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03-03:魔法、銃、地獄

 (あらすじ:辺境サヴィニアックを再び観光したオド一行は、近々現れるという魔王の出現位置を魔法で予測した。その領域は、大陸南東のシュヴェルトハーゲン。首都グローセシュミデ北方だ!)


 「よりによってシュヴェルトハーゲンか……」

 サヴィニアック辺境伯子息、ディートヴェルデは苦い顔をした。


 それもそのはず、辺境サヴィニアックはシュヴェルトハーゲンと国境を接している。

 故に、歴史的経緯で何度も干渉を受けているわけで。

 赤の神子がたまに遊びに来ることだって、本国に知られたときのことを思えば頭痛の種だ。


 「あら? コネクションという意味であれば、ミトラ=ゲ=テーアよりはまだ御しやすくてよ?」

 セレスティナの右手には、いつの間にか赤色の鈴が握られていた。


 「それ、イロハにも渡していた『太陽と月の鈴』か。もう片方は、まさかと思うが」

 「ええ」

 チリン、チリン。

 鈴を二回鳴らす。

 マナを込めて鳴らせば、対として作られたもう片方の鈴も鳴る。


 「私のは青いですね。確か、一回は『直接そちらに行く』でしたよね」

 イロハが答える。


 「なんでイロハちゃんがそれ知ってんの? アタシも黒いの渡されたけど……」

 レシュの手元にも、同様の形の鈴があった。

 曰く、温泉旅行の際に『お土産』の一環として持たされたらしい。


 「ティナ、ひょっとして会った神子全員に鈴を?」

 「コネクションは重要でしてよ? もっとも、先代の黒にはまだお会いできておりませんが……」

 こほん、と咳払いし、話を戻す。

 「つまり、もう片方は赤の神子の手元ですわね。覚えておられるかしら……?」

 程なくして、鈴がひとりでに三度鳴った。


 「……返しが一回だと『来ていい』、二度が『都合が悪い』で」

 レシュが声に出す。今回はそのどちらでもなく、三回。


 「三度が『来訪者に身の危険がある』、ですわね。それを前提にするならば……」

 次の送信も、二回鳴らす。

 これから送り込むのは、身の危険があっても問題ない戦力であるというわけだ。


 チリン。

 「一回。なら、オドくんたちが向かっても構いませんわね」

 「良かった……のかな? やっぱり良くない気もする。普通になにかまずいことが起こってそう」

 複雑な表情を浮かべるオドに、回復したクレオネスが声を掛ける。


 「問題があるか無いかで言えば、まだ無いと考えていい。魔王が現れるポイントは、グローセシュミデ北方。都に近すぎる。出現地点との間に幾つか高い丘はあるが、近辺に取り巻きの魔物が大量に湧くはずだ」

 「そっか。サヴィニアックから直進だと、タイミング次第でその魔物たちに遭遇しちゃうんだね」

 うむ、とクレオネス。


 ともあれ、シュヴェルトハーゲンにたどり着く必要はある。


 「む、魔王が出るときに湧く魔物じゃろ? 余のブレス一発で大体ウェルダンに焼き上がるぞ?」

 「ああ、そうか。ダハリトなら何度も交戦しているだろうな。己はだいぶ苦戦したんだが……」

 単純に、対多数適性の問題ではあった。


 「ブレスが効くなら、魔王本体が顕現する前に突っ切ることも可能だろう。どうだ?」

 クレオネスはオドの方を見る。パーティ方針の決定権は、彼が持つ。


 「絡んでくる魔物をダハリトくんに任せられるなら、パーティとしてもそれが楽かな。イロハさんは?」

 「え……?」

 怯むイロハ。

 オドとしては予想していなかった反応だ。


 「えと……これまで同じ実力の人とパーティ組んだことなかったからわからないんだけど……。オドくんのパーティだと、全部私がやる必要はない……のかな?」

 「? そうだけど」

 不思議に思う。イロハとオドで、何かしらの常識が食い違っている気がする。


 見咎めたセレスティナが割って入った。

 「色々ありましてよ。ええ、色々……」

 細かくは聞けない雰囲気だと、オドは感じた。

 

 彼女はそのまま、提案する。

 「イロハ。この際ですから、与えられた指示を越えて、密にオドくんたちと行動してみては?」

 「この子、たちと」

 イロハは杖を握りしめ、左右を見渡す。

 みんな、皇都の人たちとは雰囲気が違う。


 レシュ。初対面はああだったけど、意外と気は良さそう。

 ダハリト。性別がわからない。かわいい。多分無害。

 クレオネス。明確に男性だけど、こっちに興味はない。言い寄ってはこない……気がする。

 オドのポシェットに入ってる子は……なんだろう。魔法生物かな。ひどいことはしてこない……よね。


 そして、当のオド。

 歳の割に、落ち着いている。

 同級生とは五歳くらい違うけど、あの人たちみたいなギラギラしたところがない。


 だったら。


 「……うん。ティナお姉さまが言うなら、やってみる」

 「決まりだね。グローセシュミデまでの道中は、クレオネスに乗っていく。ダハリトがメインで魔物を焼いていって、息切れしたときにわたし達が補助。これでいいかな?」

 「……うん!」


 よし、とディートヴェルデが手を叩く。


 「じゃ、準備が要るな。俺は食料品店と冒険者ギルドに声をかけてくるとしよう。オドくん、到着まで何日掛かりそうだ?」

 「道のりが険しいから……正午に出れば、二日後の同じ頃にたどり着きそうです。でも、三日分あると安定すると思います!」

 「分かった。代金はいい。代わりに、一つ物を運んでもらう。そのつもりでいてくれ」

 「わかりました!」


 そういうわけで、一行はスムーズに準備を済ませたのであった。


 ◆◆


 準備が終わって、同じ広場。


 「これは?」

 オドの両手には、中空かと思われるほど軽い農具が握られている。

 形状は、鍬だ。大地を耕すために使うものである。

 その先端の金具には、ソルモンテーユの紋章が塗装されていた。


 「砕きの鍬だ。品質はマジック級。これを使えば、硬い岩の地面でも問題なく耕せる」

 「便利そうね、それ。シュヴェルトハーゲンはともかく、黄砂連合も(れき)砂漠は多いから売れるんじゃない?」

 レシュが口を挟む。

 「そうしたいのは山々なんだが、まだ試作段階でな。量産するにも鉱石が必要だ。向こうの元首に恩を売っておく必要もある。総合的に、今はシュヴェルトハーゲンが最適というわけだ」

 「なるほどねー。量産化したら、教えてよ。お姉さまたちがダース単位で買っていくはずだから」

 話を終えると、レシュはスルスルとクレオネスの背中に登っていった。

 既に、オド以外のメンバーは搭乗している。


 「魔王討伐にあたって、シュヴェルトハーゲンの代理人はリコになるでしょう。彼女は今、アドラム総帥に最も近い。作戦会議のついでに渡していただけると幸いですわ」

 「了解いたしました!」

 鍬を拡張ポシェットにしまい、オドも鐙を伝って登り切る。

 

 「忘れ物は? ディーは居る?」

 ポシェットの中から、ぽんぽんと叩く音がした。居るようだ。


 「わ、私も大丈夫。思ったよりぎっしりだけど……」

 イロハはぎこちなく隅に座る。

 人間二人、ラミア一人、ドラゴン一匹、妖精一羽。

 ほぼ積載限界だ。


 「なら、余は飛ぼうかの!」

 ダハリトが身を投げだしたかと思うと、背中から立派な羽が生え、そのまま宙を舞う。

 かと思えば全身が竜化し、周囲の見物人をどよめかせた。


 「あっ、もう! 街中でやったらみんな驚くでしょ!」

 「こっちの方が魔力消費量は少ないぞ?」

 ウィンク。

 「先に出ておくぞ!」と大きな声を響かせ、ヴェルデンブールの城壁の外へ飛び立っていった。


 「彼が人類に敵対的だったらと思うと、ゾッとしませんわ」

 「母さんはアレを狩る気で居たのか。頭上から一撃入れるっつっても、どうやって上を取るんだよ……」

 ディートヴェルデ夫妻も、引き気味だ。


 「では、追いかけます! 物資の件、ありがとうございました!」

 オドは慌て気味に別れの挨拶を投げかける。

 ダハリトは古老(エンシェント)ドラゴン。

 それゆえ、ただ移動しているだけで低位の魔物が逃走し、生態系を乱してしまうのだ。

 

 「《スピードアップ》! 追いつくよ!」

 「わ、私も支援します! 《アクセラレーション》!」

 オドとイロハはクレオネスに対し、バフを掛ける。

 

 「ということで、貴人殿。次に会うときは、長く語り合おう!」

 クレオネスはと言うと、手を振り、四つの脚に力を込める。


 その場で。力むように。


 「……?」

 左右をキョロキョロと見渡すイロハ。

 彼は歩き出すどころか、しゃがんでいる。

 

 嫌な予感がした。彼女の予感は、大抵当たる。

 

 クレオネスの身に、縄のような筋肉が浮かぶ。


 「舌噛まないようにね。後、ちゃんと捕まってて。それも全力で」

 レシュがイロハに耳打ちする。


 「えっ? 待って、何が起こるの!?」

 他のメンバーは順応し、既に鞍にしがみついている。イロハも、どうにか皆に倣った。


 一、二。

 「《グラスホッパー・スプリング》。《ゴリラ・マッスル》」


 三秒だけ溜めて、彼は。


 「とうっ!」

 三十度の角度で、跳んだ。

 砲弾のように己を蹴り出し、歪んだ放物線を描く。


 「あーっ!? 地面が、地面がーっ!?」

 凄まじい空気抵抗を受けながら、一行は城壁を飛び越える。


 「おー、おー! 最初に戦ったときを思い出す跳躍だの!」

 上空でダハリトがケタケタと笑う。

 クレオネスが重力に従い落下し始めたのを見て、彼は高度を下げた。


 「落ちる落ちる! やだーっ!」

 イロハは半狂乱で脳内の呪文を検索する。

 この速度で《フライ》を使っても慣性を殺しきれるだろうか?

 《スロウ》……でも良さそうだけど、時間に干渉する呪文はコストが重い。

 生命属性の強化呪文は、他人にかけられる物が少ない。


 考えているうちに、クレオネスのほうが呪文を唱えた。

 「《グリフォン・ウィング》!」

 彼の肩から魔力の翼が生え、滑空を開始する。

 

 「うぐっ」

 緩やかに軌道が変わり、体全体にずしっとした重みを得る。


 なんだか、ジェットコースターみたいだな、とイロハは感じた。

 元の世界が、少しだけ恋しくなった。


 クレオネスは、慎重に着地する。

 水平軸のスピードは最高速に保ったままだ。

 一度だけ跳ねたかと思うと、ダカッ、ダカッと順調に地を走り出す。


 後方を見れば、蔦の生えたヴェルデンブールの城壁が、遠くに離れていく様子が見えた。


 ふぅ、とイロハは深く息を吐く。

 それと同時に、オドのポシェットから何かがうごめく音がした。


 「良いねえ、いつもこんな感じで移動してんの? 三人も背中に乗せてあんなジャンプするって、どんだけ鍛えたらそうなんのさ」

 見ると、ディーが「ぷはぁ」と上半身を出し、縁にもたれかかっていた。

 

 「あ、やっぱりポシェットの中に居た。ディー、青の神子さんが同行するけど、良いかな?」

 皆に怪我がないかチェックしながら、オドが呼びかける。


 「ああ、うん。そっちの方が楽しいんじゃない? ぼくはディー。異世界……の邪神の眷属。こんなんだけど、アンデッド呼ばわりしたらキレるから。よろしくね」

 手を伸ばし、握手を要求する。


 「……よろしく」

 イロハは指を一本だけ伸ばし、握手の代わりとした。


 「ちなみに、魔法生物って言ったら怒る?」

 「いんや? むしろその表現が最適でしょ。真面目に分類するなら、ぼくの同族はブロブとかジャンピングコインとかじゃない? 知らないけど」

 「ブロブは良くてアンデッドはダメなんだ……」

 ディーは興味なさげだ。

 とりあえず生きていれば何でも良いらしい。


 「にしても、なんだかいつもより速くない?」

 ふと、レシュが疑問を口に出す。


 クレオネスは、他者の支援がなくとも時速三十キロメートルで丸一日走り続けることができる。それだけの鍛錬を積んでいる。

 そこにオドが常時魔法で支援して四十キロ。

 普段のパーティであればレシュも筋力強化の呪文が使えるので、それが入れば四十五という具合だろう。アルムが居る時期は、もっと伸びた。


 ところが、今は誰がどう見ても六十キロは出ている。

 その原因は、イロハにあった。


 「《アクセラレーション》、か。流水属性の、時の流れを早める魔法だな」

 こともなげにクレオネスが解説。

 なるほど、確かに。歩幅は変わらずに、脚を下ろす間隔が短くなっていた。


 「んん? 六十って四十の何倍だっけ?」

 「一.五倍です」

 レシュの問いに、イロハが即答する。

 イロハは曲がりなりにも学園を出ている。地頭もよい。


 クレオネスはこうも言った。《アクセラレーション》は、他者に付与できる都合、効果量が小さい。並の術師であれば、十パーセントほどの加速効果しか得られないのだと。

 あと、当然加速しただけ腹が減るから、食事を増やしてくれと。


 「うげえ。じゃあ、ふつーの術師の五倍以上は強いスペルパワーってことじゃん。やっぱり神子ってすごいんだなあ」

 レシュがわしゃわしゃとイロハの髪を撫でる。

 

 彼女は「わうぅ……」とはにかみ、小さく丸まって恥じらった。

 

 ◆◆

 

 旅の道中については、あえて多くをこの場で語ることはすまい。


 というのも、道中では不自然なまでに魔物がおらず、目立った戦闘が起きなかったのだ。

 無論、これは大体がダハリトのおかげである。

 彼はのびのびと空を飛んでいるだけだったが、魔物避けとしてはこの上ない効果を発揮した。


 とはいえ、立ちはだかるものが居ないわけではなかった。

 キングボア。

 体長三メートルほどもある巨大なイノシシが、藪の中から錯乱して彼らの目の前に躍り出た。


 キングボアにとって不幸だったのは、そのタイミングが一行が野営を始める直前だったことだ。


 「焼き肉じゃあーッ!」

 「うおおおっ!?」

 唐突に急降下を仕掛けるダハリト。横にステップし、ボアの突進を避けるクレオネス。


 「スウウウウ……」

 キングボアが振り返ると、すでに正面には、辺りの空気を肺の中に収めたドラゴン。


 彼に思考というものがあったとするならば、こう考えたに違いない。


 (あ、これ……終わったわ)


 次の瞬間には、燃え盛る業火がその身を焦がし、意識と生命を刈り取っていた。


 火が消えた頃には、レシュが解体の準備を終えていた。

 真銀でコーティングされた解体用ナイフは、血や脂をものともせず、キングボアを部位ごとに切り分けていく。


 イロハはその光景に横目に見ながら、《デハイドレート》で血抜き。

 オドが下ごしらえをしている間にディーが周囲を探索し、使えそうなスパイスを採取。


 時間はかかったが、同時に楽しい時間でもあった。


 クレオネスが二つのテントを設営する頃には、大量の肉料理が出来上がっていた。


 ……とまあ、こういうことがあるにはあった。

 残りの焦げた毛皮や骨、食用に適さない内臓は、イロハが《プリザーベーション》を掛け、オドのポシェットに放り込まれた。


 一日目の夜でかなりの栄養補給ができたので、クレオネスの気力は有り余っていた。

 これなら、いくらでも走れる。

 そしてそのとおりに、彼は走りきった。


 最終的に費やした時間は、たったの一日と半分だ。


 二日目の夜、一行はシュヴェルトハーゲン城門までたどり着く。

 オドとしては眠くなる時間ではあるが、魔王顕現が近い今、出現ポイント付近で足を止めるよりも、拠点にたどり着いた方が良いと考えた。


 「ぼんやりした顔も可愛いなあ」

 レシュは穏やかな表情で、オドの頬を突いている。


 「ん……」

 オドの方はと言うと、胴をロープで鞍に固定し、現世と夢の狭間を彷徨っていた。


 「イロハさんは眠くない? オドは育ち盛りだからさ、こんなんだけど」

 ディーの居る場所は、オドの頭の上。

 醸し出す不浄の魔力が虫除けとして有用だと分かったのは、夕方のことだ。


 「私は大丈夫です。でもこの調子なら、もうそろそろオドくんを起こしたほうが良いのかな?」

 イロハは軽く|《センス:エネミィ》で周囲を索敵する。

 とはいえクレオネスの背中で、ダハリトから逃げる魔物には反応しないこともあって、分かることは多くない。


 「……ぬ?」

 上空のダハリトが、何かしら違和感を得たようだ。

 高度を下げ、翼以外をヒト化する。


 「どうしたの?」

 イロハはダハリトの分のスペースを空ける。


 「火の匂いがしておるの。城門で戦闘じゃ。赤の神子もおる。流れ弾が来ると危ないから降りてきた」

 「こちらからも見えている。魔王の影響下にある魔物だ。オドを起こしてくれ」

 「わかった」

 

 レシュは指の形を変え、オドの頬を思いっきりつねる。


 「ひううっ!?」

 目をパチっと開け、覚醒する。

 時間を掛けずに起こすなら、これが最速だった。


 「着いたけど、城門に魔物が湧いてる。援護するから戦闘の準備して」

 「わ、分かった。友軍だと知らせる方法は?」

 「《テレポーテーション》……は長距離だと妨害されるよね」

 「余が行く。赤色の《ライト》をくれ。色は重要じゃ。光りながらヒト化しておけば撃たれることはないじゃろ」

 「分かった、お願い! 《ライト》!」

 

 夜闇の中、キラキラと光りながら、ダハリトは一足先に戦地へと飛び立っていった。


 「色が重要って、どういうこと?」

 オドが疑問を口に出す。

 「わかんない」

 とは、レシュの言葉だ。


 「見たほうが早いだろう。肩の上に乗ってみてくれ」

 クレオネスの腕を伝い、オドはよじ登る。


 「うわ……」

 彼の目には、青白くうごめく、複数の光点が見えた。


 「魔王の影響を受けた魔物は、その身にマナを蓄積する。体の一部が青白く輝いているのが、マナの濃い部位だ」

 「じゃあ、そこを攻撃すればマナを暴走させて効率的に倒せるのかな?」


 倒すだけならな、と前置きし、クレオネスが続ける。


 「マナの籠もった部位は、装備の素材としてもグレードが上がる。だから、後々のことを考えると、逆に他の部分を攻撃して倒したほうが良い」

 「うちの集落にも何本か光る骨が保存されてたけど、素手で触ったら怒られたなあ」

 「だろうな」


 近づきながら、各々戦闘準備を整える。

 防御寄りのバフをかけ、武器を抜く。

 ディーは毒針。腕力はない。使える呪文は妨害に特化している。

 イロハは、魔法の発動補助体としてレイピアを用いているようだった。


 「あれ? イロハちゃんは剣士なの? 意外だ」

 レシュが生成した槍に炎をエンチャントしながら問う。


 「腕前は護身程度ですけどね。本領は、やっぱり魔法です。レシュさんは石槍で、オドさんは……武器を持たないんですね」

 「オドはクレオネス(こいつ)に乗って戦うから、武器持つと逆に危ないんだよね。騎乗してなくても単に格闘が強いし……」

 なるほど、とイロハ。

 

 「じゃあ、ダハリトくんは……?」

 その問いには、戦場を指さすことで答える。

 ミスリルをもやすやすと切り裂く爪と牙で、彼は次々と魔物を仕留めていた。


 「あいつに、武器要ると思う?」

 「愚問でしたね、すみません」

 

 準備が完了したのを見計らい、クレオネスが速度を上げる。


 「そろそろ己たちも兵士たちの射程に入る。赤色の《ライト》頼む。」

 「《マス・ライト》!」

 「いいぞ!」


 彼我の射程は三百メートル。

 混凝土(コンクリート)の城壁のこちら側には、二列の穴が掘られている。塹壕である。

 その中から、シュヴェルトハーゲンの兵士達は反撃していた。


 すでにダハリトから報告を受けているのか、友軍の到来に前線は色めき立つ。


 「来たわね! みんな、誤射に気を付けて! 赤い光は友軍だから!」

 塹壕の中で指揮を執るのは、赤の従徒、リコ・キヌカワ。

 城壁に備え付けられた拡声器からは、赤の神子たるナナ・サオトメの勇ましい歌が流れている。


 「「「イエス、マム!」」」

 一糸乱れぬ、統制が取れた応答だ。


 彼らは、職業軍人である。

 総帥アドラムのクーデターに参加し、生き延びたもの。

 あるいは、南東の魔族どもとの死線から帰ってきた者もいる。


 その全てが一様に精強だった。


 「十時! ワイバーン! 撃て!」

 BLAMN! 塹壕の中から、鉛の銃弾がダースで飛び出し、塹壕を迂回しようとした飛竜に突き刺さる。

 弾丸自体は容易に弾かれる。距離があり、流石にワイバーンの鱗は堅い。

 だが、カイムスフィアの銃はここからが本領だ。


 「起動!」「起動!」

 《アイシクル・ニードル》。

 銃弾には、魔法が込められる。

 直接術者が仕掛けるよりは威力が落ちるものの、銃の射程が乗るという計り知れないメリットがあった。


 「GYAAAA!?」

 たまらず、ワイバーンは墜落。

 リコはワイバーンが受けるであろう衝撃を計算し、とどめを刺す必要があると判断する。


 「ワイバーンに追撃頼んだ!」

 「任せてください!」

 リコには聞きなれない、少女の声が隣から聞こえた。

 

 即ち、《フライ》で飛んできたイロハの声だ。


 「誰!?」

 「《デュアル・フローズン・ハンマー》!」

 答えるより先に仕事を済ませる。

 ワイバーンの上下に召喚された二つのハンマーが、勢いよく互いにぶつかり、プレス。


 即死であった。

 

 「まだまだっ!」

 呼び出したハンマーは消失せずに、次の魔物に襲い掛かる。

 レッサードラゴン、イビルゲイザー。

 そういった類の大物を狙い、挑んでいった。


 「おいおい、マジかよ!」

 「あのドラゴンが連れてきたやつら、ただものじゃねえ!」

 「アタイたちも負けてられないねえ!」


 バトルマニアどもの士気は、むしろ上がってゆく。

 

 「哨戒より報告! 敵陣後方に友軍と思われるパーティを確認! 例のドラゴンとともに戦果を挙げている模様!」

 「念のため聞くけど、パーティの構成は!?」

 「ドラゴンを除けば象のタウロス、ヒューマン、ラミア! 確認困難ですが、魔物が不可解なタイミングで麻痺しています。もう一人居るかもしれません!」


 ここまで聞いたリコは、概ね事態を理解する。

 「あっちは当代の黒の神子で間違いない! 魔物を逃がさず挟み撃ちにして!」

 「「「イエス・マム!」」」


 BLAMN! BLAMN!

 断続的に発砲音が響き、魔物が倒れてゆく。


 「それで、こっちの方なんだけど……」

 リコは隣の少女を見る。イロハのことだ。

 視界を確保するためか、塹壕の隙間から肩まで出している。こちらは見ていない。

 確かに、そちらの方が敵を殲滅するうえでは効率が良いかもしれないが。


 「よっと」

 「うわあっ!?」

 リコはイロハの腰を抱き、地面に引き倒す。

 年は十歳近くリコより若い。オドもそうだが、こんな子が戦っているのか。


 「ああ、やっぱり。隙だらけね」

 「いきなり何するんですかっ!」

 リコはじたばたと暴れる彼女の目の前、人差し指を唇に当てる。

 

 「貴方、多分青の神子のイロハちゃんだよね。ちょ~~~~っと聞いてほしいんだけど」

 「ひっ!?」

 気圧される。目の前のリコは、鬼の形相だ。ソルモンテーユでいびられることはあれど、こういう類の本気の説教を受けた経験は、少ない。


 「まず、塹壕から頭を出さないこと。これを破ると致死率が跳ね上がる。次に、索敵したいなら視界を確保する魔法を使って。復唱」

 「死……死んじゃう!?」

 「復唱。塹壕から頭は出さない。視界は魔法で確保!」

 「ざ、塹壕から頭は出さない。視界は魔法で確保!」

 「よろしい!」

 復唱を確認すると、ようやくリコはイロハを解放する。


 「次にやることは!?」

 「《センス:エネミィ》!」

 「勘がいいねえ! うちの新兵なら思いつくのに二十秒かかる!」


 リコのアドバイスは、イロハに即席栽培で戦術を叩き込んでゆく。


 (オドくんはもっと気さくな人だって言ってたんだけど……!)

 脳内のリコ像の不一致を矯正していく傍ら、ヴォイドアーマーやデュラハンなどの強敵を滅ぼしてゆく。

 《レイ》で足止めし、《アシッド・レイン》で無機物を溶かす。

 《アイシクル・ビット》で劣勢の戦線を護衛しては、《トルネード》で巻き上げた敵を《ヘイル・ストーム》で空中から襲い掛かる魔物とまとめて一網打尽にする。

 

 「すげえ、マスターリッチを一撃かよ!」

 「聖女だ!」

 「うちの鬼とは違う!」

 といった賛辞は、もう耳に入らない。

 今はとにかく、この地獄のような教導が一秒でも早く終わってくれ、と願うばかりであった。


 ◆◆


 気が付けば、襲撃してくる魔物は全て地に倒れていた。


 「はぁっ、はぁっ……! セ、《センス:エネミィ》!」

 反応なし。

 

 塹壕の外では、解体屋がすでに作業をしている。

 オドたちが戦っていた分も含めると、百は潰しているだろう。


 「おつかれさん」

 事も無げに手を差し伸べるリコ。

 「ひいっ!?」

 怯えるイロハ。

 無理もない。彼女の人生で、ここまで直接的かつ物理的な死を意識した経験はないのだから。


 「居た居た!」

 塹壕の中で、念のため槍を維持しながらレシュがやってくる。


 「あっ、お久しぶり! 元気みたいだね。他の皆は?」

 「急いで宿を取ってる。オドくんが限界だからね。さっさと休ませてあげないと」

 「今年で十三だっけ? 確かに深夜一時は堪えそうだわ」

 「ね。おこちゃまだもん」


 他愛ない世間話を切り上げて、レシュは隣のイロハに言及する。

 息を切らし、衣服が汚れることもいとわず、腰を抜かしている。


 「ところで、この子、何があったの?」

 「ああ、まあ……危ないことしてたからね。シュヴェルトハーゲン式の戦術を叩き込んだ」

 「一晩で?」

 「一晩で」


 うげぇ、とレシュ。


 「それは……そうなるでしょ。《サニティ》掛けれる人は?」

 「オドくんに頼もうと思ってたんだけど……」

 「あー」


 そういうわけで、レシュが介抱。

 手を引き、宿に運ぶ。

 服を脱がし、体を拭いて、とりあえずベッドに寝かせる。


 翌日には、イロハは何もなかったかのように復活していた。


【続】


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