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<8> 王妃奪還

 イルハンは船の上にいた。一人甲板の先端に立ち、怒りに満ちた目でじっと水平線を見据えていた。そして、その怒りのほとんどは、失態を犯した自分自身に向けられていた。

 

 王妃が連れ去られたことに気が付いたのは、その日の夜だった。祭りは深夜まで続く。しかし、王妃があまり遅くまで外にいることは好ましくない。日が傾きかけた頃には王妃を迎えに行った。しかし、第二宮殿の庭園内を探すも、さくらの姿はどこにもない。


 そこで、王妃の顔を見知っている数名の助けを借りて、城中隈なく探したが、まったく見当たらなかった。それはトムテ博士もテナーも同じだった。もしやこの機を狙って街にも繰り出したのかもしれないと捜索は街中にまで及んだ。そして、やっと宮殿入り口付近の小さな小屋の裏に、テナーが両手両足を縛られ猿轡をはめられて倒れているのを発見し、王妃は誘拐されたことが分かった。そのころにはもうすっかり暗くなっていた。


 テナーは、犯人の顔は仮面を付けていたので全く分からないと言った。複数の仮面を付けた男たちに囲まれかけたところに、トムテ博士が駆けつけてきてくれた。だが次の瞬間、自分は後ろから仮面を被せられ、その後の記憶はない。気が付いたのは助けられた後なので、自分が縛られていたことすら知らなかったという。

 事態は直ちに、国王の後見人である大魔術師ダロスに伝えられた。ダロスはすぐに国王専属の近衛兵を中心に捜索隊を編成した。王妃奪還の準備に取り掛かった。


 イルハンはこの事態をダロスに報告するより先に、いち早く報告しなければならない相手がいた。そのため大魔術師への報告は一番信頼している部下に任せ、自分は第一の宮殿の奥に広がる森へと急いだ。

 森の奥まで進んでいくと、崖にたどり着く。そこには大きな洞穴があり、目の前には澄んだ水が沸いている小さな池があった。

 イルハンは洞窟の入り口に来ると、片膝をついた。そして洞窟に向かって叫んだ。


「ノア国王陛下!」


 洞窟の中で大きな影がゆっくりと動き、二つの緑色の光が見えた。その緑の光はしっかりとイルハンを捉えた。


「申し訳ありません。陛下。さくら様が・・・、王妃様が拉致されました!」


 途端に、大きな黒い影が勢いよく飛び出してきた。そしてイルハンの前に仁王立ちになると、緑色の目で彼を睨みつけた。その目は怒りで燃え、口元から小さく炎が漏れていた。


「申し訳ございません!」


 イルハンは深々と頭を下げた。相手の怒りを全身で感じ、この場で焼き殺されても文句は言えまいと腹をくくった。


「トムテも一緒に消えました。トムテの護衛の者たちも共に。計画的だったと推測されます」


 それを聞くと、ドラゴンは雄叫びを上げ、空高く舞い上がった。


「お待ちください!陛下!」


 イルハンは、ドラゴンの羽ばたきで起こった風をまともに受け、視界を奪われながらも、大声で叫んだ。


「お一人での奪還はお考え直し下さい!我々が命に代えても、王妃様をお救いします!」


 しかし、ドラゴンには全く届いていないようだった。それでも、


「王妃様を見つけたら、必ず、すぐにお戻りください!!」


 空に向かってそう叫んだ。しかし、その時にはドラゴンの姿は空高く、夜空の暗闇に消えていた。




 イルハンは、急いでダロスのもとに向かうと、大魔術師は水晶に手をかざし、懸命に何かを唱えていた。その傍らで、ガンマが鋭い目で水晶を睨んでいる。


「今、陛下に報告して参りました」


 ダロスもガンマも、水晶から目を離さず、ただ黙って頷いた。イルハンは少し近くによると、二人からの言葉を待った。

 暫く沈黙が続いた。部屋の中は薄暗く、水晶の怪しげな光が異様な存在を放っていた。その光に照らされて、ダロスの額に薄っすらと汗が滲んでいるのが分かる。この大魔術師がここまで苦戦することはあまりないことだ。イルハンはギリギリと歯を食いしばりながら、この沈黙をひたすら耐えた。

 もう限界だと、口を開きかけた時、


「王妃の行方は追えん・・・」


とダロスが呟くように言った。イルハンは頭からサーっと血の気の引く音が聞こえた。


「・・・まさか・・・、そのようなことが・・・」


 大魔術師ともあろうお方が、自分自身の魔術で呼びよせた人物の行方を追えないとは、到底考えられないことだ。


「じゃが、別の異様な力を感じる・・・」


 ダロスの傍らで、水晶を睨みつけるように見つめているガンマが言った。


「そうだ。異様な力だ」


 ダロスは水晶に手をかざしながら、ガンマの言葉に続いた。


「恐らく陛下であろう」


「!」


 イルハンは息を呑んだ。


「『異様な力』とは?なぜ陛下と断定されないのですか?」


「陛下は今『人間』ではないからだ」


 ダロスはちらっとイルハンを見ると、すぐに水晶に目を戻し、


「『人間』であった時の陛下の『気』とまったく違うのだ。呪いでドラゴンに変化させられた今、人としての陛下の『気』を持たぬ」


 そう言いうと、水晶に手をかざし、目を閉じて、必死で何かの気配を感じ取ろうとしていた。


「・・・まったく違う『気』であるが、どこか懐かしいものを感じる。本当に僅かだが・・・」


「それが陛下である証拠じゃよ。見ず知らずの『気』などのに、そのようなもの感じ取れん。赤ん坊の頃からの付き合いじゃ、そう簡単に絆は切れんよ」


 ガンマはしつこいとでも言いたげに、ダロスを見ると、すぐにイルハンに向かった。


「それに、この『気』はかなり怒りに満ちている。奴は激怒しておったろう?」


 イルハンは頷いた。


「陛下は、北西へ向かっている・・・」


「北西・・・」


 目を閉じたまま、方向を示したダロスの言葉に、イルハンは一つの国が思い浮かんだ。


「ゴンゴ帝国・・・!」


「断定するのはまだ早いがな」


 ダロスは目を開けた。


「王妃の行方が分かった上で追っているのであればよいが、ただ闇雲に飛び回っているだけかもしれん。ただ、過去の歴史上、王妃を攫う可能性が最も高い国はゴンゴだ」


 その通りだとイルハンは思った。


 ――ゴンゴ帝国。それはローランド王国から海を挟み北北西にある国だ。

 この国は何度もローランド王国から王妃を誘拐しようとした過去がある。幾度となく未遂に終わるが、三度は成功している。そして、ローランドは、そのうち二度も王妃奪還に失敗していた。異世界の王妃を得た時代、コンゴ帝国は大繁栄を見せた。その過去が、彼らに異世界の王妃へ執着心を強くさせ、王妃を迎える魔術を持つことができないなら、王妃を奪う魔術を磨き上げてきた国であった。


 そしてこの帝国は、周りの自治権を持っていた小国を武力で攻め入り、巨大な帝国になりつつある。最近は景気も悪く国政は非常に劣悪な状態にもかかわらず、武力に国の財力を注ぎ、次々と小国をものにしている。もちろん、このローランド王国も狙っているはずだ。特異な魔術を受け継ぐこの国は、彼らからしてみれば、喉から手が出るほど欲しいだろう。


「ダロス様。直ちに、戦闘体制を整えるよう、ご命令を!」


 ダロスはイルハンに目を移した。


「王妃奪還の名目で戦争が始まってもやむを得ません。このまま王妃を奪われ、ゴンゴ帝国が力を付ければ、次に攻め込んでくるのは我がローランドでしょう。どの道、戦争は避けられません」


「・・・兵の編成までは準備しておこう。そこまでなら元老院のみで可決できる。だが、実際に兵を起動させるには陛下のサインが不可欠だ・・・。」


「・・・・」


「朔の日の夜、陛下の呪いが解け、人の姿に戻っている間に、サインをもらわねばならぬ」


 イルハンは拳を握り締めた。朔の日まではあと数日しかない。それまでに陛下は戻ってくるだろうか。怒りに任せ、そのまま一人でゴンゴへ乗り込む可能性が高い。そう思案していると、


「恐らく陛下は、一人でゴンゴへ乗り込むだろう」


ダロスがイルハンの考えを見透かしたように、こちらを見ながら言った。そして、再び水晶に目を移し、手をかざすと、


「怒りで我を忘れておられる・・・」


そう溜息交じりに呟いた。


「その上、強靭なドラゴンである今、一人で奪還できると考えておられるだろうし、奪還できるかもしれん。イルハン、お前はすぐに陛下を追い、陛下をお助けしろ」


「!」


「近衛隊の中から、屈強な者を数名連れて行け。こちらは兵の体制を整えておく。領海線に艦隊を数基待機させよう」


「はっ!」


 イルハンは一礼すると、踵を返し部屋を飛び出した。




 そこからは早かった。すぐに小隊を編成し、船で北西に繰り出した。出発前に、ダロスから小箱と書類の入った筒を手渡された。


「人のお姿にお戻りになったら、お渡しするように」


「はっ」


 イルハンは恭しくそれらを受け取ると、小箱は自分の懐へしまった。


「行って参ります」


そうして、彼らはゴンゴへ向けて出発したのだった。


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