ラブレターは突然に!
初めまして、ぽんずと申します! 【ヒロインは幼馴染みですか?】は私の処女作となる故、拙い箇所も見受けられると思いますが、今後ともよろしくお願いいたします!
誤字脱字あれば遠慮なくコメントお願いします!
また、感想なども是非是非コメントを(笑)
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満開に咲いていた桜が風と共に舞い散る四月の初め頃。
俺――篠原大貴の人生にも春が訪れた。
春と言っても四季の春は現在進行中。
その春ではなく、あれだよ。
「アオハル」の方ね。そう、青春と書いて「アオハル」と読むやつだよ。
それがついに俺のもとにも訪れたんだよ!
えっ? 「アオハル」が何かって?その 気になるか?
そんなに気になるのか? しょうがない、ならば教えてやろう。
そう、それはだな……。
――ラブレター――
男なら一度は夢見て妄想したであろう。あれだよ、あれ。
それが俺のもとにやってきたんだよ!
もう嬉しさ爆発級だよ!
……なに? もっと詳しくだと? ハハハ、焦るでない焦るではない。
いまから話してやろう。
それは昼休みのことだ……。
新学期も始まり二年生へと進級し、早一週間が過ぎた休み明けの月曜日。
登校時間より二十分ほど早く校門を潜る。これは、一年生の頃から変わらない習慣みたいなものだ。
すでに教室に行けば、クラスの三分の一ほどが登校している。そこには仲間内で談笑している集団、席に着き担任の先生が来るまで予習復習に没頭する者、腕を枕にして早くから寝ている者、三者三様の動きをみんなしている。
その中で俺はというと、教室窓際最後列に俺の席があり、その周りに集まりいつもの面子、略して「いつ面」と朝のゲーム大会を執り行っている。最近はモバイル版でリリースされたFPSゲームでいつ面とバトっている。
ルールは二対二で先に相手チームを二十キルした方の勝利。簡単で分かりやすいゲームだ。そこに、負けたチームは勝ったチームに購買で何か奢る、という敗者に情けのない賭けを加えてゲームを始めた。
そして、その試合が今終わりを告げた。
俺のスマホ画面にYou Loseの文字を大きく表示して。
「いぇーい! わたしたちの勝ち!」
「嘘だろ、一発で⁉ どこから撃ってきたんだよ!」
俺は自分が死んだ驚きに声を荒らげてしまった。
「気づきませんでしたか? ダイ君が走ってるのが見えたので真後ろに移動してバンっと」
「おい大貴、なに背後取られてんだよー」
「いや待てよ! 俺も春香か小雪のどっちかが横切るのが見えたからそれを後ろから、と思って狙ってつけてたんだよ!」
「その後ろから私がバンッと」
「逆にダイちゃんが背後からやられちゃったね~アハハ」
「ぐっ! なんも言えねぇ……」
「じゃあ、昼休みにジュースね~。わたしはイチゴミルクで~」
「私はカフェオレでお願いします」
百二十円のイチゴミルクを頼んだのが一人目のいつ面、乾春香。茶髪のミディアムヘアーとボインッと強調されたお胸が特徴の元気系女子。
運動神経抜群でバスケ部に所属し、一年の時からエースでスコアラー。何度か試合を応援に行ったことがあるが、バスケのルールをにわか程度しか知らない俺ですら、春香が一番活躍しているのが分かる。
クラスでもいつもニコニコしていてみんなを明るくする人気者。だから春香の近くにいる奴らは男女問わず、みんな自然と笑顔で溢れている。俺も春香との思い出は、笑っている方が圧倒的に多い。まあ、ほとんどの男共は豊満な部分を見てハッピーになってると思うが。俺も含め。
そして、百十円のカフェオレを丁寧に頼んだのが二人目のいつ面、黒音小雪。綺麗な黒髪をポニーテールにしている清楚系。敬語と畏まった話し方だが非常にフランクに話しかけてくれる優しい女の子。
吹奏楽部に所属するおとなしめ女子。いつも自分より相手を優先してしまう、優しさに満ち溢れるクラスの委員長でもある。
部活でも先輩に頼られたり、伸び悩んでいる後輩に優しく指導したりと小雪は人気者なのだ。
おまけに成績優秀で、俺もテスト前に分からないところを教えてもらう。で、その教え方が授業で先生が教えるよりかなり分かりやすい。そんな頼れる存在だ。でもたまに天然発言するところもギャップがあってすごい可愛らしい。
「へいへい。じゃあ、俺がカフェオレ買ってくるから、優馬はイチゴミルクな」
「ちょっと待て! カフェオレよりイチゴミルクの方が十円高いんだぞ! 負けた原因はお前だ! ならお前が高い方を買うべきだろ!」
「確かに最後やられたのは俺だけどよ……」
「なにが言いたい……」
「いや、お前キル数半分もいってないよな。全然倒してないよな。おまけに俺らのチームのデス数ちゃんと見たのか?」
先ほどまで目線を俺と合わせてた優馬だが、俺が質問すると目線を外した。
「……見てない」
「嘘ついてんじゃねぇ! おまえ見てたよな! 思いっきり!」
「……知らん」
こいつ、とぼけやがった! だが、そうはさせんぞ!
「じゃあ教えてやるよ! おまえ、今の一戦で十三回死んでんだぞ! 十三回も!」
「……知らん」
まだ白を切るつもりか!
「この野郎! お前のせいで負けたんだぞ! お前が十円多く払うのは当然だよな!」
「それだけはダメだ!」
「なんでだよ!」
「……ちっ、ほらよ」
観念したかのように俺に黒の折り畳みの財布を渡してきた。
「はあ? いきなりなんだよ」
「……中身見てみろよ」
渋々、財布を広げ中身を確認した。
えーと、札は……、一枚もねぇじゃんか。うわぁ、何枚あるんだよポイントカード。集めすぎだろ。そんで、小銭は、えーと百円玉が一枚と十円玉が一枚、一円玉が三枚で合計百十三円か……。
「百十三円しか持ってねぇのかよ! なんでこんなに少ないんだよ!」
声を大にしてツッコんでしまった。いや、ツッコまずにはいられなかった。
だが、優馬の反応は俺の予想してたのとは違った。
「それにはな、やむにやまれぬ事情があったんだよ……」
「……なにがあったんだ?」
神妙な面持ちで優馬が語ろうとし始めた。
「実はな、この前――」
それを邪魔するように春香が割り込んで入ってきた。
「あー、わたし分かった! あれでしょ。この前私に推してきたアニメの限定版ブルーレイ買ったからでしょ。金欠の原因」
「またかよ! またグッズ買ったのかよ!」
俺は優馬の荒い金の使い方にまたもツッコんだ。。
「ザッツライツッ! 今回のは限定特典で俺の推しキャラの特大タペストリーがついてくるのだ!」
優馬は胸元で腕を組み自慢してきた。
「……ちなみにいくらで?」
「およそ三万だ!」
「高ぇよ! バイトの給料ほぼ使ってんじゃねぇか!」
「ふっ、何を言うか。推しのためだ。三万など安いものよ」
優馬はカッコつけてキメ顔で言ってのけた。
「……あぁ、そう、もういいや……。はぁ、しょうがねぇから、今日は俺が二つとも買ってきてやるよ。次はお前が買えよ」
「なんと心優しいお方! 流石ココロの友よ! お礼に今度バイトのシフト変わってやるからな!」
「ジャイ〇ンかよ、はあ……」
変わり身の早さに俺は呆れてしまった。
それで、この金欠のオタクはいつ面の三人目、宮本優馬。高身長で顔も割かし整っているイケメン。女子にも結構人気があり三年生の先輩に彼女がいるリア充野郎。
だがそれを打ち消すほど重度のアニメオタク。だから彼女以外の女子生徒からは、「顔はいいけど、ちょっとね……」と言われる残念系イケメン。ざまぁ!
推しのためなら金に糸目をつけないオタクの鏡みたいな男だ。そして同じ店でバイトしているバイト仲間でもある。
グダグダとした会話を続けているとチャイムが鳴り響いた。
生徒も大半が登校していて、スマホで時間を確認すると八時半と表示されていた。
すると、教室前方のドアから担任の猪俣百合先生が入ってきた。
「はーい。みんなー、席に着いてー」
先生の合図で散らばっていた生徒が大人しく席に着いた。
「じゃあジュースよろしく~」
「お願いしますね」
「頼んだぞ!」
お使いを頼み三人はそれぞれ自分の席に戻って行った。
つーか最後、お前は一緒に来いよ、優馬。
俺たち四人は幼稚園からの幼馴染。家もみんな徒歩五分以内のところに住んでいるため小学校の時から結構な頻度でお互いの家に遊びに行っていた。だから家族ぐるみで仲も良く、旅行にも一緒に行くことも昔は多かった。今は高校生にもなり部活に勉強にバイト、皆それぞれ忙しい。だからここ最近は昔に比べて遊ぶ回数も減ってきたけど、こうして暇なときはいつも集まってつるんでいる。
昔からいつも俺たちは四人で行動していた。楽しいことも、バカするときも、怒られる時も、いつも一緒だった。だからいつまでもこの親友の関係がずっと続くだろう、そう思い描いていた。
だけど、そう思っていたのは、
俺だけだったみたいだ――。
昼休み。
午前の授業もあっという間に終わり、昼休み開始のチャイムが鳴り響いた。
四限の授業の教科書とノートを仕舞っていると、三人はいつも通り俺の周辺の席を借り、お弁当を広げて始めた。
隣に優馬、俺の前に春香、その隣に小雪の順で座る。これもいつの間にか定着した指定席みたいなものだ。
俺はバックから財布を取り出し席を立った。
「じゃあ、ジュース買ってくるわ」
「よろしく~」
「行ってらっしゃい」
「行ってらー」
「お前は一緒に来い」
弁当を広げ食べ始めようとしていた優馬を引っ張り一階の購買へと向かった。
すでに購買には他の学年も多数おり、まさにスーパーのタイムセール並みに人がごった返していた。それを見たからなのか
「すまん。ちょっと緊急イベントが発生した。ちとトイレに行って来る」
そう言い、優馬は一年フロアのトイレに俺の返事を聞く前に、一目散に走って行った。
あいつ、人ごみだから逃げたな……。
しかし、この場に長くいることは俺もあまりしたくはなかった。だから優馬の気持ちは分からんでもない。
ここの購買は生徒にも人気でいろんな種類の弁当が毎度並んでいる。ここの弁当は結構なボリュームなのだが学生の財布にも優しい値段設定がされているため、運動部がこぞって購買を利用する。だから授業が長引いて出遅れるとかなりの確率で売り切れて飲み物だけで午後を過ごさなければならない羽目になる。俺も一度だけその経験があり、あの時はマジで辛かった。腹が空き過ぎて倒れるかと思った。科学のハゲ親父め、あの時俺一人で実験道具片付けさせやがって! マジ許せん! ……まあ、興味無さ過ぎて途中で寝ていた俺も悪いんだが。
そのためみんな授業が終わると慌てて買いに行くのだ。
だが、今日の俺は弁当を持参しているので、この購買戦争には参加はしない。むしろ参加したくない二度と。絶対に!
で、目的の自販機は購買の隣に三台設置されており、そのうちの一台にイチゴミルクもカフェオレも売っている。二百三十円入れ、対象物のボタンを押した。
自販機は幸いにも人が少なくすんなり買えた。
ガコンと受け取り口に落ちる音を聞き、ジュースを取ろうとしゃがんだ。
「あ、あの篠原くん!」
「ん?」
受け取り口に手を入れた時に女子生徒三人組に呼ばれた。真ん中の一人が恥ずかしがりながら、そして左右の友達二人が「大丈夫だって!」「頑張って!」と励ましの声援を横から送っていた。
「あ、あのこれ!」
そう言い、真ん中にいた恥ずかしがっていた小柄の黒髪ショート女子に折りたたまれた一枚の紙を手渡された。
「あ、あとは放課後に! それじゃあ!」
「あ、ちょっと待って、っていないし……」
俺の問いかけを聞くより先に三人共走り去って行った。
俺は渡された紙を開いた。
そこには、綺麗な字でこう書かれていた。
「篠原くんへ
一年生の時からずっと気になっていました。
今日の放課後、図書室に来てください。
市原 美智子より」
なるほど……。これは、あれだな、あれ。ラブレターってやつだよな。うん。
………。
………………。
…………………………。
うぉぉぉ! マジか! 俺に⁉ 俺にだよな! 篠原くんって書いてあるし!
気になってるってあるしな!
マジかよ! 初めて貰ったよ! ラブレター!
人目を気にせず、大げさに喜んでしまった。
やばい、変な目で見られている。落ち着け、俺! 平常心に、クールに、深呼吸だ。吸って、フゥー。吐いて、ハァー。
良し、おっけい。落ち着いたな。
念のためもう一回確認しよう。念には念を入れないとな。
……うん、俺宛だな。
「嬉し過ぎる……」
「何が嬉し過ぎるんだ」
「うわぉ! お、お前いつから⁉」
感動のひと時に浸っていると、背後から優馬が顔を覗かせていた。
「いつからって、ついさっきだが?」
「そ、そうか……。じゃ、じゃあさっきの見てたのか⁉」
「さっきの?」
「い、いや見てないならいいんだ。さ、さっと教室戻るか」
「そうだな」
俺は手紙をズボンのポケットに押し込み、イチゴミルクとカフェオレを持って足早に購買を去った。
今、俺は優馬と二階の教室に上がる階段を上がっている。
その間俺は頭をフルに活用して考えた。あいつらに相談すべきかどうかを。
いや、でもなぁ……、男らしくないよなぁ。それに恐らく、いや絶対、揶揄ってくるよな。特に優馬と春香は。
それなら小雪だけに相談すべきか……。小雪ならちゃんとしたアドバイスをくれるしなー。うーん、言うべきか。悩ましい……。
「どうした? そんなに難しい顔して」
俺の心を悟ったように隣にいた優馬が聞いてきた。
「い、いや何でもない。大丈夫だ」
俺もなるべく当たり障りのないように返事を返した。
「そうか、それならいいけどよ。悩みがあるなら早めに言えよ。手伝える範囲は尽力するからな」
「お、おう、わかった。その時は頼む」
「任せてくれ」
なんて良いやつなんだ、優馬。俺はお前を見誤っていたようだ……。悪かったな……。
俺は心の中でお前の評価を改めねばいけないな。クソキモオタク野郎からクソオタク野郎へとな。
そうこう考えているうちに教室の目の前に着き、開けっぱなしの後方ドアから入った。
「おそ~い二人とも。もう半分以上食べちゃったじゃん。ねえ、ユキちゃん」
「そうですね。ちょっと今日は遅かったですが、何かあったんですか?」
遅くなったことに春香がプリプリした顔で文句を、小雪からは首を傾げながら心配の言葉を頂戴した。
「い、いや、ちょっと購買が混んでてな。ほいよ、イチゴミルクとカフェオレ」
誤魔化しつつ二人に飲み物を渡した。
「ゴチになりま~す」
「ありがとうございます」
「おう。気にすんな」
「いいってことよ」
「お前は行っただけだろ……」
「アハハ」「ウフフ」
楽しいやり取りをしつつ、俺も弁当を取り出し蓋を開け食べ始める。
一口、また一口と食べ進めていると、突然優馬が聞いてきた。
「そういえば大貴よ」
「なんだ?」
「さっきの女子の手紙どうするんだ?」
「「「へっ?」」」
俺と春香と小雪が同時に素っ頓狂な声を出してしまった。
こいつ! なんで今言うんだよ! つか、見てたんじゃねぇか!
「な、なんのことだ⁉」
「いや、さっき自販機の前で三人組の女子の一人から手紙受けとってたよな」
こいつ全部見てたんんじゃねぇか! クソっ!
なんだ、そのニヤけた面は! 気持ち悪っ! おまえにちょっとでも感心した時間を返しやがれ! このクソオタク野郎!
ガシっ、不意に俺の肩が何かに掴まれた。
「ダイちゃ~ん。それ、詳しく教えてよ~?」
「お、おおお落ち着け春香! ゆ、揺らすな肩を! もげる! もげちゃう!」
「どういうことなの⁉ 手紙って⁉」
「わ、分かった、分かったから! 話す! 話しますから! だから肩から手を離してー!」
ふぅ、やっと春香が手を離してくれた。肩、外れるかと思った……。
「ダイくん、早く説明を」
小雪がこちらをじっと笑顔でこちらを見ていた。いや、見ていたというより睨んでいた、という方が近しい。
「あの、小雪さん……。笑顔が怖いのですが……」
「ダイくん、説明を」
「はい……」
怖ぇよ! なんで笑ってんのにそんなドスの聞いた声が出せるの⁉
はあ、もう、結局こうなるんじゃん……。
俺は購買であった出来事をありのままに三人に話した。ポケットから手紙も提出して。
「――ということだ。分かってもらえたか?」
「「……」」
春香と小雪が俺をロックオンしてなかなか目線を離れしてくれない!
二人の目線が痛い! 鋭すぎて貫かれちゃう!
先に口を開いたのは春香だった。
「そ、それでダイちゃんはどうするの! この市原さんっていう人の申し出を受けるの⁉」
「そ、それは……」
春香が椅子から立って身を乗り出して聞いてきた。
やばい! 春香も怖い! さっきから言葉に迫力がある! 怖いよ! ドラ〇もん助けて!
「どうなの⁉」
春香がムッとした顔をグイっと俺の方に寄せてきた。
「い、いや、とりあえず放課後行ってから考えようかなぁ、と……」
「……」
もうヤダ! この空気! 心臓に悪い!
俺は逃げるように春香に向けていた目線をクソオタク野郎に恨みを込めて標準を定めた。
この空気を作った本人は呑気に食後のプリンを楽しんでいた。
この状況でよくプリンが食えるな! あとで、覚えてろよ!
すると、俺の恨みの視線に気づいたのか「ガンバ!」と言わんばかりに右手の親指を立て前に突き出しやがった。
このクソ野郎! てめぇのせいでこうなってんだぞ! 絶対に許さん!
「聞いてんの⁉」
「は、はい!」
再び春香に捕まってしまった。物理的にも。精神的にも。
「ハルちゃん、ちょっと声を抑えてください。みんな見てますよ」
さっきから黙っていた小雪が一言発すると俺と春香は瞬時に冷静さを取り戻し、周囲を見渡した。すると、数人がこちらを見て騒いでいた。
「なんだ喧嘩か?」
「またなんか篠原がやったのか?」
「きゃあ! 今日も小雪さんはお美しいわ!」
「ほんとね! 篠原くんとは雲泥の差だわ!」
人から人へ騒ぎは広がっていた。最初は俺らの席の近くにいた奴らが騒いでたのにあっという間にクラス全体に広がってしまった。
それより、また、ってなんだよ。また、って。俺は最初から何もしてねーよ!。
そんで最後、俺と小雪を比べんじゃねぇ! 失礼だろ、小雪に!
脳内のツッコみをしていると、小雪は弁当が入っている保冷バックを手に持ち、くっつけていた席を片付けていた。
机を元に戻すとこちらを向き、アドバイスをくれた。
「ダイくん。手紙を渡した市原さんという方もきっと勇気を振り絞って好意を伝えると思います。その勇気を決して無駄にしないようにしてくださいね」
「小雪……」
「ユキちゃん……」
騒ぎは小雪の言葉で一瞬で静まり返り静寂が教室を占めた。
「それと……」
そして、付け加えるように
「あと五分ほどで昼休みも終わりますよ」
「「へ?」」
今度は俺と春香が素っ頓狂な声を出し、教室前方の時計を確認した。時刻は一時二十五分を指し示していた。
「では、また後で」
小雪はそう言い残しニコッと笑い踵を返した。
五限開始時刻は一時三十分。昼休み終了まで残り五分。
「俺、全然弁当食えてないんですけど!」
俺の悲痛な叫びはクラスメイトが席を元に戻している音にかき消された。
そんな俺に肩を今度はトントンと軽く叩かれた。
振り返ると優馬が
「プリン美味かったぞ」
そう言ってごみを俺に渡し、自分の席に戻って行った。
だから俺は野球選手さながらに大きく振りかぶり
「自分で捨てに行けぇぇぇ!」
ごみを優馬目掛けて投げつけた。
放課後。
午後の授業は空腹で勉強どころではなかった。
あの後急いで弁当をかきこもうと思ったのだが、いつもより五分早く先生が来やがって食べられなかった。それに、よりによって五限が科学のハゲ親父の授業で、やる気も元気も出なさ過ぎて半分意識が飛んでた。
で、五限が終わって六限が始まる十分休憩で食べようとしたら、六限体育ですぐに着替えて外に集合だったしよ。そんでそのまま空腹状態のままでサッカーしてたら、いつものキレッキレのドリブルが今日はフニャフニャでボール奪われまくってチームメイトにボロクソ言われたしよ。おまけに足がもつれてそのまま転んで、今度は全員に笑われるしよ。災難続きだったぜ……。
今日ほどツイてない日はこれまでなかったぜ……。
だが、ツイてないのはここまで! 今までツイていなかったのは、そう! この後のために温存しておいたのだ!
では、今から俺は図書館に参り愛の告白を聞いてくるぜ!
「ちょ、ちょっと待って!」
春香の静止する声を置き去りにして俺は教室を飛び出た。
去り際にちらっと小雪の方を見たが、逆に小雪は平然とした面持ちだった。
階段を上り、廊下を軽やかなスキップで進んだ。
廊下を通る際には何人かの生徒に会ったが、その時こっちを見てクスクス笑っていた。恥ずかしっ!
うちの高校はロの字のようになっていて、教室棟と特別棟が二つの渡り廊下で繋がっている。
ロの上側横線が一年から三年が普段過ごす教室棟、下側横線が図書室や音楽室、理科室がある特別棟。左の縦線が西側渡り廊下、それに対になっているのが東側渡り廊下。
そして図書室は特別棟三階のちょうど真ん中にあり、通り抜けられるようになっている。
俺は西側渡り廊下を通り、図書室の前に到着した。
しかし、ここに来て急に、早く来過ぎたのではないか、と途端に思いそっとドアの隙間から覗くと、椅子に座って本を読むでもなくそわそわしている市原さんがいた。
図書室の番人こと司書さんもおらず、市原さん一人だった。
その姿を見て緊張してしまい、少し怖気ついてしまった。
ヤベぇ……、今から聞くのか……。告白とやらを……。
言われる側なのにこっちが緊張してきた!
えぇい! 覚悟を決めろ! 漢、篠原大貴! いざ出陣!
ドアを開け俺はそっと今着いたかのように装い、市原さんのもとへ向かった。
「や、やあ、遅れてごめん。待ったかな?」
最初、声が若干上ずり台無しになった。
「い、いえ! 私も今来たところだから!」
椅子から勢いよく立ち、俺に負けないくらい市原さんも声が上ずった。
しかしここの会話だけ聞くと、初めてのデートに行く初々しいカップルそのものようだ。
……悪くないな、うん。
そして俺は市原さんのもとに近づき、座ろうか迷ったが立ったまま白々しく用件を聞いた。
「え、えっと。そのー、俺に用って……」
すると市原さんは俺が思っていたのとは全く違うことを言いだした。
さぁ! 愛の言葉を! かもーん!
「あ、あの! えっと、そのね……」
うんうん。いいよ恥じらう姿がまたいいね!
「えっとね……。私ね、ずっとお礼が言いたかったの! 篠原くんに!」
「うんうん。……うん? お礼?」
予想外のことに反応が遅れてしまった。
「う、うん。覚えてない、かな?」
はて? なんのことやら。身に覚えがない。
「……えっと」
「そ、そうだよね。だって一年生の時のことだし、そんな大層なことでじゃないから忘れても当然だよね」
ちょっとだけしょんぼりして、なんだか申し訳なくなった。だからせめて思い出そうと試みた。
「ち、ちなみに一年のいつ頃?」
「えっと確か、十月ぐらいだったかな。私が昼休みにクラスの人たちのノートを職員室に運んでる途中で落としちゃって、その時にたまたま通り掛かった篠原くんが拾って一緒に持って行ってくれたの」
一年の十月頃か。
衣替えで制服が冬服に移行して、女子の夏服の制服を目に焼き付けていた時期か。
んー、なんとなく思い出してきた気がする。だが、なぜかはっきりしない。
「あー、確かそんなことした気がする。けど、なんかその子と雰囲気が違うっていうか……」
あの時手伝ってあげた女子はもっとこう、暗かったというか、なんていうか、地味だったような……。今みたいにハキハキ話すような女子ではなかったような……。
俺が必死に記憶を辿っていると市原さんもハッとして付け足してくれた。
「あっ、そうだよね。あの時は眼鏡かけて、三つ編みだったから今とちょっと違うかも」
そう言いカバンの中から眼鏡を取り出し、掛けてくれた。
「カチャ、こんなだったけど……、思い出してくれたかな」
「あー、それ! そうだ! 丸眼鏡掛けて三つ編みで、おまけにドジってたとこ、完全に思い出した! 俺あの時マジで今どきそんな根暗キャラいんのかよ! って思ってたわ! ……あっ」
ヤバい! 心の声も出てしまった! とりあえず謝ろう!
「ご、ごめん! 正直に言い過ぎた! あっ、えっと……」
俺がどう言い訳しようか考えていると、市原さんは笑って許してくれた。
「あはは。いいよ、気にしないで。みんなから言われたから」
すると、市原さんはおもむろに話してくれた。
「私ね、こういう見た目だったから、昔からみんなから地味とか暗いとかって言われ続けてたの。クラスでもいつもみんなからちょっとだけ浮いててね、面倒事とか押し付けられがちだったの。あの時も係の女子に頼まれて仕方なく引き受けたの。でもクラスの人数分だからかなりの量あるのにみんな知らんふり。だれも一緒に運ぼうとしてくれなかった……。そうだよね、私みたいな地味な奴、誰も救いの手なんか差し伸べないよね。私も分かってたもの……、だから誰にも頼らず運ぼうとしたの」
「市原さん……」
市原さんは遠くを見ながら、淡々と述べていく。
「で、その途中でバランスを崩してノートとかばら撒いちゃって焦ってた時に、たまたま篠原くんが通り掛かったの」
――そうだ、記憶の中の俺は彼女とノートを拾った。
確かあの日は、理科の授業で出た課題を提出し忘れて、昼休みが始まってすぐに提出に行って、代わりにお小言を貰いちょいイラしながら教室に帰っていたときだった。
「いちいちうるさいんだよ、あのハゲ。残りの髪の毛俺がアルコールランプで燃やすぞってんだ……。ん? 何やってんだ?」
俺が小声でハゲ親父の文句を言っていると、前方で女子が廊下に座り、落ちているノートを拾い集めていた。
なにしてんだよな……。うわぁ、今どき丸眼鏡に三つ編みお下げの女子なんているんだな。時代を間違えてねーか。もう令和やぞ。
なんてくだらない感想を抱きつつも、無視して通り過ぎるか、一緒に拾ってあげるか、迷ってしまった。
めんどくせー、このままスルーしようかなぁ。でもな、それだと後味悪いしな……
「はあ……、ほいよ」
結局、俺はおさげちゃんの前にしゃがみノートを拾ってあげた。
「えっ? あっ」
突然の俺の行動にびっくりしておさげちゃんは拾ったノートをまた散らしてしまった。
「おいー、何してんだよー」
「ご、ごめん。びっくりして……」
慌てて謝まられ、再度拾い集めた。
「これ、一人で運んでんの? 結構な数あるけど」
俺はおさげちゃんに問いかけた。
「う、うん。係の人の代わりに……」
「ほーん。大変だな」
「いえ……」
ノートを全て集め、おさげちゃんに渡した。
「ほい。これで全部?」
「う、うん。ありがとう……。じゃあ……」
おさげちゃんはノートを持ちながら、弱々しくお礼を言い職員室の方へ背を向け歩きだした。
しかしその歩き姿はまるで生まれたての小鹿のように足元が覚束ず、辿々しい。
「はぁ、ちょっと貸して」
「えっ、そんな……悪いよ……」
「いいよ別に。それにこのまま一人で行ったらまたノート落とすかもしんないし」
「ありがとう……」
俺は見るに堪えず、おさげ女子の横に並び、ノートを半分強引に奪いおさげちゃんと職員室に再び向かった。
職員室に着き、目当ての先生のもとにノートを届けおさげちゃんと職員室を出た。
職員室の扉を閉めて教室に戻っている途中、おさげちゃんが二回目の礼を述べてきた。
「あ、あの。ほんとにありがとう……」
「いーよ別に。俺も暇だったし」
ほんとは嘘だけど。
「で、ではお礼になにか……」
「いいって。こんだけのことで礼なんて」
「でも……」
おさげちゃんはあまり納得していなかった。
押し問答が続くと思い話を変えた。
「それよりさ、その三つ編みおさげって自分でやってんの?」
俺は会った時から気になっていたことを聞いてみた。
「う、うん……。昔から自分で……」
おさげちゃんは遠慮気味に答えてくれた。
「へぇー、昔っていつぐらいから?」
「小学校のころから……」
「そんな前からなんだー。すげーな」
「いえ……」
「でも、もったいねーな」
「え? もったいない……?」
俯いた顔を上げ、おさげちゃんを見ていた俺と視線がぶつかった。
「そう。さっきノート拾ってる時ちらっと顔が見えて、思ったんだよ。もっとオシャレしたら絶対可愛くなるって。だって、顔も小っちゃくて、今はその丸眼鏡が邪魔してるけど目だってクリっとしてて二重だし。それにスタイルだって悪くない。むしろいい方だと俺は思う」
おさげちゃんは足を止め、顔を熟れたトマトのように真っ赤にして恥じらっていた。
その顔に不覚にもドキッとしてしまった。
「わ、私が? む、無理だよ。私なんかが可愛くなんて……」
やはり彼女は自分の容姿に自信がないらしい。それが起因して今のマイナスの考えになったのだろう。
だけど、それは大間違い。容姿に自信がなかろうが女の子には関係ない。
どんなに顔にコンプレックスがあろうと、関係ない。
女の子には『化粧』という自分を美しく見せるアイテムがあるから。
『化粧』でいくらでも女の子は可愛いを作れるのだから。
それでも『化粧』を否定する馬鹿な男共がいるが、俺はそうは思わない。
女の子はいくつになっても女の子だ。だから「可愛い」、「綺麗」と言われれば年齢なんて関係なく嬉しいだろう。
しかし、『化粧』とは努力せずには成り立たない。最初は下手かもしれない。そんなの当たり前だ。最初から完璧な人なんて極稀だ。だけど、今やネットが普及し、検索アプリで調べれば多くの人がやり方を書き込み、皆に『美』を発信している。なかには、動画配信サービスで顔を出し、事細かに化粧のイロハを配信している人だっている。
そんな人達を参考に自分なりの『美』を見つけ、自分にあった『化粧』をしていけばいいと俺は思う。
その旨をおさげちゃんに伝えると、黙って真剣に聞いてくれた。
「だから、無理なんかじゃない。可能性は無限大なんだ」
「無限大……」
「そう。だから今いる場所から一歩踏み出してみ。そしたらみんな振り返るぐらいの可愛い女の子になれるから」
上から目線で説教染みた俺の話も真摯に真っ直ぐ聞き入ったおさげちゃんは、目尻に少量の水滴を溜めどこかぎこちなく笑ってみせた。。
「そっか……私でも可愛くなれるんだ……」
小さく呟いたおさげちゃんの独り言は希望の種を蒔いて、自分なりの花を咲かそうと決めた決意の表れのように聞こえた。
俺はその顔が見れただけで、キザなセリフを言った甲斐があったと実感した。
俺が感傷に浸っていると、廊下の奥からクラスメイトの呼ぶ声が聞こえた。
「おーい篠原。今から外でサッカーするけどお前もやらねーか?」
「おう。あとで行くわー」
俺はその誘いに乗り、この場を後にしようとした。
「じゃあ、俺は行くわ。今度はべっぴんさんになってまた会おうな」
冗談交じりに笑いながらそう言い、俺はクラスメイトの方に向かった。
その時後ろから声が聞こえた気がするが俺は振り返らなかった。
――そうだ。完全に思い出した。
あの時交わした会話も鮮明に。
俺があの後、グラウンドで調子に乗ってオーバーヘッドキックをして盛大に空振ってぶっこけたことも。あれは痛かった……。
下らないことも思い出していたら、市原さんが恐る恐る聞いてきた。
「それで……べっぴんさんになれた、かな?」
市原さんはあの時のように顔を真っ赤にし、恥じらった。
外見は変わっても、遠慮気味なところは変わってなかった。でも、その方が市原さんにはいいのかも知れない。天狗になって威張り散らすよりよっぽどいい。むしろその方が市原さんらしくて、可愛さが増している。
変わるきっかけが俺なら俺は市原さんを褒める義務があった。
だから俺は市原さんの努力や頑張りに花丸をつけた。
「ハハッ、市原さんは間違いなくべっぴんさんになったよ」
優しく諭すように言うと、市原さんははにかみ笑いを見せた。
「や、やっぱり面と言われると照れるね……」
ぐはっ! な、なんだ、この胸がキュンっとする感じは⁉ これが恋心というやつか⁉
俺は市原さんのはにかみ笑いに魅了され、顔が熱を帯びてきた。
その感情を必死に抑え込み、毅然とした態度で続けた。
そして俺は余裕のあるイケメン風を装い、今日のメインイベントに切り込んだ。
「んんっ、そ、それで本題というか、何というか……」
俺は市原さんの可愛さに心を欠き乱され、とち狂ったことを口にしてしまった。
「そ、そうだったね。え、えっとね……、その……」
市原さんはまた顔を紅潮させ、もじもじと手を動かし、いかにも緊張してます、といった仕草を見せた。
その緊張が俺にも伝わってきて、手汗が止まらなくなった。
「あのね! その……、手紙でも伝えたんだけどね、会って直接言いたいと思って……」
「ごくっ」
俺は生唾を飲み、市原さんの次の言葉を待った。
そして溜めるに溜めて市原さんは言葉を紡いだ。
「わ、私ねあの時からずっと篠原くんのことが好きだったの!」
「ゴンッ」
今日一大きい声を張った。
俺に直球の告白をするために。
うおぉぉぉ! これだよ! これ! この「好き」って単語が聞きたかったんだよ! あぁ、これが告白というものなんですね……。 十七年目にしてやっと聞けましたよ春香、小雪……。感動で涙が溢れそうです……グスッ。
ってか、後ろの扉に誰かいるよね! 聞いてたよね! ……でも、ふふふ。まあ、いいや。聞かれて困るものでもないし。ふふふ。
俺は初めての告白に頬が緩んでしまいそんなこと気にも留めなかった。
おっといかん、落ち着け落ち着け。クールにだ、クールに返事を返さなければ。ふぅ、よし。
「ありがとう。俺なんかを好きって言ってくれて」
「んーん。はぁ、すごい緊張した……」
市原さんは緊張から解放されたのか胸を撫で下ろした。
そして俺がなんて返事しようか言葉を探していると、市原さんが思いもしないことを続けた。
「あっ、でも返事はいりません」
きっぱりと言い切った。
「……へ?」
俺は反応が遅れ、妙な返しをしてしまった。
……はい? 返事ってするもんじゃないの? お願いしますとかごめんなさいって。えっ、 違うの? 俺が間違ってんの? わかんないよ! どうしたらいいの⁉
えーい! 仕方ない! ここはもう直接聞くほかない!
「えっと、その、俺と付き合う、とかじゃないの……?」
俺は恥を全部投げ捨て、問うた。
「あはは……うん。篠原くんとは付き合えないよ」
困ったように笑い、俺にまたきっぱりと告げた。
「じゃ、じゃあ! なんで俺にその、こ、告白しようと……?」
羞恥心がマックスに到達し、最後のほうは聞こえるか聞こえないか程度の蚊の鳴く声になってしまった。
「私が変わろうと思えたきっかけをくれたのが篠原くんだからだよ」
「どういうこと……?」
微笑みながら説明してくれている市原さんに対し、俺は振られたような感じに陥り思考能力が急激に落ち、考えることを放棄してしまった。
「私は篠原くんと付き合いたいと思ってるよ」
「なら」
「でも、篠原くんの隣を歩くのは私じゃ役不足なの」
微笑んでいるはずなのに、はっきりと告げた声音は凛として真っ直ぐだった。
「私ね、あの日からずっと篠原くんを見かける度に目で追ってたの。登下校の時、移動教室の時、集会の時とかね」
「……」
俺は黙って聞くことしかできなかった。
「それで気づいたの。篠原くんの隣にはいつもあの二人がいた。――黒音さんと乾さんが」
確かに二人とはよくいるが、それがどうしたのか? そう思えずにはいられなかった。
「今、それがどうしてかって思ったでしょ?」
「ッ⁉」
心の中を読まれ今度は違う意味でドキッとした。
「ふふふ、分かりやすいね。顔に出てて」
今度は揶揄うように無邪気な笑みを見せた。
「でね、思ったの。私があの二人のどちらかの居場所を奪っていいのか。いや、奪えるのかなって」
「それで探してたの。私が二人に勝るものを。だけど結局無かった」
「単純な容姿で比べても私は二人にかなり劣ってる。顔もそうだけどスタイルも。特に乾さんには絶対敵いっこない。これは誰が答えても同じ」
「そんなこと……」
「あるよ。だって私は所詮誰かの真似をして可愛くなった偽物、ううん贋作だもの」
「……」
俺は否定の言葉が出なかった。いや、言ってはいけないような気がした。
言ってしまえばそれはただの嫌味になってしまうから。
元々容姿が整っている二人に、日々のたゆまぬ努力で手にした『美』は、市原さんにとってはそれはただ偽物でしかないから。
確かに春香のスタイルは女性としての魅力が詰まっている。豊満な胸部も、バスケで引き締まった腹部や尻部も女性からすればそれらは羨む項目なのだろう。
二人に届かないと悟ってしまった市原さんに「そんなことないよ」この何気ない一言は失礼に思えた。
「次に勉強だけはできてたから定期テストで、って思ったの。でもいくら勉強しても黒音さんには一回も勝てなかった。学年でも五本の指に入るほどの秀才、片や私は二十位前後をキープ。差は歴然、それでも私は頑張った。二学期の期末、三学期の実力、学期末の三回。でも結果は最高で十三位。過去最高だけど黒音さんには一度も勝てなかった……。でも乾さんには……うん」
順位を上げることことは容易なことではない。ましてや二十位前後となるとより厳しいだろう。
小雪に挑むこと自体、無謀としかいえない。それでも彼女は食らいついた。結果はどうあれそれは誇れることだ。
春香は……うん。勝つことは簡単、だな……。百五十人中百二十位取って自慢しに来るぐらい馬鹿だからな……。
「それで今度は内面はどうかなって思ったけど、そんなの火を見るより明らか。だって二人ともが人気者でみんなに慕われてて大勢の人に囲まれてる。そんなの一番勝ち目ないよ、アハハ……」
明らかにさっきより声がハリが無くなり、自虐が憂いを帯びていた。乾いた笑いがそれを顕著に表していた。
それでも市原さんは続けた。自分を卑下してまでも。
「私は全てにおいて二人より下だった。だから、そんな二人と一緒にいる篠原くんには到底つりあうと思えないの」
市原さんは深々と腰を折った。
「だから、ごめんなさい。私はあなたと付き合うことができません」
「……そっ、か……」
そう、丁寧に断られた。
俺は二人の魅力を改めて思い知らされた。こんなにも身近にすごい幼馴染がいたんだなって。
……ん? いや、おかしくね?
「って、なんか俺が告って振られたみたいじゃん!」
叫ばずにはいられなかった。
「えっ? あっ、ご、ごめんなさい! そ、そういうことじゃなくて! 篠原くんが悪いんじゃなくて、私に魅力がないだけで! 篠原くんに非はないっていうか!」
言った後で気付き、慌てて訂正してくれた。
「ハハハ、いいよ。悪気があったわけじゃないと思うし。むしろ感謝してるぐらいだし」
「感謝、ですか……?」
何故? と言わんばかりに心当たりがないのか首を傾げた。
俺は近くにあった腰ほどの高さの本棚に寄り掛かった。
「そう。一つは二人の魅力に改めて気付かせてくれたこと。俺たちは小さいときからずっと一緒だった。それが当たり前で普通になってた。だから知った気になってお互いをちゃんと見ようとしてなかった。でも今日市原さんが二人の魅力について語ってるの聞いて、俺の幼馴染ってスゲーんだなって思えて、なんか誇らしく思えた」
「いえ……」
俺は思っていることがすっと口にすることが出来た。
「そんで俺なんかに好きって伝えてくれたことスゲー嬉しかった。初めて面と向かって言われて、正直一人で舞い上がったよ。振られはしたけど、ハハハ」
「そ、それは……」
「だからありがとう。俺に「好き」って言ってくれて」
俺はこんなイケメンしか言わないセリフが今日に限ってポンポン出てきた。
すると、市原さんが照れ臭そうにしていた。
「……私もね、嬉しいことがあったよ」
おっ、市原さんにもいいことあったのか。なんだろ。
「へぇー、なにがあったの?」
「それはね……」
「篠原くんの『初めて』貰っちゃった。えへへ」
「ッ⁉」
そのセリフは反則だよ! 別の意味に聞こえて卑猥だよ! えっちく聞こえちゃうよ!
「……その言い方はちょっと、あれだよ……」
「え? あっ! い、いや! そ、そういう意味じゃないよ! え、えっと、そ、それじゃ用は済んだので! し、失礼します!」
また急に顔を真っ赤にし、西側のドアからこの場を足早に去って行った。
今日一日で市原さんの紅潮した顔を何度見たことだろう。その顔はもう一年前に会った弱々しいおさげちゃんの面影はなく、恋する乙女へと変貌を遂げていた。
今日はなんだか忙しない一日だったな……。
本棚に腰掛け窓から空を眺めた。ここに来たときまだ青く雲一つない澄み渡っていた空が、今は太陽が沈みかけ薄灰色の空へと移り変わっていた。
初めての告白イベントは何故か告られた俺が振られるという謎に満ちた展開で幕を閉じた。