7、転写魔法成功、そして仮想の闘い
「……ーリ、ユーリ……ユーリ!」
僕はハッと目覚めた。
目の前に、エルシーの可愛い顔があった。
「ユーリ、やったよ! 成功したよ!」
エルシーはそういうや否や、僕にギュッと抱き着いてきた。
「えっ!? ちょ、エルシー、あ、あの……」
柔らかな感触と甘い匂いに、完全に目が覚めた。
エルシーは一見、華奢だけど、なんというか場所によってはそれなりに……。
とにかく心臓が高鳴り過ぎて、このまま死んじゃいそうだ。
「ああ、ごめんよ。もしかしたらって予感はあったんだけど、まさか本当に成功してくれるなんて……」
エルシーは身体を放した。
正直、ちょっと残念。
僕は起き上がった。
「転写魔法に成功したんだね?」
エルシーは笑顔で頷いた。
「それじゃ僕はエルシーと同じ強さを得たの?」
「いや、まだだよ。私と同じ強さになるには、もう一度、私がしたのと同じ闘いをしなきゃいけない」
「あれをまた?」
「今度は私の記憶を追体験するんじゃなくて、ユーリ自身が体験するんだ」
「どういうこと?」
「私が闘った魔族のすべてと仮想の闘いをするんだよ。ここは地上世界じゃない。次元の狭間の世界だから、私の記憶を元に魔物を再現して、自由に闘わせることもできるんだ。ただし、魔王と「災厄の王」だけは別だけどね」
「そういや、ここは霊界に近い世界とかなんとかいってたね」
「うん。私は封印されてて地上世界には行けないからね。どう説明すればいいのかな……振動数が違うというか……とにかく地上とも霊界とも違う、その中間の世界にいるんだ」
エルシーの説明を聞いて初めて、ここに来てからずいぶん時が経っているのに、全然お腹が空かないし、トイレに行きたくもなっていないことに気づいた。
「じゃあ、僕の身体はどうなってるの?」
「無事だから心配しなくていいよ。魔王ですら手が出せない場所にあるから」
やっぱりよくわからないけど、とにかくエルシーが断言してくれたので安心した。
「んー、わかった。で、いつはじめるの?」
「いつでもいいよ。ユーリが望む時に。あ、それと、途中で休憩したくなったらいつでもいってよ。すぐに中断するから」
「休憩したいっていえばいいの?」
「うん」
だったら、エルシーの記憶を追体験した時よりは耐えられそうだ。
なにせ、さっきは休憩したくてもできなかったもんなあ……。
「ところで、僕がここに来てからどれくらい時間が経ったの?」
「地上世界でってこと? たぶん二カ月くらいかな」
「二カ月!? なんでそんなに!? 僕、寝てただけなのに」
「ここと地上世界とでは時間の進み方というか、感覚が違うんだ。一定の速さで進むわけじゃないし、同じ方向に進むわけでもないからね」
「じゃあ、魔族との仮想の闘いが終わる頃には……」
「そうだなあ……私の予想では一年くらい経っちゃうかな?」
「一年!」
僕が退学になったことは、もう実家にも連絡がいっているだろう。
『魔界の顎』に入って消えてしまったことも伝わっているのかな?
父さんや母さん、兄と姉妹たちのことを思うと、いてもたってもいられなくなった。
「エルシー、早くはじめて」
「どうしたの? 急にやる気になったね? 三人の親友のこと、聞かなくていいの?」
「あ、忘れてた。でも、今はリンたちが僕を裏切ったわけじゃないってわかっただけで充分だよ。それより、早くはじめよう。ちょっとでも早く終わらせて実家に帰って、皆に無事だって伝えたいんだ」
「フフ、優しいんだね、きみは。わかった。それじゃ戦闘開始!」
*
次の刹那、僕は森の中にいた。
目の前には動物型の魔物が数匹。
魔法を使う個体もいる。
エルシーが初めて闘った魔物たちだ。
僕の手には剣。
そして一見、防具は着けていないようだけど、その実、魔法効果のかかった衣服を全身にまとっている。
おかげですごく動きやすい。
「魔王を見た後だと、これくらいの相手は一匹のアリ以下だよなあ」
以前の僕なら、たった一体のスケルトンですら逃げ出していたのが、今はこんなセリフを吐いている。
それがなんだかすごく滑稽に感じた。
(けど、僕はあの伝説の勇者エルシー・リウーカの後継者になったんだ。滑稽に感じてるようじゃいけない)
僕は剣を構えた。
そして魔物たちへ向かっていった。