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<3> お忍びデート

 ノアの公務は減るどころか、ますます増しているようだ。ここ数日、朝夕の食事以外、さくらと顔を合わせることがなくなった。しかし、その分スキンシップが多くなった。


朝は食堂で会えば、おはようのキスで、食後は行ってきますのキス。夕食前はただいまのキスに、食後はおやすみのキスと、執務室での口づけ以来、ノアは我慢しなくなった。


 もちろんさくらも喜んで受け入れた。口づけの度、さくらを見つめる熱を帯びた瞳が、それ以上を求めている事にも気が付いていた。しかしノアは、さくらの足の怪我を気遣って、節度を守っている。さくらは感心しながらも、心の隅で、もどかしさも感じていた。怪我は多少の痛みは残るものの、杖を使わずに歩けるほどまでに回復していた。


(そんなに無理をしなければ、大丈夫なのにな・・・)


 今夜も、食後にさくらを部屋まで送ってくれたノアの背中を見送りながら、心の中で呟いた。


(無理って、何が!何考えてるの、私!)


さくらは自分の思いに赤面し、顔をブンブン振ると、部屋に飛び込んだ。




 ある朝、朝食を食べている時、さくらはノアに思い切って、ある願いを伝えてみた。


「街に出たいだと・・・?」


 さくらの願いを聞いたノアは、途端に眉間にしわを寄せて、軽くさくらを睨んだ。さくらは予想していた通りの反応にがっかりした。


「やっぱりダメですか・・・」


 さくらは肩を落とした。その様子にノアは大きく溜息をついた。


「ついこの間誘拐されたばかりだぞ?いくら街全体の警備を強めているとは言え、外に連れ出せるわけがないだろう」


「ですよね・・・。ごめんなさい・・・。浅はかでした」


 さくらは俯いた。改めて自分には自由がないのだなと実感した。最近浮かれすぎて、自分の立場を忘れていたようだ。ちょっとした我儘なら聞いてもらえそうな気になっていた自分を恥じ入った。


「聞かなかったことにしてください!」


 さくらは顔を上げて、無理やりにっこり笑うと、急いで残りの朝食を食べ始めた。


「・・・」


 その様子に何か言いたげなノアだったが、さくらは敢えてそれを無視して、黙々と朝食を食べ続けた。


 食後、いつも通り行ってくると言い、ノアはさくらの唇にキスしようとした。しかし直前、さくらは少しだけ顔を逸らしたので、ノアが触れたのはさくらの唇の端だった。

 目を丸めているノアに対し、さくらはスッと身を離すと、にっこり笑って、


「行ってらっしゃい」


と手を振った。そんなさくらの態度に、ノアは何も言うことができず、執務室に向かうしかなかった。


 ノアは執務室の自分の机で頭を抱えていた。秘書や官僚たちと話している間は、仕事に集中できたが、一人になると、今朝のさくらのことを思い出し、頭から離れなくなった。明らかに拗ねている態度に不安と愛おしさが募り、ますますさくらが恋しくなる。


(完敗だ・・・)


 ノアは机の上の書類を一瞥すると、立ち上がった。そして、傍にある扉を開くと、一気に薄暗い階段を降りて行った。


 執務室を抜け出すと、すぐにさくらを探しに行った。庭園を散歩していなければ、図書室にいるだろうと考えながら、中庭を抜けて庭園に出た。そこですぐにさくらを見つけた。ホッとして、さくらに駆け寄ると、無言でさくらの手を取った。

 さくらは突然のノアの出現に、飛び上がって驚いた。何か言おうとしたが、人差し指で口元を押さえられた。そして引きずられるように、中庭の方へ向かった。


 さくらが連れてこられたのは、例の箱庭だった。そこで麻で作られた素朴でフード付きのマントを羽織らされた。ノアも余計な上着を脱ぎ、白いシャツだけの簡素な服装になった。自分の左手に手袋をはめると、さくらの左手にはハンカチを巻いて、指輪を隠した。


「少し暑いだろうが、我慢しろ」


 悪戯っぽい笑顔を向けられ、さくらは目を輝かせた。


「行くぞ」


ノアはさくらの手を取ると、第二の宮殿に抜ける扉を開いた。




 第二の宮殿に出ると、ノアは慣れた様子で、誰も通らない抜け道をどんどん進んでいく。普段も堂々と正門から外出するより、隠れて抜け出すことの方が多いのかと疑いたくなるくらい、無駄なく進んでいき、あっという間に外に出ることに成功した。


 それからは、さくらにとって夢のような時間だった。

 城から出た外の世界は、しっかりと舗装された石畳の道が広がり、どこか西洋を思わせる、石造りの建物が並んでいる。街は商店やカフェテリア風な飲食店が並び、活気に満ちていた。

 さくらはノアに手を引かれながら、夢中になって周りを見渡した。


 途中、一軒の果物屋が目に入った。たくさんの柑橘類が並んでいる。さくらはその店の前に立ち止まり、一つの果物を探した。だが、あのグレープフルーツを巨大化したような果物は見当たらなかった。


「何か欲しいのか?」


と聞くノアに、さくらは一つ柑橘系を指差すと、


「これに似た、ものすごーく大きな果物ってありますよね?」


と尋ねた。すると、ノアではなく果物屋の店主が代わりに答えた。


「あれは春から初夏にかけての果物だからね。今はないよ」


 あー、そうなんですね~と笑いながら店主に答えるさくらに、ノアは思わず、空いている手の甲で、さくらの頬を優しく撫でた。どうしてその果物を気にかけたのか分かったからだ。あれは自分の好物だ。ドラゴンであった自分のために、重いとか、皮が固いとか文句を言いながらも、毎回持ってきては、むいて与えてくれた。今、彼女もその時のことを思い出しているのだろう。そう思うと、愛しさが込み上げてきた。


 突然、頬を撫でられてビックリしたさくらは、ノアの方を見ると、熱い眼差しで自分を見つめているノアの目とかち合った。さくらは真っ赤になりながら、恥ずかしそうに、ノアの手を頬から離すと、果物屋の店主に会釈して、ノアを引っ張るようにその店から離れた。


 いろいろな店を見ながら進むと、広場に出た。真ん中には大きな噴水があり、周りは街の人々で賑わっていた。噴水の前に来ると、二人は噴水の端に腰かけた。さくらは相変わらず目をキラキラさせながら、広場を見渡している。


「足は大丈夫か?」


「はい!」


 さくらはにっこり答えた。その微笑みは、今朝、自分を見送った時の微笑みとは全く違う。ノアは可笑しくて、つい吹き出した。キョトンとしているさくらの頭に手を置くと、


「残念だが、ここまでだ」


 そう言って立ち上がった。そして、さくらを立ち上がらせると、両肩を掴み、なだめるように顔を覗き込んだ。


「悪いが、これ以上時間的に無理だ。抜け出したことがばれる前に城にもどらないと」


 まだ帰りたくないと駄々をこねると思っていたのに、さくらから帰ってきたのは、額へのキスだった。


「今日はもう充分です!とっても楽しかったです!」


 そう言うと、満面の笑みをノアに向けた。そして可愛らしく首をかしげると、


「だって、また来れるでしょう?」


と悪戯っぽく笑った。


 ノアは額に手を当てて、は~~っと肩を落とした。なんという交渉術だ。


(本当に、完敗だ・・・)


 さくらは相変わらずにこにことノアを見ている。ノアはもう一度溜息をつくと、さくらの頬を両手で挟み、グイっと自分の顔に引き寄せた。


(全く敵わない)


 そして、今度はかわされないように、しっかりと自分の唇をさくらの唇に押し当てた。


 翌日、さくらの足は再び腫れ上がってしまった。せっかく治りかけていたのに、昨日の街巡りで無理をさせてしまったのだとノアは悔やんだが、さくらは気にしてなかった。多少無理すれば腫れるのは承知の上だったし、それ以上に街に出られたことが嬉しかった。だが、本当は他にも理由があった。


 実は、あの日からドラゴンの洞窟に通い続けているのだ。街へ出る前日も、監視の目を盗んで洞窟へ向かうと、その途中の道で、うっかり足を軽く捻ってしまった。かなり用心して歩いているつもりだったが、酷い獣道で足を取られたとき、つい、怪我している方の足に全体重をかけて、踏ん張ってしまったのだ。


 謝るノアに対し、後ろめたい気持ちを抱きつつも、ドラゴンのことを話すのは躊躇われた。それに、ノアが自分の足の完治を望んでいるのは、さくらを気遣ってだけではないこともわかっていた。もちろん自分のことを心配しているのは知っている。だが、その裏の邪な気持ちにも、ちゃんと気付いていた。だからお互い様と割り切ることにした。




 ある日、さくらはテナーから新しい情報を入手した。それは来月の九月の初めにまたフェスタが開催されるという情報だった。


「秋の実りを願うフェスタなのです。夜には花火も上がりますよ」


 テナーは興奮気味に話した。


「花火!?」


 さくらは食いついた。この世界にも花火があるとわかると嬉しくなった。


「花火ならお城からでも見えますよ!」


「見たい!花火!」


「たくさん上がりますから、期待してください」


 手を叩いて喜ぶさくらに、テナーは少し得意気に言った。


 さくらは朝食の時、ノアにその話を持ち掛けた。当然、ノアの顔は曇った。もちろん、この反応は想定内だった。以前に祭りの最中に拉致されたわけだから、この反応は当たり前だった。


「イルハンさんや、あとカイトさんやダンさん達にご一緒していただいてもダメですか?」


 さくらは、最近顔見知りになった、近衛隊の兵士たちを引き合いに出した。この際、ノアとお忍びで城下へ出かけた時のような、自由はいらない。ガチガチに警護されている状態なら、可能性はあるのではないかと思ったのだ。


 しかし、ノアの顔はますます渋くなった。祭りの危険性もそうだが、さくらの口からイルハン以外の男の名前が出てきたことが、何より気に入らなかった。いつの間に、近衛隊の奴らと親しくなったのか。


「・・・なぜ、カイトやダンを知っている?」


「・・・?庭園内を見回っていますから。行き会った時は、皆さんと挨拶していますよ?」


「・・・」


 不思議そうにするさくらに、ノアは思わず黙ってしまった。高貴な令嬢だったら、見回りの兵士には自ら声をかけないものだ。しかし、さくらは元の世界では、平民の出だと聞いている。ゴンゴでも、身分の低い侍女たちや兵士たちにも決して驕った態度は見せず、丁寧に接していたことを思い出した。そして、そんなさくらの魅力に囚われた兵士までいたのだ。

 ノアは無防備なさくらに危機感を抱き、彼女と親しくなった近衛隊の兵士を苦々しく思った。


(第一の宮殿内の警備体制は、一度見直そう)


「やっぱり近衛隊の方と一緒でも、無理でしょうか・・・?」


 無言のノアに、さくらは軽く首を傾げて、上目遣いで聞いてくる。


(これも作戦か?)


 ノアは、さくらの愛らしい仕草に一々動揺する自分に腹がった。それに、近衛隊に対してくだらない嫉妬心を抱いている自分にも腹がった。だが一番は、自分の焼もちに気が付かない、鈍感なさくらに苛立ちを感じていた。

 ノアは自分の気持ちを落ち着けるように、ふーっと息を吐くと、お茶を一口飲んだ。


「・・・その日は俺も一緒に行けるように、何とか調整しよう」


「!!!」


さくらは、テーブルに手をついて立ち上がると、目をパチパチさせてノアを見た。そしてみるみる顔が笑顔になっていった。


「本当ですか!?超うれしい!!」


 口元に両手を当て、今にも小躍りしそうなほど喜んでいるさくらを見て、ノアの苛立ちはあっという間にとこかへ飛んで行ってしまった。


「当日は花火も上がるんですよね!」


 さくらは興奮気味に叫んだ。それを聞いて、ノアは思い出したように、


「花火を見るのにいい場所がある。」


と言った。すっかり平常心に戻ったノアはニッと笑った。


「全体がよく見える場所だ。そこで一緒に見よう」


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