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03-09:肉薄

 (あらすじ:魔王討伐の日、来たれり)

 

 朝方頃。二頭立ての馬車、車内。

 魔王討伐作戦の主力である、七人によるブリーフィングが行われていた。


 「はい、これ」

 まずは、リコ。

 小さな布のお守りを、人数分用意したようである。


 「ポケットにでも入れといて」

 「効果は」

 「《インシュランス》相当。身に着けた上で致命傷を負うと、代わりに壊れてくれる」

 「了解した。発動順序は」

 「呪文より後」


 手際よく配ってゆく。


 次に、オド。

 「マナタイトダストの小瓶、全員分ありますけど……使いますか?」


 彼の取り出した、小指の先ほどの小瓶には青く輝く砂が詰められている。

 魔力枯渇時、鼻から吸い込むか舌の上に転がすと、即座に補給してくれるモノである。


 なお、オドは知らないことだが、換金すればかなりの額となることを申し添えておこう。


 その小瓶を、(メン)は突き返す。

 「俺の戦術は、マナを使わん。俺の分は自分で持っておけ」


 リコも同様だ。彼女の武器は、テックである。

 

 「二つ余る、か。マナの消費が激しい人に持たせるのは?」

 ヒュペラの提案に、おずおずとイロハが手を挙げる。


 「一本は、私が持っていてもいいですか? 戦闘手段が魔法しかないので、魔力切れを起こすとお荷物です」

 「分かりました」

 本来の分と合わせ、二本渡した。


 「もう一本の余りは……オドで良いかな。フィリウスさん、意見ある?」

 「異論はない」

 ルノフェンとフィリウスは視線を交わす。

 どうやら、兜を新調したようだった。


 そのフィリウスは、今回の作戦に当たって指揮を任されていた。


 「物資の分配は、これで良さそうだな。作戦のおさらいと行こう」 

 皆、頷いた。


 「まず、我々は北の魔王討伐地点に向かうため、ローテスタール谷を東から迂回する」

 「橋はあるけど、大軍を渡せるほどの強度はないからねえ」

 適宜、地理に明るいリコが補足。


 「その過程で、旧王都を通る。アンデッドが湧くが、特に問題はない。遮蔽もあるので、万一戦線を後退させる際はここを使う」

 「一応。貴重な遺産だから、壊さないでもらえると助かるかな」


 それで、と繋げる。


 「魔王の居るカカオバーグ山麓は、街路を通ってすぐだ。そこまでの道中を、冒険者や兵士が護衛する。我々が消耗しないようにな」


 一行が馬車に乗っているのも、それが理由だ。

 その馬車は、クレオネスともう一体のタウロスが()いている。


 度々、かなり遠くの前方で爆発音や銃声が聞こえる。

 シュヴェルトハーゲンの兵士たちは歩む速度を落とすことなく、道中に湧く魔物を轢き潰しているようであった。


 ルノフェンが「冒険者の出る幕がない……」と漏らす。

 もっとも読者は御存知の通り、アドラムの思惑が上手く行っていることの証左でもあるのだが。


 「まあ、楽できるし良いでしょ。オドくんのパーティメンバーはなんでか兵士と混ざってるみたいだけど……」

 「ごめんなさい、レシュの血の気が多くて」

 ダハリトも上空から睨みを効かせている。彼は飛んでいるだけで仕事になる。

 ディーは……オドのポシェットの中だ。気配が全く無いため、広範囲攻撃が飛び交う前線には出せないのだ。


 「話を戻そう。魔王本体と戦う際の注意点について、おさらいしておこう」

 フィリウスが再び、本筋に戻す。


 「今回の魔王は神子の似姿だ。それゆえ、神子の一部とみなされたものであれば、装備も同時に召喚される」

 「ヒュペラさんのお母さんがムチを装備していたのでしたね。となると、他も……?」

 「そうだ」


 フィリウスは、リコの方を見た。


 「装備という意味で最も厄介なのは、リコ殿の持つ銃だ。斥候部隊によると、実際に所持が確認されていた」

 「だよねえ」


 リコの持つ、銃身が赤いライフル。

 【赤の銃】。ミシック級であり、リコ自身によって制作された業物である。


 「リコ殿の……そうだな、模倣体とでも呼称しようか。彼女の銃撃は、決して正面から受けようとするな。確実に死ぬ」

 「《アイアス・シールド》でもですか?」

 「そうだ。一昨日試してみたが、私の盾を七枚同時に貫通し、その上で殺傷力が残っていた」

 「ひええ……」


 「えっと。じゃあ、どうすれば良いんですか……?」と、イロハ。


 「最善は、撃たれない位置関係を維持することだ。リコの模倣体が現れたときは、オドくんには《アース・コントロール》を唱えてもらいたい」

 「穴を掘って、遮蔽を作るんですね」

 「うむ。魔法弾であぶり出してくるだろうが、幸いにもそちらは、質量弾よりは受けられる」

 「了解です」


 んー、とルノフェン。

 フィリウスが発言を促す。


 「一応、次善の策も聞いていい? ほら、戦闘開始直後だったり、塹壕の中に入られたりするとアレだし」

 「無くはないが、(メン)以外に真似できるかと言うと……」

 「それでも、聞きたいな」


 「分かった」と間をおいて、続ける。


 「銃口の向きから軌道を予測して避ける。もしくは、武器や魔法で弾いて逸らすのも、できなくはない」

 「あー。どの道撃たれた時点で危険だね」

 「……そういうことだ。ただ、射撃に対して斜めに盾を張るやり方は、他の攻撃にも使えることがあるから、覚えていて損はない」

 「りょーかい」


 次いで、ヒュペラからも意見があるようだ。


 「そもそも、相手の武器を壊すのはダメ?」

 「厳しいな。(メン)とも相談したが、魔王の装備を攻撃すると、装備の代わりに魔王本体が傷つく仕組みだと思う」

 「そっかー。武器を奪うのは?」

 「検討する価値はあるが、接近が前提だ。ルノフェンくんの妨害でも通りづらいことから、《スティール》はほぼ効かないと考えていい」

 「分かった。機会があったら狙ってみる」


 リコ模倣体対策は、これで一旦終わりだ。


 「こんなところか」

 「そだね。私以外の模倣体は、装備性能より地力で戦ってくるだろうし」

 リコは馬車の外を見る。

 丁度、紅炎の華が咲き誇るローテスタール谷を抜けたところだった。

 

 「ともかく、私達のやることは単純だ。魔王を攻撃して、形態変化させ、それも倒す。形態変化しなくなるまで、これを繰り返す」

 

 一行は頷く。


 「作戦会議は、終了だ」


 そういうことになった。


 ◆◆


 一時間後、隊の先頭では。


 「なんだ、コレは……」

 シュヴェルトハーゲン兵士の一人が、異常事態にそう呟いた。


 彼らの足元は、ベタついていた。

 魔王まで後一キロメートルまで迫って、問題が起きた。


 元凶は、カカオバーグ山の中腹から流れてくる物体。

 溶けたチョコレートの、川だ。

 山にわざわざ『カカオ』と名付けられているのも、これが理由であった。

 

 もっとも、これだけであれば、先程のように兵士が動揺することはないだろう。

 問題は、その川を作っているモノが、何故か麓まで降りてきていることにあった。


 「素敵な、素敵なお婿さんが近くに居るはずなの」

 ストロベリーの香りを漂わせるソレは、全長三メートルのバトルアックス。当然、チョコレート製。

 『彼女』の柄が突き刺さっている地面は、チョコレートの沼めいて波が立っていた。


 「何があった」

 クレオネスの牽く馬車も、追いついてくる。


 「カカオバーグ山の主が降りてきたか。よりによってこんな時に……」

 兵士の指揮を取るアドラムも、苦い顔をした。

 

 〈あまりにも甘き恋の主〉。このバトルアックスは、シュヴェルトハーゲンの伝承においてこう名付けられている。

 内容としては、怪談だ。

 男の子がカカオバーグ山を抜けるときは、かならず頭部を隠さなければならない。

 何故か? それは、山の上から見守るモンスターがいるためだ。

 そのモンスターは強く育ちそうな男の子を見つけると、自らの巣に攫い、徹底的に甘やかしてダメにしてしまうのだという。


 目の前のチョコレートアックスが怪談の元凶であることに、異論の余地はないのであった。


 「くんっ、くんくんっ♪」

 おもむろに、チョコレートアックスは匂いを嗅ぎ始める。


 チョコレートアックスに、目や鼻は無いはずだが。


 「そこかな? 馬車の中……♪」

 「ひえ……」

 何故かオドは、それと目があった気がしてしまった。


 「はー? オドくんはアタシの婿なんですけど? ぽっと出の武器ごときに奪えるとでも?」

 レシュが立ちふさがる。いつも通り、キレている。


 「主の邪魔をするというのならば、貴様はここで倒さねばならないな」

 クレオネスが武器を掲げ、チョコレートアックスの注目を引く。


 「やだぁ……私、もしかして狙われてる?」

 話が通じない。

 なおもにじり寄ろうとするチョコレートアックスに、「邪魔じゃ!」と、上空から爆発性の火球が飛ぶ。ダハリトのものであった。

 

 火球の直撃を受けた斧は、後方にべしゃりと倒れ込む。

 溶けたチョコレートをぶくぶくと泡立て、再度起き上がった彼女の身体は、全くの無傷。


 「もー。手荒いんだか、らッ!」

 バックフリップ。その勢いで、チョコレートのしぶきを上空のダハリトに飛ばす。

 

 「……たかがチョコレートじゃろ? 避けんでも……痛ぁ!」

 彼女の身体を離れたチョコレートは、即座に岩片に戻るらしい。

 ショットガンめいた一撃を受けたダハリトは、苦悶した。


 「冷気属性で、足を止めたほうが良さそうだ!」

 クレオネスが指示を出すと、後方からメア。


 「《フロスト・グラウンド》!」

 ピシ、ピシ。

 チョコレートアックスの足元が急速にひび割れ、凍る。


 もはや動けないはずの彼女に、焦る様子はない。


 「へー。そんなことするんだ?」

 不敵な声を漏らし、チョコレートアックスは斧頭中央のコアに魔力を集める。

 毒々しいストロベリー色の光が、その強さを物語っていた。

 

 「まずい! 止めるぞ!」

 「うわ、硬った!」

 何かが来る。準備動作の中断を狙い、クレオネスとレシュが攻撃を仕掛ける。


 クレオネスのバトルハンマーで、二発。

 レシュの石槍で三回の薙ぎ払いを受けると、チョコレートアックスは根本から折れた。


 折れたが、ダメージはなさそうだった。


 「本体は、頭の方か……!」

 斧頭は宙に浮き、コアの光は未だ輝き続けている!

 兵士がコアに銃撃を見舞うも、状況は変わらない!


 チョコレートアックスヘッドは、不敵に笑う!


 「気が変わったぁ。そこのエルフを先に食べちゃおう」

 光が収束する!

 メアは動じぬ! それどころか、腕組みし仁王立ち!


 「少年以外は死ねーッ!」

 ZAAAP! ZAAAAP!

 立て続けに、メアに向けて光線が放たれる!

 

 蒸気! 光は霜をも溶かし、気化!

 狭まる視界。軌道からして直撃であろう。

 メアは言葉を放たない。その周りに、小さな影が舞っている。


 「大丈夫か!?」

 「あいつら、(シルバー)級だろ? サポートしたほうが良いんじゃ……」

 兵士は追撃を警戒するが、三度目の光線は来ないようだった。


 耐えかねたアドラムが、指示を出す。

 「霧を払え」

 「承知しました! 《ヴェンティレーション》!」


 兵士の一人が、換気の呪文を唱えると、そこには!


 五体満足で無事のメア。

 鏡のように磨かれた盾を、残心めいて掲げるフォボス。


 そして、無惨にも。


 CRASH!

 チョコレートのモニュメントと化したアックスヘッドが、地面に落ちて砕けた。


 「ありがとね、フォーくん」

 メアはフォボスに駆け寄り、わしゃわしゃと頭を撫でる。

 

 フォボスはその手を受け入れつつも、小言を言いたそうにしていた。


 彼らの即席の戦術。

 それは、由緒正しきレーザー反射戦法であった。

 

 魔力視によってチョコレートアックスのコアに集う魔力が陽光のものだと看破したメアは、あえて無防備を装うことで光線のターゲットを誘導。

 そうなれば、後は光線を反射する位置にフォボスの盾を持ってくることで、反撃は終わるというわけだ。


 「無茶しすぎだよ」

 どうにか言葉を吐き出したフォボスは、背伸びして、ぽんぽんとメアの頭を叩く。


 メアはその手を引き「でも、息ぴったりだったでしょ?」と。

 呆気にとられる兵士たちを背に、また隊の後方へ戻って行った。


 「ふむ……」

 アドラムが、顎に手を当てる。

 「あの敏捷性は、兵士には出せまいな」

 念の為、あの二人にバイタルチェックを行うよう勧告してから、彼は指揮に戻った。


 一方、前方はと言うと。

 地面のチョコレート化は解かれたようで、クレオネスと馬車は一足先に魔王のもとへ向かったようである。


 「コアは……ありゃ、完全にチョコになってる。……しかも、あんま美味しくない」

 この場に残ったレシュは、チョコレートアックスの一部を口に含み、ぺっと吐き出す。


 「そうか、残念じゃ。美味かったらこの場で処理したのじゃが」

 復帰したダハリトが、上から声をかけてくる。


 「え……そんなに不味いのか?」

 兵士の一人が振り返り、レシュに続いてコアの外側を剥いで、齧る。


 「うわ……なんだこれ。チョコはチョコなんだが、同時に鉄が錆びた感じの……。ダメだ、吐く」

 兵士は「うげー」と、軽くえずいた。

 

 「……帰りの邪魔にならぬよう、どかすだけどかしておくかの」

 「さんせーい。処理は誰かがやってくれるでしょ。アリさんとか」

 

 レシュとダハリト。それと幾人かの兵士。

 彼らは手をベトベトにしながらも、かつては恐れられていた怪談のモチーフを、ゴミのように路傍へと追いやった。


 ◆◆


 馬車から降りて、魔王の目前。

 ターゲットは、ゴツゴツした地形の、丘の上。今は、緑の神子の姿。

 時刻は十一時。腹も空き始めるが、食事をとるにはまだ早い時刻だ。


 「色々なところに行ってると、度々出るんですよね。あんな感じの……変態が」

 オドは僅かな平たい地面に魔法陣を描きつつ、イロハに漏らす。


 「私は、あんまり会ったことないかなぁ。でも、オドくんを狙う人たちは本当に居るんだなって」

 「今回は生物ですらなかった」

 「ね」

 イロハも手伝う。

 この陣は、文字通りの陣地。魔力消費を抑え、傷を癒やす術式を仕込む。

 

 魔王は十メートル前方。

 すでに準備を終えたフィリウスと(メン)、ルノフェンはいつでも戦闘に移れるようだ。

 リコは二百メートル後方で狙撃の構え。ヒュペラは、世界樹と交信を終え、種々の支援魔法を唱える。


 「起動」

 魔法陣を描き終えたオドが軽く魔力を流し込むと、陣の模様に沿って淡い輝きが走る。


 「よし、上手く行った」

 この戦場には、同じ魔法陣がすでにもう二つ描かれている。

 敵が仕掛けてこないと分かっていれば、準備はいくらでもできるわけだ。

 

 「陣地、準備できました!」

 イロハが声を張ると、フィリウスが右手を魔王に向ける。

 リコに伝えるためのハンドサインだった。

 

 「恐らく、緑の神子の形態は、最初の一撃で終わる」

 (メン)の見立てである。

 誘導作戦の折に数度の有効打を入れたことが、効いているだろうとのことだった。


 確かに、魔王の身体の表面には幾つものノイズが走る。

 カタパルトで飛ばされた時の衝撃もあるはずだ。


 (準備完了、了解。撃つよ)

 リコからも、ハンドサイン。

 狙撃のために伏せる彼女のそばには、ツィークルが控えている。討伐作戦に参加する七人の中では、最も迅速に駆け回れるはずだ。

 

 バフは万全。

 調子も万全。


 タンブルウィードが転がってゆく。


 BLAMN!

 銃声が鳴り響いたときには、すでに【赤の銃】の一撃が入っていた。

 二百メートルの距離を隔て、なおも過たず魔王の頭蓋を撃ち抜いた。


 魔王は金属を引き裂くような悲鳴を上げ、吹き飛ばされ、緑色のノイズを散らしながら丘の向こうに落ちてゆく。


 「待機で問題ない。向こうから来る」

 背後でリコがバイクに乗り、退避した事を確認してから、(メン)は言い放つ。


 ドクン。


 不意に、世界が鼓動する。


 世界の血たるマナが、魔王のもとに凝縮してゆく。


 これより始まるは、魔王討伐。


 『《グリフォン・ウィング》』

 『《アイシクル・ビット》』


 二つの呪文を同時に唱えたそれは、視界を覆い尽くすほど広い氷の翼を背に、猛々しく舞い上がる。


 「心してかかれ。俺達の相手は、世界の理」

 (メン)が呟くと、魔王が応える。


 『ケース、青の神子イロハ』

 体色は、すでに深海のような青に。


 『この勝負を、楽しみましょう』

 熾烈な戦いの幕が切って落とされた。


 『落ちて』

 ……ツララ針の雨とともに!


 「《アストレイ・ホーミング》!」

 「《マス・プロジェクタイル・プロテクション》!」

 ルノフェンがツララ針の追尾性能を下げ、オドが射撃に対する盾を張る!


 「《シールド》!」

 「ああ、もう!」

 詠唱で隙ができた二人をカバーするのは、イロハとヒュペラ。

 盾の呪文と、達人的な棍棒捌きで壁を作る。


 「《アナライズ》!」

 フィリウスは敵を解析する。

 「複合術が来る! 冷気耐性を!」

 魔王は空中でターンし、一度退く。フィリウスの読みは正しいようだ!


 「《バリア:ウィンド》!」

 「イロハ殿!?」

 彼女が唱えた呪文は、冷気ではなく風に対する防御呪文。


 「良いからバリアの範囲内に入って!」

 何やら、考えがあるらしい!


 「一応、冷気防御も入れます!」

 「お願い、オドくん!」

 「《バリア:アイス》!」

 一行を囲むように、二種類の結界が張られる!


 「魔王は、私の戦術を真似てる。だとしたら、氷の翼の後は――」

 『《マゴニアの嵐タンペート・マゴニエンヌ》』


 魔王の背の、氷の翼が拡散する。

 ツララを生み出すビットの一つ一つが風の刃へと変じ、周囲五十メートルの岩を、土を、切り裂いてゆく。


 イロハが、過去に一度だけ唱えた合成術。

 《ソニック・カッター》と《ヘイル・ストーム》を一つのトリガーワードに押し込んだ、破壊に長けた魔法である。


 結界の中は幾分マシだが。時折、防御をすり抜けた風刃が、ムチのように一行を苛む。

 冷気も凄まじい。放置すれば、足元から凍るに違いない。


 「次はどうする」

 飛んでくる風刃を、刀気で相殺しながら(メン)が問う。


 「術の継続中は無防備。だから、こっちも強力なのを一発入れるチャンスです!」

 「リコ殿にもう一回撃ってもらうか?」

 フィリウスの方も大剣を器用に操り、後衛に向かう致命的な一撃を弾いている。


 「多分、正面からの銃撃は風刃に阻まれるよ。リコさんが側面へ移動するにも、時間がかかる」

 「じゃあ、どうすれば」

 「ということで、二番目に打点を出せるヒュペラ(キミ)を使う」


 一拍の間。


 「……は?」

 「その【世界樹の枝】で。バキっと」

 「いやいやいや! 私は近接戦しか――」


 ルノフェンは「聖騎士団長さん、任せた」と、フィリウスの背中を叩いて交代する。

 当然、フィリウスは先程のやり取りを聞いていた。


 彼は、厳かにヒュペラの肩に手を置く。

 

 「えっ? ねえ待って? このタイミングで陽光使いってことは」


 無慈悲に、呪文を唱えた。


 「《アザー・テレポーテーション》」

 

 一瞬だけ、ふわっとした感覚。

 その次は、重力と吹きすさぶ風の衝撃。


 ヒュペラは空中に転移させられた。


 「やっぱりいいいいっ!」

 だが、動揺もまた一瞬。

 彼女はフリーフォールしながら、眼下の魔王と嵐をキッと睨む。


 「《ロング・リム》!」

 腕を伸ばす。

 まだ風刃へと変化していない氷のビットを掴み、呪文を解いて跳ね上がる。


 「もう一回! 《ロング・リム》!」

 危険なロッククライミングめいて

 「《ロング・リム》!」

 次々とビットを伝い、遥か高く。

 「《ロング・リム》!」

 角度は魔王の頭上!


 跳ね上がり、優雅とも言える回転を乗せ、重力に従って落下し始める!


 「《ゴリラ・マッスル》!」

 瞬間的に筋力を強化!


 「ティリア、力を貸して!」

 武器に宿る世界樹の精は、ヒュペラに応えて力強く頷く!

 

 「いっけえええええッ!」

 【世界樹の枝】を大上段に構え、回転落下!

 

 CRAAASH!

 ガラスを砕くような音とともに、魔王は超重量級質量武器の一撃を受けた!

 

 術は強制的に解除され、ライナーな軌道を描いて大地に衝突!

 砂埃を立て、魔王は地に伏した!

 

 「滅!」

 攻撃機会! (メン)は跳躍し、かかと落とし! 魔王はローリング回避! 直後に《テレポーテーション》で短距離転移。さらなる追撃を阻む!


 「ああああああ!」

 転移先の上空には絶叫するヒュペラ!

 見ると、ルノフェンが取り付き、脚のジェットで落下位置を制御している!


 「もう一発♪ もう一発!」

 「耳元で囁くのやめろぉ!」

 喧騒を耳にした魔王は、走ってその場を逃れようと足に力を込める!


 「《チェーン》!」

 「《ホールド・パーソン》!」

 逃がすまいと後衛のイロハとオドが拘束呪文を仕掛ける!


 抵抗には成功するが、その隙を見咎めたフィリウスが駆け寄り!


 「《エンチャント:ライトニング》!」

 得物のツーハンデッド・ソードに術を込め、逆袈裟に斬り上げる!

 

 「《チタン・リアクティブ》!」

 BLAMN!

 反撃の呪文を唱えた魔王の肩を、致命的な銃弾が掠めていった! 生成されたチタニウムのトゲはこの一撃で消費され、効果なし!


 「やっちゃえ♪ おっきな一撃、入れよ♪」

 「分かったから離れてよぉ!」

 ルノフェンはクスクスと笑い、風に乗って離脱!

 

 「――!」

 地表では、フィリウスの斬撃が魔王の脚を切り裂いている!

 苦悶する魔王と、ヒュペラの目が合う!


 「ああああああッ!」

 CRAAAAAASH!

 再び超重量級質量武器【世界樹の枝】による叩きつけが決まる!


 砂埃の中、未だ戦意衰えぬ魔王の眼光がひらめく!


 「……まだだ!」

 起き上がる! なんたるタフネスであろうか!


 『《テレポーテーション》』

 「うわっ、こっち来た!?」

 後衛のオドの眼前に転移!

 転移の勢いが乗ったワン・ツージャブをオドは掌で受け止め、力比べに――


 「無理無理無理! 絶対無理!」

 圧倒的に魔王の膂力が強い!

 組み伏せに掛かる魔王の背中に、イロハの抜き放ったレイピアが突き刺さる!


 「《テレポーテーション》!」

 「うそっ!?」

 「あっ!」

 オドが転移魔法を用いて距離を取ろうとすると、接触中の魔王とイロハを巻き込んでしまう!


 転移先の、丘の上!

 「きゃあっ!」

 魔王は鋭いバックキックで、唐突な転移に戸惑うイロハを引き剥がす!

 

 (この状況、まずい……!)

 いつの間にか、魔王は拳を解き、オドの両手を掴んでいる!


 次の瞬間、オドは凄まじい痛みに襲われた!


 「があああああ~~っ!!??」

 視界外からの膝蹴りが、股間にクリーンヒット!

 「あがっ、待っ――」

 怯んだことを確認し、もう一撃!

 「ぐあああああっ!?」

 《インシュランス》で無効化されないギリギリの強度で放たれた急所攻撃は、オドの意識を奪う!


 「うっわ、痛そ」

 「これは……」

 「……」

 閉口する男性陣。

 ぐり、ぐりと押し込むように追撃し、オドの力が抜けたことを確認すると、魔王は起き上がろうとするイロハの方を向く!


 BLAMN!

 銃撃が空気を断ち割り、魔王の胴体に突き刺さる!

 気を取り直し、戦闘続行!


 「もうそろそろだろう。形態変化を意識せよ」

 (メン)は冷徹に刀気を放ち、魔王の注意を引く。

 イロハはその機に乗じて詠唱! 周囲を舞う風が凍え始める!


 「《キュア・フェインティング》!」

 ヒュペラがオドに駆け寄り気絶を癒やす!


 「があああああっ!」

 股間を押さえ、痛がるオド!

 気絶から復帰しても痛みは残る!

 「ホントごめん! 《グレーター・キュア》!」


 「とにかく攻めるぞ! 形態変化まで持ち込めば、回復の猶予はできる!」

 《テレポーテーション》で魔王の背後に飛んだフィリウスは、大剣で切り払う!

 

 振り返り、《フリーズ・タッチ》を発動しようとした魔王に

 「《スピードブレイク》!」

 ルノフェンによる一瞬の遅延が重なり、フィリウスはバックステップで難を逃れる!


 「決めます! 離れて!」

 イロハの詠唱が完了し、増幅された魔力がほとばしる!


 『《テレポー……』

 逃げようとする魔王の足元に、鎖が絡みつく!

 辛うじて復帰したオドが、上体を起こしながら生成した鉄鎖の一端を握っていた!


 「お願い、やっちゃって……!」

 《テレポーテーション》に抵抗しながら、息も絶え絶えという様子でイロハに頼む!

 「ぐっ!」

 魔王が脚を振り払うと、鎖ごとオドは弾き飛ばされた!


 「好機ぞ!」

 (メン)の声を受け、イロハは術を発動する!


 「……《アイス・コフィン》!」

 地が凍り、空が固まる!

 周囲の空間が歪むほどの冷気が、魔王の脚を、胴を、氷像へと仕立ててゆく!


 「《レジストブレイク》!」

 ダメ押しとばかりにルノフェンが抵抗低下の呪文! 呪文の効力が増加!


 余りの低温に耐えかね、転がってきたタンブルウィードも足を止め、凍ったオブジェと化してゆく!


 《アイス・コフィン》。

 敵を、氷の棺桶に閉じ込める呪文。

 射程が三メートルと短い代わりに、その破壊力には目を見張る物がある。


 凍った植物からも水分を抜き取り、氷の棺桶を形成。

 イロハは更に魔力を込め、棺桶の蓋をも呼び出す。


 ゴゴ、ゴ。

 引きずるような音を立て、蓋が閉まってゆく。


 最後に、「ガチャ」という音を立てると。

 風の音だけを残し、戦場は静まり返った!


 ◆◆


 「まだ、なにかやってくるか……?」

 様子を伺うフィリウス。

 魔王が反応する様子はない。瞬く間に冷気が回り、すでに指一本動かせない状況だ。


 ここから更に抵抗してくるだろうか。

 緊張感が、全員の胸中を去来する。


 だが、それとは裏腹に。

 青いノイズがボロボロと崩れるように、魔王の身体から散っていった。


 どこからか、超自然の声が響く。


 『ケース、青の神子イロハ。完了』

 「あっ……」

 イロハの術が強制的に解除され、魔王の身体は不定形の霧のようにぼやけていく。


 『ネクストケース、赤の神子の構築を行います』


 誰かが、「ふぅ」と、息を吐く。

 イロハの模倣体は、無事に倒せたようだった。


 【続】


感想はtwitterタグ「#業深少年旅行」にて行われますと拾えます。当タグでは、随時AIによる挿絵も公開されてゆきます。

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