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03-04:炎と鉄の国、シュヴェルトハーゲン

 (あらすじ:魔王がシュヴェルトハーゲンに出現する前に、オドの一行は現地にたどり着くことができた。特にイロハは手荒い歓迎を受ける。作戦会議にはまだ時間があるから、軽く観光してみよう!)


 「あう……う……」

 シュヴェルトハーゲンに到着した、次の日の朝。

 オドは手近な宿に運ばれ、気絶したように眠っていた。

 

 隣のベッドには、レシュ。

 こちらもぐっすりと眠っている。

 年齢でいえば、オドと大差ないのである。彼女にも睡眠は必要だった。


 そして、そのもう一つ隣のベッド。


 (なんで……)

 掛け布団の下、うずくまるように震えているのは、イロハであった。


 (オドくんたち、デキてるって言っても無防備すぎるでしょ……!)

 実際には、まだ一線は超えていないのだが。

 セレスティナから『超えた』と吹き込まれているのだから、イロハとしては気が気でないところである。


 部屋の鍵は施錠済み。

 レシュは下着。自らの尾を抱いて寝ている。

 オドの方はというと、やや暑いのか上半身の布団がはだけている。薄着だ。


 (それだけ互いを信頼してるってことだよ)

 布団からはみ出た頭のそば。ディーが小声でささやく。


 (あと、イロハちゃんのこともね)

 (……私?)

 唐突に言及され、面食らう。


 (ここ二日、旅してたじゃない? 少なくとも、オドたちは良い印象を抱いてると思う。よく動くし、素直だし)

 (……)

 (褒めてるんだから、喜べばいいのに)


 まあ、と、ディーは仕切りなおす。


 (魔王討伐は、大変な仕事になる。メンバーと信頼関係を築いておくのは重要だよ)

 (……確かに)


 レシュが、「ふにゃあぁ……」と伸びをした。

 目覚めたらしい。


 「私も、起きるかな」

 「うん。ぼくはクレオネスの様子を見に行く。今日の朝食は彼が当番だけど、強行軍の後だから引き継いでくる」

 「わかった」

 

 ディーは灰でくすんだ窓の鍵を開け、ふよふよと飛び立っていった。


 (……調理器具、持てるんだろうか)

 そんな疑問を抱きつつ、目を擦るレシュにおはようを投げかける。


 「おはよ。今何時か分かる?」

 「九時。ちょっと遅めかな?」

 「うげ、そんなに寝てた?」

 「夜遅かったから仕方ないよ」


 昨日より打ち解けたやり取り。

 部屋に洗面台がなかったので、魔法で水を出して顔を洗う。

 

 「オドくんは……」

 「寝かせとこ。リコさん曰くどうせ夕方の作戦会議まで暇だし、何よりあの様子じゃ早くて十時でしょ」

 「だよね」


 物音を立てず、着替える。

 

 「……良い匂いがしてきた。ソーセージの匂いかな?」

 「こっちは加工肉中心だからねえ。あとアレでしょ、イモ。ソーセージとイモ!」

 「伝統的シュヴェルトハーゲン食だ」


 「この匂い! 覚えがあるぞ!」

 クスクスと談笑しながら準備をしていると、階下でダハリトがはしゃぐ声が聞こえてきた。


 「急ごう、ダハリトくんに全部食べられちゃう」

 「ブレーキ(オド)が寝てるからね。じゃ、お先に」

  

 いつの間にやら、レシュは鱗鎧(スケイルメイル)を着終えていた。

 手早いものである。


 「ええっ!? お化粧とか、髪留めとかは……!?」

 「そんなん朝ごはん食べた後でもできるでしょ」

 「うう、文化が違う!」


 わたわたと準備を整え、遅れてドアを開けて駆け出す。


 広間には、誰も居ない。


 「他のみんなは!?」

 物憂げな亭主は、顎で外を指し示す。

 イロハは頷いて、案内に従う。


 「あ! やっと来た!」

 「遅いぞー」


 宿の外に出た彼女は……目を疑った。


 「……イロハちゃん?」


 彼女の足元は乾いた土だ。それはいい。

 だが、街路に目をやると、道を舗装する素材に嫌と言うほど見覚えがあった。


 この世界に降り立って、二度と見ることはないだろうと思っていたもの。


 アスファルトだ。

 まばらではあるが、車も走っている。


 「様子が妙じゃないか?」

 「見てくる」


 目の前に、レシュが寄ってくる。

 

 「おーい?」

 

 声を受け、意識が現実に戻ってくる。


 「あっ……」

 「どしたの?」


 何かを口に出そうとして、踏みとどまる。

 思い出したくない記憶を、オブラートに包む。


 「ごめん、ちょっと元の世界思い出しちゃって」

 「ふーん?」


 訝しむレシュは会話を打ち切って、太めのソーセージが刺さった串を差し出す。

 ちょうど今焼けたところなのだろう。皮はパリパリにめくれ上がり、脂が滴っている。


 「ありがとう……フランクフルトかな?」

 串を受け取り、かぶりつく。


 ぷりぷりとした肉の食感。

 続いてやってくる、旨味と塩気。

 記憶と、寸分違わぬ味がした。


 「フランクフルト? ガラテイン・ストックじゃなくて?」

 「ガラテイン……」


 そういえば、フランクフルトは元の世界の地名由来だった。

 あれ、でもガラテインもここの貴族の名前だっけ?


 「ふふっ」

 「なによ」


 答える代わりにもう一口食べ、みんなの輪に混ざる。

 

 「いい食べっぷりだの! イモのバター焼きもあるぞ!」

 「ジャガイモ?」

 「ナナイモじゃ。赤の神子にあやかっとる」

 「それほんとー?」


 結局、ここに来てから最初の食事は、楽しかった。


 転移してからというもの、ソルモンテーユから出たことのなかったイロハは。

 国が違えば、こうも変わるのかと驚いた。 


 混凝土(コンクリート)と石造りの、ドワーフみたいな低くて頑丈な建物に囲まれたとして。

 それでも異世界は異世界なんだ。


 ここが炎と鉄の国、シュヴェルトハーゲン。

 

 技術と進歩を受け入れた、熱気あふれる街だった。

 

◆◆


 その一方で。


 彼らが食事を終えた頃、ようやくオドが目覚める。

 まず自覚したのは、自身の腹の音だった。


 日は上っている。昨日の夕方から何も食べていないのだから、当然である。

 皆は、自由行動に移っているのだろう。


 ソーセージの焼けた匂いはどこへやら。今となっては往来を行き交う機械種族(ディータ)の出す排気マナが漂うばかりである。


 (目的地に着いたし、旅用のごはんも処理しないとなあ)

 ぼんやりと、共用の水場で顔を洗う。

 ソルモンテーユやミトラ=ゲ=テーアの水と比べると、流石にここの水質は劣りそうだ。


 (水は手持ちのを使おう。確か、ボア肉を使った分、本来食べる予定だった干し肉がだいぶ残ってたかな)

 《クリンネス》を自身に掛け、垢を払う。

 元の世界にもあれば良いのに、と思いながら。


 (だったら、スープにすればいいか。干し肉は硬すぎるし。でも作ってる間にもなにか食べたいな)

 部屋に戻り、学ランに着替える。

 これまで着ていた巫女服も荷物には入っているが、サイズが合わなくなってしまった。


 ポシェットを肩から下げる。

 これも、今となっては子供っぽいかもしれない。

 ところどころほつれているし、買い替え時だと思う。


 窓を開けて、街区の様子を見る。

 人通りはまばら。アスファルトの上を行き交う車も、まばら。

 だけど、ごった返すよりはまだ都合がいい。


 「《コンパス》」

 『食材を売っているお店』を指定して、方位知覚の呪文を唱える。

 回りくどいが、こうすれば食料品店以外に百貨店もヒットする。便利な魔法である。


 (……ちょうど、向かいの通りか。なら、歩いて行こう)

 念の為に書き置きを残し、宿を後にする。

 

 久しぶりに、自分の足で歩く。

 いつもはクレオネスの背中に乗っているから、目線が違う。

 背は伸びてきたけれど、まだまだ周りの大人たちを見上げる立場だ。

 後三年もすれば大体追いつくと思うけど、子供の三年は、とても長いものである。


 アスファルトの道路に、信号機はない。

 車列の切れ目を狙い、ぴょこぴょこと横断する。

 

 「ふぅ」

 無事に渡れた。

 ややくすんだ窓ガラスを通して、店の賑わいが見える。

 あまりよくは見えないが、ソーセージに詰める香草類があるはず。


 ぐぅ、とお腹が鳴る。

 目的のお店に入るには、通りの表側に移動することになる。


 路地裏を通る。

 表通りまでの距離は、だいたい五十メートル。


 そして仄暗く細い道には、危険が潜んでいるものだ。


 オドを追うように、一人の女天使(マルアク)がしめやかに足を運ぶ。

 その手には、『太陽と月の鈴』。二つ一組の連絡道具。


 彼女が鈴を鳴らせば、次の瞬間にはオドの行く手を阻むように相棒が立ちふさがる。

 鬼人族(オルクス)の女。二メートルの偉丈夫。


 「わたしに、なんの用ですか」

 挟まれた。距離は遠いが、ニヤついた笑みを浮かべながら徐々ににじり寄ってくる。


 「いやァね? ボク、とても可愛らしいじゃない? ちょーっと来てほしいところがあるのよね。二時間くらい、写真撮るだけ。謝礼は出すから」

 天使のほうが提案する。

 「武器を構えながら提案する話では、ないと思います」

 緊張を覚えながら、オドは魔力を貯めた。


 敵の武装を観察する。

 天使(マルアク)の方は、鉄パイプ。ろくな武器ではないが、防御なしで受ければ気絶しそう。

 鬼人族は拳にバンテージ。ストライカーでなくグラップラー。体格もあって、抑え込まれたらきっとひどいことになる。

 

 「なら、ここでヤってもいいかな? お姉さんはどっちでもいいよ?」

 天使の翼は、黒に塗られている。

 確か、レシュから聞いたことがある。

 サキュバスを名乗る蛮族が居ると。

 神々からの加護を放棄してまで、淫蕩に浸る翼人族の一派。

 彼女たちは、あまねく翼を黒にペイントしているという。


 「ぐっへへへ。今から快楽に泣き叫ぶお前の顔が見たくてたまらねえぜ!」

 鬼人が拳を打ち鳴らす。

 天使が顎で指し示すと、彼女は直線的に突っ込んできた。


 正直なところ、確実に勝てる相手だ。 

 だが、オドとしては懸念があった。


 (魔物はともかく、人間相手だと事故が怖いんだって……!)

 然り。

 オドは、国の命を受けて犯罪者集団を相手取ったこともある。

 なるべく怪我をさせないようにという縛りを自らに課し、そのうえで数千人を捕縛することに成功した。


 それでも、報告の上では骨折を含む怪我人が数十名居たというのだから、対人戦は辛いところである。


 「《ホールド・パーソン》!」

 出力を可能な限り弱めた呪文は、レジストされる。


 (やっぱダメか……!)

 大振りな掴みをバックステップで回避。

 移動距離は最小限。できれば横を抜けたいが、この路地裏は狭すぎる。


 「怪我は後で治してあげるからね、ボク!」

 跳んだ先には天使。大上段に鉄パイプを構え、容赦なく振り下ろす。


 「《シールド:バッシュ》!」

 インパクトをずらし、先んじて弾く。

 鉄パイプが彼女の手を離れ、非常口のドア枠を打擲して派手に音を立てた。


 「《リピート・マジック》!」

 隙をつき、再度掴みかかってくる鬼人族。

 反転し、盾をぶつける。強制的に距離を作った。


 一度の衝突が終わり、互いに様子を伺う。


 「相棒。こいつ、なんというか……違和感ありますぜ? 気味が悪い。無理して実力をこっちに合わせてるような……」

 鬼人族のほうが切り出す。

 当惑している、というべきだろうか。


 「んー……」

 天使は思案する。

 彼女の手には、すでに武器はない。

 先ほど弾かれた鉄パイプが、どさりと遠くのゴミ箱に落ちていった。


 「あの、わたしとしては、見逃してもらえると助かるんですけど……」

 提案する。オドとしては、ここで戦う理由は特にない。

 というよりそろそろ空腹が限界であり、相手をしている場合ではないのである。


 「深入りしないほうがいっか。こういうときのお姉さんの勘、当たるのよね」

 「……ありがとうございます」

 天使は鬼人族に対し、横に退くように指示を出す。

 

 「……ん!?」

 その途端、オドの背筋が別の殺気を知覚した。


 「なにか来る! 《サンク――》」

 「わぎゃーっ!?」

 「おわーっ!?」

 オドが呪文を唱え終える前に、二つの閃光が天使と鬼人族の頭上に『落ちて』きた。


 ワンパンだ。


 「団らんを――」

 ドスの利いた、低い声。

 片方は先程の鬼人族より、更に巨躯。

 二メートルと、二十センチ。

 こちらも鬼人族だが、その肌はより暗く、金剛力士めいた筋肉が浮かんでいる。

 刀を鞘から抜かず、そのまま振るって叩き伏せたようだ。


 「折角の団らんを、邪魔するでないわ! 下郎!」

 「お助けー!?」

 地面に叩きつけられた鬼人族を掴み、素手の左腕だけで表通りに向けて投げつける。

 何度かバウンドし、どうにか起き上がった彼女はすぐさま逃走してフェードアウトした。


 「流石にやりすぎじゃないか? こっちは捕縛した。蛮族だ」

 「お助けー……」

 もう片方もかなりの手練れ。細身だが、見た目以上の力で天使を拘束している。

 特異に思えたのは、肌を一片も見せていないことである。

 ヴェールを被り、肌の色をごまかす。その上で認識阻害のエンチャントを用意しているらしい。周到なことである。


 「俺が、この日を。どれだけ楽しみにしていたと思っている」

 目を見れば、生半可な相手は失禁するに違いない。心からの言葉であった。


 「あー、分かったよ。だが、買い物を続ける前に、さっき襲われてた子を保護しないとな……って」

 「あっ」

 オドにとっては、聞き覚えのある声だった。


 聖都デフィデリヴェッタ聖騎士団長、フィリウス・ルシスコンクィリオ。

 おそらく、魔王討伐の代理人としてやってきたのだろう。

 人前では決して鎧を脱がない、謎に包まれた人物……のはずだ。


 互いが互いを認識した結果、奇妙なことが起こった。

 フィリウスは口元に両手を当て、鬼人族の男に目線で助けを求め始めたのだ。


 鬼人族の男がオドに気づくと、眉根を寄せる。

 数秒間目線を合わせて観察すると、頭を振った。

 「思い出せん。直接会ったことはないはずだが」

 「え゛」

 フィリウスから声が漏れる。

 “こいつ、マジで言ってるのか”と言わんばかりの形相である。


 「えっと、あなたはフィリウスさんですよね? こちらは……はじめましてですよね。先程はお助けいただき、ありがとうございます!」

 頭を下げる。

 どう見ても彼らには事情がありそうだが、話題をそらす意味でも礼を述べる。


 「応。礼には及ばん。……名前は?」

 「オド・クロイルカと言います!」

 「オドか。確か、黒の神子……」

 再び、男はオドの方を眺める。


 「……当代の黒の神子は、女だと聞いている。紫宸龍宮(ウチ)の服を着た子だと」

 「あ、あの服着てたのは事情があって……」

 オドは迷う。

 ポシェットの中に巫女服の現物があるから、それを見せればよいのではないかという思考がよぎった。


 「そ、その程度に……しないか。彼が黒の神子であることは、私が保証する。(メン)さん、それでいいか」

 見かねて、フィリウスが割って入る。

 なぜか、かすれたような声を作りながら。


 (メン)と呼ばれた男は、苦しげにうめいた。

 「(メン)さんは……やめろ。本当に堪える」

 「この状況では仕方がないだろう……!」

 「それはそうだが……!」


 揉めている。

 孟がフィリウスと縁の深い人物であるのは確からしい。


 ぐぅぅ……。


 腹がなる。

 そうだった、空腹なのを忘れていた。


 「あの! 多分なんですけど、(メン)さんもお強いですから魔王討伐には参加されるんですよね。夕方の作戦会議で、またお話できる機会があるかもしれません!」

 機転を利かせる。一旦、話を打ち切ることにした。


 「……うむ。坊主が黒の神子なら、出るか。だったら、ここで話し込む必要も……無いな」

 「私も賛成だ」


 ということで、まとまった。

 もう一度礼を言い、表通りに歩みを進める。


 「俺たちは買い物の続きだ。フィリウス、まだ行けるか?」

 孟は非常階段の上に一飛びで着地した。

 「ああ」

 フィリウスも同様だ。軽やかにジャンプし、非常口からまた建物の中に戻っていった。


 喧騒は一瞬のうちに静寂へと変わる。


 「……フィリウスさん、あんな慌て方するんだ……」


 表通りに出て、買い物。

 買えたのは岩塩、ソーセージ、輸入モノを含む野菜類、各種スパイス。

 他に、面白そうなものをいくつかだ。

 

 「……あの二人、絶対何かあるよなあ……」

 スープに必要な材料と軽食を調達しながらも、先ほどフィリウスが見せた奇妙な振る舞いが、頭から離れなかった。


 ◆◆


 「ねえ……私の拘束……」

 「ごめんなさい! 完全に忘れてました! 警察呼んできます!」

 「やめろぉ!」


 ◆◆


 「ということで、簡単にお料理をしよう」

 宿の外。朝は他のみんながソーセージを焼いていたスペースだ。


 まず、鍋を出す。

 ミトラ=ゲ=テーアに滞在していた頃に買った、深鍋だ。

 ミスリルでコーティングされた鉄鍋。いざというときには鈍器にもなる。


 「お肉と水、どっちを先にしよっかな……」

 少し迷い、干し肉を一口大にカットする。

 使ったのはステンレスの包丁だ。まな板は浮き杉製でとても軽い。


 切ったら、鍋に水をたっぷり入れ、干し肉を投入。

 先程買ってきたブイヨンキューブの包装を読んで、三つ落とす。


 ミトラ=ゲ=テーアどころか、ソルモンテーユでも中々見ない代物だ。

 シュヴェルトハーゲンの絡む戦争の多さゆえに、食料品をなるべく多く持ち運べるようにという圧が強かったのだろう。


 「《イグニッション》」

 炭に着火。レシュの勧めで、苦手な属性の初級魔法についても最近は頑張っている。

 そして、こういうときに活きるわけだ。生活魔法、万歳。


 「よし」

 炭は程々に燃えている。

 ずいぶんと重くなった鍋を置き、再度まな板のもとへ。

 

 買ってきた野菜は、キャベツ、カリフラワー、キャロット、オニオン。

 すべて、今消費するつもりだ。


 「……買いすぎちゃった」

 カリフラワーは一口大にカット。キャロットは火が通りやすいよう、少し小さめに。皮は剥いてまとめておく。


 「オニオンは……」

 鍋を見て、オニオンを見る。


 「あっ」

 手順を、間違えた。

 先にオニオンを炒めて、後から水をいれるつもりでいたのだ。


 「まあ、いっか」

 方針転換し、厚めにオニオンを切る。全部は使わない。

 ブイヨンがなんとかしてくれることを信じて、具として使うことにする。


 そして、キャロットとオニオンを鍋に投入。臨機応変クッキング。

 

 「お昼になっちゃうなあ」

 ここまでの調理で、すでに十一時。

 野菜類に火が通るまで、暫く掛かる。朝食としてスープを食べるのは諦める。


 ポシェットをガサゴソと漁って、紙で包まれたポテトバーを取り出す。

 ぺり、と包装を剥ぐと、まずガーリックの刺激的な香りがした。

 中身は、予想に反して揚げてある。

 いわゆる、ハッシュドポテトの形だろうか。


 口に運ぶ。美味しい。美味しくはあるのだ。一応は。

 要するに油と芋と、塩の味だった。

 

 暫くもさもさと咀嚼し、飲み込む。

 何故このポテトバーがたったの1シェルで売られていたのか、なんとなく分かった気がした。

 作業用の、カロリーのみを目的とした食品なのだ。健康には悪い。


 なお、オドはこのポテトバーを合計三つ買った。

 今から胸焼けが心配である。


 気を取り直し、ドライアップルで口内をリセット。料理の続きをする。

 キャベツは、雑に外側の葉をむしり取ってカット。

 すでに食欲は薄れていたが、とりあえずちゃんと料理を完成させたかった。


 他の野菜の火が通るまでカリフラワーとキャベツは待ち状態なので、次の手を考える。


 眼の前にあるのは、キャベツの内側とオニオンの残り。


 「だったら、アレにしよう」

 買ってきたソーセージのうち、大振りなものの封を切る。

 ソーセージというよりはハムのような太さである。オドの世界での呼び名は、ボロニアソーセージ。

 それを、ひたすら薄く切る。

 ペラッペラになるくらい、薄く。


 「スライサーがあればなあ」

 調理器具をもっと見ておきたかったな、と後悔する。

 これだけ金属の加工技術があるなら、もしかしたらスライサーもあるかもしれない。

 むしろ神子がこの世界に根付いた後、誰かが絶対に提案するはずなのである。


 さもなくば、修行僧めいてひたすら……こう……ソーセージと、キャベツと、後はオニオンを繊細にカットする羽目になるからだ。


 気づけば、さらに三十分が過ぎていた。

 すでに野菜には火が通り、今しがたカリフラワーとキャベツを投入したところである。


 「主よ……」

 「おかえり」


 クレオネスが戻ってきた。

 なんとなく、気まずそうな顔であった。


 彼が、手を差し出す。

 手には、小型のオートマトンが握られている。

 機械種族の中でも自我がない、どちらかというと道具に近いモノ。円筒の形をしている。


 「それは?」

 クレオネスは、無言でオートマトンをまな板の上に置く。


 「ピピ、ピ。ナンデモ、キリキザムヨ」

 切りかけのオニオンを見るやいなや、オートマトンはオニオンを体内に格納する。


 「ねえ、ちょっと……それさ……」

 オドは、嫌な予感がした。


 「ピピピピピ」

 カッ、カッ、カッ!

 オートマトンの内部の刃が、瞬く間にオニオンを薄くスライスし、排出する。


 全く狂いのない、美しい断面であった。


 「あー、もう!!!!」

 予想通りというか、なんというか。

 オドは膝から崩れ落ちた。


 急がば回れ、である。


 ◆◆


 「それは……どんまい」

 委細を聞いたディーが、机に突っ伏すオドの頭を撫でて慰める。


 「にしても、オートマトンを売ってたんですか? シュヴェルトハーゲンで作ってるって話は聞かないですけど」

 大鍋を囲み、イロハ。

 十二時。食事時だ。

 皆の前には干し肉のスープとミートサラダ、それとパンが用意され、思い思いに食事を取っている。


 「ジャンク市で二束三文だった。刃が錆びていたが、側に修理屋があったからそこで直してもらった。流石に、作るのは無理だとさ」

 とはクレオネスの弁だ。

 街の構造を覚えるついでにと、少し遠くまで足を伸ばしたとのこと。

 修理は立地上割高だったようだ。そこは、仕方がない。


 「他のみんなは何してたの……」

 突っ伏しながら、オドが問う。

 

 「余は買い食いしとった! 羽虫にも少し分けてやったぞ!」

 「ハーブティーは良かったよ。この身体は、多分花の蜜とかが好きなんだろうね」

 ダハリトとディーは露店街。

 上空から探索していたそうだ。


 「アタシは……イロハちゃんとデート?」

 「ン゛っ」

 イロハがパンを詰まらせ、突っ伏すオドの中指がピクッと跳ねた。


 「まあ、詳細は女同士の秘密ってことで」

 「んー……」

 呻くオド。

 話に踏み込む代わりに、頭を起こしてミートサラダに口をつける。


 イロハの方も、パンをゴクッと飲み込んで。

 「……誤解されるようなことはしてないからね? 色んな意味で。ただ買い物しただけ」

 「まあね。これとか綺麗でしょ」

 特に誰に言われるでもなく、レシュは小瓶を机に置く。

 宝石めいてカットされたガラスの中には、澄んだピンク色の液体が詰まっている。


 「それ、香水?」

 机の上に乗ったディーが、間近に寄って観察する。

 「うえっ、マジで香水だ」

 瓶に染み付いた濃厚な香りを嗅いでしまい、鼻を摘んだ。


 「そ。《チャーム》は使い手の魅力で効果が上がるって聞いたからさ。意外と最後の一押しに効くらしいのよね」

 まあ、ナナさんの受け売りなんだけど。と付け加えた。


 なお、他のメンバーは「多分オドに使うんだろうな……」と察したところである。


 「じゃ、最後にオドくん、何か面白いことあった?」

 レシュは強引に話を切り替える。

 この話題について、これ以上墓穴を掘るつもりはないらしい。


 「うーん、色々あったけど」

 サキュバスに襲われたこと……はたまにあることだが、フィリウスの件は話しておくことにした。


 「紫宸龍宮の(メン)って男と、聖都の騎士団長が一緒に行動してたのじゃな」

 「そういうことだね」

 話を整理すると、シンプルだ。


 「なあ、主よ。その(メン)という男だが……」

 クレオネスには、心当たりがあるようだった。


 「以前、戦った奴隷商会の戦士から聞いたことがある。彼は文字通り、紫宸龍宮最強の男だ」

 「最強……」

 卓が、ざわめく。


 「知ってる?」

 「紫宸龍宮の領域のトップの名前は大体覚えてるけど、孟さんは知らない」

 レシュとイロハは反応が薄い。


 「……なんか、最強と言う割には知名度が低くないかの?」

 ダハリトが突っ込む。

 あの荒くれ者だらけの国で最強というのであれば、当然ソルカや麗家の長兄をも上回ることになる。


 凄まじい戦力であるはずなのだ。


 「少なくとも、神子と一対一で戦えるのは間違いない。素手でミスリルを粉砕し、一度刀を抜けば、城壁の上に跳んで剣気で敵将を討つ。正真正銘のバケモノだ。表舞台に上がらないのは、巫后の警護に専念しているからだろう」

 「……盛ってるでしょ、それ」

 たまらずディーが笑う。


 一方、オドは頷いていた。

 「フィリウスさんの動きについていくどころか、先導してたもんなあ……」

 「……マジ?」

 「うん。マジ」

 ディーは言葉を失う。

 せめて魔法を使った上での挙動であってほしい、と、眉間に指を当てる。


 「よく考えたら、魔王討伐は聖騎士団長みたいなのが七人も集まるのかぁ」

 レシュが呟く。


 魔王。

 神子クラス七人がかりで、ようやく相手できる強敵(レイドボス)


 「この世界、よく滅んでないよねえ」

 続いて漏れたその言葉に、神々は冷や汗をかいた。


 【続】


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