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<2> ゴンゴ帝国

 胸のムカつきは一度吐いても、治まることはなかった。さくらは寝室でずっと横になってすごした。食事を出されても食欲が沸かず、手を付けなかった。無理やり食べさせても戻すことから、さくらには適度な水分を与え、唯一乗船させている魔術師の老人―――大砲の弾に魔術を掛けた老人―――の魔術で眠らせることにした。

 治まることのない船酔いとドラゴンを失った喪失感から、さくらはもう反抗するどころか立ち上がる気力さえなく、されるがままに身を任せていた。


 どのくらい眠っていたのか。目が覚めると、そこはもう船内のベッドではなく、ふかふかな気持ちのよい布団に横たわっていた。さくらはゆっくりと上半身を起こしてみた。眩暈もしないし、気分も悪くない。そして辺りを見回してみた。あまり広くはないが、贅の限りを尽くしたような華美できらびやかな部屋の中だった。


(きっとゴンゴとやらに着いたのね)


 さくらは自分の身に起こったことは分かっているので、もう驚かなかった。ましてや同じような状況は二度目だ。ベッドから起きて、改めて部屋を眺めた。


(豪華絢爛というのはこのことを言うのでしょうか・・・)


 豪華な彫り物が施され、色彩には金や銀が豊富に使われているテーブルや椅子、衣装ダンスなどが並んでいる。自分が寝ていたベッドなどは、天蓋を支えている大きな四本の柱はすべて、獅子の彫り物が飾り付けられ、金箔で塗られており、異様な存在感を放っている。


 いくら豪華でもここまでくると悪趣味だなと思いながら、さくらは部屋の中を物色し始めた。すると、ドアをノックする音がした。びっくりして扉の方を見ると、二人の少女がお辞儀をしながら入ってきた。年のころは十七、八歳くらいだろうか。上げた顔を見てまたびっくりした。同じ顔だ。双子なのだろう。

 さくらは、とりあえず会釈をした。自分たちへ頭を下げられたことに、動揺したのか、少女達は顔を見合わせ、慌てて再度、深々と頭を下げた。


「ご気分はいかがでしょうか?さくら様」


 二人同時に尋ね、


「私たちは、アンナとカンナと申します。さくら様のお世話をさせて頂くことになりました。よろしくお願いいたします」


と、これもしっかりとシンクロしながら挨拶をした。


「おかげ様で、幾分楽になりました」


 さくらがそう答えると、


「では、お食事をご用意いたします」


二人は揃ってそう答えると、いそいそと食事の支度を始めた。さくらはその様子をベッドに腰掛けながら、ぼーっと眺めていた。


 まだまだ侍女としては新米なのだろうか、ルノーやテナーと比べると、とてもたどたどしくて、要領が悪いように見える。待っている間に、さくらは忘れていた空腹を感じ始めた。グーっと音がし、慌てて腹を抱えたが、侍女二人には聞こえなかったようだ。どんな状況でもお腹は空くものなのだなと、呆れた気持ちになった。


 食事の用意ができると、さくらはテーブルに着いた。いかにも胃に優しそうな雑穀入った温かいスープと果物、そしてお茶が並んでいた。さっそく雑穀スープを口にすると、


「あったかい・・・。美味しい・・・」


 口当たりの優しい、柔らかい液体がゆっくりと胃に流れていくのを感じ、何とも言えないホッとした気持ちになった。だが、食が進み、少し気分が落ち着いてくると、船での出来事が思い出された。


(そうだ・・・。ドラゴン・・・)


 ドラゴンは死んでしまったんだ・・・。

 大砲の直撃を受けて。真っ逆さまに海に落ちていく様を、成す術もなく、ただ見つめていた。そして海に流れるドラゴンの血・・・。

 さくらの頬を涙が流れた。侍女二人はギョッとして、慌ててさくらに駆け寄ったが、なんて声を掛けていいか分からず、オロオロとするだけだった。二人が慌てたことに気が付いたが、さくらはとても涙を止められず、両手で顔を覆い、必死で声を抑えて泣いた。


 そこに、ドアをノックする音が聞こえた。慌てて侍女の一人が扉を開けると、一人の男が入ってきた。


「ご気分はいかがですかな?さくら様」


 聞いたことのある声に、さくらは顔をあげた。やはりトムテだった。

 トムテはローランド王国にいた時よりも、ずっと派手で豪華な衣装に身を包んでいた。その身なりから、この国ではそれなりの地位にあることが推測できた。


「お食事もお召し上がりのようですね。良かった、良かった。あまりにも酷い船酔いでしたので大変心配いたしました」


 言葉とは裏腹に、まったく案じていない口ぶりと、ニヤニヤして、もみ手をしながら近寄ってくるトムテに、さくらは怒りで涙が引っ込んでしまった。


 さくらは、言いたいことはたくさんあったのだが、怒りで口元がワナワナ震え、上手く言葉が出てこない。ただトムテを睨むことしかできなかった。


「お怒りのご様子ですなぁ」


 トムテは、相変わらず不敵な笑みを浮かべている。


「でも、お怒りもすぐに解けましょう。このゴンゴ帝国がいかに素晴らしい国かご理解いただけたならば、ローランドなんぞから助け出されたことを感謝されるはずですよ」


「・・・あなたは、最初から私を誘拐するつもりでしたか?」


 さくらは何とか怒りを抑え込み、低い声でトムテに尋ねた。自分でも驚くほど低い声だった。


「・・・」


「あなたは、もともとこちらの国の方・・・、つまりスパイだったのですか・・?」


「・・・」


 トムテはすぐに答えなかった。ただ口元の笑みはそのままに、さくらをじっと見つめた。


「我々は共にローランドから逃げてきたのですよ、さくら様」


 トムテはさくらの前に膝をつくと、恭しく手を取り、甲に唇を付けた。さくらはゾッとし、急いで手を振り払った。


「あのままローランドにいても、もう望むものは手に入りそうにありませんでしたからな。これ以上のない待遇が待っているのなら、多少の危険があっても、それに賭けてみるのも悪くありますまい」


 さくらはすぐにトムテの言っている意味を理解できなかった。というよりも、理解し難かった。


(つまり、売られたってこと・・・?)


 絶句しているさくらをトムテは可笑しそうに見つめる。そして、


「どうせ、あなたはどこの国に居ようが、立場は変わらんのですよ。『居ればいいだけ』なのですから。だったら好条件の国の方がいいでしょう?ねぇ、『異世界の王妃様』?」


そう言い、立ち上がった。


 次の瞬間、トムテの顔面にお茶がぶちまけられた。


「!」


 突然のことにトムテは驚き、よろめきながら顔をぬぐった。一瞬何が起こったかわからなかったが、続け様にティーカップを投げつけられ、さくらにお茶を掛けられたと分かった。


「何をするのです!」


 トムテは怒鳴ったが、さくらの怒りは収まらず、次になみなみと入ったティーポットの中身をトムテに向かってぶちまけた。そしてとどめに、ティーポットをトムテの足元に投げつけた。

 トムテは熱さと、足元で砕け散ったティーポットの衝撃に悲鳴をあげ、何やら喚き散らしたが、さくらの耳には入らなかった。次に果物に手を伸ばしているさくらを見て、トムテは慌てて、部屋から飛び出していった。


 トムテが逃げ出した後、さくらはその場に崩れ落ちた。そして今度は声を我慢せず、大声で泣いた。床をバンバン叩きながら、頭を床にこすりつけ、大声で泣き続けた。


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