルモンテーユと外交か……」

 苦笑する。想像しただけで胃が痛くなる。

 ソルモンテーユ本国も、その辺境伯領サヴィニアックも。

 それぞれ知略の化け物が巣食っている。彼らの大立ち回りは、アドラムも聞き及ぶところだ。


 「駄目ですか?」

 「いや、いつか通る必要のある道だ。内閣を通した後、すぐに使節を送る。リコ経由で伝えてみよう」

 彼は己の運命を理解し、決心したようであった。


 会談が終わり、現在に戻る。


 領地の代わりとして、オドはある称号を叙せられることとなった。

 放浪騎士。

 領地を持たず、名誉はある。


 「ルノも受ければよかったのに」

 宿の窓。外を眺めていたオドは、振り返って視線を下ろす。


 暇そうなルノフェンが、足を投げ出して座っていた。

 

 「ヤだよ。絶対『オーダー』だか『勅命』とか言われて、自由に動けなくなるもん」

 それに、ボクは素行が問題でしょと、ルノフェンは自虐した。

 「ってか、レシュちゃんは?」

 「着替えてる。儀礼服は初めてだから、イロハさんがついてる」

 「覗いていい?」

 「だめ」


 流石に冗談だよと言った後、彼はふと耳をそばだてた。


 「……なんか、狼の鳴き声してない?」

 「んー?」


 言われてみれば、そんな気も。

 町中でイヌはともかく、狼か。


 「遠吠えだね、一匹だ。しかも結構デカい」

 「よく分かるね」

 「風の使徒だしね」


 窓の外から、「オド! それと羽虫!」と、ダハリトが叫ぶ。

 「オオカミ騒ぎじゃ! お主らを呼んでおる! 今すぐ余に乗れ!」

 「だよね。ボクも付いていっていい?」

 「構わんが、はよしろ!」

 

 竜化したダハリトに搭乗し、急行する。

 

 なるほど確かに、狼は居た。

 銃を携えた兵士に囲まれながらも、悲しそうに遠吠えを上げ、とぼとぼと歩いている。


 「うげっ」

 狼を見たディーは両手で口を押さえ、「まずった」と漏らす。


 その狼は、ムーンウルフ。右目は妖しくシアンカラーの残光を放つ。

 魔王討伐の際にディーが干渉した、あの個体だった。


 「わふっ」

 ムーンウルフはダハリトに乗る一行を視認すると、尻尾をブンブンと振って駆け寄ろうとする。


 「あの時のあれかぁ」

 ルノフェンは合点したようで、オドに成り行きを伝える。


 「おっかしいなあ。動物に命令する呪文は、二十四時間しか効果がないはずなんだけど」

 頭を抱えるディー。

 兵士は道を開け、ダハリトが着陸するためのスペースを作る。


 「はっ、はっ」

 「おま……」

 興奮したムーンウルフは、ダハリトの胴に己の両前足を乗せ、舌を出して寄りかかる。

 「オド、なんとかせよ」

 心底面倒そうに、ダハリトは丸投げした。

 

 「って言われてもなあ……」

 オドはダハリトから降りる。

 「……なんか、おっきくない?」

 見上げる。

 明らかにオドよりデカい。

 なんなら、兵士の大半よりも背が高いのである。


 ムーンウルフは降りたオドに駆け寄って、匂いを嗅ぐ。

 「うう……」

 はっきり言って、怖い。

 イエイヌ程度であれば、オドも接したことはある。

 だがこの子は体長もさることながら、まだ野生を捨てていない気がした。


 「この子、執拗にポーチを漁りに来るんだけど……!?」

 ぺろぺろと舐める。

 瞬く間に、オドのポーチはベトベトとなった。


 「ねえ!? ポーチってか狙いはぼくだよね!?」

 中から、ディーのくぐもった叫び声。

 「迂闊に出ていけないんだけど!?」

 知能も高いのか、がさごそと引き手の部分をまさぐり始めた。

 このままでは、遅かれ早かれ引きずり出されるだろう。


 「……敵意はないみたいだよ?」

 見かねて、ルノフェンが助け舟を出す。

 「まあ、出ていったら唾液まみれにはなるだろうけど……」


 「ええい、どうにでもなれ!」

 勇気を出し、ディーはポーチから飛び出す。


 「ばう! ばう!」

 ムーンウルフはと言うと、低く嬉しそうに吠え。


 案の定、ディーの全身を舐め始めた。

 

 「あーーーー! やーめーろー!」

 一舐めで全身がべたっと汚れる。

 兎にも角にも、ディーが小さすぎるのである。

 なんなら、オド以上に身の危険を感じている。捕食的な意味で。


 ひとしきり舐めさせたあと、唾液で濡れた羽根で羽ばたき、距離を取る。

 「オドさん、《クリンネス》をください。たすけて」

 「わ、分かった。《クリンネス》」

 自分自身、ムーンウルフも巻き込んで、清潔の呪文。


 オドのポーチ、ディーは元通りきれいな状態に戻った。

 ムーンウルフは……獣臭が取れて、毛ヅヤが良くなった。

 

 「わふ」

 「無限ループ!?」

 またオドを舐めようとしたので、《テレポーテーション》でダハリトの上に逃げる。


 「埒が明かんな。オド、もしかしてコイツ、エサを待ってたりせんかの?」

 「エサ?」

 「おう。生肉が良いぞ。多分」

 「生肉かあ……」

 とりあえず、雑に《イールド:ミート》で肉を召喚する。


 何の肉かは、オドにもわからない。

 とにかく、獣肉の塊が生成された。

 

 「よし、できた。待て、待て……」 

 オドは肉を持たぬ手でジェスチャーし、制す。

 これで良いのかという疑問が脳内に湧くが、とりあえずムーンウルフは待ってくれている。


 肉塊を地面に落とし、「よし」とサインを出す。

 その途端、ムーンウルフはガツガツと肉に食らいついた。


 撫でようとしたオドに、ルノフェンが釘を刺す。


 「人生の先輩からご忠告。メシ食ってる時の獣に触れるべからず。噛まれるからね」

 「ひえ……」

 手を引っ込めた。

 「このサイズだと、普通に死ねるから気をつけよう」

 すごすごと、ダハリトの上に戻る。


 「餌付けしたからには、責任持たねばならぬのう」

 食事中のムーンウルフを眺めながら、ダハリトがのんびりと口を出す。


 「責任……。この子を飼うってこと?」

 「そうじゃ。非常食にもなる。固くてまずそうじゃが」

 「流石に食べるのはちょっと……」


 ムーンウルフは、肉塊を瞬く間に平らげた。

 ぴょんぴょんと自らの尻尾を追い、喜びに飛び跳ねている。


 「この子の担当はディーでいい? 食料はこっちで出すから」

 オドの提案に、ディーは気後れ気味だ。

 「うええ……。ぼくが蒔いた種だけどさあ。動物ってなんか怖いんだよなあ」

 「名前も決めていいよ」

 「あ、いいの? だったら話が変わってくるかな」


 どういう理屈? とオドは聞く。


 「だってそりゃあ。名付けは支配の第一歩だからね。名前さえ決められればこっちのもんよ」

 「へー……」

 オド自身も思うところがあるのか、感心している。


 「ということで、キミの名前は今日からティンダルだ。立派な猟犬になってもらおう」


 種族はムーンウルフ、名はティンダル。

 彼は眼の前で人差し指をこちらに向けるディーに対し……。


 「ばう!」


 自信満々に『よろしく』と吠え、その音圧で彼を気絶させた。

 

 ◆◆


 宿に戻る。

 連れてきたティンダルは、宿の中に入れるには大きすぎるので、クレオネスと同じく外で待機させている。


 「ふつーにバインドボイス持ちじゃん。耳栓買わなきゃだよ」

 オドに回収されたディーも、頭を振って復帰した。


 「今じゃなくていいけど、ここを離れる前にライダーズ・デンに行くといいよ。ディーくん用の鞍と、後は予防接種もあるだろうし」

 「だね」

 ライダーズ・デン。

 魔物使い、あるいは騎獣専門店といったところである。

 

 「用が終わってお疲れのところ悪いけど」

 女性用に取った部屋の、閉まったドアの向こう。

 少し戸惑った、レシュの声がした。


 「レシュ、着付け終わった感じ?」

 「うん。でも、これで良いのかなって」

 彼女には珍しく、自信なさげだ。


 「でも、お披露目しないと始まらないよ?」

 「ちょっ……」

 イロハがクスクスと笑いながら、無慈悲にドアを開けた。


 チャコールグレーのベスト。ラミア用に下が伸ばされ、スカート状にゆるく落ちる。

 白いシャツ。首元には、マゼンタのリボンタイ。


 後はいつもどおり、ピンクのポニーテールに赤い瞳。ピンクの蛇の身体。

 普段は自信満々の彼女は、ぎこちない微笑みを浮かべている。


 「レシュちゃん、こんなに肌を隠すの初めてなんだって」

 「なんかお腹出してないと落ち着かないんだよぉ……」

 オドの方をチラチラと見ており、明らかに挙動が怪しい。

 

 「でも、キュートはキュートだと思います」

 「なんで敬語なのよ」

 尻尾でオドの尻を叩く。


 とはいえ、多少は緊張もほぐれたようで。

 「まあ、イロハちゃんの着付けは完璧だし、このまま行くしかないか」

 「そうしましょう」

 イロハ自身も、儀礼服に身を包んでいる。

 完璧にフィットした優雅なドレスは、青い宝石めいていた。

 

 なお、オドは学ランのままだ。

 学ラン自体が、学生にとっては儀礼服のようなものなのだった。


 宿の外へ。

 「クレオネス、行こう」

 オドの言葉一つで彼は立ち上がる。


 「ティンダルはどうする?」

 「官邸にも騎獣用のスペースがあったはずだ。連れて行こう」

 「ばう」

 頭をくしゃくしゃと撫でると、ティンダルもひとりでに付いてきた。


 官邸に向け、一行を乗せたクレオネスは歩き始める。

 「流石に、ダハリトやルノフェン殿まで乗せると膝に来るな」

 「ボクは飛ぶよ。まあ、今回きりだろうけど」

 「……そうだな。頼む」

 ルノフェンは《フライ》の呪文を唱える。

 クレオネスの歩調と合わせ、ふよふよと飛び回る。

 

 「ところでさ、オド」

 そのまま、話を振ってきた。

 「色々終わってやることなくなったら、どこかに腰を落ち着けたいとか、ある?」


 「んー……」

 オドは、すぐには答えられなさそうだった。

 「でも、レシュの集落にはまた行きたいかも。色々……報告することができそうだし」


 「色々、かぁ」

 ルノフェンは、にやりと口角を上げる。


 「その顔、なに」

 「いやー、隅に置けないなと思っただけだよ。昨日もオドの声が――」

 「あーあー聞こえなーい」

 対話拒否。ルノフェンに向けたレシュの尾撃は、空を切った。


 「まあ真面目に、声は抑えたほうがいいよ。それか別で宿を取るか。ちゃんとエチケットを気にしようね」

 「……気をつけます。それはそうと、ルノにマナーを説かれるのはなんか解せない」

 「これも、先輩からの忠告ということで」

 「はい」


 その後も、とりとめのない世間話や、美味しいバーガー屋の話など。

 多種多様な雑談を行っていれば、道中の時間は軽く過ぎ去るものであった。


 官邸城には、すでに人だかり。

 クレオネスに乗った一行の姿は、よく目立つ。

 歓声を上げて近づく群衆を、兵士たちがどうにか押し留めて、無事に敷地へと入る。


 「では、己はティンダルを預けてくる。後で合流しよう」

 「うん、お願い」

 分かれて、やることをやる。


 受付はオドの顔を見て、すぐさま貴賓室へ案内。

 革命で一度焼かれたその部屋は、新生を遂げていた。

 

 「これ、マッサージチェアだ」

 オドは試しにダハリトを座らせてみる。


 「お? こういう部屋にある椅子の割には、ゴツゴツしておるが……」

 電源を入れる。

 「あばばばばば! なんじゃこの椅子は! 背中が揉まれておるぞ!」

 実に、楽しそうだった。


 見回してみると、どれもこれもが新しい。

 絵画やよく分からない器を除けば、年代物のほうが少ない様相だ。

 

 マッサージチェアに一通り揉まれた後、ダハリトはぴょんと立ち上がる。

 「んー、どれも宝物って感じはせんのう。道具に物語が溜まっておらん」

 「物語が、溜まる?」

 「そうじゃ」


 ダハリトは、オドの疑問に答える。


 「使っとったら魔力が蓄積する、とでも言うのかの。いわゆる『曰く付きの』だとか、そういうモノは、紐解いてみると何かしらエピソードがあるのじゃ」

 「ダハリトの王冠も、そうだったりする?」

 「うむ。アドラムとやらにバレかけた時は驚いたが……。余が溜め込んどったモノの中でも、これは段違いじゃの」

 「へー……」


 王冠を外す。

 〈一騎当千の王冠〉。これはダハリトから見ても、血と怨嗟にまみれた呪わしき王冠だった。


 「……ま、返すにはまだ早いのう。とぼけておいて正解じゃ。この国が育って、王冠の魔力に負けぬようになってからじゃ。何十年掛かるかの」

 「……わたしたち、その頃生きてるかな?」

 「知らんよ。まあ、長命種にバレても困るし、念の為王冠は隠しておくかの」


 コツ、コツ、コツ。ドアノック。


 荷物袋に王冠を入れたダハリトは、オドの手をとる。

 「さて、行くかのう。オドよ、大一番じゃ。緊張し過ぎぬ程度に気を張ってゆけ」

 「うん」


 案内に従い、会食堂へ。

 

 「謁見の間ではないのですね?」

 イロハの問いに、案内は「アドラム様は、王ではありませんから」と答える。

 その直後、「王になってくださっても、我々は従いますがね」と、皮肉げに笑った。


 会食堂の扉が近づくにつれ、がやがやと。

 雑談の声が、徐々に聞こえてくる。


 「オド・クロイルカ、イロハ・イチノセ。そしてルノフェン・ラパン! およびそのパーティメンバーが、ただいまおいでになりました!」

 《クリアー・ヴォイス》で拡大された声とともに、扉が開く。


 叙任式自体が対魔王祝勝会の一環ということもあるようで。

 形式張らない観衆の、凄まじい歓声が響く。


 「あははは……。緊張する必要、なかったかも」

 胸を張り、オドは歩く。

 

 人数分の来賓席が、最前列に用意されていた。

 すぐ隣の丸テーブルには、すでにヒュペラやフィリウス、(メン)が座っている。シャーロットの席まであった。


 「おひさー」

 一行は案内されるがまま、着席。


 近くに座っていたヒュペラが、耳打ち。

 「クレオネスさんは?」

 「成り行きで騎獣を拾っちゃって。今、預けに行ってます」

 「そっか。それなら……これを」

 「分かりました」


 ヒュペラはその場でメモに幾つか文章を書き、そっと差し出した。

 二つ折りにされた上質紙の表側には、半植物の牡鹿印が押されている。


 「別にこの場で見てもいいけど。この報せなら、あなたよりあの人のほうが喜ぶかもね」

 「……後で、クレオネスと一緒に見ることにします」

 「それでいいよ」


 壇上の、コメディアン・スーツを着た恰幅の良い紳士が、一行それぞれについて説明を入れる。

 クレオネスも間に合ったようで、こっそりとタウロス用の席から挨拶をしていた。


 ごほん。

 諸々の前座が終わり、よく響く咳払いをすると、会場は静まり返る。


 「さて。叙任式の時間がやってまいりました。ここからはね、私も真面目に行きますよ。儀式ですからね」

 進行手順は、事前に共有されている。

 壇上の紳士は、スーツの上から赤い軍馬のローブを羽織った。


 「オド・クロイルカ。前へ」


 呼ばれ、立ち上がる。

 人々の視線が集まる。

 歩き、アドラムの前で一礼。隣のリコは、微笑んでいる。


 この世界に来たときより、いくらか肩の力が抜けたオドは、壇上に。


 「まずは白日教の十神へ。次にこの地を統べるエシュゲブラ神とハムホド神へ、祈りを」

 

 オドは片膝を突き、手を組む。

 神々の領域へと、オドのマナが接続される。


 「……よいでしょう。では、叙任者アドラム・フォン・リジルが、こちらにいらっしゃいます」

 貴族としての名を呼ばれたアドラムは、少し苦い表情をして席を立ち、オドの前へ歩む。

 その手には、鞘に入ったワンドが握られている。

 剣ではない。オドには、そちらのほうがふさわしいからだ。


 アドラムは、ワンドを祭壇に置く。

 向かい合った二人に、壇上の紳士――正確に言えば、司祭は――告げる。


 「騎士の誓いを」

 「うむ」


 静寂の中、ただアドラムの声だけが響く。

 

 「まさに騎士になろうとするものよ。世を守るべし。病みし者、飢えし者。苦境の中にあれど前を見据える者。そのすべてを守護すべし」

 「……はい」


 オドは項垂れる。

 その両肩を、アドラムは己の剣で軽く叩いた。


 司祭は、ワンドを手に取る。

 ルビーで装飾された、玄武岩のワンド。

 ずっしりとしたそれを、放浪騎士としての象徴を、オドは受け取る。

 

 アドラムはそれを見届けて、改めて宣言する。


 「このときより、汝は騎士となった。その杖を、民のために振るえ。騎士の名に恥じぬものとなれ」

 「はい!」


 厳かな拍手。

 壇上から見下ろすと、なんとも壮観であった。

 

 カイムスフィアの、現存するすべての種族。

 人間、エルフから水精族(マーマン)や竜人族まで。

 そのすべてが諍いなく、オドを見守っている。


 (これなら、ダハリトが王冠を返す日もそのうち来るよ)

 オドは数度礼をし、壇から降りて、元の席へと戻った。


 ◆◆


 「……ふう」

 アドラムとオドが降りたことを確認し、司祭はローブを脱ぐ。

 元のコメディアン・スーツの首元には、汗が滲む。


 「やー、お疲れ様でした。私、これでも神官でしてね。実は司祭位階だったりするんですが……」

 場を繋ぐ司会をよそに、続々と料理が運ばれてくる。

 

 「立食だって」

 「わかった」

 情報は参加者内で瞬時に共有され、給仕たちに道を開ける。

 

 チーズとオリーブのサンドイッチ。

 ローストビーフ、ローストラム。

 一口シチューパイ。南東戦線風フィッシュケーキ。


 これらが数段の銀製スタンドに乗せられ、提供される。

 王道と独創。パーティに慣れていても飽きない工夫が凝らされた料理群だった。


 参加者の行儀は良いもので、会食が始まってからも、参加者である財閥や元貴族からの干渉はない。

 正確には、干渉『できない』が正しいところか。アドラムが見張っている以上、迂闊な行動を取れば文字通り即死。

 ゆえに、遠くから討伐参加者の会話を眺めるくらいが関の山であった。

 

 「これ、美味しい! ぷにぷにしてる」

 レシュがフィッシュケーキを手に取り、率直な感想を漏らす。

 「オドもどう?」

 勧められた料理を、オドも一口。


 「んー……」

 オドは、答えに詰まった。

 「うん、美味しい。美味しいけど、これは……」

 料理とともに、言葉を飲み込む。


 (インポスター・レーション社製の、標準高蛋白食(PROー022)の味だ!)

 それもそのはずである。なぜなら。


 二人の様子を見て、イロハも同じものを口に運ぶ。

 上品に咀嚼し、飲み込んで一言。

 「これ、洋風かまぼこだね」

 「あ、これがかまぼこなんだ」

 「うん。結構いいトコのだと思う」

 「へー……」


 オドをよそに、会話が弾む。


 (あ、かまぼこを真似たからあの味だったのか……)

 一人で合点する。

 彼としては、元の世界での食材をこちらで味わうことになるとは思ってもいなかったので、単に驚いたのだ。


 一方、ルノフェンは。

 「オーガニックかまぼこじゃん! 一回食べたかったんだよなー」

 と、すべて分かったうえで満足そうに食らっていた。

 

 皿の上が大方片付いたかというところで、料理が入れ替わる。

 食事から、デザートへ。


 ベリーのタルト、アップルパイ。

 栗の蜜漬け、トリュフチョコレート。

 甘味が苦手な参加者のために、素焼きのナッツも完備してあった。


 「クラクラするくらい甘い匂いだ。最高だね」

 ディーもポーチから飛び出して、栗を持ち上げて齧る。

 口内に熟成された香りと、じゅわっとした蜜があふれた。

 「うん、味も完璧」


 オドは、クレオネスを呼ぶ。

 「どうした、我が主よ」

 彼は一口でベリーのタルトを片付け、オドと目線を合わせる。


 「ヒュペラさんから。ほら、ミトラ=ゲ=テーアの代理人の」

 クレオネスに、メモを渡す。

 

 読んでいいかと確認を取り、クレオネスはメモを開いた。

 途端に、クレオネスの顔がほころぶ。

 

 「内容は、言えそう?」

 「ああ。ミトラ=ゲ=テーアから、奴隷商会が一掃されたそうだ」

 「……良かった」

 「それでだな」


 話は飛ぶんだが、続きがある。

 クレオネスはそう言って、皆を集めた。

 

 オド、レシュ、ダハリト、ディー。

 それとルノフェン、イロハも様子を見に来た。


 「クレオネスから人を集めるとは珍しいの」

 「ね」

 ダハリトはアップルパイを食べながら、話を振る。


 「ああ、あの件ね。もうちょっと落ち着いてからで良いと思うけど」

 ルノフェンは、すでに知っているらしい。

 

 皆が集まったことを確認し、クレオネスは立ち上がる。

 メンバーの中では、圧倒的な高さだ。


 そして、一行の背後から。

 同じくらいの身長をした、牛の――ホルスタインの、タウロスが現れる。


 「お久しぶりですね~」

 にこやかに笑う彼女は、クレオネスの隣に並び立った。


 「名前は、“マダラの毛皮”カラパと申します~」

 気性は穏やかそうだった。


 「魔王討伐の馬車を引いてたもう一頭、ですかね」

 オドが確認を取る。カラパは、「うんうん」と頷いた。


 「まあ、あれだ。歯切れが悪くてすまないが……」

 提案が受け入れられるか、吟味しているようでもあった。


 「クレオネスさんが言えなければ、私から言いましょうか~?」

 「いや、いい。己の責務だ」

 「なら任せます~」


 意を決したように、クレオネスは息を吸う。


 「己たち、二人は――」


 言葉を聞き、驚くオド。「だろうね」と頷きあうレシュ、イロハ、ディー、ダハリト。もともと知っていたルノフェンは、パチパチと手を叩く。


 内容は、こうだ。


 「――ミトラ=ゲ=テーアで式を挙げたい!」

 「えええええええーっ!?」


 会場に、ただオド一人の悲鳴が上がった。 


 【終の部『それぞれのピリオド』へ続く】


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