6、エルシーの闘いの記憶
「本当にいいの?」
「うん」
「失敗したら一生、恐怖に囚われちゃうんだよ?」
「いいさ。そもそも僕はリウーカ学園を退学になって、親友と思っていたひとたちにも裏切られて、死にたいと思ったくらい絶望してたんだ。エルシーはそんな僕に希望をくれた。魔法の才能がないわけじゃないって教えてくれたし、なにより、これは大きなチャンスだよ」
「チャンス?」
「うん。こんな僕でも世界のひとたちを救うことができるようになるかもしれない。こんな嬉しいことはないよ」
「でも、大変だよ?」
「きみもやったじゃないか。こんな小さくて、可愛……女の子がひとりで頑張ってるのに、僕が逃げるなんてできないよ。お願いだ、エルシー、僕に転写魔法をやってくれ!」
「そうか……。正直いってすごく嬉しいよ。けど、本当に辛いし大変なんだ。だから、私が無理だと判断したらすぐに止めるよ」
「全部まかせるよ」
「わかった。……いつはじめる?」
「いつでも。今からでもいいよ」
「それじゃ、ここに寝てくれる?」
エルシーがそういうやいなや、部屋の中央に簡素なベッドがあらわれた。
魔力が動いた感じはしない。
「ここは想念が瞬時に実現する世界なんだ。地上より霊界に近いんだよ」
「へー」
よくわからないまま、いわれたとおりそこに仰向けになった。
「目を閉じて……あ、そうだ。さっき親友に裏切られたっていってたけど、あれは間違いだよ。あの三人は裏切ってなんかいないよ」
「え? それってどういう……」
「言葉どおりの意味だよ。きみは裏切られてなんかいない。あの子たちはきみの親友のままだよ。それでもまだ転写魔法を受ける?」
いきなりこんなことをいわれて混乱するばかりだった。
リンとエイシャ、ルカが裏切ってない!?
じゃああの時、僕を嘲笑ったのはいったい……。
僕は考えこみそうになって、ハッと我に返った。
エルシーが不安げに僕を見ていた。
エルシーは僕が今の話を聞いて、やっぱりやめるといいだしかねないとわかっていながら、あえて教えてくれた。
エルシーは本当に誠実で勇気のある女の子だ。
「教えてくれてありがと。転写魔法が終わったら、あそこでなにがあったのか教えてよ」
僕は笑みを浮かべていった。
「……いいの?」
「いいさ」
「ありがとう、ユーリ。きみが来てくれて本当によかった。それじゃ始めるね。融合開始」
直後、まだ目を閉じていないのにすべてが消えた。
*
なにかが僕の中に入りこもうとしている。
無意識に抵抗しようとしたけど、それはどんどん僕の中に入ってくる。
僕は次第にそれとひとつに融け合いはじめた。
気づいたら、僕の目の前に見たことのない動物型の魔物が何匹もいた。
僕は魔族についての知識はまだそれほどない。
それでも今、目の前にいる魔物たちが、成人の儀を終えたばかりの少女が闘えるような相手ではないことくらいはわかった。
だが、エルシーは闘った。
僕はその闘いを体験した。
夢で見たとか、映像を観たとかいうのではない。
エルシーと心までひとつになって、当時、彼女が感じた肉体的な痛みや苦しみ、高揚や恐怖、葛藤、思いと願いと感情のすべてをそのまま体験した。
エルシーの目で見て、耳で聞き、手で剣を振るい、足で駆けた。
エルシーそのものとなって闘ったのだ。
怖い。
ただただ怖い。
闘いが終わると、また別の魔族と闘い、それが終わるとまた別の、もっと多数でさらに強い魔族と闘い、次にはさらに多数で強力な魔族と……。
どうやら、僕は伝説の勇者エルシー・リウーカの闘いの歴史を追体験しているらしい。
少し前まで普通の少女だったのが、成人の儀を終えるや否や桁外れの強さの魔族と日々、闘い続ける。
毎日が恐怖でいっぱいだった。
(エルシーはこんな体験をしてきたのか……)
本当は闘いたくなかっただろう。
友だちと遊んだり、恋をしたり、勉強をしたり……。
現在だったら、リウーカ学園で同級生と楽しく過ごしていたんじゃないかな。
けど、現実は……。
当時のエルシーが感じていた不安や哀しみを追体験すると、可哀想でたまらなくなった。
時を重ねるごとに、魔族のレベルもどんどん上がっていく。
やがて、他と隔絶した強さを持つ名付きの魔族が相手となり、さらに「災厄の王」と呼ばれる四体の魔族と対峙した。
「災厄の王」たちとの闘いは凄惨と恐怖を極めた。
これまでに転写魔法を受けたひとたちのほとんどが、この恐怖にやられてしまったのだろう。
僕もあまりの恐怖に叫び狂いそうになった。
でも……。
エルシーが必死に闘っている。
こんなに小柄で華奢で可愛くて健気な女の子が、世界を救うために一生懸命頑張っている。
なのに、僕が怖がってばかりいていいはずがない。
最後に魔王と激突した。
魔王は見ただけで、人々に恐慌をもたらす。
定まった形はなく、色も無限に絶え間なく変化し続ける。
それは生命と呼べるのかすら怪しい”なにか”だった。
触れれば肉が焼け、爛れ、溶け、腐る。
普通なら対峙することすら不可能だ。
こんなものに名前など付けようがない。
その存在を意識するだけで恐怖に狂う。
エルシーはそんな存在を前にしても逃げなかった。
真っ向から闘った。
そして、互いに封印しあって戦乱が終わった。
*
「災厄の王」の恐怖に勝てた器候補者も、魔王には耐えられなかっただろう。
僕はさっき、エルシーを強いと思った。
けど、まだわかってなかった。
強いだけじゃ魔王と闘えない。
優しさとか愛とか思いやりとか、もっと他にも……なんだろう。
よくわからない。
とにかく、僕はエルシーを助けたいと思った。
辛いとか苦しいとかいう言葉ではいい尽くせない体験をした分、思いっきり幸福になってほしい。
これからはずっと笑っていてほしい。
そう思った。
僕が少しでもその助けになれれば……。
エルシーを幸福にできれば……。
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明日も三話更新する予定です。
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