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<4> ノアの恋人

 九月のフェスタに出かけられると決まってから、さくらは常にご機嫌だった。あと十日、あと一週間と指折り数えて九月を待っていた。


 ノアは最近多忙を極めているようで、昨夜の夕食も、今朝の朝食も一緒に取ることができなかった。さくらはノアに会えないのがとても寂しくて、こっそり執務室まで行ってみようと思い立った。


(いつでも来ていいって言ってたし!)


 仕事の邪魔をするのは悪いと思いつつも、ノアの言ったことを、敢えて真に受けることにして、箱庭に向かった。


 箱庭に入ると、早速、執務室につながる階段の扉を開いた。だが、急な段差さと長さに少し怯んだ。まだ足は少し痛む。もうすぐフェスタが待っているのに、ここでまた足を腫らすわけにはいかないと思い、さくらは少し考えた。


(窓から、陛下が見えるかな?)


 せめて姿だけでも見ることができたらと思い、庭の中心にある噴水近くまで行き、窓を見上げた。しかし周りの木々に邪魔されて窓は隠れてしまう。


「・・・」


 初めて来たときも、二回目に来た時も、木々に邪魔されて窓が見えなかったことを思い出し、自分の間抜けさに呆れてしまった。さくらは溜息をつくと、何気なく、第二の宮殿へ抜ける方の扉に目を向けた。


「!」


 さくらは目を見張った。その扉は開いていたのだ。


 さくらは扉に近づくと通路を覗き込んだ。中は暗く、その先の扉は閉まっているが、暗いので閂が掛かっているかどうかまでは見えない。もし奥の扉の閂が掛かっていなかったら、ノアはここから外に出たことになる。


(何で、ここから?)


 別に外出すること自体に疑問を持たないが、箱庭から出て行ったことにさくらは不思議に思った。問題がなければ、普通に宮殿の正門から出ていけばいい。この通路を使うということはお忍びで外出するということだ。


(そう言えば、二人でここから宮殿を抜け出した時も、慣れてる感じだったな)


 さくらはそう思いながら、もう一度中を覗き込んだ。お腹の底から沸々と好奇心が沸いてくる。いけないと思いつつも、一歩、そして一歩と中に入っていった。そして扉に突き当たると、


「やっぱり開いてる」


 さくらは思わず呟いた。足元には閂が転がっている。さくらはそのまま扉をそーっと押した。そして、用心深く顔を出して、周りに誰もいないのを確かめると、外に一歩出た。


 出てすぐの場所は、木々も多く立ち並び、相変わらず薄暗い。ここはあまり人がいないが、少し進めば、第二の宮殿の庭園に出てしまうので、誰かに会ってしまうかもしれない。

 さくらは、一人でここまで来てしまったことに後ろめたい気持ちを感じながらも、逆に、ここまで来てしまったのだから、もう少し先に行きたいという衝動にかられ、ついつい先に進んでしまった。


 周りを警戒し、ソロソロと庭園の少し手前まで来たとき、二人の人影が目に入った。さくらは慌てて木の陰に隠れ、恐る恐る二人の様子を伺った。しかし、その二人を見て、さくらは息が止まりそうになった。


 一人はノアだった。そしてもう一人、ノアの前にいる人物――それは美しい女性だった。


 さくらの心臓は急激に早く動き出した。これは見てはいけない現場だと直感的にそう思った。早くここから立ち去らないと、と言うより、逃げ出さないと、と思った。しかし、近くまで来過ぎていて、もはや身動きが取れなかった。


(見ちゃいけない!)


 さくらは木の陰に背中を付け、ぎゅっと目を閉じた。二人が親しげに話す会話が聞こえてくる。さくらは盗み聞きもしたくなかった。思わず耳を塞ごうとしたが、二人はただの「知り合い」だと思いたい自分がいる。そう確信したい自分が、耳を塞ぐのを止めてしまった。


 美しい女性はリリーだった。そしてこの場所はノアとリリーの密会場所だった。二人はなるべく城下で会うようにしているが、城で密会するときはこの場所でいつも落ち合っていた。

 リリーは、ノアが長い間自分と連絡を取らなかったことを攻めていた。どんなに心配したかをやさしい穏やかな口調で訴えるリリーに対し、ノアは素直に詫びた。


「でも、こうしてお会いできて本当によろしゅうございました。体調もお戻りのようですね。以前は少しお窶れのようで、本当に心配いたしました」


 リリーは本当に心底安心したように言うと、少し首をかしげて微笑んだ。


「何か私に落ち度があって、会ってくださらないのかもっていう心配もしましたのよ」


「リリーに落ち度など・・・」


 ノアは口ごもった。リリーはそんなノアの手を取ると、


「またすぐに城下でお会いできますわよね?ご一緒したい場所がありますの」


 にっこりと笑った。ノアは少し困惑した顔でリリーを見た。


「・・・そうしたいが、最近忙しい。そう簡単に時間が取れそうにない・・・」


 ノアは言葉を濁した。それを聞いてリリーはとても悲しそうな顔をして俯いた。ノアは後ろ暗い気持ちになって、


「九月のフェスタもある。それまではどうしても仕事が立て込んでしまう。すまない」


と咄嗟に言い訳した。リリーは掴んでいるノアの手をぎゅっと握ると、顔を上げた。


「では、九月のフェスタは絶対ご一緒してくださいね!ずっと前から楽しみにしていましたもの。今年も一緒に花火を見たいって!」


 普段は穏やかで物腰が柔らかいリリーの強い口調に、ノアは驚いて、つい、


「分かった」


と答えてしまった。

 その言葉がさくらにも聞こえ、思わず息を吞んだ。そして無意識に木の陰から二人を伺うと、ノアの返事に喜んだリリーが、軽く背伸びをして、ノアに口づけをしているところだった。


 突然の口づけに驚いているノアに、リリーはにっこりとほほ笑んだ。丁度その時、庭園の方からリリーを探している声が聞こえた。


「約束ですよ」


とリリーは言うと、その声の方にゆっくりと歩いて行った。


 リリーの背中を見送りながら、ノアは小さく溜息をついた。フェスタはさくらと行くと決めていたのに、リリーの誘いを断れなかったことが悔やまれた。できるのであれば、さくらと行きたかったのだ。


 今のノアの心はほとんどさくらで占領されていた。リリーのことを忘れたわけではなかったが、ドラゴンでいる間、真っ黒な暗闇の世界を、一気に明るく照らしてくれたさくらの存在は、ノアの中であまりにも大きかった。


 リリーには二か月以上の間、まともに会うこともなく、不安にさせていたにも関わらず、人の姿に戻ってからも、今日まで自ら会おうとは思い至らなかった。今日もリリーからの伝書鳩の伝言で会うことになったのだ。それほどまでに、今のノアにはさくらしか見えていなかった。


 しかし、リリーを邪険にすることは絶対にできなかった。彼女は自分の恋人であり、第二王妃に迎えるつもりの女性であることには変わりない。それに自分をどれだけ思ってくれているかも知っている。今まで彼女を放っておいたことを、今更ながら申し訳なく思うと、もう一度大きく溜息をついた。


 その時、後ろで何か物音がして振り返った。何も見当たらなかったが、よく見ると木の陰から、ドレスの裾が見えて息を呑んだ。さくらが思わずしゃがみこんだ音だった。


 そこには木に寄りかかるように座り、ボーっと空を見ているさくらがいた。ノアは一瞬言葉が出なかった。黙ったままさくらを見ていると、そんなノアに気付いたように、チラッと目を向けた。だが、さくらはすぐに目をそらし、無言で立ち上がると、箱庭の方へ戻って行った。ノアは慌てて追いかけた。

 追いかけてくるのが分かったさくらは、足を引きずりながら走った。


(だめだ。今は顔を見れない!)


 さくらは必死に走ったが、だいぶ良くなったとはいえ、流石に無理があった。とうとう、噴水の近くで躓いて転んでしまった。追い付いたノアがすぐにさくらを抱えて起こそうとするが、さくらはそれを無言で振り払った。そして立ち上がると、ノアに向かい頭を下げた。


「第一の宮殿から出てしまったことと、そのつもりはなくても、お二人のお話を盗み聞きした形になってしまったこと、謝ります。申し訳ありませんでした」


 そう言うと、ノアの顔を見ることなく、歩き出した。ノアはその他人行儀な態度に、一瞬固まったが、すぐに我に返り、さくらの腕を掴んだ。


「触らないで!」


 さくらは叫んで、ノアの手を振り払った。そして今度はしっかりとノアを見つめた。その目には涙が溜まっていた。さくらの涙にノアは息を呑んだ。


「てっきり陛下も私と同じ気持ちでいてくれると思っていたのに・・・。浮かれていたのは私だけだったなんて・・・。ホント、バカみたい」


 さくらの頬を溜まっていた涙が流れ落ちた。


「私なんて・・・、あの方の前では、あっさり約束を破られてしまう程度の・・・、そんな程度の存在だったんですね・・・」


 最後の方は声も掠れて、言葉にならなかった。そんなさくらにノアは完全に言葉を失い、立ち尽くした。


「陛下のお顔は、もう見たくありません・・・」


 さくらは顔を背けると、ゆっくりは箱庭から出て行った。ノアは足が地面に縫い取られたように身動きが取れず、立ち尽くしたまま、さくらを見送った。


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