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4、エルシーとの出会い

――起きて……起きてよ……。


「んん……誰?……」


 僕は目を覚ました。

 起き上がり、キョロキョロと周囲を見回す。


「ここ……どこ?」


 僕は見慣れない殺風景な部屋にいた。

 隅に机と椅子、壁には本が隙間なく並んでいる棚。


 そして、床には不気味な魔法陣――。


 あの迷宮の部屋にあったのと同じ紋様だ。


「ここは器の候補者を連れてくるために用意した部屋だよ」


 また声が聞こえた。


「うわっ!?」


 僕はびっくりして、後ろにひっくり返った。

 いきなり目の前に女の子があらわれたからだ。


「フフッ、そんなに驚かなくてもいいんじゃない? それとも、魔物にでも見えたのかな?」


 そういって軽やかに笑う華奢な少女は、僕と同い年くらいだった。

 防具を脱いだ前衛担当の女性冒険者のような、動きやすい簡素な衣装を身にまとっている。


 その栗色のショートヘアと喋り方のせいもあるのか、リンやエイシャに負けず劣らず可愛らしいのに、印象としてはまるで少年のような、小柄で中性的な美少女だった。


「きみは誰?」


 僕は少し頬が赤くなるのを意識しながら訊いた。


「私はエルシー・リウーカ」

「エルシー・リウーカ? すごい名前だね」


 一〇〇年前、弱冠一七歳の少女であるにもかかわらず、たったひとりで魔王を封印して世界を救い、自らも魔王に封印されてしまったという伝説の勇者がいた。


 その勇者の名がエルシー・リウーカだ。

 その名が示すとおり、リウーカ学園の創立者でもある。


 世界中の誰もが知っている偉大過ぎる名前を付けられるなんて、さぞかし苦労したことだろうと思う。


 僕は少し同情した。

 なのに、


「別に、普通の名前だよ」


 エルシーはこともなげにいった。


 僕はあっけらかんとした様子に、拍子抜けした。

 その途端、現在、自分の置かれている状況を思い出した。


「あっ、そうだ! 僕は『魔界の顎』に入れられて、どこかに転移させられたんだ!」


 なのになんでこんなところにいるんだろう!?


 ここはどう見ても魔界っぽくないけど……。


「魔界になんか通じてないんだけどね。初代の学園長が病気で急死しちゃったせいで、二代目に事情を上手く伝えられなかったのが痛かったなあ」

「??……どういうこと?」

「リウーカ学園の訓練用迷宮の地下五階にあるあの部屋は、魔族に気づかれないように、器候補の生徒をここに連れてくるための装置なんだよ」

「???????」


 さっきから、エルシーはわけのわからないことばかりいってるような気がする。

 けど、ずっと楽しげな笑みを浮かべてはいるものの、僕をからかっている気配は微塵もない。


「わけがわからないって顔してるね?」


 エルシーは近づいてきて、僕の顔を覗き込むように見上げてきた。


「そ、そりゃそうだよ。死んだと思ったのに、気が付いたら全然知らない部屋にいて、きみみたいな可愛、そ、その……女の子がいて、わけのわからないことばっかりいって、混乱しない方がおかしいよ」


 僕はドギマギしながらいった。


「それもそっか。ごめんね、つい嬉しくなっちゃって」

「嬉しく?」

「うん、こうやってひとと喋るのはひさしぶりだから」


 そういうエルシーの顔は、本当に嬉しそうだった。


(もしかして、エルシーも僕と同じで『魔界の顎』に入れられて、ここに転移させられたのかな?)


「今から全部、説明するよ。少し長くなるけど、最後まで聞いてくれる?」


 エルシーが真面目な顔になった。


 僕は大きく頷いた。


     *****


 私はエルシー・リウーカ。

 きみも知ってのとおり、ちょうど一〇〇年前、魔王を封印した勇者だよ。

 私が伝説になっているのも知ってる。


 魔王に名はない。

 唯一無二の存在だから、ただ魔王と呼ばれている。


 私はたしかに、その魔王を封印した。

 けど、同時に私も魔王に封印された。

 それは知ってるよね?


 私も魔王も次元の狭間に囚われて、地上世界へ戻ることができなくなってしまった。

 そして、そうなることを私も魔王も予見していた。


 なぜって?


 それは私と魔王のちからが拮抗していたからだよ。


 完全に互角。

 私だけでは魔王を倒すことができない。

 なのに、私以外に魔王と相対し、闘うことのできる者はひとりもいなかった。


 だから、私には魔王もそうするとわかっていながらも、封印という手段をとらざるを得なかった。


 でも、魔王はいずれ自ら封印を破るか、あるいは他の強力な魔族があらわれて封印を解いてしまうはず。

 その時がいつかは、私にもわからなかった。

 今すぐかもしれないし、一〇年、二〇年、あるいは一〇〇年先かもしれない。

 なにしろ次元の狭間は時空が歪んでるから、時間の進み方が地上世界とは全然違うんだ。


 だから、いつ魔王が復活しても対処できるように、私は魔王との最終決戦の前にある計画を実行した。


 それは私が封印された後、私の持っている魔力と魔法の知識のすべてを、後世の人間に託すこと。

 そうするための魔法も開発済みだった。


 転写魔法――。


 私の魂の一部を託す相手に融けこませることで、私の知識と能力、魔力のすべてを移し替える魔法だよ。

 そのかわり、私はすべてのちからを失ってしまうけどね。


 ただ、問題がみっつあった。


 ひとつは、私の魂の一部を受け入れることができるだけの器を持った人間を、どうやって探すのか。


 普通の人間では、すべてを移し替える前に気が狂ってしまう。

 なので成人の儀において、優秀な冒険者になれるだけの才能を持つと判断された者のみを対象とした。


 ふたつめは、どうやって器候補者を魔族に気づかれないように、それでいて効率的に集めるのか。


 それを解決するために、私は冒険者養成学校であるリウーカ学園を設立した。

 当時、そんな学校はどこにもなかったんだ。


 最後の三つめは、どうやって次元の狭間に囚われて動けない私のところへ、器候補者を連れてくるのか。


 私は学校内の迷宮地下五階に、中に入ったら自動的に転移魔法が発動する部屋を用意した。

 きみが入った『魔界の顎』だよ。

 

 その後、各地に学校が設立されたけど、転移魔法を施した部屋があるのはリウーカ学園だけ。

 その頃には、もう私は封印されちゃっていたからね。


 当時、事情を知ってたのは、私とリウーカ学園初代学園長のみ。

 学園長はこれはと見込んだ生徒に事情を話し、納得してもらってから『魔界の顎』――この呼び方、なんとかならないかな? ――に入ってもらった。


 けど、失敗続きだった上に、入った生徒がトラウマを抱えて帰ってくるようになったものだから、次第に器候補になってくれる生徒が少なくなっていった。

 さらに学園長も二代目に事情を話す前に急死したから、とうとうあの部屋は入室禁止にされちゃった。


 ユーリ、きみはそっちの時間で……よくわからないけど、たぶん数十年ぶりに来てくれた器候補者なんだよ。

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