03-03:魔法、銃、地獄
(あらすじ:辺境サヴィニアックを再び観光したオド一行は、近々現れるという魔王の出現位置を魔法で予測した。その領域は、大陸南東のシュヴェルトハーゲン。首都グローセシュミデ北方だ!)
「よりによってシュヴェルトハーゲンか……」
サヴィニアック辺境伯子息、ディートヴェルデは苦い顔をした。
それもそのはず、辺境サヴィニアックはシュヴェルトハーゲンと国境を接している。
故に、歴史的経緯で何度も干渉を受けているわけで。
赤の神子がたまに遊びに来ることだって、本国に知られたときのことを思えば頭痛の種だ。
「あら? コネクションという意味であれば、ミトラ=ゲ=テーアよりはまだ御しやすくてよ?」
セレスティナの右手には、いつの間にか赤色の鈴が握られていた。
「それ、イロハにも渡していた『太陽と月の鈴』か。もう片方は、まさかと思うが」
「ええ」
チリン、チリン。
鈴を二回鳴らす。
マナを込めて鳴らせば、対として作られたもう片方の鈴も鳴る。
「私のは青いですね。確か、一回は『直接そちらに行く』でしたよね」
イロハが答える。
「なんでイロハちゃんがそれ知ってんの? アタシも黒いの渡されたけど……」
レシュの手元にも、同様の形の鈴があった。
曰く、温泉旅行の際に『お土産』の一環として持たされたらしい。
「ティナ、ひょっとして会った神子全員に鈴を?」
「コネクションは重要でしてよ? もっとも、先代の黒にはまだお会いできておりませんが……」
こほん、と咳払いし、話を戻す。
「つまり、もう片方は赤の神子の手元ですわね。覚えておられるかしら……?」
程なくして、鈴がひとりでに三度鳴った。
「……返しが一回だと『来ていい』、二度が『都合が悪い』で」
レシュが声に出す。今回はそのどちらでもなく、三回。
「三度が『来訪者に身の危険がある』、ですわね。それを前提にするならば……」
次の送信も、二回鳴らす。
これから送り込むのは、身の危険があっても問題ない戦力であるというわけだ。
チリン。
「一回。なら、オドくんたちが向かっても構いませんわね」
「良かった……のかな? やっぱり良くない気もする。普通になにかまずいことが起こってそう」
複雑な表情を浮かべるオドに、回復したクレオネスが声を掛ける。
「問題があるか無いかで言えば、まだ無いと考えていい。魔王が現れるポイントは、グローセシュミデ北方。都に近すぎる。出現地点との間に幾つか高い丘はあるが、近辺に取り巻きの魔物が大量に湧くはずだ」
「そっか。サヴィニアックから直進だと、タイミング次第でその魔物たちに遭遇しちゃうんだね」
うむ、とクレオネス。
ともあれ、シュヴェルトハーゲンにたどり着く必要はある。
「む、魔王が出るときに湧く魔物じゃろ? 余のブレス一発で大体ウェルダンに焼き上がるぞ?」
「ああ、そうか。ダハリトなら何度も交戦しているだろうな。己はだいぶ苦戦したんだが……」
単純に、対多数適性の問題ではあった。
「ブレスが効くなら、魔王本体が顕現する前に突っ切ることも可能だろう。どうだ?」
クレオネスはオドの方を見る。パーティ方針の決定権は、彼が持つ。
「絡んでくる魔物をダハリトくんに任せられるなら、パーティとしてもそれが楽かな。イロハさんは?」
「え……?」
怯むイロハ。
オドとしては予想していなかった反応だ。
「えと……これまで同じ実力の人とパーティ組んだことなかったからわからないんだけど……。オドくんのパーティだと、全部私がやる必要はない……のかな?」
「? そうだけど」
不思議に思う。イロハとオドで、何かしらの常識が食い違っている気がする。
見咎めたセレスティナが割って入った。
「色々ありましてよ。ええ、色々……」
細かくは聞けない雰囲気だと、オドは感じた。
彼女はそのまま、提案する。
「イロハ。この際ですから、与えられた指示を越えて、密にオドくんたちと行動してみては?」
「この子、たちと」
イロハは杖を握りしめ、左右を見渡す。
みんな、皇都の人たちとは雰囲気が違う。
レシュ。初対面はああだったけど、意外と気は良さそう。
ダハリト。性別がわからない。かわいい。多分無害。
クレオネス。明確に男性だけど、こっちに興味はない。言い寄ってはこない……気がする。
オドのポシェットに入ってる子は……なんだろう。魔法生物かな。ひどいことはしてこない……よね。
そして、当のオド。
歳の割に、落ち着いている。
同級生とは五歳くらい違うけど、あの人たちみたいなギラギラしたところがない。
だったら。
「……うん。ティナお姉さまが言うなら、やってみる」
「決まりだね。グローセシュミデまでの道中は、クレオネスに乗っていく。ダハリトがメインで魔物を焼いていって、息切れしたときにわたし達が補助。これでいいかな?」
「……うん!」
よし、とディートヴェルデが手を叩く。
「じゃ、準備が要るな。俺は食料品店と冒険者ギルドに声をかけてくるとしよう。オドくん、到着まで何日掛かりそうだ?」
「道のりが険しいから……正午に出れば、二日後の同じ頃にたどり着きそうです。でも、三日分あると安定すると思います!」
「分かった。代金はいい。代わりに、一つ物を運んでもらう。そのつもりでいてくれ」
「わかりました!」
そういうわけで、一行はスムーズに準備を済ませたのであった。
◆◆
準備が終わって、同じ広場。
「これは?」
オドの両手には、中空かと思われるほど軽い農具が握られている。
形状は、鍬だ。大地を耕すために使うものである。
その先端の金具には、ソルモンテーユの紋章が塗装されていた。
「砕きの鍬だ。品質はマジック級。これを使えば、硬い岩の地面でも問題なく耕せる」
「便利そうね、それ。シュヴェルトハーゲンはともかく、黄砂連合も礫砂漠は多いから売れるんじゃない?」
レシュが口を挟む。
「そうしたいのは山々なんだが、まだ試作段階でな。量産するにも鉱石が必要だ。向こうの元首に恩を売っておく必要もある。総合的に、今はシュヴェルトハーゲンが最適というわけだ」
「なるほどねー。量産化したら、教えてよ。お姉さまたちがダース単位で買っていくはずだから」
話を終えると、レシュはスルスルとクレオネスの背中に登っていった。
既に、オド以外のメンバーは搭乗している。
「魔王討伐にあたって、シュヴェルトハーゲンの代理人はリコになるでしょう。彼女は今、アドラム総帥に最も近い。作戦会議のついでに渡していただけると幸いですわ」
「了解いたしました!」
鍬を拡張ポシェットにしまい、オドも鐙を伝って登り切る。
「忘れ物は? ディーは居る?」
ポシェットの中から、ぽんぽんと叩く音がした。居るようだ。
「わ、私も大丈夫。思ったよりぎっしりだけど……」
イロハはぎこちなく隅に座る。
人間二人、ラミア一人、ドラゴン一匹、妖精一羽。
ほぼ積載限界だ。
「なら、余は飛ぼうかの!」
ダハリトが身を投げだしたかと思うと、背中から立派な羽が生え、そのまま宙を舞う。
かと思えば全身が竜化し、周囲の見物人をどよめかせた。
「あっ、もう! 街中でやったらみんな驚くでしょ!」
「こっちの方が魔力消費量は少ないぞ?」
ウィンク。
「先に出ておくぞ!」と大きな声を響かせ、ヴェルデンブールの城壁の外へ飛び立っていった。
「彼が人類に敵対的だったらと思うと、ゾッとしませんわ」
「母さんはアレを狩る気で居たのか。頭上から一撃入れるっつっても、どうやって上を取るんだよ……」
ディートヴェルデ夫妻も、引き気味だ。
「では、追いかけます! 物資の件、ありがとうございました!」
オドは慌て気味に別れの挨拶を投げかける。
ダハリトは古老ドラゴン。
それゆえ、ただ移動しているだけで低位の魔物が逃走し、生態系を乱してしまうのだ。
「《スピードアップ》! 追いつくよ!」
「わ、私も支援します! 《アクセラレーション》!」
オドとイロハはクレオネスに対し、バフを掛ける。
「ということで、貴人殿。次に会うときは、長く語り合おう!」
クレオネスはと言うと、手を振り、四つの脚に力を込める。
その場で。力むように。
「……?」
左右をキョロキョロと見渡すイロハ。
彼は歩き出すどころか、しゃがんでいる。
嫌な予感がした。彼女の予感は、大抵当たる。
クレオネスの身に、縄のような筋肉が浮かぶ。
「舌噛まないようにね。後、ちゃんと捕まってて。それも全力で」
レシュがイロハに耳打ちする。
「えっ? 待って、何が起こるの!?」
他のメンバーは順応し、既に鞍にしがみついている。イロハも、どうにか皆に倣った。
一、二。
「《グラスホッパー・スプリング》。《ゴリラ・マッスル》」
三秒だけ溜めて、彼は。
「とうっ!」
三十度の角度で、跳んだ。
砲弾のように己を蹴り出し、歪んだ放物線を描く。
「あーっ!? 地面が、地面がーっ!?」
凄まじい空気抵抗を受けながら、一行は城壁を飛び越える。
「おー、おー! 最初に戦ったときを思い出す跳躍だの!」
上空でダハリトがケタケタと笑う。
クレオネスが重力に従い落下し始めたのを見て、彼は高度を下げた。
「落ちる落ちる! やだーっ!」
イロハは半狂乱で脳内の呪文を検索する。
この速度で《フライ》を使っても慣性を殺しきれるだろうか?
《スロウ》……でも良さそうだけど、時間に干渉する呪文はコストが重い。
生命属性の強化呪文は、他人にかけられる物が少ない。
考えているうちに、クレオネスのほうが呪文を唱えた。
「《グリフォン・ウィング》!」
彼の肩から魔力の翼が生え、滑空を開始する。
「うぐっ」
緩やかに軌道が変わり、体全体にずしっとした重みを得る。
なんだか、ジェットコースターみたいだな、とイロハは感じた。
元の世界が、少しだけ恋しくなった。
クレオネスは、慎重に着地する。
水平軸のスピードは最高速に保ったままだ。
一度だけ跳ねたかと思うと、ダカッ、ダカッと順調に地を走り出す。
後方を見れば、蔦の生えたヴェルデンブールの城壁が、遠くに離れていく様子が見えた。
ふぅ、とイロハは深く息を吐く。
それと同時に、オドのポシェットから何かがうごめく音がした。
「良いねえ、いつもこんな感じで移動してんの? 三人も背中に乗せてあんなジャンプするって、どんだけ鍛えたらそうなんのさ」
見ると、ディーが「ぷはぁ」と上半身を出し、縁にもたれかかっていた。
「あ、やっぱりポシェットの中に居た。ディー、青の神子さんが同行するけど、良いかな?」
皆に怪我がないかチェックしながら、オドが呼びかける。
「ああ、うん。そっちの方が楽しいんじゃない? ぼくはディー。異世界……の邪神の眷属。こんなんだけど、アンデッド呼ばわりしたらキレるから。よろしくね」
手を伸ばし、握手を要求する。
「……よろしく」
イロハは指を一本だけ伸ばし、握手の代わりとした。
「ちなみに、魔法生物って言ったら怒る?」
「いんや? むしろその表現が最適でしょ。真面目に分類するなら、ぼくの同族はブロブとかジャンピングコインとかじゃない? 知らないけど」
「ブロブは良くてアンデッドはダメなんだ……」
ディーは興味なさげだ。
とりあえず生きていれば何でも良いらしい。
「にしても、なんだかいつもより速くない?」
ふと、レシュが疑問を口に出す。
クレオネスは、他者の支援がなくとも時速三十キロメートルで丸一日走り続けることができる。それだけの鍛錬を積んでいる。
そこにオドが常時魔法で支援して四十キロ。
普段のパーティであればレシュも筋力強化の呪文が使えるので、それが入れば四十五という具合だろう。アルムが居る時期は、もっと伸びた。
ところが、今は誰がどう見ても六十キロは出ている。
その原因は、イロハにあった。
「《アクセラレーション》、か。流水属性の、時の流れを早める魔法だな」
こともなげにクレオネスが解説。
なるほど、確かに。歩幅は変わらずに、脚を下ろす間隔が短くなっていた。
「んん? 六十って四十の何倍だっけ?」
「一.五倍です」
レシュの問いに、イロハが即答する。
イロハは曲がりなりにも学園を出ている。地頭もよい。
クレオネスはこうも言った。《アクセラレーション》は、他者に付与できる都合、効果量が小さい。並の術師であれば、十パーセントほどの加速効果しか得られないのだと。
あと、当然加速しただけ腹が減るから、食事を増やしてくれと。
「うげえ。じゃあ、ふつーの術師の五倍以上は強いスペルパワーってことじゃん。やっぱり神子ってすごいんだなあ」
レシュがわしゃわしゃとイロハの髪を撫でる。
彼女は「わうぅ……」とはにかみ、小さく丸まって恥じらった。
◆◆
旅の道中については、あえて多くをこの場で語ることはすまい。
というのも、道中では不自然なまでに魔物がおらず、目立った戦闘が起きなかったのだ。
無論、これは大体がダハリトのおかげである。
彼はのびのびと空を飛んでいるだけだったが、魔物避けとしてはこの上ない効果を発揮した。
とはいえ、立ちはだかるものが居ないわけではなかった。
キングボア。
体長三メートルほどもある巨大なイノシシが、藪の中から錯乱して彼らの目の前に躍り出た。
キングボアにとって不幸だったのは、そのタイミングが一行が野営を始める直前だったことだ。
「焼き肉じゃあーッ!」
「うおおおっ!?」
唐突に急降下を仕掛けるダハリト。横にステップし、ボアの突進を避けるクレオネス。
「スウウウウ……」
キングボアが振り返ると、すでに正面には、辺りの空気を肺の中に収めたドラゴン。
彼に思考というものがあったとするならば、こう考えたに違いない。
(あ、これ……終わったわ)
次の瞬間には、燃え盛る業火がその身を焦がし、意識と生命を刈り取っていた。
火が消えた頃には、レシュが解体の準備を終えていた。
真銀でコーティングされた解体用ナイフは、血や脂をものともせず、キングボアを部位ごとに切り分けていく。
イロハはその光景に横目に見ながら、《デハイドレート》で血抜き。
オドが下ごしらえをしている間にディーが周囲を探索し、使えそうなスパイスを採取。
時間はかかったが、同時に楽しい時間でもあった。
クレオネスが二つのテントを設営する頃には、大量の肉料理が出来上がっていた。
……とまあ、こういうことがあるにはあった。
残りの焦げた毛皮や骨、食用に適さない内臓は、イロハが《プリザーベーション》を掛け、オドのポシェットに放り込まれた。
一日目の夜でかなりの栄養補給ができたので、クレオネスの気力は有り余っていた。
これなら、いくらでも走れる。
そしてそのとおりに、彼は走りきった。
最終的に費やした時間は、たったの一日と半分だ。
二日目の夜、一行はシュヴェルトハーゲン城門までたどり着く。
オドとしては眠くなる時間ではあるが、魔王顕現が近い今、出現ポイント付近で足を止めるよりも、拠点にたどり着いた方が良いと考えた。
「ぼんやりした顔も可愛いなあ」
レシュは穏やかな表情で、オドの頬を突いている。
「ん……」
オドの方はと言うと、胴をロープで鞍に固定し、現世と夢の狭間を彷徨っていた。
「イロハさんは眠くない? オドは育ち盛りだからさ、こんなんだけど」
ディーの居る場所は、オドの頭の上。
醸し出す不浄の魔力が虫除けとして有用だと分かったのは、夕方のことだ。
「私は大丈夫です。でもこの調子なら、もうそろそろオドくんを起こしたほうが良いのかな?」
イロハは軽く|《センス:エネミィ》で周囲を索敵する。
とはいえクレオネスの背中で、ダハリトから逃げる魔物には反応しないこともあって、分かることは多くない。
「……ぬ?」
上空のダハリトが、何かしら違和感を得たようだ。
高度を下げ、翼以外をヒト化する。
「どうしたの?」
イロハはダハリトの分のスペースを空ける。
「火の匂いがしておるの。城門で戦闘じゃ。赤の神子もおる。流れ弾が来ると危ないから降りてきた」
「こちらからも見えている。魔王の影響下にある魔物だ。オドを起こしてくれ」
「わかった」
レシュは指の形を変え、オドの頬を思いっきりつねる。
「ひううっ!?」
目をパチっと開け、覚醒する。
時間を掛けずに起こすなら、これが最速だった。
「着いたけど、城門に魔物が湧いてる。援護するから戦闘の準備して」
「わ、分かった。友軍だと知らせる方法は?」
「《テレポーテーション》……は長距離だと妨害されるよね」
「余が行く。赤色の《ライト》をくれ。色は重要じゃ。光りながらヒト化しておけば撃たれることはないじゃろ」
「分かった、お願い! 《ライト》!」
夜闇の中、キラキラと光りながら、ダハリトは一足先に戦地へと飛び立っていった。
「色が重要って、どういうこと?」
オドが疑問を口に出す。
「わかんない」
とは、レシュの言葉だ。
「見たほうが早いだろう。肩の上に乗ってみてくれ」
クレオネスの腕を伝い、オドはよじ登る。
「うわ……」
彼の目には、青白くうごめく、複数の光点が見えた。
「魔王の影響を受けた魔物は、その身にマナを蓄積する。体の一部が青白く輝いているのが、マナの濃い部位だ」
「じゃあ、そこを攻撃すればマナを暴走させて効率的に倒せるのかな?」
倒すだけならな、と前置きし、クレオネスが続ける。
「マナの籠もった部位は、装備の素材としてもグレードが上がる。だから、後々のことを考えると、逆に他の部分を攻撃して倒したほうが良い」
「うちの集落にも何本か光る骨が保存されてたけど、素手で触ったら怒られたなあ」
「だろうな」
近づきながら、各々戦闘準備を整える。
防御寄りのバフをかけ、武器を抜く。
ディーは毒針。腕力はない。使える呪文は妨害に特化している。
イロハは、魔法の発動補助体としてレイピアを用いているようだった。
「あれ? イロハちゃんは剣士なの? 意外だ」
レシュが生成した槍に炎をエンチャントしながら問う。
「腕前は護身程度ですけどね。本領は、やっぱり魔法です。レシュさんは石槍で、オドさんは……武器を持たないんですね」
「オドはクレオネスに乗って戦うから、武器持つと逆に危ないんだよね。騎乗してなくても単に格闘が強いし……」
なるほど、とイロハ。
「じゃあ、ダハリトくんは……?」
その問いには、戦場を指さすことで答える。
ミスリルをもやすやすと切り裂く爪と牙で、彼は次々と魔物を仕留めていた。
「あいつに、武器要ると思う?」
「愚問でしたね、すみません」
準備が完了したのを見計らい、クレオネスが速度を上げる。
「そろそろ己たちも兵士たちの射程に入る。赤色の《ライト》頼む。」
「《マス・ライト》!」
「いいぞ!」
彼我の射程は三百メートル。
混凝土の城壁のこちら側には、二列の穴が掘られている。塹壕である。
その中から、シュヴェルトハーゲンの兵士達は反撃していた。
すでにダハリトから報告を受けているのか、友軍の到来に前線は色めき立つ。
「来たわね! みんな、誤射に気を付けて! 赤い光は友軍だから!」
塹壕の中で指揮を執るのは、赤の従徒、リコ・キヌカワ。
城壁に備え付けられた拡声器からは、赤の神子たるナナ・サオトメの勇ましい歌が流れている。
「「「イエス、マム!」」」
一糸乱れぬ、統制が取れた応答だ。
彼らは、職業軍人である。
総帥アドラムのクーデターに参加し、生き延びたもの。
あるいは、南東の魔族どもとの死線から帰ってきた者もいる。
その全てが一様に精強だった。
「十時! ワイバーン! 撃て!」
BLAMN! 塹壕の中から、鉛の銃弾がダースで飛び出し、塹壕を迂回しようとした飛竜に突き刺さる。
弾丸自体は容易に弾かれる。距離があり、流石にワイバーンの鱗は堅い。
だが、カイムスフィアの銃はここからが本領だ。
「起動!」「起動!」
《アイシクル・ニードル》。
銃弾には、魔法が込められる。
直接術者が仕掛けるよりは威力が落ちるものの、銃の射程が乗るという計り知れないメリットがあった。
「GYAAAA!?」
たまらず、ワイバーンは墜落。
リコはワイバーンが受けるであろう衝撃を計算し、とどめを刺す必要があると判断する。
「ワイバーンに追撃頼んだ!」
「任せてください!」
リコには聞きなれない、少女の声が隣から聞こえた。
即ち、《フライ》で飛んできたイロハの声だ。
「誰!?」
「《デュアル・フローズン・ハンマー》!」
答えるより先に仕事を済ませる。
ワイバーンの上下に召喚された二つのハンマーが、勢いよく互いにぶつかり、プレス。
即死であった。
「まだまだっ!」
呼び出したハンマーは消失せずに、次の魔物に襲い掛かる。
レッサードラゴン、イビルゲイザー。
そういった類の大物を狙い、挑んでいった。
「おいおい、マジかよ!」
「あのドラゴンが連れてきたやつら、ただものじゃねえ!」
「アタイたちも負けてられないねえ!」
バトルマニアどもの士気は、むしろ上がってゆく。
「哨戒より報告! 敵陣後方に友軍と思われるパーティを確認! 例のドラゴンとともに戦果を挙げている模様!」
「念のため聞くけど、パーティの構成は!?」
「ドラゴンを除けば象のタウロス、ヒューマン、ラミア! 確認困難ですが、魔物が不可解なタイミングで麻痺しています。もう一人居るかもしれません!」
ここまで聞いたリコは、概ね事態を理解する。
「あっちは当代の黒の神子で間違いない! 魔物を逃がさず挟み撃ちにして!」
「「「イエス・マム!」」」
BLAMN! BLAMN!
断続的に発砲音が響き、魔物が倒れてゆく。
「それで、こっちの方なんだけど……」
リコは隣の少女を見る。イロハのことだ。
視界を確保するためか、塹壕の隙間から肩まで出している。こちらは見ていない。
確かに、そちらの方が敵を殲滅するうえでは効率が良いかもしれないが。
「よっと」
「うわあっ!?」
リコはイロハの腰を抱き、地面に引き倒す。
年は十歳近くリコより若い。オドもそうだが、こんな子が戦っているのか。
「ああ、やっぱり。隙だらけね」
「いきなり何するんですかっ!」
リコはじたばたと暴れる彼女の目の前、人差し指を唇に当てる。
「貴方、多分青の神子のイロハちゃんだよね。ちょ~~~~っと聞いてほしいんだけど」
「ひっ!?」
気圧される。目の前のリコは、鬼の形相だ。ソルモンテーユでいびられることはあれど、こういう類の本気の説教を受けた経験は、少ない。
「まず、塹壕から頭を出さないこと。これを破ると致死率が跳ね上がる。次に、索敵したいなら視界を確保する魔法を使って。復唱」
「死……死んじゃう!?」
「復唱。塹壕から頭は出さない。視界は魔法で確保!」
「ざ、塹壕から頭は出さない。視界は魔法で確保!」
「よろしい!」
復唱を確認すると、ようやくリコはイロハを解放する。
「次にやることは!?」
「《センス:エネミィ》!」
「勘がいいねえ! うちの新兵なら思いつくのに二十秒かかる!」
リコのアドバイスは、イロハに即席栽培で戦術を叩き込んでゆく。
(オドくんはもっと気さくな人だって言ってたんだけど……!)
脳内のリコ像の不一致を矯正していく傍ら、ヴォイドアーマーやデュラハンなどの強敵を滅ぼしてゆく。
《レイ》で足止めし、《アシッド・レイン》で無機物を溶かす。
《アイシクル・ビット》で劣勢の戦線を護衛しては、《トルネード》で巻き上げた敵を《ヘイル・ストーム》で空中から襲い掛かる魔物とまとめて一網打尽にする。
「すげえ、マスターリッチを一撃かよ!」
「聖女だ!」
「うちの鬼とは違う!」
といった賛辞は、もう耳に入らない。
今はとにかく、この地獄のような教導が一秒でも早く終わってくれ、と願うばかりであった。
◆◆
気が付けば、襲撃してくる魔物は全て地に倒れていた。
「はぁっ、はぁっ……! セ、《センス:エネミィ》!」
反応なし。
塹壕の外では、解体屋がすでに作業をしている。
オドたちが戦っていた分も含めると、百は潰しているだろう。
「おつかれさん」
事も無げに手を差し伸べるリコ。
「ひいっ!?」
怯えるイロハ。
無理もない。彼女の人生で、ここまで直接的かつ物理的な死を意識した経験はないのだから。
「居た居た!」
塹壕の中で、念のため槍を維持しながらレシュがやってくる。
「あっ、お久しぶり! 元気みたいだね。他の皆は?」
「急いで宿を取ってる。オドくんが限界だからね。さっさと休ませてあげないと」
「今年で十三だっけ? 確かに深夜一時は堪えそうだわ」
「ね。おこちゃまだもん」
他愛ない世間話を切り上げて、レシュは隣のイロハに言及する。
息を切らし、衣服が汚れることもいとわず、腰を抜かしている。
「ところで、この子、何があったの?」
「ああ、まあ……危ないことしてたからね。シュヴェルトハーゲン式の戦術を叩き込んだ」
「一晩で?」
「一晩で」
うげぇ、とレシュ。
「それは……そうなるでしょ。《サニティ》掛けれる人は?」
「オドくんに頼もうと思ってたんだけど……」
「あー」
そういうわけで、レシュが介抱。
手を引き、宿に運ぶ。
服を脱がし、体を拭いて、とりあえずベッドに寝かせる。
翌日には、イロハは何もなかったかのように復活していた。
【続】
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