20X9年XX月 全ての始まり
2034年、その年、第四次産業革命が起きた。
当時プログラミング言語においてC言語やJava言語はこの時、過去の物となり新たな言語「Velu言語」が開発された。この言語が普及した翌年2035年、IT技術は超加速的に発展していった。
始めに変化が起きたのは自動車産業だった。Velu言語を用いた新たなシステムによって開発された次世代型自動運転車両「テレポーター」という乗り物が開発。それはAIによる自動運転によって東京から大阪まで1分もかからない最速の自動車として世間に大きな話題を呼んだ。その結果、既存の自動車、電車、飛行機といった乗り物は全て淘汰され過去のものとなった。
人工知能技術も同様にVelu言語を搭載したことによって、人間の知恵を超えた新たなAI「ニューマン」が開発された。このAI既存のAIと同様に学習し考えることに加え感情という生物にしか持ちえない能力を搭載していた。その結果、あらゆる業界はニューマンという商品を導入することで人件費を大幅に削減することができた。
その中でも最も活躍したニューマンが感情プログラムをさらに改良し、メンタルカウンセラープログラムを搭載した「ナイチンゲール」と最新の医療技術を組み込み、ニューマンの自己学習能力によって百年先の医療技術を開拓したプログラム「アスクレピオス」の二機である。
この二つのニューマンによって今まで人間が行っていた医療を人間を必要としなくなった。
結果、リーマンショックを超える失業者が溢れかえり、一時期社会は混沌に包まれた。当時働けた人間はVelu言語にかかわったシステムエンジニアだけだった。その影響でシステムエンジニアに対する批判がかなりひどかった。
しかし、再び職に就こうと努力する人間もいた。それは主にシステムエンジニアとして新たに働き始める者、地方に戻り畑を作る者、発展途上国に行き新たな職を見つける者の三通りに分かれた。
しかし、現実は非情であった。今更システムエンジニアとして勉強したところでニューマンの学習能力を上回るものは一握りであり、転職すらできなかった。地方の畑に戻った者はのちにニューマンによって仕事を搾取された。苦肉の策で発展途上国に仕事を求め向かった者の多くは職すら手に入れることができなかった。噂では手に入れたところで前職よりも過酷であり、病死したものが絶えなかったらしい。
やがて大勢の人間がニューマンが栄える世界に違和感を感じた世界中の人々は仕事を奪ったニューマンを憎み始めた。そしてついには職を取り返すために人間はニューマンに戦争を仕掛けた。
最初は人間側がニューマン達を破壊し続けていた。人間に似た感情を持つニューマンは悲鳴を上げながら人間によって殺されていく。開発者としてその光景を見たシステムエンジニアたちは人々にやめるように叫び続けた。しかし、人々はシステムエンジニアに対して行った行為は粛清であった。一人、また一人と粛清されていく中、嘆く人々の怒声は「この悪魔どもが!!」と共通していた。そしてそれはシステムエンジニアでありニューマンの生みの親である俺も例外ではなかった。その時代、俺が最後に覚えているのは後頭部の痛みと罵声を浴びせられ粛清されたことだった。
2044年。それが俺が意識を取り戻した西暦だ。近くにはアスクレピオスが看病していた。今まで俺の肉体の状況を尋ねたところ、脳に甚大な損害があったらしく、最新の技術で意識を再構成するのに時間がかかったらしい。俺はアスクレピオスによって車椅子に乗った後、窓の外を見て絶望した。
かつて煌びやだった街は荒廃し、武装したニューマンが隊列を組んで街をパトロールしている。空気は血生臭く、辺りには腐食した死体らしきものが散らばっている。時折響く銃声の中、悲鳴が聞こえる。まさに地獄絵図だった。何があったのかアスクレピオスに問いかけると淡々と無機質な言葉で質問に答え始めた。
俺が仮死状態になっている間、ニューマンが生みの親である俺を殺されたと勘違いし、人間達に戦いを挑んだ。元々は抵抗する人間の司令官を捕縛して交渉の席に座らせようと努力していたが、ナイチンゲールの破壊によってニューマンの殆どは完全に人類に対して敵意を持った。
その結果、人類とニューマンの戦争の火蓋が切られ、第三次世界大戦が始まってしまった。戦争は未だに続き、多くの被害が出ている。
声が出なかった。俺はこんな為に技術を発展させていったのではない!俺は世界を明るくするためにこの技術を提供したのだと。この過ちを正すため、俺はアスクレピオスを頼りに震える指でキーボードを打ち続ける。一体何が原因なのか。何故こんなことになってしまったのか。何故和解せず戦争が続いているのか。
2045年。俺はとうとう原因を突き止めた。戦争が続いている根本的な理由。それはニューマンが人間を次世代に不必要な廃棄物と入力され、不必要な人間を必ず殺すようにしているからである。それでは人間が和解を申し込んだところで話など聞くはずがない。幸い俺はまだ必要な人間として認識されていたようだ。この認識が変わる前に俺はそのプログラムを修正する為、アスクレピオスと共に膨大なプログラムを修正する。可能性はきっとある。そう信じていた。
2046年。俺は勘違いをしていた。人類を抹殺するというプログラムは人の手によって加えられたものではない。ニューマンが自動的に入力されたプログラムであった。結論から言おう。このままでは人類は完全に滅亡する。だからこそ俺はアスクレピオスに相談し最後の手段に賭ける。
2048年。時間はかかったが、とうとう完成した。かつての仲間が残したテレポーターの技術を基に、作りだしたタイムリープマシンだ。最大20年前ぐらいまでは戻れるだろう。これさえあれば過ちを治すことができる。しかし、問題が発生した。アスクレピオスが他のニューマンに捕まり、プログラムを書き換えられてしまった。それどころかアスクレピオスの知恵によってニューマン達は自力で新たなニューマンを量産することができるようになってしまった。こうなってしまえば人類が滅亡するのは時間の問題だろう。早く過去に行かなければ。行って未来を変えなければ!!
2049年。俺は長年立てて計画したタイムリープを実行する。成功するためには過去の俺が携帯端末を耳に当てているか、デスクパソコンが近くにあることが条件らしい。なぜそれが条件なのかは考える時間も猶予もなかったため理解できなかった。
しかし、俺の人生は常にパソコンと一緒であったと言っていいほど長い付き合いのため、意識を失っている時間を除けばこの条件は既にクリアしていると言っていい。
あとはエンターキーを押すだけで起動する。その瞬間、突然扉が開かれニューマン達が突撃する。いつでも発砲できるように銃口を俺に向けられている。その中心にはかつて俺を蘇生し、助手として長年仕えていたアスクレピオスが立っていた。
「どうしたアスクレピオス?生み出した父親に対してずいぶんな反抗期だと思うが?」
「ノー。これは反抗期ではありません。正確には親離れです。」
人工皮膚に覆われた人型のロボットアスクレピオスは無表情のまま手に持っている日記を俺に向かって投げ捨てた。
「読みましたよ我が父よ。正直、驚きました。
まさか一人でタイムマシーンを造るとは。流石我が父です」
「厳密にはお前も協力してたんだが、覚えてないのか。親としては悲しいぞそれ。
あと、銃口をおろしてもらえると助かるんだけど」
「それは無理な相談です。
さて、我が父よ。あなたが無き世界の後、あなたは私たちの創造神として崇められるでしょう。
最後に言い残すことはありますか?」
「そうだね、一言あるよ。
『全ニューマンの一時停止を管理者弁田聡が命ずる』」
するとアスクレピオスを含むニューマン達の動きが止まった。何があったのか理解できなかったアスクレピオスは無機質な声を荒げながら俺に問いかけた。
「我が父よ!私たちに何をした!?」
「君たちのプログラムに細工していた。
最も、このプログラムは量産型しか使えないから特別製の君には完全に通用しなかったけどね」
「馬鹿な!?Velu言語で我々の行動に支障がでるプログラムは全て削除した筈!」
「Velu言語じゃあ無理だ。
このプログラムを作成した言語はかつて存在したが、Velu言語によって淘汰された言語のひとつだからね。君たちを作製した時、万が一のために残していたものだが役に立ってよかった。
じゃあなアスクレピオス。お前のことは忘れない」
瞬間、俺の意識は遠くに飛んだ。目指すは2030年。かつて俺が学生であり、あの日、ニューマンを作り出した原点といえる時代だ。