かわいいたこちゃんのすてきなしぃん
うさぎは寂しいと死ぬというが、実際はそんな事はないらしい。
寂しくて死ぬのはたこだという話も聞いたことがあるけど、本当のことかどうかはわからない。
とっくの昔に死んだ誰かがこう言った、寂しくて死ぬのは人間だけだと。
だけど、『寂しい』という状態が人を死に至らしめる事はない。
結局『寂しい』から首を吊るなり高所から飛び降りるなどの行動をすることで死ぬのだ。
であれば、寂しさで死ねる生き物はきっとこの世界には存在しないのだろう。
「……なんてポエムちっくな事を考える私って、アイタタタだよなあ」
死にたかったから積極的に寂しいという状況を作ってみたものの、結局死ねなかった。
痛いのも苦しいのも嫌だったので色々調べて、その中で一番くだらない方法を真っ先に試してみたものの、これじゃあ普通に失敗だ。
というわけで、別の方法をチャレンジすることに。
首吊りか練炭か、ヘリウムとかもいいらしい。
このまま死んでしまえば万事解決、だけどもこの度失敗した自殺方法で溜め込みすぎた寂しいという感情がどうにもこうにも煩わしい。
人肌と人の声が欲しく堪らない、犬猫にそうするように頭を撫でて欲しい、弱くても強くてもいいから抱きしめられたい、少し冷たい布団の中で互いに抱きしめあって泥沼のように眠りたい、声を聞きたい、怒っててもいいから、なんの感情もこもっていなくてもいいから。
あいたい。
抑えきれないこの衝動を抱えて死ぬのが一番面倒がないのだけど、どうにも我慢できそうにない。
と、いうわけで私は泊まっていたビジネスホテルを衝動的に飛び出した。
飛び出したはいいものの、この寂しさを解消できる人間なんてこの世に一人もいない事を今更のように思い出した。
欲しいぬくもりはあるものの、それは今の私には絶対に手が届かないもの。
それでもこれを抱えて死ぬのは無理そうだった。
死んじゃえば楽になれるのに。
極限の飢餓状態ならたとえ猛毒入りであっても目の前にある食べ物に食らいついてしまう、そんな暴力的な衝動にこの寂しさはよく似ているのだと思う。
先のことより目先の欲を叶えたい生き物なのだ、私というざんねんないきものは。
なので、代用品で手っ取り早くこの寂しさをぶっ壊してしまえばいい。
ねこはかわいい、にんげんははかれらのまえではすべてひとしくおねこさまのどれいなのである。
人間相手では手に入らない温もりが動物相手だと比較的楽に手に入るから人生というものはうまくできているのだと思う。
これで人間以外のいきものにも嫌われるざんねんな体質だったら私は警察のお世話になる程度に大暴れしていたはずだ。
だけど今の私の腕の中にはまるまるおでぶなおねこさまが一匹収まって……収まりきってはいないな?
それでもやわらかくてぬくぬくしたいきもののおかげで、寂しさの一割分が消滅した。
猫カフェを出た、お金にはもうあんまり余裕がない。
どんな死に方をするにせよ、その死因のために必要な道具を買うお金だけは確保しておかないといけないので、これ以上無駄遣いはできない。
寂しさも一割くらいは消えてくれたので、暴力的な衝動も薄れてきた。
なので、ここから先は理性を総動員して、目的の達成を最優先に。
ああ、だけど。
「さむい、なあ」
涙なんて一滴も流れないくせに、寂しくて寂しくて仕方がない。
それでも、私はもう逝かないと。
これ以上、悲しくも辛くも寂しくもないように、この命は壊してしまわないといけないのだ。
お腹が空いたのでうっかりたこ焼きを買ってしまった、とってもとっても美味しいけど財布の中身がすっからかんの一歩手前だ。
そういえばさっきの寂しいと死ぬ動物、自分がうさぎかたこかどちらかというとたこ一択だと思う。
昔のあだ名が何故かたこだったし、何より私にはうさぎみたいな愛らしさとかない、昔バニーガールの格好を無理矢理させられた事はあるけど。
自分のそんな格好を見たら絶対に目が腐り落ちると思ったので鏡を見ることすらしなかった、あの人は頭のおかしいものが好きなのでそんな醜い私を見ても笑っていたけれど。
……よけいなことを思い出した、今はたこ焼きに集中しようと思う。
あ、31のアイス屋。
財布の中身はとうとうすっからかんになってしまった、三段に積まれたアイスが美味しい。
もう飛び降りでいいや、今のお財布事情じゃ飛び込みすらできないし、あれって失敗すると悲惨だし。
アイスが美味しいので、もうある程度の痛みと恐怖は許容しようと思う。
目先の欲にやられて後々痛い目を見るというのは、たしかに私らしい終わり方ではあるのだろうと思うし。
そういうわけで駅のイートインコーナーを出て、高い建物を探すことにした。
そのまま周囲を見渡す、いい感じに高い建物が……
あたまいたい。
ハッと目を覚ましたら、そこは真白い世界だった。
「………………は?」
さっきまで鮮やかな色で満ち溢れた駅前の雑踏にいたはずなのに、ここは一体どこだ?
なんか急に頭が痛くなって、その後のことが何にも思い出せない。
なんだなんだ? 唐突に瞬間移動能力にでも目覚めてしまったのか?
それならなんで高層ビルの最上階とかに瞬間移動しなかったんだろうか、望んだ場所に移動できるほどコントロールができていないということなんだろうか。
というか、これどういう状況? 視界が白い以外の情報をひとまず取り入れていこう。
まず身体の状態、頭が少し痛い、それと何故か仰向けに倒れている。
視界いっぱいに広がっていた白はどうやら何かの建物の天井であるようだ。
あと右手で冷たくて硬い何かを掴んでいるようだった、なんだろこれ。
手放そうと手を引っ込めようとしたら掴んでいる何かが突然こちらの手を握ってきた。
「あだっ……!!?」
握ってきた、というよりも握り潰しにかかってきたといった方が正確だったかもしれない。
利き手なのでやめていただきたい、どうせ今日中には死ぬからどうでもいいと言えばその通りなのだけど、無駄に痛い思いをしたくはない。
一体なんぞや、と思いながら身体を起こして視線を右にずらすとなんか怖いのがいた。
まず視界に入ったのは眼光のない極限までかっぴらいた目、ついでその下の痣にすら見える色濃い隈。
ごっそりとこけた頬、カサカサなお肌。
唇にも水気がなくガッサガサ、中途半端に伸びかけの髪にも一切の艶がない。
こちらの手を潰すような力で握っている手は細く、腕も枯れ枝か骸骨のように細い。
ひょっとしたら私が知らない間に893者同士の抗争とかで死んでて怨霊として化けて出たのかもしれない、そう真っ先に思ってしまうほどその男には生気の欠片もない。
ついでに現実味もなかった。
だから、真っ先に出てきた言葉はこれだった。
「あ、あくりょー、たいさん……」
呟いた直後、私の右手に凄まじい痛みが。
「あぴゃ」
指の骨が粉砕されかかっている、もうちょっと力を込められたら多分私の右手は死ぬと思う。
どうせ今日中に死ぬとはいえ余計なダメージを受ける事は避けたかったのに、何故こううまくいかないのか。
「い、痛い痛い痛い痛い……!! 砕ける、砕けちゃう……謝る、謝るからゆるして」
けれども男は目をかっぴらいた目をこちらの顔に向けたまま力を一切緩めてくれない。
ただこれ以上力を込める気もないようなのが不幸中の幸いだった。
それでも痛いのにかわりはない。
「いた、あの……痛い痛い……手を、手を離してくれないでしょうか」
無が帰ってきた。
仕方がないので周囲を見渡す、どうやらここは私が寝ているベッドくらいしかない寂しくてだだっ広い部屋のようだった。
ドアらしきものが見えたので、一瞬躊躇った後大声で叫んだ。
「だれかーー!! おたすけ――――!!!!」
「何事だ!!?」
すごい、絶対無駄になると思ってたのに反応があった。
勢いよくドアを向こう側から開いたのは何故かピンクのフリフリエプロンを来ている大柄な若い男。
今自分の手を掴んで離さない男の使いっぱしりの山田君だ。
「や、山田君これはずしてなんとかして……指の骨が、砕けそう」
「は? あっ……!! 先輩、離してやってく……」
山田君の言葉が途中で止まる。
無理もない、ホラーゲームの呪いの人形みたいな動きで首を回した男に睨まれれば、私だってああなる。
山田君が金縛り状態になった後、男は呪いの人形のような動きでこちらに顔を向け戻して、ぼそっと一言。
「いままでどこでなにやってた」
ビジネスホテルで、なにもしていなかった。と答えるのは簡単だった。
だけどそれはなんだか癪にさわるので、こう答えた。
「私がどこでなにしててもあなたには関係ないじゃん、もう赤の他人同士なんだし」
どうしよう、指の骨にヒビが入ったかもしれない。
「いっ……いたたたたっ!!!? なにさほんとうのことを言っただけじゃん!!」
「先輩、もうやめろ!! お前も煽るな馬鹿女!!」
「煽ってない!! ただの事実!! というかここどこだよ何があってこんな状況になってんの!!? 山田君、なんか知ってる!!?」
そう叫んだら何故か山田君がグッと押し黙って変な顔になった。
「は? なに?」
「駅前でお前を見かけて……逃げられたら困るから、と後ろ頭をぶん殴って気絶させてここに連れてきた」
「だれが?」
「……おれが」
「はあ!!? なんでそんな凶行を!!?」
「だって携帯もアパートも解約済、仕事も辞めてる状態で、二ヶ月以上消息不明だったから……」
「は? だから何?」
「素直に挨拶して『ついてこい』っていったら、ついてきたか?」
しばし考え、首を振る。
「いいや、逃げるね。脱兎の如く、もしくはたこちゃんの如く」
私の逃げ足はそこそこ、それでもって適当に目潰しでもしておけばぎりぎり逃げ切れただろうと考えながら答えると、山田君は深い溜息を吐いて「だからだよ」と。
「逃すわけにはいかなかったから、不意打ちで気絶させて連れてきた。手荒な真似をしたのは謝る。すまない」
「謝られても……というか、なんで私に逃げられたら困るの? 今更私に用なんてないでしょ」
「あったから困るんだよ」
「はあ……で? なんの用?」
「……先輩が、その、なんだ……見ての通りだ」
「はあ? なんかずいぶん不健康な見た目になったけど、それが何? 不治の病にでも罹った? 死ぬ前に元カノに会わせておこうっていう?」
「いや、病気とかそういうんじゃ……いやある意味病気というかその……なんて言ったらいいか……」
山田君が口籠る。
口下手で初心でシャイな性格なのは知っているけど、今日はそれに付き合っている余裕はない。
なので無言で睨むと、山田君は観念したような、とてつもない酸っぱいものを食べたような顔をした後、口を開いた。
「先輩とお前、別れただろ。その後でお前が行方不明になったわけだ」
「うん」
「それで、お前がいなくなったショックや心配や不安その他で先輩は何事も手がつかなくなったというか、なんも食べないし寝ないし……それで、そうなった」
「は? んな分かりやすい嘘吐かれても怒りすら湧いてこないんだけど? 振ったのこいつじゃん。だからこんな凡庸で平凡で肉付きも悪くて抱き心地も悪いブサイク女がどこでなにしてようと、ショック受けたり不安がったりするわけないじゃん」
「いや」
「否定しなくていいよ……ああ、でも山田君は優しいからそういうふうに早とちりしちゃったのかもね。それにこいつは昔から口数の少ないデリカシーのかけらもない男だ、君がおかしな勘違いをしてもおかしくはない」
何故かあたふたとしている山田君にさらに言葉をぶつけていく。
「と、いうわけでこいつの不調の原因は私以外の何かだろう。それに、こいつはウサギさんや可愛いたこちゃんみたいに『寂しくて死んじゃうよお、え〜ん』って感じのクソメンタルじゃないことくらい君も知ってるだろう? だから死なせたくないっていうのなら早急に精密検査でも受けさせるといいよ、健康優良児だったこいつがここまで不健康な見た目になるんだからきっとものすごい病気を患っているに決まってる。というわけで私は失礼するよ、先を急いでいるんでね。というわけでさっさと手を離せ」
最後の言葉だけは未だに私の手を離さないクソ男に向けた。
ついでに手を引っ込めようと力を込めるけど、びくともしない。
思わず舌打ちした、もう片方の手は自由なのでそちらの手でクソ野郎の手の甲に爪をたてて思いっきり抓ってやった。
そしたらもう片方の手も捕まった。
「山田君」
「……勘弁してくれ」
心底疲れ切った顔で言われてしまった。
仕方がないので自分で交渉するしかない。
「いい加減にしてくれない? 手を、離して。わかる? 私、難しいことなに一つ言ってないよね。そんな簡単なことも理解できないくらい落ちぶれてんのかとっとと闇医者の世話になれ、赤の他人である私を巻き込むな」
言い聞かせるように言ったら、クソ男の目から水分が。
なにごと、って思っていたら奴の両手から力が抜けていく。
これはチャンス、と両手を引っこ抜くように引っ張って自由を確保、そのままベッドから飛び降りて距離を取ろうとしたら抱きしめられた。
「は?」
ガリガリに痩せた胸板に顔を押し付けられている、意外なことにそれほど力はない。
「うぎぎぎ……はなせ……」
それでも容易に抜け出せるほどではないので、もがいてももがいても引き剥がせない。
背中をベシベシ叩いてみても、無反応。
顔に贅肉でも筋肉でもない肋骨らしき骨の感触がしてなんかゾッとした。
それでもさっさと解放されたいのでベチベチ背を叩き続けていたら名前を呼ばれた。
その後は小さな声でぼそぼそと、全て聞き取れたわけではなかったけれど、普段の態度に全く見合わない泣き言が大半だったようだ。
「あー、もう」
仕方ないのであと二時間くらいは一緒にいてやろうと思う。
それで油断しきったところで抜け出して死んでやる。
そう決意して、薄っぺらい背に腕を回した。