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<5> 主のいない結婚式

 翌日、そしてその翌日と、さくらはいつかこの悪夢から目覚めるのではないかと微かな期待を抱きながら朝を迎えたが、目に飛び込むのは、豪華なベッドの天蓋のカーテン、大きなバルコニーから燦々と降り注ぐ朝日だった。その度にこれが現実だと思い知らされ、心にぽっかりと大きな穴が開いたような空虚な絶望感に襲われた。


 自分の生活そのもの―――家族や友人、そして過去、ましてや未来までも奪われたさくらが、まともな精神状態でいる事は簡単な事ではない。しかし、自分の事をすべて理解してくれる人たちがいる事がせめてもの救いだった。

 右も左も分からない見知らぬ場所に放り出されたさくらにとって、侍女たちの献身的な世話と、心地よい部屋、口にあった料理などが大きな慰めになり、壊れてしまいそうな神経を何とか正常に保っていた。




 すべてを知らされてから三日目の朝、なぜかいつもより慌しかった。


 侍女達は何かに急かされているようでありながら、さくらへの身支度の念の入れ方が、半端ではなかった。髪の毛は丹念にしっかりと結い上げられ、化粧もしっかりと施された。何の説明もされていないのだが、忙しく動き回る二人にさくらは理由を尋ねるタイミングが掴めず、ただただ人形のようにされるがままでいた。


「さあ、たいへんお待たせ致しました。お支度が整いました」


 ルノーは、ふぅと一息つきながら、座っているさくらのドレスの裾をそっと整えた。それからさくらの手を取って立たせると、ゆっくりさくらを姿見鏡の前に連れて行き、とても満足げ言った。


「いかがでございましょう?」


 鏡に映った自分の姿を見て、さくらは息を呑んだ。それはまるで別人を見ているようだった。優しいパステルカラーのイエローとピンク、そしてホワイトのまるで春風のような色合い。そしてその色に合った薄手のシフォンのような美しくやさしい生地がより一層春めかしくさせている。首元には大きな真珠の首飾りが輝き、耳もとにも同じデザインのイヤリングが優しく揺らいでいる。


「きれい・・・」


 さくらは自分に見入ってしまった。そして心の底の方から、忘れかけた感覚が湧いてくるのを感じた。あの弾むリズム。お洒落をした時の浮ついた楽しい感覚。さくらは思わず微笑んだ。美しく着飾った自分の姿に、女子としての喜びを素直に感じ、辛い気持ちが少しだけ和らいだ気がした。

 微笑んでいるさくらを見て、ルノーとテナーもホッと胸をなでおろした。


「お気に召されましたか?」


 出来栄えには自身はあったものの、さくらの気に入らねば、ルノーにとっても不本意なのだ。


「はい。とっても」


 さくらは鏡を通し、ルノーに答えた。それにしても気になった。この衣装・・・。どう考えても普通ではなさそうだ。満足げに自分を眺めているルノーに、理由を聞いてもいいか少し躊躇した。その横でテナーは、既に忙しく後片付けを始めている。

 

 その時、部屋の呼び鈴が鳴った。テナーは慌てて駆けつけ、扉を開いた。そこにいたのは教育係というトムテ博士だった。

 トムテは部屋に入り、さくらに一礼すると


「やや!これは、なんと美しい!」


と、さくらの着飾った姿を褒め称えた。さくらも会釈を返したが、どうもトムテの衣装が気になった。

 金や銀などがあしらってはあるが、全体的に黒ですっきりと纏められたマントを羽織り、胸には勲章のような物をつけている。何かの式典に参列するかのような品のある風貌だった。

 自分の特別な衣装、そしてトムテの格式ばった衣装に、さくらはますます疑問が沸く。とうとう、もみ手をしながら近づいて来るトムテに尋ねた。


「あの、今日って何かあるんですか?」


 トムテは、にっこりと微笑んでうなずいた。


「今からご案内申し上げます。そこでご報告がございますよ」


 トムテから直接は教えてもらえないらしい。さくらは少し落胆したが、それ以上問い詰めようとも思わなかった。


(もうすぐ分かるなら、別にいいや・・・)


 さくらはまた自暴自棄的な気持ちに戻ってしまった。そう、どうせ私の事でも、私の意思とは関係なく事は進んでいくのだ。勝手にしてくれ。

 そんなさくらの気持ちをよそに、トムテは上機嫌のようだ。恭しくさくらの手を取ると、部屋の外に連れ出した。

 トムテに導かれるままに、さくらは一度屋敷の外に出た。


「わぁ・・・!」


 暫く歩くと、さくらは目の前に広がる美しい中庭に目を見張った。中央には大きくタイルが引かれ道になっており、その道を隔てて左右にそれぞれ美しく彫刻された噴水があり、こんこんと水が湧き出ている。その周りにはとても規則的に花が植えられ、色鮮やかに咲き誇り、太陽の光に輝いている。庭の突き当りには高い塀が建ち、中央の大きな道の突き当たりは大きな扉が存在感を放っている。

 目を見張っているさくらに、トムテは微笑みながら説明を始めた。


「今、我々がいる場所は『第一の宮殿』と言いまして、国王の宮殿でございます。通常は国王と国王の家族、専属の召使、そして大魔術師様方のみがいらっしゃる場所でございます。それ以外は特別に許可を得られた側近の者しか立ち入れない場所なのでございます」


 そして、目の前の中庭を指して続けた。


「この先の塀の向こう側は、『第二の宮殿』という迎賓館と執務館を兼ねた大きな宮殿がございます。日ごろ公務はそちらで行われております。諸々の行事もすべて『第二の宮殿』で行われるのでございます」


 そう言うと、トムテはさくらの手を取り直し、中庭に下りる階段に一歩足を下ろした。


「さあ、『第二の宮殿』にご案内しましょう」




 トムテに連れて来られたのは、大きなホールだった。

 部屋の両壁には、トムテと同じような黒の長いマントを羽織っている中年の男性たちが並んでいる。そして部屋の一番奥に階段が見える。そしてその頂点にとても大きな立派な椅子が異様な存在感を放っていた。


(玉座だ・・・!)


 さくらは息を呑んだ。あそこに座る人がこの国の国王だ。そして私を妃にするという人。つまり自分の夫になろうという人だ。その人が現われるか?さくらの体は緊張して小刻みに震えた。トムテとルノーに支えられ、なんとか玉座の階段下までやってきた。


 部屋の隅から現われたのは大魔術師ダロスだった。

 ダロスはさくらの前に立ち、恭しく一礼をすると、小姓を呼び、一つの小さなグラスを持ってこさせた。そしてそのグラスをさくらに差し出した。さくらは訳も分からず、受け取った。中身を覗き込むと、無色透明の水のような液体が入っている。困惑した顔でダロスを見上げると、ダロスは無言でそれを飲み干すように促した。

 さくらは戸惑ったが、厳粛な雰囲気の中で断る勇気はまったくなかった。ままよ!という気持ちでさくらはそのグラスの液体を一気に飲み干した。

 

 暫くすると、今度は老魔術師のガンマが、さくらの傍にやってきた。さくらの右手を取り、袖を捲くり上げ、手首に彫られた刺青があらわにした。

 さくらはビックリして、ガンマの手を振り解こうとしたが、百を超えてそうな老婆にまったく歯が立たない。ガンマの方は暴れるさくらを呆れた顔して眺め、ダロスに何か合図をすると、さっと手を離し、部屋の隅に戻っていった。


 いきなり手を離されて、バランスを失ったさくらはよろけて転びそうになった。ダロスが慌てて抱きとめ、さくらをしっかりと立たせた。さくらは自分の失態に顔が赤くなるのを感じた。そんなことはお構いなしに、ダロスは元の立ち位置に戻り、軽く咳払いすると、ホールをゆっくりと見渡し、腹に響くような大きな声でこう言った。


「ただ今、さくら様は無事、聖なる水をすべて飲み干した」


 その言葉を聞くと、両壁にいる黒いマントの男たちから、おお!という歓声が上がった。 


「聖なる水を飲み干し、御右手の証も消えずに残っている。これこそ『選ばれし王妃』である何よりの証。よって、正式にローランド国王ノア国王陛下とさくら様の婚儀を行う」


 ダロスはそう続けると、黒いマントの男たちは皆、方膝を着いた。


「しかしながら、ご存知の通り、国王陛下は現在、極秘任務中である。よって恐れながら、陛下の代行役をこのダロスが担う」


 そして、横にいる小姓が差し出した美しい箱開けた。その中には弱々しく不思議な光を放つ指輪が入っていた。ダロスは口の中で何かを唱えながら指輪を取り出すと、さくらの左手を取り、薬指に指輪をはめた。


「さくら様を正式にローランド王国の王妃であることをここに宣言する」


「ローランド国に栄光あれ!」


 そう叫ぶと、恭しくさくらに一礼をした。


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