梅の木の下で
時間帯的に現在はこんばんはですが、ここはいつもどおりのご挨拶を。
こんにちは、葵枝燕です。
この作品は、空乃 千尋様とのコラボ企画となっております。空乃様撮影のお写真をお題に、葵枝燕が文章を綴る——題して、[空翔ぶ燕]企画です。企画名は、僭越ながら私が名付け親です。一応、由来があるのですが——長くなると思うので、後書きで披露させてくださいませ(今回第二弾なので、第一弾からご覧の方はご存知かと思いますが、はじめましての方もいるかもしれませんので、ご理解のほどよろしくお願いいたします)。
そんなコラボ企画第二弾の今回のお題が、「夕陽と梅(二〇一八年二月二十四日)」です。本文の最後の写真が、お題として提供いただいたものとなっております。
本文最後に、写真が入っております。ぜひ、合わせてお楽しみくださいませ。
桑畑雷姫は、その野原に佇んでいた。目を閉じその場に立ち尽くしている彼女を、まだ冬の冷たさを残した風がさらっていく。夕焼けの橙色が彼女を包み上げているその様は、さながら美しい絵画のようであった。
雷姫は、目を開ける。思い出せば後悔ばかりで、その度に自分を赦せなくなる。きっとこれは、消えることのない感情だと、彼女は確信していた。
雷姫が、彼と出逢ったのはまだ五歳の頃であった。長い冬も終わりを迎え、いよいよ春へと向かおうかという、そんな季節だった。
その日雷姫は、村の子ども達数人と共に、野原でかくれんぼをしていた。その野原には、梅の木が何本もあって、小柄な雷姫はその陰にしゃがんで身を隠していたのだ。
そんな雷姫に声をかけてきたのが、彼であった。
「何をしている」
それが、彼の第一声だった。
雷姫は、チラリと彼へ目を向けた。
「きれいな人……」
思わずそう口にしてしまうほど、目の前の彼は、とても美しい見た目をしていた。年の頃は、雷姫より少し歳上に見える彼は、この辺りに住む誰よりも美しいものに思えたのだ。しかし、美し過ぎるが故に、まるでこの世ならざるモノのようで、憧れるというよりは、恐怖を感じるといった方がよい——それが、幼いながらに雷姫が感じた、彼の第一印象だった。
「今、何と言った」
聞こえていたはずだろうに、彼は不機嫌丸出しで問うてきた。雷姫は、そんな彼に臆することなく、
「あなた、きれいな人ね」
と、今度ははっきりと言葉にした。彼は、不機嫌な様子をさらに強めて、雷姫を見下ろしている。
「怒ってるの?」
雷姫の問いに、彼は首を横に振っただけであった。しかし、なんとなく問い詰めてはいけないような気がして、雷姫はそれ以上何か言葉を発するのを躊躇ってしまった。
「ライちゃーん!」
「おーい、どこだー?」
自分を呼ぶ、子ども達の声が聞こえてきた。それを聞くや、彼は踵を返し、どこかへ駆けて行ってしまった。その足はあまりに速く、雷姫が立ち上がって辺りを見回したときには、その姿は既になかったほどだ。
(どこの子だろう。また会えるかな。会いたいなぁ)
雷姫は、彼の去っていった方向をしばらく見つめてから、仲間達の元へ戻っていった。
それが、彼——潔実との出逢いであった。
あの出逢い以来、雷姫は潔実と出逢ったあの野原のあの梅の木の陰に出向くようになった。雨や風や雪の日や友人達に遊びに誘われたとき以外、ほぼ毎日そこへ通ったのだ。
当初、潔実は不機嫌で、自身の名前も名乗らない上に、雷姫を「お前」呼ばわりしていた。だが、何度か会い、言葉を交わすうちに、不機嫌さは少しは落ち着き、自身の名を名乗り、「ライ」と呼ぶようになり、ときには自分から雷姫を待っていることもあるようになった。
雷姫は、村であったおもしろい話や、自身の体験したことなどを、潔実に話して聞かせた。潔実は、そんな雷姫の話を静かに、ときに質問を挟みながら、聞いていた。
二人きりのそんな日々が、八年続いた。
「潔実!」
十三歳になっても、雷姫は変わらずあの野原のあの梅の木の下へと通っていた。同じ年頃の娘達が、どこそこの何とかいう殿方がすてきだという話で盛り上がる中、一人で野原へ駆けていく雷姫は、村人達からどこか異質な存在に見られていた。もっとも、当の雷姫はそれを全く気にしてはいないのだが。
「ライ」
梅の木の下に立ち、潔実が軽く手を振る。その姿に雷姫は、安堵と不安を感じていた。
少しずつ大人になっていく雷姫と違い、潔実の姿は出逢った頃と全く変わらない。出逢った頃は自分よりも潔実の方が歳上に思えたのに、今はそれが逆転しているような気がしていた。
(もしかしたら——……)
ここ数年、何度も浮かんでいる疑問を、雷姫は無理矢理に打ち消した。それは、訊いてしまえばこの時間が終わるのではないかと、そう感じてしまうからだった。同時に、潔実がこのことに気が付いているのではないかと、別の不安も過ぎり、雷姫はそれもまた無理矢理に奥底へと追いやった。
そして二人は、何事もないように、語り合い、微笑み合う、そんな時間を日が傾き始めるまで過ごした。
その夜。雷姫は、自室で目を覚ました。自然と目が覚めたわけではない。何やら騒がしさを感じて目を覚ましたのだ。
襖に寄り、音を立てないよう少しだけ開けて、耳を澄ませる。父と母、そして、村の大人数人の声が聞こえてきた。
「火事ですって?」
「ああ」
「梅は全て燃えちまったよ。まだ燃えてるのもあって、消火を続けてるとこだ」
「原因は?」
「おおかた、誰かが火遊びでもしたんだろうて」
その会話の内容を完全に理解する前に、雷姫は着の身着のまま家を飛び出していた。
野原は、酷い有様だった。日が傾き始める頃まで、潔実と語り合っていた場所は、そこにはない。煙のにおいが辺りを包み、炎の色が染め上げていた。今、特に激しく燃えている木は、潔実と出逢い、潔実と出逢うために何度も足を運び、潔実と何度も言葉を交わした、あの梅の木だった。
(潔実——……)
本当は、あの燃えている木まで走っていきたかった。それを雷姫は、押し殺した。自分がそこへ行っても、潔実を助けることはおろか、自分の命すら消してしまうだろうことはわかっていた。
炎に包まれる木を、雷姫は呆然と立ち尽くして見ているしかなかったのだ。
あの火事から、ひと月が経った。雷姫は、久しぶりにあの野原を訪れた。あれから何度か足を運んでいるのだが、潔実は一度も現れなかった。
梅の林を丸々一つ消したほどの火事であったのに、誰も命を落とさず、負傷した者もいなかったと、雷姫は両親から聞かされた。それはつまり、潔実が生きていることを意味していると、雷姫はそう信じた。だから何度も通った。彼が無事だと、しっかり焼き付けておきたかったのだ。
けれど、潔実は現れなかった。
(どうして)
浮かんでくるのは、疑問ばかりだ。どうして、あの火に飛び込んでいかなかったのか。どうして、潔実は姿を見せないのか。どうして、この心に抱えた疑問を口に出さなかったのか。
雷姫は、手を伸ばす。
きっと、この先ずっと、この後悔を抱えて生きていくのだろうと、雷姫は感じていた。そしてきっと、あのとき動かなかった自分を赦せないことも、感じていた。
(潔実——……)
いなくなった存在を想う雷姫の手を撫でるように、ほんの少しあたたかな冷たい風が吹き抜けていった。その風からは、かすかに梅の香が薫っているような、そんな気がした。
『梅の木の下で』のご高覧、ありがとうございます。
さて。ここから色々語りたいので、お付き合いのほどを。多分、長くなります。
前書きでも書きましたが、この作品はコラボ企画です。名付けて、[空翔ぶ燕]企画。「空」=空乃様から一文字拝借、「翔ぶ」=お題から想像力膨らませて文章書くイメージ(「翔」という字には、「とぶ」の他「めぐる」や「さまよう」という意味もあるそうで、その意味も含めて「翔ぶ」を採用しました)、「燕」=葵枝燕から一文字——そんな由来で生まれた企画名です。
そんな今回のお題は、「夕陽と梅(二〇一八年二月二十四日)」でした。本文最後の写真が、お題となったものです。
実は私、梅を見た記憶がなくて。今回の作品を書くにあたり、まずは得意の花言葉から攻めてみたんです。その結果、内容には大きくかかわってこなかったものの、人物名で大きくかかわってくることになりました。……というわけで、ここからは登場人物について語ります。
まず、桑畑雷姫さんから。一応、主役は彼女ですね。「らいひめ」という名前の後に、すんなり漢字も出てきました。苗字は、はじめ雷除けのおまじないとして唱える「桑原」だったのですが、あまりにも雷感がすごい気がして「桑畑」になりました。ちなみに、私の妄想上の彼女は、ベリーショートで袴姿の器量良しなお姫さん——です。
次に、というか、メインが二人しかいないので、彼で最後なのですが、潔実さん。作中では堂々と書かなかったのですが、アヤカシ的な何かという設定です。だから、歳も取らない、あるいは、歳を取る速度が人間より遅い、そんな感じです。そして、この潔実さんに、梅の花言葉が詰まっています。梅にも色々な花言葉がありますが、その中の「高潔」と「忠実」からそれぞれ一字ずついただいて名付けました。彼については、失礼ながら、妄想上の彼は存在しません。
お題をいただいてかなりの時間が経ってから、迷いながら着地したお話が、今回のお話です。ちなみに、色々と展開的なのを考えていたんです。例えば、桜の花見ならぬ梅の花見を楽しむと見せかけて食べることに夢中な人を描く「花より団子型」、梅の木の神様と神様の元に嫁ぐことになった少女を描く「異類婚姻譚型」——とかでしょうか。「異類婚姻譚型」で出そうと思っていた雷姫さんと潔実さんの名前は、ここでそのまま使用しました。
ちなみに、一応、和風をイメージというか大事にしたつもりです。
さて。これで語りたいことは語れたでしょうか。何か忘れてる気がしなくもないですが……思い出したら書きたいと思います。
最後に。
空乃 千尋様。今回も、ステキなお題をありがとうございます! お題について色々と注文をつけてしまいすみません。今回も、拙く至らない点もあったかと思いますが、色々相談に乗ってくださいましたこと、感謝してもしきれません。またコラボできますように。それから、いつもありがとうございます!
そして。ご高覧くださった読者の皆様にも最大級の感謝を。もしご感想などをTwitterにて報告される際は、ぜひ「#空翔ぶ燕」を付けて呟いてくださいませ。
拙作を読んでくださり、ありがとうございました!
――――――――――
改稿情報
二〇二一年三月三日、前書きと後書きを入れました。お待たせいたしました。
――――――――――
参考資料
・中山草司監修『花言葉物語 贈る花に想いをこめて』、永岡書店、[一九九〇年]
・浜田豊著『花の名前 —由来でわかる 花屋さんの花・身近な花522種—』、婦人生活社、[二〇〇〇年]
・国吉純監修『想いを贈る花言葉 ちいさな花物語』、ナツメ社、[二〇一一年]
・二宮孝嗣著『美しい花言葉・花図鑑 彩りと物語を楽しむ』、ナツメ社、二〇一五年