##12 悪霊憑き、恐怖を乗り越える
「オレは、ソルカ・セン。ここに、戦いに来た」
ハーピィが右脚を踏み鳴らすと、蒼炎が石床から漏れ出る。
「それで、貴様はどっちに味方する気だ」
横目で、麗梅恭がソルカを睨む。
まさかフォボスを狩るために、白金級相当の二人で相手するわけではあるまい。
であれば、狙いは麗梅恭であろうか。
「格が劣るとはいえ、二対一は少々卑怯ではないか? 戦士の誇りに傷がつくぞ」
煽る。
どうにかタイマンに持ち込めば、彼には十分すぎるほどの勝機があった。
「なんか勘違いしてねェか? オレが戦いに来たのはフォボスとだ。それに――」
一瞬、聖堂の周囲が虚無の闇に包まれる。
闇はいつの間にか空中へ飛んでいた術者に向かって収束し、捏ねられ、まとわりつく。
「ふん、もう一人増えるのか」
麗梅恭は静観する。
無形の魔術。詠唱のない、原初の魔術。
膨大な魔力は、意のままに形となる。
即席に作られた四肢を“装着”し、地に降りる。
つい先程まで、ルゥだった存在。
それは、かつての名を取り戻し、こう名乗った。
「ルノフェンくんのとーじょー! なんてね」
底抜けに明るい声で、かつての黒の神子当人が再臨したことを、この世に告げる。
世界は大いなる力の復活に驚き、そして歓迎した。
「確か、《ミアズマ・ランス》だったかな!」
虚空に瘴気の槍を複数本召喚し、麗梅恭に向けて飛ばす。
「舐めるな!」
しかし彼もさる者。槍が届いた順に薙刀で撃ち落とし、お返しとばかりに、魔法で浮かせた弓から火矢で応戦する。
「《プロジェクタイル・プロテクション》!」
火矢は逸れ、聖堂のガラスを貫いた後、地に落ちる。
「案外やる気じゃねえか、麗梅恭」
次なる攻撃を仕掛けようとした彼らの間に、ソルカが挟まる。
「フン」
不服げに、睨む。
「こうなっちゃあ、神子を捕らえて力を吸う計画はおしまいだろ。だから、オレは別の提案をしにきた」
フォボスへの射線を切るように、動く。
かばうように、ゆっくりと。
「話せ」
麗梅恭は、武器を構えたまま、聞く。
「オレは昔、ルノフェンと戦って、負けた。しかもタイマンでだ」
顎で指し、示す。
そのまま、麗梅恭に向けて歩く。
足元まで寄り、翼で顎髭を撫でる。
「なら、てめェが一対一で戦って勝てば、神にも及ぶという武勇の証明になるんじゃねェのか? なあ?」
挑発するように。
功名心をくすぐるように。
的確に煽り、相手の退路を狭めてゆく。
「……儂が勝てば、貴様には証人になってもらうぞ」
乗った。
ルノフェンに向け、集中し直す。
彼は、楽な成功よりも苦難の道を望む武人であった。
「分かってらァ」
ソルカは闘技用のブローチを皆に投げ渡し、ダメージでこのアイテムが砕けたら脱落だと説明する。
今から行うのは、果たし合いではなく試合というわけだ。
そして、フォボスに向き直る。
片足を上げ、獅子のような構えを取る。
「お前の相手はオレだ。オレが、お前を阻む最後の壁になってやる」
フォボスは、一瞬だけひるみかけ……持ち直す。
恐怖と名付けられた彼は今、己自身を乗り越える。
「よろしく、おねがいします」
一礼し、装備をロングソードと小盾に変更。
「邪魔するなよ、小童」
「それはこっちのセリフだ」
敵は互いに睨み合い、同時に逆方向にステップし、相手と向き合う。
ツクツクボウシが、鳴き止んだ。
「行くぞ! 《香散見草》!」
麗梅恭が中腰に構え薙刀で突くと、花火めいたスパークとともに火球が生成され、ルノフェンへ向かう。
麗家に伝わる武技の基本にして、真髄の一つだ。
ルノフェンは上体を反らし、避けようとするが。
「《バーニング・ブランチ》!」
火球が通り過ぎる間際。ジャストタイミングで追加の術が発動し、無数の燃え盛る枝が生まれ、彼に襲いかかる。
否、それだけではない。
飽和した一撃は、フォボスすらも追尾し、焼きに掛かる!
「《サラマンダー・スキン》!」
フォボスは慌てず、炎への耐性を高める。
炎の枝を小盾で弾き、弾幕を掻い潜るように迫るソルカの蹴り上げをステップでかわす!
ソルカは素早く脚を戻し、押し出すようにサイドキック!
「ぐうっ!」
モロに食らう。
ブローチの効果でダメージはないが、痛みとノックバックは直に伝わる!
ソルカは翼打ちで追撃しようとして、やめる。
「《サンダーボルト》!」
ルノフェンの妨害だ。雷球を下がって避け、横目で麗梅恭が隙を咎める様子を確認する。
「フォボスは――」
雷球を避けた後、フォボスの方を見る。
居ない!
(先程までは見えていた。となると透明化もしくは転移。足音はしない。手段はどうあれ地面にはいない! なら!)
透明化のアンクレットを起動したフォボスは、壁を蹴って飛んでいた!
「やああっ!」
そのままソルカに兜割りを仕掛ける!
全体重の掛かった一撃を辛うじてブーツで相殺し、降り際の拳撃を翼で受け、ガードの開いた腹部にサマーソルトキックがクリーンヒットする!
吹き飛ばされるソルカ。
だが!
「一撃が軽いぞ!」
闘志を刺激された彼は、《テレポーテーション》でフォボスの背後に回り、流れるように蹴りつける!
(背後か!)
かつてルノフェンを襲った八回の連続技、嵐剣。
幾分かは手加減されているが、寸分も衰えない大技が、フォボスに向かう!
最初の一撃は直撃。続く上空からの二発目は盾で受ける。胸を狙った三発目は上体をそらし回避。
足元を掬う水面蹴りは飛び、空中からの叩きおろしは回避できずに貰う。バウンドし、頭部を狙った六発目を辛うじて盾で受け流し、体勢を立て直そうとした頃に飛んで来た七発目を腹に直撃させ、くの字に吹き飛んだ彼の背中に、最終段を狙う!
(思い出せ)
世界が、水飴のように重い。
吹き飛んだ先では、ソルカが必殺の一撃を構え、待機している。
(思い出せ……!)
吹き飛びながら、フォボスは想起する。
光臨祭の、少し後。
フォボスとピリは、依頼の報告のため、冒険者ギルドに足を運んでいた。
酒場の方で、歓声が起こる。
見ると、練習用の槍を持った男が二人。
片方は鉄級。もう片方は銀級。
なんと鉄級のほうが、銀級を打ち負かしたらしい。
歓声の中、彼女は確かにこう言った。
「熟練の戦士でも、付け入る隙はある」
どんなとき?
「相手を格下だと思っているとき。戦闘どころではない状況に陥ったとき。それと」
それと?
「――『確実に止めを刺せる』と思ってしまったときね」
世界は、再び動き出す。
《ディフレクト》。
狙いすまし、嵐剣の最終段に、ピッタリと合わせる。
詠唱はしない。なぜなら、これはカウンターの起点だからだ。
フォボスは極度集中状態にあった。
神が、フォボスを見る。
火炎を司る戦の神、エシュゲブラ。
その彼が、フォボスの心を美しいと感じた。
それゆえに、フォボスの血潮、筋肉、骨に至るまで、新しい力が流れ始めた。
彼は、新しい力を無意識に使った。
「――《エクスプロージョン》!」
自身をも巻き込んだ、爆炎の奔流が巻き起こる。
打ち合った装備を通じて、魔力はソルカの元へ。
「なんだ――!」
彼は、面食らう。
戦闘の中、突如として力に目覚める例は、何度か見てきたことがある。
しかし、とどめを刺す局面で、広範囲魔法をカウンターとして使うヤツには、まだ会ったことがなかった。
爆炎が、聖堂を包み込む。
「うおおっ!?」
麗梅恭は戦闘を中断し、薙刀を床に突き刺して簡易の結界をはる。
「《ブラスト・バリア》!」
ルノフェンも風の障壁を貼り、爆風を軽減する。
破壊そのものとも言える炎の衝撃波は、聖堂の全てのガラスを割り、椅子や机を吹き飛ばす。
「フォーくん!?」
「あれは」
既に試験を終えていたメアとクロヴ、そしてピリも、近くで起こった爆発音に気づく。
「ケラートさん」
メアはアイコンタクトで、爆心地に向かうと告げる。
「分かった。キミはもう合格してる。後は上手くやっておくよ」
ケラートは見送り、ギルドの方へ。
走る。
三人は息が切れるほど疾く駆け、崩れかけた聖堂を目の当たりにする。
「フォボス!」
ピリが最初にたどり着く。
フォボスは、立っている。
鉄爪を構え、五メートルの距離に、同じように立つソルカを睨んでいる。
彼は、ピリの声を受けても返答しない。
「どういう状況だ……?」
クロヴとメアも追いついてくる。
ただ事ではない。
互いに殺気を発し、一瞬でも隙を見せれば仕留める構えだ。
「フォーくん……?」
近寄ろうとしたメアに対し、喝が飛ぶ。
「下郎! 戦士同士の真剣勝負ぞ! 水を差すでないわ!」
声の主は、麗梅恭だった。
彼は薙刀を収め、決闘の行く末を見守っている。
「……」
ルノフェンも、同様に状況を注視している。
この状況にあっては、彼すらも手を出そうとは思わない。
フォボスと、ソルカ。
彼らのブローチは、ギリギリのところで壊れていない。
しかしそれも、後一発受ければ、粉々に砕けてしまうだろう。
メアが、ごくりとつばを飲み込む。
照りつける太陽が、刻一刻と体力を奪ってゆく。
「戦士よ」
ソルカが、フォボスに投げかける。
「オレは、少々見誤っていたようだ。お前のことを片脚でいなせる雑魚だと思っていた」
「……」
問答を続ける。
彼の目は、今や正しくフォボスを見ている。
庇護の対象としてではなく、互いに刃を打ち合える戦士として。
右足を大上段に高く構え、宣言する。
「どうあろうと、この闘いは次の一撃で終わる」
見下ろしながら、続ける。
「オマエの旅路、葛藤、得たもの、失ったもの。その全てを、ただ一撃に込めてみろ」
フォボスは右手を引き、魔力を集める。
生命を、炎を。
融けそうになるほど熱い力を、鉄爪に込める。
聖堂に掲げられた月の紋章が、焼け落ちた。
フォボスは走る。
ソルカをめがけて、低い姿勢で走る。
ソルカは待つ。
フォボスがたどり着けばその足を振り下ろさんと、耐えて待つ。
二者は、再び主観時間の鈍化を感じ取る。
三メートル。二メートル。
スローモーになった風景は音を失い、色すらも置き去りに、ただ二者の間合いだけが残る。
一メートル。
ソルカが、脚を振り下ろす。
フォボスは、身を捩る。
脚の向かう方向には、硬質なツノがあった。
「ッ!」
ソルカは咄嗟に後ろにステップし、ツノへの攻撃を避ける。
あのまま攻撃していれば、錫の指輪に仕込まれた《バックラー》を起点に、《ディフレクト》が決まっていたことだろう。
フォボスはもう一歩踏み込んで、引いたソルカに対して鉄爪で切り上げる。
五十センチ、三十センチ。
決死の一撃がソルカに迫る。
彼と、目が合う。
楽しそうに、笑っていた。
そして、それはきっと、ぼくも同じだ。
ぼくの攻撃が届く、その寸前。
ソルカの姿が急に近づき、ぼくは額に衝撃を受ける。
それでぼくの意識は飛び、試合は終わる。
負けたよ。
翼での、ラリアットだった。
◆◆
「――。――くん!」
まず知覚したのは、声だった。
次に、やけに涼しいことに気がついた。
フォボスは、寝かせられている。
真っ白なベッド。清潔な匂いがした。
目を開ける。
冒険者ギルドの、医務室だ。
声の主はフォボスが目覚めたことに気づくと、安心したような笑みを浮かべた。
「フォボスくん、起きたぞ!」
ソルカだった。
「あ……」
気まずい。
直前まで本気で戦っていた相手に、心配される。
フォボスは、この状況を恥ずかしく思った。
「“起きたぞ”じゃないでしょ~」
ソルカの背後から鬼人族の女性が現れ、彼の頭に手刀を入れる。
「痛って! 仙月、来てたのか!」
仙月。どこかで聞いた気がする。
「夫がごめんなさいね~」
彼女は両手を合わせ、謝る。
昔は立派であっただろう、中程で折れた角が目の前に来る。
フォボスは、彼女のお腹が膨らんでいることにも気づいた。
「こっちこそ、聖堂とか壊しちゃってごめんなさい……」
互いに謝る。
それにしても、彼女は何者だろう?
その答えは、みんなが教えてくれた。
医務室の扉が、バンと開け放たれる。
「あ! グレーヴァさん! おっひさー!」
ルノフェンは腕を振り、モモやナシといったフルーツと濃厚なミルクの瓶を。
他のメンバーも、ギルドの皆に持たされた思い思いの見舞い品を抱えて、やってきた。
「お久しぶりね~。新しい体の調子はどう?」
「うん、ばっちり! 機械種族の体って聞いたときは驚いたけど、よく馴染むよ」
彼の四肢は、もはや魔術による仮初めのものではなく、ちゃんと実体のあるものとなっている。
ボディの出元はと言うと、シュヴィルニャ地方だ。
麗家から依頼を受け、仙月ないしグレーヴァと呼ばれていた女性が、現地の探窟家に取り次いだ、とのことである。
「染家の頭ね。話には聞いていたけど、噂通りフットワークが軽いのね」
ピリは何枚かのスクロールを抱えている。
恐らく、頭の痛くなるような外交文書に違いない。
「麗家の有力者も来てるんだから、直接話せばいいじゃない~」
仙月の視線の先には、麗梅恭。
一行の背後。医務室の外で、バツが悪そうに腕を組んでいた。
ピリと麗梅恭の二者は、無言で視線をかわす。
方や、暗殺を指示した身。
もう片方は、刺客を跳ね除けた身だ。
だが、その視線が剣呑となることはなかった。
「まずは、これを」
麗梅恭は、先手を打って巻物を渡す。
ピリにこの場で読むように促し、開かせる。
一見して地図に見えるその巻物。注意深く読んでみると、いくつかの点が打たれていることに気づく。
ピリは、その点の意味するところを察した。
国際指名手配犯の、アジトだ。
「『反転呪詛』は、儂の領域で預かっている。他の者は、儂が反奴隷制派に鞍替えしたことにも気づいていないはずだ」
代償は、情報と自身の寝返りで払うということらしい。
彼女の方も、スクロールを渡してしまう。
今回は、少なくとも戦争は起こさないということで、即席に合意する。
「分かった。それなら、ミトラ=ゲ=テーアとしては言うことはないわ。次はもっと和やかな場で会いましょう」
紳士的に、一礼。
これで、非公式な会談は終わりだ。
「恩に着る。あと、フォボスとやらにこれを渡してくれ」
今度は、個人的な話。
分厚い書物を、ピリに渡す。
表紙には、『麗家戦闘教本:魔導の巻』と刺繍してある。
「最新版かつ、一部の頁について所見を書き込んである。役に立つはずだ」
そうして彼は、足早にスタスタとギルドから出て行ってしまった。
「素直じゃない人」
要するに、お詫びというわけだ。
再度、医務室内に戻る。
「あ! ピリさんが戻ってきた!」
メアが気づき、辞典のように厚い本に目をやる。
「これ、麗梅恭さんがフォボスくんにって。全部龍宮語だけど」
ベッドの側に置く。
今やフォボスのベッドの周りは、色とりどりであった。
メアはパラパラと斜め読みし、単語自体は平易であることに気づく。
「龍宮語の入門に良いかも。フォーくん、どこかで一緒に読もうよ」
「うん!」
メアから学ぶことは、まだまだたくさんあるのだ。
「あ!」
フォボスが、何かを思い出したように声を上げる。
「どした?」
「まだ銀級の試験の結果を聞いてなかった!」
メア、クロヴ、ピリの顔を順番に見て。尻尾をパタパタと振り、答えを待つ。
「受かったよ!」
「なんとかなったってトコだぜ」
「合格した」
どうやら、皆合格したらしい。
「当然、フォボスくんも合格だ。紫宸龍宮の永住権も発行する。オレとも戦えたんだ、文句なしだぜ」
「えへへ、やった」
翼で、フォボスの頭を撫でる。
「ソルちゃん、『銀級の試験なのに本気になってごめん』ってちゃんと謝った~?」
背後の仙月が微笑んでいる。
「ごめん」
「ちゃんと目を見て」
「ホント、ごめん」
「もう」
こちらも、一段落といったところか。
「じゃ、後は仲間同士でゆっくりしてくれよ」
ソルカは立ち上がり、仙月を引き連れ、部屋を後にする。
「またねー」
一行は手を振り、見送った。
静かな沈黙が、通り抜ける。
「ところで、さ」
クロヴにしては珍しく、言いづらそうに、フォボスとメアへ。それとルノフェンに向けて、投げかける。
その様子を見て、フォボスが「どうしたの?」と、首を傾げる。
「これから、フォボスくんたちはどうするつもりだ? ピリの任務は片付いちまったわけだし」
ピリが、引き継ぐ。
「フレヴァ・フィロから連絡が来た。『色々片付いたら、一回本国に帰れ』だってさ」
ベッドの縁に腰掛ける。
「そうなの? ボクは当代の黒の神子というか、オドくんに会いに行こうかなって思ってるけど」
ルノフェンは、記憶も戻ったようだ。
とはいえ、その言葉の意味するところは、もっと重大で。
今、オドは黄砂連合で活動している。
ドラゴンの嫁探しがどうの、ということらしいが、とにかくミトラ=ゲ=テーアを通り過ぎてしまう。
「え、え?」
ピリと、ルノフェンを交互に見る。
行く先が、分かれたのだ。
「監視の任は解かれてるし、それなら『夜明けのケール』は解散?」
まるでよくあることのように、ピリが言う。
「ねえ、待ってよ。解散?」
フォボスはあわあわと慌て、二人の手を掴む。
二人は、頭に疑問を浮かべている。
「冒険者パーティのメンバーって、結構流動的よ? 利害が対立したら分裂しがちだし。当然、一蓮托生なところもあるでしょうけど」
「新聞見たけど、オドくんのところもそうだよね。冬季限定メンバーとかも居るし」
「……そうなの?」
事実であった。
ピリやルノフェンがドライなのはそうだ。
とはいえそれ以上に。パーティメンバーが信頼できるかどうか、同じ場所に向かえるかどうかという物差しが、冒険者の間で共有されていた。
「あ、でも、私はフォボスくんと一緒にいるつもりだよ」
メアが補足する。
「ちょっとは喧嘩もするだろうけど、それも含めて恋仲だって思わない?」
フォボスは一瞬驚いた表情をとる。
そして、すぐに理解する。
彼女は、フォボスがどういう道を進もうと、彼が選んだ道であればともにあってくれる、と。
「そういうのは、二人きりのときにやろうよ」
俯き、恥じらう。
「なら、ソルモンテーユでまた冒険しない?」
「何が『なら』なの」
メアはちょっとだけ考え、口にする。
「だって、ソルモンテーユまでは船旅だから、短い時間だけどお別れのパーティとか開けるでしょ?」
「うん」
答えになっていない気もするが、続きを聞いてみる。
「それに、お姉ちゃんにもいつだって会いに行けるし」
「ウィンさんだね」
「あと、いつでも泳げるし!」
「海エルフだもんね」
「暑い時期ももう終わるから、水着とか久々に着たいし!」
「全部メアの要望じゃん!」
「そうだよ!」
フォボスは、「はあ」と、短く息を吐く。
「でも、それもいいかもね。ソルモンテーユまでは、みんな一緒だ」
『夜明けのケール』のリーダーは、そう決定する。
「そ。アーシはそれで問題なし」
ピリが追認し。
「決して長くはなかったけど、楽しかったぜ」
クロヴが励まし。
「私はずっと一緒だけどね!」
メアが胸を張り。
「でも、これからも機会があったら冒険しようね」
ルノフェンが、希望を残す。
皆の答えは、聞いた。
「よし」
フォボスは、ベッドから降り、指針を決める。
「そうと決まったら、船の予約をしよう! ピリさん、次の便は何時?」
「丁度三時間後。移動や手続きを考えると、あまり時間はない。急ぎましょう」
「この見舞い品はどうする?」
クロヴだ。
「お別れパーティに使えると思う! 《ポケット・ディメンジョン》に詰め込むよ! ぼくも手伝う! 窓際の方からお願い!」
「任せな!」
紫宸龍宮を引き払う準備は、瞬く間に進む。
ギルドの皆にお礼を言い、冒険者タグの装飾を銅から銀に変えてもらい。
屋外に出ると同時に矢文で飛んできた永住権利書をしまい、《クール・ミスト》で暑さを払い。
《フライ》で乙港城市まで飛んで移動し、幾ばくかのシェルを渡して、乗船する。
「ぜーっ、はーっ」
船の入り口、なんとか出港に間に合った一行は膝に手を付き、肩で息をしていた。
「げっほ、げっほ。クソ、なんで俺様よりメアのほうが余裕あンだよ」
船室に向けて歩こうとして、壁に寄りかかりながらクロヴが愚痴る。
「連続《フライ》ってすごく魔力使うんだねえ。お腹すいたあ」
体力的には余裕の残るルノフェンが、船室の扉を開け、皆を招き入れる。
「《ポケット・ディメンジョン》!」
「食べ物だすよー!」
広い室内の中、一行はありったけの食料、果物ジュース、それとお酒を展開する。
「すごい量ね」
テーブルを見下ろしてみれば、手の置き場もないほどだ。
フォボスは、これほどまでに慕われていたというわけだ。
「これ、高級品じゃない? 食べていい?」
ルノフェンも、久々に食事を楽しめそうで期待している。
「『いただきます』してから!」
フォボスが制止し、皆をもう一度、見渡す。
「早く食べよう!」
メアが促し、フォボスが頷く。
正直に言うと、彼の目からは、ちょっとだけ涙がこぼれている。
けど、誰も指摘しない。
フォボスの強がりを、今は認めよう。
紫宸龍宮風に両手を合わせて、それぞれの神に祈る。
食べ物への感謝を胸に刻み、言葉に出す。
「いただきます!」
他の四人も、続く。
「「「「いただきます!」」」」
別れの時間が、旅の終わりが、幕を開けた。
◆◆
これで、今回の物語は終わり。
本当に、色々あったよ。
あの後、いざ別れるってなったら、フォボスくんが泣いちゃってさ。
だからスケジュール的に余裕のあるボクが一日だけ一緒に居てあげて、それからちゃんとさよならしたんだ。
さて。
物語は終わっても、登場人物の人生は続くものなんだよね。
実はこの前、久しぶりにフォボスくんと会ってさ。
だいぶかっこよくなってた。ボクのストライクゾーンから外れるくらいにはね。
確か、二つ名もついてたかな?
彼が、今なんて呼ばれてるかって言うと――
◆◆
数年後。
「――『燃え盛る悪魔』が来たぞ!」
黄砂連合、枯れ果てた岩石砂漠にて。
自動車型機械種族に乗ったモヒカンの男が、窓から後ろを見て叫ぶ。
荷台には村から略奪した食料や水、子供と女性が積載され、悲鳴を上げている。
「もう気づかれたか! おいポンコツ! さっさと速度上げろ!」
運転席には、コーンロウの男。
アクセルを蹴りつけるように踏みつけ、エンジンを回す。
最高速度百キロメートルにも至るそれは、後のことを考えないスピードで加速し、悪路を走り抜ける。
コーンロウを急かしながら、モヒカン男は一分ほど後方を見ていたが、やがて、結論を出す。
「へへっ、撒いたみてェだぜ、兄貴」
地平線まで見渡しても、『悪魔』の姿はなかった。
「フーッ、全く。驚かせやがって」
背もたれにもたれかかり、車を停める。
逃れられたのであれば、エンジンを休める必要がある。
車から降り、積み荷を確認する。
「問題ねえな。少し経ったら、また別の村に行くぞ」
略奪に次ぐ略奪。
彼らはここ数週間、そうして過ごしてきた。
「にしても、なんか寒くねえか?」
モヒカンが腕をすり合わせ、コーンロウに問う。
「ん? ああ、そうだな……」
辺りを見ると、砂が霜を生やし、氷のトゲを創り出している。
異常だった。
シュヴィルニャならともかく、ここは砂漠。
太陽が照りつけるこの地において、氷は文字通り不自然なものだった。
(襲撃!)
コーンロウが弟に指示を出そうとした瞬間、頭部に向けて何者かが飛来する。
避けられない。ステップしようとした足は凍り、地面に張り付いていたためだ。
「ほげーっ!?」
流星のような、見事な蹴り。
首が百二十度回転し、コーンロウはそのまま気絶する。
彼を蹴り飛ばした少年の頭には、立派なツノが生えていた。
機械種族の翼を装備し、空中からモヒカン男を見下ろしていた。
モヒカンを挟んだ逆側には、白いローブの女エルフが居た。
「『霜焼けの悪夢』だ!」
積み荷の子供が叫ぶと、皆が奮い立った。
「へえ、へえ、へえ!」
モヒカンは、むしろ戦意を高揚させる。
《ウォーム》で足の周りの氷を剥がし、炎の悪魔と向き合う。
「なら俺一人でてめェら金級二人をブチのめせば、暫く安泰ってわけだなァ!」
唱える呪文は《ガスト・スタブ》。
岩石だって壊せる呪文だ。
「腹に風穴ブチ開けてやらァーッ!」
荒れ狂う風を制御し、発射する直前に。
そのタイミングで、悪魔の頭突きと、エルフの短杖殴打が炸裂する。
モヒカンも雑に気絶し、集中を失った魔力は霧散した。
「ふぅ」
悪魔が嘆息する。
声変わりが始まったくらいの、少年の声だ。
彼が、今のフォボス。背がかなり伸びている。
よく見ると、リスの尻尾はそのままだ。
「フォーくん、おつかれ。追い込み上手かったよ!」
メアの方は外見こそ変わっていないけど、装備が上質になった。
中でも『霜焼けのワンド』は、彼女の異名にも紐付けられている。
「それにしても、みんなオレのことを悪魔だ悪魔だって呼んでさあ。どうにかなんないのかな」
フォボスはぼやく。
結局のところツノが問題なわけだが、彼の一部だから、どうしようもない。
「それ言うなら私だって悪夢だよ。悪夢とメアじゃ、つづりが違うじゃない」
メアも、同調する。
彼女に関しては、貰い事故だ。
「とにかく、さっさと報告行こうぜ。久々にルノフェンさんが近くに来てるんだ。飯に誘おう」
「いいね。丁度乗り物もあるし、賞金首を縛って行っちゃおう」
気絶した二人を手早く積荷とし、車に乗り込む。
焦げるような太陽の下、地平線の向こうに去ってゆく。
フォボスたちは、この世界を力強く生きている。
ヒトの身に過ぎない存在であろうと、彼らなりに生きていく。
【それはもう業が深い異世界少年旅行 #2】
【『悪霊憑き、恐怖を乗り越える』終わり】
感想はtwitterタグ「#業深少年旅行」にて行われますと拾えます。当タグでは、随時AIによる挿絵も公開されてゆきます。




