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<13> フェスタ

 さくらがこの世界にきてから丸一月が過ぎた。

 相変わらず、国王陛下はご帰還にならない。国王不在は極秘内容であるためか、第一の宮殿内の中ですら話題に上らないよう、気を配っているようだ。さくらにも陛下の話題は出さない。国王陛下が不在で、よく国政が回るなと疑問に思いながらも、さくらは敢えて誰にも訪ねようとはしなかった。


 さくらは今の生活にかなり慣れてきていた。やらなければならないことは何もない。その分自由になる時間はたっぷりある。さくらはその時間を、自らこの世界―――この国の事について勉強することに充てた。自由に読んでいい本は山のようにあるし、幸いにも難解な文章も難なく読めるほどの、文字に関する知識は魔術で授かったようだ。

 「教育係」というトムテ博士は、職務で忙しいのか、さくらを「教育」しようとする気配はまったくなかった。しかし、そのおかげで、自分の好きな時間に、好きなように勉強する事ができたし、何よりも、ドラゴンのもとに行くことを誰にも邪魔されなかった。


 ドラゴンは度々さくらを夜の散歩に連れ出してくれた。初めのうちは、ドラゴンの背中の上でぎこちなく、必死に掴まっていたが、何度か飛んでいるうちに、コツも掴め、慣れてきた。今では飛んでいる間も、地上を見渡すゆとりもできた。

 空を飛ぶことも、外に出ることも、さくらにはとても嬉しいことだったが、人目を避けるために、どうしても夜しか飛ぶことができないことが不満だった。夜だと街の景色は、灯りだけしか見えず、街の全貌はわからない。誰もいない、寝静まっている街の上を飛んでいると、やはり自分は一人ぼっちなのだと、改めて孤独を感じてしまう。


(明るいうちに街を見たい―――)


 そんな新しい思いがさくらを捕らえて離さなくなった。一つの願いが叶うと、すぐに新たな願いが生まれてくる。人の欲望は果てしない。


 そんな思いに悩まされている中、小さな希望がさくらのもとに飛び込んできた。毎年初夏に開かれるフェスタが、今年も近々催されるというのを耳にしたのだ。そのフェスタは、王宮が主催で、第二の宮殿の広大な庭園を開放し、そこに多数の露店が並ぶと言う。


「本来なら一般の市民は立ち入る事のできない第二の宮殿ですが、この日は特別にフェスタの会場になるのです」


 テナーが興奮気味にさくらに説明した。


「もちろん、この街全体のフェスタですから、宮殿の外でも、街中お祭り一色でございます。それでも、宮殿内は、いつもなら入れない場所の上に、人気の商店が露店を出しますので、それはもう大変な賑わいです」


 さくらは目を輝かせた。

 フェスタ!王宮が主催の祭りならば特別な行事だ。しかも宮殿内での催しなら、もしかしたら自分も見に行くことが出来るかもしれない。普段入れない人々が特別に第二の宮殿に入ることを許可されるなら、普段入れない自分も「特別」に入ることを許されるのではと、つい、甘い期待を抱いてしまった。

 テナーから聞いた情報を、改めてルノーに確認すると、ルノーは困惑した表情を浮かべ、


「残念でございますが、第二の宮殿には王妃様はお入りになることはできません」


と、申し訳なさそうに頭を下げた。


「通常の第二の宮殿でさえ、王妃様はお入りになることは好ましくございませんのに、ましてや、解放されている状態の第二の宮殿なんて、非常に危険でございます。お許しは下りますまい」


 ささやかな願いがあっさりと打ち砕かれて、悲観にくれているさくらを見て、ルノーは心を痛めた。本来ならフェスタのことはさくらには隠しておくつもりだったのだ。すぐそばで祭りが開かれていると知っていながら、一人でいるなんて、どんなに辛いだろうと配慮しての事だ。


 しかし、テナーは―――若い娘にありがちだが―――おしゃべりな娘だ。さくらと歳も近く、打ち解けているのはいいが、つい余計な事まで話してしまう。今回もこんな大切なことを知らせてしまうとは・・・。

 ルノーが、そう思っているところに、さくらが


「この祭りのことは、私には内緒にしておくつもりだったのですか?」


そう聞いてきた。目には今にもこぼれ落ちそうに涙がいっぱいに溜まっている。


「そうだったら、私は何も知らないで、すぐそばの庭園でみんながお祭りを楽しんでいる間、いつも通り一人ぼっちで過ごしていたんですね・・・。何事もなかったかのように」


 ルノーは図星を突かれ、言葉を詰まらせてしまった。返す言葉が見つからない。


「知ってしまっても、参加できなければ同じですけどね。でも、知らないよりいいです」


 さくらは、袖で目を拭き、無理矢理微笑んで会釈をすると、ルノーに背を向けた。そして小走りで外に出て行った。



 

 しかし、思わぬ方向に事態は好転した。さくらを不憫に思ったルノーがトムテ博士に相談したのだ。


「私とテナーが王妃様の傍を一時も離れず、お守りしよう」


 こうトムテからの申し出で、さくらは念願のフェスタを見に行くことが許された。


 ダロスもガンマも反対であったが、ルノーの必死の訴えとトムテの口添えで「第二の宮殿内でも遠くに行かない」という条件で渋々了承した。

 それでもイルハンに至っては、断固反対を唱えた。


「いくら通常の倍の警備を配しているとは言え、危険過ぎます。自分は陛下の側近として世間に顔が知れております。その自分が、明らかに一人の女性を護衛するような行動は、その女性の素性が割れてしまう可能性があるため出来かねます。とは言え、自分が護衛できないという事態はありえません」


 自分が護衛できないのであれば、一歩も外に出ることは許さないというイルハンに対し、


「だから私が丁度いいのでしょう。私自身に数名護衛が付きますからね。さくら様は私の姪ということで同行していただきましょう。ああ、姪を連れて歩くということで、私の護衛の数も増やしましょう」


 もはや心配はないと言うように、トムテは片手を振った。


「しかし・・・」


「確かに、我が王妃には必要ないことかもしれませんね、我が国のフェスタなど。そのようなことよりも、なによりご無事で末永くこの国に留まっていただければならないお方なのですから・・・。でもそれだけでは、あまりにも不憫ではありませんか。ただでさえご自身が望まれないのに王妃になってくださったお方です。私はあのお方のお気持ちを楽にして差し上げたい。できたらこの国のことも知っていただきたい。好きになっていただきたい。私はそう思いますよ」


 今度は諭すように優しく言われ、イルハンは言い返すことができなかった。


(確かに、この国を嫌いになっては欲しくない・・・)


 そう思い、口をぎゅっと結んだ。


「では、そういうことでよろしいかですかな?」


「承知いたしました。くれぐれもお気をつけて」


 イルハンはそう言うとトムテに一礼をして、去っていった。




 フェスタの日は晴天だった。


「うわあああああ・・・・!!」


 さくらは両手を頬に当て、目を輝かせて叫んだ。


「すごい!すごい!すごい!」


 そう叫び名ながら、第二の宮殿の階段の上から、目の前に広がる壮大な庭園を眺めた。

 遥か向こうにある入り口の門から宮殿にまっすぐ伸びる大きな道を中心に、たくさんの露店が立ち並び、中庭が大きなマーッケットに変貌していた。

 普段は立ち入れない宮殿の中庭には、ここぞとばかり、街中の人が押し寄せている。あまりの人の多さに酔いそうだ。ああ、でもこんな人混み何時ぶりだろう!


「もう降りていいですか?」


 興奮冷めやらぬ状態で、トムテに振り返り、マーケットを指差した。


「そうですね、参りましょう」


 トムテはにっこり微笑むと、お先にどうぞと優しくさくらを促した。さくらとテナーは仲良く腕を組み、階段を駆け下りた。二人とも少し綺麗なドレスを着て、ちょっとしたところのお嬢さん二人組の体でマーケット内に入っていった。


「すごい人混みですね。離れないで下さいね、さくら様」


 テナーは、腕を組んでいるさくらの腕に反対の手をさらに重ねて言った。


「うん」


 返事はするものの、さくらは露店に夢中で、まったくテナーを見ていない。目を輝かしてきょろきょろしているさくらに、テナーは呆れつつも、微笑ましくて頬が緩んでしまう。


「さくら様、このネックレスなんてどうですか?可愛くありませんか?」


さくらを落ち着かせようと、一つのアクセサリーの露店に目を向けさせた。


「きゃー!超かわいー!」


「チョウ??」


「こっちのイヤリングも!ヤバーい!めっちゃかわいー!」


「・・・・ヤバイ?・・・」


 テナーはかなり興奮しているさくらの言動に戸惑いつつも、一緒になってアクセサリーを互いの首元や耳元にあてがい合いながら、楽しく露店を見て回った。もちろん、そのすぐそばにトムテが、そしてトムテの護衛が付かず離れずいることを確認することを怠らなかった。


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