##6 水の都、来るものを歓待す
(これまでのあらすじ:紫宸龍宮にフォボスを探している人がいるらしい。紆余曲折あって、途中から船で向かうことに。その船の出発地である、ソルモンテーユ国の皇都、ロークレールでの滞在を楽しむことにしたのだった)
皇都ロークレールのテレポーターは、見晴らしのいい丘の上に作られている。
都市全体を見下ろすことのできるこの場所は、それだけで一つの観光スポットとして成り立つほどだ。
「すごい! すごいすごい!」
フォボスの目に飛び込んできたのは、港に面する大海原。
感極まり走り出そうとする彼を、ピリが抱えあげ、嗜める。
「護衛対象が迷子になるのは勘弁。クロヴ、手を繋いでやって」
「お、おう」
首を掴まれた子猫のようなフォボスを下ろし、クロヴに引き渡す。
「やっぱり、変わってないようで変わってるなあ」
メアは周囲をくるりと見渡し、そう呟く。
「あン? もしかしてソルモンテーユ出身?」
首を傾げたクロヴが問うと、メアは頷く。
「うん。私、海エルフなんだ。育ったのはミトラ=ゲ=テーアだけど、生まれはここ」
テレポーターの周りに居たエルフの一人が会話を耳にし、声をかけてくる。
「あれ? メアじゃない?」
メアよりは少し身長が高い、スレンダーなエルフだ。
「あ! お姉ちゃん! ここで働いてたんだ!」
駆け寄り、ハグ。
彼女の名は、ウィンセジラだ。当面は、ウィン姉と呼ぶことにする。
「妹が居たのか」
「服の紋章が同じだ。ってことはあの子もブレーウィスト家か」
「あいつが笑ってるの初めてみた」
「尊み……」
などという野次が飛んでくる。
「うっさいな! 十年ぶりの再会なんだから仕方ないじゃない!」
ぷんすこと怒り、テレポーターの管理者に向けて目配せ。
暫くにらみ合った後、管理者は「半休を認める」と、辛うじてほほえみ、告げた。
「先、予約してた宿に行っとく。合流するときはこれに呼びかけて」
ピリは、無造作にネックレスを投げ渡す。
彼女なりに気を利かせたようだ。
「ありがとー!」
ぶんぶんと手を振り、メアは去ってゆく三人を見送る。
「さ、メア。ここにいつまでも居ると、次の転移の邪魔になっちゃう。最近できた喫茶店があるから、そっちでお話しよう」
周囲の視線を感じて、ウィン姉はハグを解き、メアの手を引く。
「やーん、お姉ちゃん積極的」
フォボスの前でも見せない、甘えた声が出てしまう。
「そーゆーのは良いから」
軽いステップで丘を下り、出発側のテレポーターへ向かう人混みを抜ける。
「お姉ちゃんと手を繋いだの、久しぶりだなあ」
市街地に入り、迷いなく足を進めるウィン姉の手を離さないまま、するりと目的の店に到着。
「到着。『朝焼けを追うカモメ亭』。五年前から贔屓にしてる」
ウィン姉はドアを開け、先導する。
「五年前か、本当に最近なんだね」
長命種特有の会話をしながら、水精族のスタッフに案内され、席につく。
「メニューはこれ。おすすめはこれまた最近メニューに入った、『かふぇもか』ってやつ。青の神子を唸らせるために作られたんだって。すごいよね」
この場合の『最近』は、三ヶ月前だ。
「神子かあ」
そういえば、フォボスが黒の神子がどうとか言っていた気がするな、などと思いながら、注文リストに加える。
「後はこれもおすすめ。チーズタルト。これは店ができたときからの定番。めっちゃ美味いよ」
「じゃあそれも」
注文に加え、ネックレスに「お昼、食べてから行くね」と呼びかける。
「あ、結構ガッツリ行って良いやつ? じゃあ、国産小豆トーストも追加だ」
「太っちゃうよ、もう」
と言いつつも、リストを肥やしてゆく。
その後、軽めのものをもう二品ほど増やし。
注文を終え、一息ついた。
「というかあんた、前見たときよりちょっと痩せてない?」
切り出したのは、ウィン姉だ。
「そうかなあ」
首を傾げる。
メアには、自覚がない。
「ちゃんと食べてる、よねえ。やつれたって感じじゃないもの」
まじまじと見つめられ、照れる。
少し考え、思い出したように言葉に出す。
「あ! そういえば、ここ数ヶ月は走り込みとかしてるからかな?」
「走り込み!? あんたが!?」
ウィン姉は仰天し、つい大声を上げてしまう。
一瞬だけ周囲の視線を釘付けにした後、小声で続ける。
「あ、いや、悪い意味じゃなくてね? お姉ちゃんはすごく良いことだと思うよ、うん」
とはいえ、どういう心境の変化があったか、という点は、気になるようで。
「好きな人ができた、とか?」
「うーん」
その質問には、曖昧に答えるが。
「どっちかというと、恋愛ってよりはお仕事かなあ。冒険者、流れで始めちゃったし」
一応、本心である。
「冒険者? あー、確かに旅には基礎体力が要るもんね。私にはムリだわ」
氷水入りのグラスをカラカラと揺らしながら、続ける。
「冒険者って言うとさ、また宝石級の冒険者が認定されたらしいじゃない? 今度は竜人族。元々黒の神子パーティに居たってんだから、すごいよね」
「あ!」
今度は、メアが声を上げる。
「なによ」
「聞いてよお姉ちゃん! 私今、めっちゃ強い人? というか悪霊? に稽古付けてもらってるの」
ふわっとした表現だが、要はルゥのことである。
「ああ、うん。もしかして、あの樹妖族? 気迫がすごいよね」
首を横に振り、否定する。
「ううん、ツノが生えた獣人に、取り憑いてる方。お姉ちゃんも見えたでしょ? 一つの肉体に、二人分入ってるの」
魔力視。
シュレへナグル大陸に伝わる血筋のうち数パーセントほどは、修練によって、魔力の流れを視認することができる、とされている。
呪文によっても可能になるため、唯一無二というわけではないが、全くの魔力消費なしにこの能力が使えるのは便利である。
そして、ブレーウィスト家の者には、稀に発現する場合があったのだった。
「メアも視えるようになったんだ。流石は我が妹って感じ。良いじゃん。一人で強くなるより、やっぱり師匠が居たほうが効率的だからね」
メインのメニューより先に、『かふぇもか』が届く。
濃厚なコーヒーミルクの上に、もったりとしたホイップクリーム、そしてチョコレートソースがかかっている。
芳醇な甘い香りを漂わせるそれに、メアは恐る恐る口をつける。
「思ったより、苦いかも」
ウィン姉の方は、スプーンでクリームを溶かしてからだ。
メアもそれにならい、今度は甘みが強調された『かふぇもか』を楽しむ。
話を戻す。
「で、その悪霊がなんだって?」
飲み物が尽きないように、ちびちびと口に運びながら、ウィン姉が促す。
「うん。その子、風属性と闇陰属性の超すごい使い手なんだけどさ。この組み合わせ、なにか心当たりない?」
「心当たりもなにも、『イスカーツェル・レガシー異変』を解決してから元の世界に帰ったとかいう、初代黒の神子が筆頭でしょ」
ああ、だから『黒の神子』に反応したのか、とウィン姉は納得する。
そして、硬直する。
青の神子を見たこともある彼女の目は、即座に正解を導き出す。
メアが言うところの、ルゥがまさに“それ”だ。
ルノフェンは、まだこの世界にいる。
「マジ、かあ」
その言葉に、メアは曖昧に微笑む。
「でも、何があったのか知らないけれど、記憶がないみたいなんだよね」
「記憶、ねえ」
ウィン姉は己の記憶を手繰り寄せる。
多くの神子がこの地に降り立ち、何かをなし。
そして、元の世界に帰ったものもいれば、骨を埋めたものもいる。
「うーん、どうしてそんなことになったのか、ちょっとわからないかも。でも、大事なのはさ」
顔を近づけ、親身に話す。
「メアと神子本人がどうしたいか、でしょ。記憶を取り戻すにせよ、そうでないにせよ」
小豆トーストがやってくる。
ほかほかと湯気を立てる焼き立てのハーフトーストの表面には余すところなくバターが塗られ、中央には密度の高いあんこがどかっと乗っている。
それが、二本。
「わあ、すごく美味しそう!」
メアはトーストを掴み、はむ、と咥える。
「んー!」
至福。
言葉を聞くまでもなく、見ればわかる。
「まあ、そいつに恩返ししたいんなら、私に相談するまでもなくやればいいじゃん。今のメア、実力的には銀級くらいでしょ? できること、増えてくる頃合いじゃない?」
そこは、実績不足で銅級だと訂正しておく。
「ふう。結構ボリュームあるね。でもそっか、ルゥさん本人がどうしたいか、まだ聞いてなかったんだった」
「そこは先に聞いときなさいよ」
チーズタルトも到着したので、手をつける。
「そうだ、お姉ちゃんの話も聞きたいな」
「えー。あんまり話すことないよ? 毎日テレポーターに魔力を注ぎ込むだけの日々だし。今の職場が安定しすぎてて、転職しようって気すら起こらないし。メアはすごいよ、うん」
強引にボールを戻された気もしたが、続けることにする。
「じゃあ、好きな人の話をしようよ。お姉ちゃんは狙ってる人、居る?」
「そうね。狙ってるというよりは、もう付き合ってるんだけど」
「ンぐっ!?」
タルトが喉に詰まる。
けほけほと咳をし、どうにか平常心を取り戻す。
「なにそれ、早く言ってよ! どんな人?」
メアは急かす。興味津々だ。
「〈赤のレドフィレア〉家の、傍流の騎士。テレポーター業務してたら、一目惚れされちゃってね。実は週二くらいでデートしてる」
「ほえー、すごいじゃない! 今度見たいなあ。ちょっと今回はタイミング合わなさそうだけど」
ホットドッグがテーブルに置かれる。
ふわふわした茶色いパン。それに挟まれたカリカリのフランクフルトは、ペッパーとガーリックで香り付けされている。
シンプルに、肉の旨味を強調するスタイルだ。
噛むと、パリッと音を立てた。
「んんー! サイコー!」
その様子を、ウィン姉はにこやかに見つめている。
合間に、ふと、言葉を漏らす。
「やっぱり、私ももっと食べるべきかな。太りたくはないけど、あの人にはもっと好かれたいっていうか」
「無理することないんじゃない? だってその人、今のお姉ちゃんが好きなんでしょ?」
「そりゃあそうだけど。あるでしょ。抱き心地とか」
煮えきらない様子だ。
「とゆーか、それこそ私とルゥさんに向けてアドバイスしたようにさ、本人と相談すれば良いんじゃない? パートナーになるんだったら」
「ん」
ウィン姉は、それもそうね、と締めた。
「じゃ、こっちから反撃。メアの好きな人、教えて」
話が長くなってきたので、追加でドリンクをオーダーする。
カフェ・アロンジェ。薄めた加圧コーヒー、というものらしい。
メアも同じものを注文する。こちらは、ミルク付き。
「んー、恋なのかわかんないけど、一緒に居た獣人の子は気になるかなって」
「へえ? もっと聞かせてよ」
残り少ない『かふぇもか』を飲み干し、言葉を続ける。
「なんてゆーか、見てて胸が焦がれるって感じじゃないんだけど、一緒にご飯食べてると安心するってゆーか。頭撫でさせてもらったときに、ついでに抱きしめたくなるって感じ」
「ふーん」
ウィン姉はニヤニヤと笑い、返す。
「それ、どっちかというと姉の感性、もっと言うと母性じゃない?」
「母性!?」
確かに言われてみれば、腑に落ちるところはあるが。
「気をつけなよ、あんまり距離近いと、子供の性癖って簡単に壊れるから」
「せいへ、性癖……」
正直、もう手遅れな気もする。
「それか、あっちがその気ならちゃんと責任取る、って選択肢もあるかな」
「ほええ……」
メアは顔を赤らめ、コーヒーがテーブルに置かれたことにも気づいていない。
「獣人も人間も、エルフに比べると成長がすごく早いからさ。気まぐれだし、危なっかしいし。あいつらの二ヶ月は、私たちにとっての一年よりも重い」
ずず、とコーヒーに口をつけ、言葉を選ぶ。
「だから、もしフォボスくんと付き合うなら、花火みたいな一生に寄り添ってやる覚悟は要るかもね」
「……うん。そうかも」
メアも、コーヒーのカップを持ち、唇を近づける。
「あっつ」
「締まらねーの」
そんなこんなで、家族との再会は和やかであったとさ。
◆◆
一方その頃。フォボスたち。
借りた宿は、ツインを二部屋。
海が見える部屋だ。春風に立つ白波が美しい。
爽やかな香りのするシーツに、通気性の良い枕。
三人は、その横で宿泊に必要な最低限の荷物だけを出している。
「へくちっ」
突然、フォボスが可愛くくしゃみをする。
「お、どうした? 風邪か?」
未だに手を繋いでいるクロヴは、フォボスを気遣う。
「潮のにおいがする。慣れるまではしばらく掛かりそう」
「分かるわ。俺様も海は初めてだ。魔導具がサビなきゃ良いけどな」
クロヴの作った魔導具は、錫、もしくはブリキのフレームを持つものが多い。
というのも、ティンタナムの姓が示す通り、錫鉱脈に住まう家系であることに由来しているからだ。
護身用の、術が込められた指輪。それと、最近試作した翼を取り出し、残りは《ポケット・ディメンジョン》にもう一度しまう。
「つばさ、触って良い?」
フォボスの質問に対して、クロヴは全力で拒否する。
「最悪指が飛ぶからやめろ。商用じゃねえから各種安全規格は無視してる。指輪の方は別にいい」
「はぁい」
妥協し、ぺたぺたと。
「……楽しいのか? 触ってて」
やや辟易とした様子で、フォボスに問う。
「うん! ザラザラしてて飽きない!」
「ほーん」
感心したように、リアクションした後。
《ポケット・ディメンジョン》を再度発動し、似た指輪を取り出す。
「やるよ」
「いいの?」
クロヴは尊大に笑い、快諾。
「今付けてるやつのベータ版だ。一日に二回まで、ノーコストで《バックラー》が発動できる。上手く使え」
「ありがと!」
早速、装着。
「《バックラー》!」
言葉で術式を起動すると、空中に一瞬だけ小盾が生じ、スッと消えた。
「ま、それはおもちゃみたいなもんだ。正直、スペルパワーが弱すぎて銅級でもそんなに役には立たん。とはいえ、不意は打てるかもな」
「でも、ありがと!」
フォボスは指輪をかざし、眺める。
「良いってことよ」
クロヴのものとうり二つだった。
「ふむ」
簡易な荷ほどきを済ませると。
「お? どったの?」
ピリは、メアからの連絡が届いたとルゥに返事をする。
「メアは昼食を済ませてくるみたい。アーシたちも何か食べよう」
立ち上がり、残りの二人を連れて宿から出る。
「宿のメシじゃなくて良いのか?」
その質問には、肯定。
「うん。会社の人と待ち合わせしてる。悪いけど、テーブルは分ける」
「へー」
反応したのは、ルゥ。
「ちなみに、どこで食べる予定?」
「ラ・メール商会直営のレストラン。くれぐれも暴れたりはしないで。大衆向けだけど、簡単なテーブルマナー自体はある。クロヴを真似してくれればいい」
ソルモンテーユ皇国で活動する商会の、三分の二を影響下に置いているとされるほどの大商会だ。
「やりィ。費用は会社持ちか?」
クロヴが口を挟む。
この質問にも、ピリは肯定で返す。
「しっかし、ソルモンテーユ式のテーブルマナーだろ? 自信がないぞ」
「あまり緊張しなくていい。わかりやすく派手なことをしなければ問題ない」
フォボスは「すごいなあ、これが大人なんだ」と、勝手に感心している。
「着いた」
レストランの外観は、石造りの二階建て。
灰色のレンガで覆われたそれは、質素というよりは堅牢な印象を与える。
天面は小さなドームで覆われており、恐らくではあるが、かつては別の用途として使われていたことが示唆される。
「へえ、吹き抜けか。内装は割と新しいな」
ピリに先導されながら、クロヴが品評する。
「元は集会場だったりするのかな? どこからでも中央に射線が通るや」
ルゥは、戦闘員視点で解説。
「フォボスくん、これ持ってて」
ウェイターの案内を受けた後、ピリはクロヴの手綱を手渡す。
「えっ?」
ぽかんとするフォボスに、クロヴ本人が説明を入れる。
「ああ、たまにあるんだよ。ピリの会話、極秘なことがあるからさ。そういうときは大抵リードを机にくくりつけられてるんだけど、今はフォボスが居るからな」
クロヴの扱いが悪い気もするが、とりあえず引き受ける。
「話が終わったら合流する。それまではゆっくりしてて」
そう言って、ピリは吹き抜けの上に行ってしまった。
二人は着席。
メニューの冊子を探し、開いてみる。
「共通語のは……あった。フォボス、読めるか?」
言葉のみならず図表でも説明されている、親切なメニューだ。
「てりーぬ? ステーキフライは多分わかる」
フォボスの語彙では、半分くらいは理解できる、という具合だ。
「どうせ費用はあっち持ちなんだし、直感で好きに頼めよ。大衆向けだからひどいことにはなんないはずだぜ」
好きに悩ませた後、クロヴはウェイターを呼ぶ。
「じゃあ、しちゅーとステーキフライ! あと丸パン!」
「俺様もステーキフライ。ポトフも欲しい。丸パンも。フォボスにはぶどうジュースを付けてくれ。俺様の飲み物は――」
一瞬フォボスの方を見て、本能的に出そうとした言葉を飲み込む。
「俺様もぶどうジュースでいい。酒って気分じゃねえ。ありがとな」
「かしこまりました」
ウェイターは注文を届けに、店の奥へ行ってしまった。
「飲みたきゃ飲めばいいじゃん」
ルゥが指摘する。
クロヴはドワーフの例に漏れず、酒好きではある。
「言ったろ? 気分じゃねえ。俺様は酒好き同士でワイワイ飲むのが好きなんだ。別に忖度したわけじゃねえからな」
一応は、半分くらい本心らしい。
「お酒っておいしいの?」
フォボスのよくある問いに対しては。
「場合による、としか言えん。俺様にとっては、黙って飲む酒は最悪だ。自分を慰めるだけの酒だからな。複数人で、その場の誰かをバカにしながら飲む酒こそが最高。そうだろ? ルゥ」
「ボク、飲むための肉体がないんだけどなあ」
さもありなん。
「ちなみに、味は結構苦いぞ。俺様はドワーフだから旨く感じるが、ガキのうちはやめときな。何より健康にも悪い」
「そーなの?」
大きく頷く。
「毒完全耐性装備なら話は変わるけどよ、そんなモンは超レアだ。完全耐性はレリック級からで、白金級冒険者がたまに発掘してくるくらいの貴重さだ。飲むなら大人になってからにしな」
「はぁい。わかった!」
「わかったらよし。ところでさ、ルゥ」
話を振られたルゥは、何らかの術を行使していた。
「何やってんの? お前」
「盗聴」
悪びれもせず、答える。
「は!?」
一体誰を? という問いには、フォボスの体による指差しで答えられる。
ピリのテーブルだ。
「なんてことを……」
呆れたように頭を抱えるクロヴ。
「エグめの防諜呪文が掛かってるはずなんだが。どうやってすり抜けた」
指の隙間から、ルゥを睨む。
「《ヴェイル・オブ・ツェルイェソド》。不可知化って便利だよね」
クロヴは、「やりやがった、こいつ」という視線を向けている。
ルゥは涼しげに行っているが、ピリの警戒を突破するのは並のスペルパワーではムリだ。
「クロヴさんは、ピリさんのお話が気にならないの?」
フォボスが無垢に投げかけてくる。
「そりゃあ気になるけどさ。俺様とあいつはビジネスライクな関係なんだよ。少なくとも俺様はそう思ってる」
「でもピリさんは、クロヴさんのこと相棒だって」
テーブルの上に置かれたぶどうジュースを、ストローでゆっくりと吸って。
「まあ、好奇心はある。あいつがどんな人間なのか、未だに全くわかんねーし」
ため息をつく。
そして、決心する。
「おい、ルゥ。その音声、こっちにも流せるか」
答えの代わりに、呪文で答える。
「《ウィスパー》」
ルゥを中継し、音を流し込む。
会話しているのは、ピリの他にもう一人居るようだ。
「葉の擦れる音が聞こえる。樹妖種か?」
ピリの方を見るも、後付のフェンスに遮られ、姿が見えない。
二人の声の他に、トン、トンと、不規則に指先で机を叩く音が耳に入る。
だが、それよりも興味を引くのは、会話の中身である。
「なんだこれ、ぜんっぜん分かんねえ。語彙は共通語だよな。文法はエヴリス=クロロ大森林近辺の古文法か?」
顔をしかめ、なおも盗み聞きを続ける。
「使う語彙も品詞しか合ってねえ。『工業用のコーヒーカップが魔術師を照らした』だって? どういうことだ?」
混乱するクロヴを宥めて、ルゥが見解を告げる。
「暗号だよね、ほぼ間違いなく。防諜した上で、盗聴されてもすぐには解けないようにしてる」
「暗号、か。ってことは、鍵もあるってことだよな。あ、そっか。机を叩く音がそれか」
納得はしたようだ。
だが、理解はできない。
「なあ、ルゥ。なおさらピリのことが分からなくなったぞ。ただの労働者が、ここまで厳重な防諜をする理由があるか?」
「うーん」
これは、ルゥも分からないようである。
「ピリさんが、実はとっても偉いとか」
フォボスの思いつきに関しても、この場の誰も否定できない状況だ。
「あー、もう。分かんねえ。とりあえず、メシにしようぜ」
ちょうどいいタイミングで、様々な料理が運ばれてくる。
「おいしそう!」
ステーキの焼ける音、ポトフがぐつぐつと煮える音。
そのどれもが湯気を立て、頭を酷使した後に効きそうな香りを放っていた。
「火傷するなよ! いっただきまーす!」
「いただきます!」
そして、二人は貪るように、昼食を掻き込んだ。
◆◆
一行は、無事合流を果たした。翌日朝の出港まで暇なので、二手に分かれて旅に役立ちそうな物資を購入することにした。
子供用衣服店『アリーウォーカー』にて。
「フォーくん、似合ってるよ」
メアはパチパチと手をたたき、褒める。
フォボスが着ているのは、ストリート柄のTシャツ。それと、獣人用穴空きキャップだ。
タン、タンとステップを踏み、調子を確かめる。
「とても軽い。これでレザーアーマーより強いの、すごいや」
マジック等級のTシャツ。防御力向上と悪環境耐性のエンチャントが施されている。ベースの価格が安いこともあり、知覚強化のキャップと合わせて三百シェルだ。
「ンンンー。子供用ウェアもデザイン性が必要になってきたからねェー。神子様々だよォー!」
神がかり的なリアクションを取る店主とは、ウィン姉の仲介で知り合った。
先の異変で起きた戦いをもとにインスピレーションを沸き立たせ、思うがままにシャツをペイントしたという。
「これから紫宸龍宮に向かうのでショ? どうせならあっちで宣伝してもらえませんかねェー?」
そう言って店の奥から取り出したのは、カラフルな数着のシャツだ。
「良いんですか!?」
恐縮だと固辞する二人に、押し付ける。
「見たところ、あなたそれなりに強そうでショ? フォボスくんくらいのトシの広告塔、そう居ないわヨ? それ着て紙面にでも乗ってくれると助かるねェー!」
「なんか照れるな」
はにかむ。その表情に、庇護欲が掻き立てられる。
「マ、防御の呪文が掛かってるのは今着てる一着だけだけどネ。また来なヨ。その時もやってたら、オーダーメイドで作っても良いよォー?」
「ありがと! また来たい!」
元気に挨拶するフォボス。
店主は両手を振り、オーバーリアクション気味に見送ってくれる。
二人は両手に抱えた戦利品を、ひとまず《ポケット・ディメンジョン》に収め、店を後にした。
「ふぅ。消耗品と装備を買うだけで結構時間かかっちゃったね」
空を見ると、日が暮れようとしている。
夕方のやや冷えた風が、二人の間を吹き抜けてゆく。
「あ! そうだ! ルゥさんに質問しなきゃだったんだ!」
「んえ? ボク?」
唐突に話を振られたルゥが、反射的にフォボスの顔をメアの方に向ける。
「うん。あなた、黒の神子なんでしょ? 記憶、取り戻したくないのかなって」
黒の神子という名を耳にした市民たちは一瞬だけ振り返る。が、すぐに元々向かっていた方向へ歩きだしていった。
「そうなの? ボクが?」
当の本人がポカンとしている。
これは、あれだ。神子だったことすら忘れているのだ。
メアもしばらく意外そうに見つめていたが、気を取り直し、補足する。
「えっと、その。ルゥさんは風と闇陰のエキスパートでしょ? それも、無詠唱で《フライ》を唱えられたり、儀式無しで死者の蘇生までできるレベルの」
「うん、そうだよ。ボクってすごいよね」
なにもわかってなさそうなルゥに、なおも切り込んでゆく。
「それで、そのレベルの術師って、最低でも白金級……ううん、多分、宝石級に相当するの」
「あー……」
なんとなく、わかってきた。
普通の精霊に、そこまでできるはずがない。
ルゥが、神子だったとして。
心の奥底から、これまで避けてきた疑問が、湧き上がってくる。
なぜ肉体を失ったのか。
なぜ記憶を持たないのか。
かの神の不興でも買ったのだろうか。
そもそもなぜボクは、ここにいる?
彼の心はいま、不確かなルーツという、暗い霧の中に放り込まれた。
「ボク、本当に神子なのかな」
一転、不安げな様子になり、メアに聞き返す。
「少なくとも私と、私のお姉ちゃんはそうだと思った。でもさ? だからこそだよ」
フォボスの頬に、両手を当てる。
彼の目を通し、ルゥを見つめる。
「ルゥさんはやりたいこと、ない? 私たちに、恩返しさせてもらえないかな?」
「……」
彼は視線に耐えかね、目線をそらす。
やがて。
ぽつり、ぽつりと、降り始めの雨のように、言葉を吐き出してゆく。
「……それ、ずるいよ。ボクは好きなことばっかりやってたのに、何かイイコトしたみたいじゃない」
それは、転生しても変わらない、偽悪的な彼の本心だ。
「でも、言われてみたら、黒の神子がどんな人だったか気になるかも」
そして、好奇心だって彼の本質だ。
ハラハラとした様子で下界を伺っていた神は、とりあえずホッと胸をなでおろした。
「でしょ? 色んな人に聞いてみる。約束はできないけど、手は尽くすよ」
メアはようやく両手を離し、宿の方にゆっくりと歩み始める。
「そーいや、フォボスくんと最初に会ったとき、ボクも同じ質問したんだっけなあ。人のこと、言えないや」
「うん。あのとき、ルゥが居なかったらずっと奴隷集落に居たかもしれない」
フォボスは、にっこりと笑う。
彼らには、今がある。
「ねえ、その話もっと聞かせてよ!」
メアがフォボスの手を取り、引っ張る。
「宿に着いたらね」
フォボスは応じ、軽やかに身を寄せる。
彼らの日常が、にぎやかに過ぎてゆく。
【続く】
感想はtwitterタグ「#業深少年旅行」にて行われますと拾えます。当タグでは、随時AIによる挿絵も公開されてゆきます。




