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Another Dystopia  作者: PIERO
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2030年3月 懐かしの記憶

 混濁した意識の中、俺はゆっくりと周囲を見渡す。

 

 目の前においてあるデスクパソコンはこまめに手入れされているのか埃一つかぶっていない。しかしその丁寧さとは対照的に背後に置かれている中央の長机には資料が雑に散らばっている。その資料の中にはかつて俺が作り上げた卒業論文を作り上げるデータが置いてあった。

 徐々に意識がはっきりと覚醒し、俺は突如襲い掛かる頭痛に頭を抱える。膨大な知識が一気に詰め込まれる感じだ。そこでようやく俺は何をしたのか思い出す。


「そうか。思い出した。タイムリープマシーンを使って過去に移動したんだ。

 そしてここは大学の研究室だ。…今西暦は何年だ!?」


 俺はデスクトップパソコンを起動させる。立ち上がる音を聞きながら懐かしい感触を感じつつも即座にパスワードを打ち込み、画面の右下に記載されている西暦を確認する。


「今は…2030年3月12日。覚えている。

 その日は確か研究室に泊まってやることがあるって教授に相談したんだ。それでこっそり泊まりながらやることが終わったからそのまま疲れて研究室で寝たんだっけ」


 過去の記憶と現在を照らし合わせていると突然研究室の扉が大きな音を立てて派手に開かれる。その音に少し驚いた俺はその人物を注目する。身長168センチの俺より若干背が高く、整った容姿に凛とした眉毛。温顔であり線のように細い体は大学の女子生徒からも人気があってもおかしくない。たった一つの大きな欠点を除けばの話だが。


「さあ、目覚めよ我が戦友、ベクターよ。

永久(とこしえ)の悪夢から魂が蘇り、邪悪は夢想は消え去った。

今ここに覚醒せよ!」


「ああ、起きてるさ。あと、ベクターじゃなくて弁田だ。変なニックネームで呼ぶな」


「ふははは!気にすることは無い!ベクターよ。

貴様のコードネームは今更替えん!

しかし、この混沌とした魔宮の中、貴様は永眠していたと思っていたが、

まさか自力で覚醒するとは思いもしなかったぞ…」


 何かを言う度に変なポーズを決めているこの人物、嘉祥寺候文(かしょうじこうぶん)はキリッとした表情で俺、弁田聡(べんださとし)を見つめている。

 彼は中学生の頃から仲良くなった友人の一人であり、趣味や嗜好などが合い、現在まで良好な交友関係として付き合っている。だが彼には致命的な欠点がある。


 嘉祥寺の欠点、それは言動と今の態度からわかる末期症状の中二病である。その浸食度は手遅れであり、もはや現実と妄想の区別すらつかない。外見だけで彼を判断して話しかけた人物はそのギャップと会話に成り立っていない言語によって離れてしまう。結果、彼の元に集うのは中学校からの付き合いである俺と嘉祥寺と同等の変人だけである。


 まとも人と話すことも出来ない末期症患者の一人だが、地頭はかなり切れ者であり、真実か冗談かわからないが自身のIQが190かそれ以上とほざいている。

 余談だが、彼に勉強を教わった時に一度だけまともに話してくれと頼んだ際はその容姿にぴったりな透き通った声でつい俺自身が胴間声を上げてしまった。

 だが、代償として教わった直後、嘉祥寺の全身に発疹が出てしまったが。


 馬鹿と天才は紙一重を表したその態度に相変わらずだなと感じつつ、俺は今の嘉祥寺のことが懐かしく思えた。すると嘉祥寺はキリッとした視線で俺を見つめていた。


「どうした嘉祥寺。気持ち悪いぞ?とうとう変人の道に目覚めたか?」


「いやなに、我が戦友の眼から麗しい雫が垂れていたのでな。

つい気になってしまった。

己の勇気に勝る恐怖の四天王にでも出会ったのか?」


 俺は目元を触ると確かに涙が少しだけ流れていたことに気が付いた。俺は咄嗟に席を立ち、「だらしないから顔を洗ってくる」と伝え、洗面台に向かう。

 正面に付属されている鏡を見るとそこには、ストレートヘアである程度整えられているがストレスで耳元辺りの髪の毛が白髪に変化し、不機嫌そうな顔つきが特徴の自分自身の顔が映っていた。

 その証拠に目元に若干隈が浮かび上がっている。しかし、俺は自身の容姿を見て十五年前よりも若返った事実をもって過去に戻ってきたと確信を持った。


「戻ってきたんだな。…本当に、また会えて嬉しいよ」


 蛇口から流れ出た流水によってその言葉はかき消されたがそれだけで充分だった。顔を洗い終えると、嘉祥寺は近くのオフィスチェアに座り、足を組んで待っていた。


「さあ!我が戦友よ!

桜舞う季節にてこの世に放たれる我らの希望の星「ザ・ニューマン」について話し合おうか!」


 その言葉を聞き、俺は一瞬だけ驚くが、すぐに訂正する。この学生最後の時代では「ザ・ニューマン」とは俺と嘉祥寺、そしてもう一人のメンバーによってこれから築く会社のことを指していた。


 当時会社の役目としては俺がプログラミング開発とハードウェア開発を、嘉祥寺が資金調達とインフラを、もう一人のメンバーは仕事の調達と経理を行っていた。


「そうだったな。そう言えば約束していたな。確か議題は何だっけ?」


「それはだな…」


 直後、廊下から駆け足が響き始めた。この時間帯にやってくる人物はこのゼミの時崎教授か清掃員ぐらいだ。しかし、そんな人物が駆け足をするはずがない。そこまで考えた時、扉が開かれた。


「ごめん!少しだけ遅れてきた。まだ会議始まっていないよね?」


 俺や嘉祥寺よりも身長が高く、モデルのようなグラマーな人物。茶色の髪はセミロングまで伸ばし、額は花のヘアピンで止めている。透き通ったような白い肌と紅顔から表される豊かな表情は誰しもが魅了される。

 彼女こそ、ザ・ニューマンの最後のメンバー白橋鏡花(しらはしきょうか)だ。


「フ、案ずることはない教官。

我らの作戦会議はまだ始まったばかりだ。

さあ、貴様も座るがいい!」


「キョウカンって言うな!私は鏡花!教官じゃない!」


「気に食わないか?

ならヴぁ、新たな名をつけよう。

 そう、『ホワイトリヴァー』。

…いや、安直すぎる。

もっと我々だけにしかわからない命名を…」


「余計なお世話よ!あんたのせいで何度私が恥をかいたと思っているのよ!」


 懐かしい光景を見て俺は熱いものがこみ上げそうになる。あの時は既に失ってしまったこの空間が今一度再開される。俺には未来を変える使命があるが、今この時だけは楽しんでもいいではないかと思ってしまう。


 しかしだからこそ、この平和な光景を守るために俺はここに戻ってきたと改めて再認識する。早速本題に入るためにわざと咳ばらいをして二人の注意を促した。


「夫婦漫才もいいが、そろそろ本題に入らないか?そろそろ脱線しそうだ」


「誰が夫婦漫才よ。…少し取り乱していたわごめんなさい聡」


「我が戦友よ。

我の内に潜む狂気の渦から理性を救い、正気に戻してくれたことを感謝する。

さて、本題に入ろうかベクター」


「ベクターじゃないっての。

まあ、それはさておき、俺と白橋は就職、お前は資産家として金を集めるわけだが、最終目標は何かわかっているよな?」


「愚問だな。

我々の目標は世界征服!

我が技術を世界に繁栄させ、そして愚民どもに我々を神として崇めさせるのだ!!」


「…ごめん。私、嘉祥寺の言ってることが理解できないわ。

聡も何か言ってくれない?それとも私がおかしいのかしら?」


 本気で言っている嘉祥寺に対して呆れて言葉が出ない白橋は呆れ果てていた。これ以上の問答は再び脱線すると悟った俺は改めて目標を二人に伝えた。


「全く、仕方ないな。改めてだが、確認のためにもう一度説明するぞ。

俺たちが数年後に設立する会社『ザ・ニューマン』はAIを開発することを仕事としている。今の目標は人間と同じ知能を持たせることだが、最終的な目標は人間を超えた知能を持ったAIを開発することだ。ここまではいいな?」


「それだ我が戦友よ!

我が記憶は先日禁断の書庫によって封印されていたが、今さっきに目覚めた。

感謝するぞ」


「要するに忘れていたってことね。

ねぇ、聡。今更だけどやっぱりこいつは馬鹿よね?そうよね?」


「天才と馬鹿は紙一重だ。

話を戻るが、俺はこの目標にもう一つ付け加えようと思っている」


 その一言に二人は興味を持つ。俺は深呼吸してあの出来事の反省点を生かすために俺は今を変える一言を付け加えた。


「ニューマンの完全なる人権化とその共存。それが新たに追加する目標だ」


 その言葉に二人の目が点になった。しばらく沈黙が続いたが、嘉祥寺は発言いいか?と堂々と手を挙げ俺に質問する。


「目標は理解した。

我にとっても息子娘たちの人権は必須ともいえる。

自然と定まる目標だろう。

しかし、なぜ今だ?

我が息子娘たちをこの世に知らしめてからでもよいではないか?

何より、目標を増やしすぎると計画が狂うと言って増やさなかったのはベクターではないか」


 嘉祥寺や白橋からしてみれば当然の意見だろう。目標は一つに絞ったほうが集中できる。余計なことを考えれば研究に影響を及ぼしてしまうだろう。ましてやAIという分野においては日々進化をし続けている。開発が遅れるということは下手すれば致命傷になりかねない。その意味も踏まえて嘉祥寺は質問したのだろう。しかし、それを踏まえても俺はあの地獄絵図にならないように事前に防ぐ必要があった。


「確かにそうだが、よく考えてみろ。

開発が成功して人間以上の性能を持ったAI、ニューマンがこの世界に広がっている姿を。

最悪を想定したら俺は正直ゾッとしたよ」


「何故だ?

我が娘たちが世界中に広がり、この世に奉仕している。

最高と思うが?」


「…社会に興味を持っていないお前の意見はだめだ。

白橋は俺の言っている意味はなんとなく分かるか?」


 白橋は利き手の親指を顎に乗せ、思索し始めたのか沈黙する。しばらくして一通り考えが纏まったのか親指を顎から放し、白橋は自信の考えを述べ始めた。


「考察程度だけど、人間以上の性能を持ったニューマンが世界中に一気に広がったら、人間の職業はニューマンに殆ど奪われるかもしれない。

事実、今の世の中だって宅配もドローンで送ってくれるし…」


「その結果、どうなる?」


「最初に言ったはずよ。あくまで考察だって。

仕事を奪われた人間はほとんど職に就けず、不満をもたらす。そしてその憎悪の対象はニューマンにぶつけてしまう。

しかし、ニューマンも人間の感情を持つから、それに対して反抗する。…その結果争いが起きるかしら?」


「大方そんな感じだ。

だが俺はそこから大きく解釈して大きな戦争、人間とニューマンの戦争が起きると思っている。

それこそ世界大戦並みのな。

勿論、そう捉えず逆にやりたいことが増えたと考える人もいるがな。

今言ったことを妄言と思ってくれてもいいが…」


 皮肉気に俺は考えを述べるが、本心は違った。きっかけは別として、人類とニューマンの戦争は本当に起こった。誰が勝利したなどという結果はない。あるのは破壊したという結果だけだ。


退廃した地獄を見て俺はこの未来を変える責任がある。技術は間違っていない。間違っていたのはニューマンに対する扱いである。物ではなく、人として扱い、人権を認めることでその歴史を訂正する。それだけで未来は大きく変わると思っている。


 俺の考えに二人は深く考えるが、ここでもやはり先に行動したのは嘉祥寺だった。いきなり立ち上がり、号泣していた。一体どこに感動を覚えたのかと思っていると滝のように涙を流しながらも嘉祥寺は俺の肩をがっしりと掴んできた。


「そ、そうか。ヴぉ、ヴぉれは勘違いしていた。

ヴぁが娘が繁栄すれば、世界は安泰する。

しかし、実際は娘たちを嫉妬して悪しき感情を育ててしまう人間どものが娘たちが慰めものにされてしまうのか…」


「慰めものは言い過ぎだ。つうか涙ふけ。野郎の涙とかさすがに気持ち悪い」


 俺はハンカチを嘉祥寺に渡すと「すまない」と一言、涙を拭き始める。このままでは話が進まないと思い、無理やり結論に入る。


「とにかく、目標、いや俺たちの義務を一つ付け加える。

『AIニューマンの人権と共存』。これを元に俺たちは開発を行う。異論はないな。じゃあ、次の議題だが…」


 こうして俺の新たな人生が始まった。否、人生というよりはやり直しである。このやり直しで俺は必ず未来を終末ではなく完全なる理想郷へと導いていく。それがあの未来を味わった唯一の人間としての責務である。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  2周目の弁田の目標を明確にしつつ、主要キャラクターを登場させ、現在の状況を読者にテンポよく伝えられていて素晴らしいと思います。  リープして嘉祥寺に会った時の弁田の涙から1周目嘉祥寺達の…
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