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2、皆で最後の思い出作り

 寮の玄関を出た時、


「ユーリくん」


 同級生のリン・アーデルハイドが声をかけてきた。


「リン……」


 僕は立ち止まった。


 リンは僕と違って、とても優秀な生徒だ。

 優秀なだけでなく、男子生徒のほとんどが彼女に惹かれているといっても過言ではないほど、可愛らしい容姿をしている。


 肩に少し触れる長さの、わずかにウェーブのかかった美しい金髪で額が隠れているせいか、年齢よりもやや幼く見える。

 ほんわかした雰囲気で、ちょっとドジッ娘な面もある。

 

 守ってあげたくなるような、それでいて、いざという時にはどんな圧力にも引かない強さを併せ持っている。


 つまりは、女の子の魅力に溢れた少女なのだ。


 その上、成績も優秀なため、名門・アーデルハイド伯爵家には、すでに有力貴族から何人もの求婚者が列をなしているといわれている。


 にもかかわらず、彼女は入学してから一年間、ずっと僕に親切にしてくれた。

 時に戸惑ってしまうくらいに。


 彼女はすごく優しい。

 だから僕のような落ちこぼれは、放っておけないのだと思う。


 僕は何度となくリンと友達になることができた幸運を、神に感謝したくらいだった。


「どんな逆境でも諦めなかったユーリも、さすがにしょぼくれた顔をしてるな」

「エイシャ……」


 リンの隣で笑みを浮かべながらいったのは、同じく同級生で友達のエイシャ・アガスティだった。


 彼女もリンと似ている。


 アガスティ伯爵家も名門で、有力貴族との繋がりも幅広く、かつ密である。

 エイシャは攻撃魔法と武術に類まれな才能があり、ゆくゆくは王家の近衛長官になるのではないかと噂されている。

 本人は魔法剣士になって各地の迷宮を探索したり、魔族に苦しめられているひとたちを助けたいといっているのだが。


 エイシャもまたタイプは違うものの、非常に美しい容姿をしていた。


 艶やかで癖のない黒髪は、背中まで真っ直ぐ伸びている。

 リンと違って、年齢よりもだいぶ成熟しているように見える。


 リンが優しさと可愛さの極致なら、エイシャは凛々しさと美麗さの極限だ。


 当然、彼女もリンに負けず劣らず、男子生徒の注目を集めている。

 だが、彼女の理想が自分よりも強い男なので、ほとんどの生徒が対象外となってしまっているのだけど。


 本当なら僕にとっては、ふたりとも高嶺の花という言葉ではいいあらわせないくらい遠い存在だ。


 なのに、彼女も僕と親しくしてくれた。

 強くない奴は嫌いだ、などといいつつ、強さと対極にある僕に優しくし、なにかと助けてくれた。


 理由はただ、すごく優しいからというだけだ。


 そして、キースが僕を嫌っているのも、リンとエイシャのふたりが原因だった。


 キースはまだ一六歳ながら、これまで数々の浮名を流してきた。

 彼のために可憐な処女の華を散らした者も数知れないという。

 そんな彼が、リンとエイシャに関心を抱かないはずがなかった。


 だが、ふたりはキースを相手にしなかった。

 そればかりか、なぜか僕ととても仲良くなったのだ。

 仲良くといっても、もちろん男女の関係といったものではなかったけど、それでもキースには気に入らなかったらしい。


 僕としてはどうしようもないことで、迷惑この上ない。


「ユーリくん、これからどうするの?」

「わからない。正直、家には帰りたくないんだ」

「どうして?」

「……父さんと母さん、兄さんや姉さん、妹たちの……がっかりした顔を見ることに堪えられそうにないから……」


 がっかりされるだけならまだいい。


 おそらく皆、僕が家に帰ったらがっかりするどころか笑顔で慰め、元気づけてくれるだろう。

 僕が落ち込まないようにと、逆に明るく振る舞ってくれるはずだ。


 それがなおさら辛い。


「おい、元気だせよ!」


 エイシャが僕の背中をバシッと叩いた。


「痛っ! なにするんだよ!」

「へっ、ちっとはマシな顔になったじゃねーか」


 エイシャがその美しい顔に笑みを浮かべた。

 僕を元気づけようとしてくれているのだ。


 エイシャは黙っていれば、まさに清楚な深窓の令嬢そのものなんだけど、男みたいな喋り方のせいで、すべてが台無しになってしまっている。


 もっとも、そのギャップがまた魅力ともなっているのが、彼女のすごいところなのだけれど。


「リン、エイシャ、ありがと」

「なにいってやがる。礼をいうような状況じゃねーだろ。こっちはどう話しかけたらいいのかわからなくて、リンとふたりで散々、話し合ったってのによ」

「はは、ホントにありがとう。ふたりと知り会えただけでも、この学園に来てよかったよ。ホント、心からそう思うよ」


「そんな哀しくなるようなこと、いわないでよ」

「そうだぞ、人生が終わったわけじゃねーんだからな」

「ご、ごめん……」


 僕のためにここまで哀しんでくれている。

 ふたりの優しさに、今にも涙が零れ落ちそうだった。


 たぶん、ふたりとも笑顔で僕を送り出してくれるつもりだったのだろう。

 なのに僕がしんみりさせてしまった。


 これじゃいけない。


 僕は無理して笑顔を浮かべた。


「リン、エイシャ、今までありがとう。ここでの経験は一生忘れないよ!」


「ユーリくん……」


「おいおい、なに終わらせようとしてんだよ。まだ帰さねーからな?」

「え? どういうこと?」

「おい、いいぞ!」


 戸惑う僕を尻目に、エイシャがあらぬ方向へ呼びかけた。

 すると、寮の陰から四人の男があらわれた。


「ルカ! それに……」


 ルカ・ワースケンはリンとエイシャと同じく、入学した時から仲良くしてきた同級生だ。

 家柄も成績も凡庸で、どっちも僕より少しマシという程度。

 とにかく気の善い奴で、知り合ってすぐに仲良くなった。


 けど、他の三人は……。


「ユーリ、こんなことになって残念だよ。俺はユーリと一緒に卒業したかったのに」

「ごめんな、ルカ」


 ルカは黙って右手を差し出してきた。

 僕は無言で彼の手を強く握りしめた。

 ルカの気持ちが嬉しかった。


「ユーリ……」


 他の三人のひとり、ジルが声をかけてきた。


「……今までごめん!」

「え!?」


 ジルだけでなく、ギラサとスティーカも頭を深々と下げた。


「え? え? どうしたの?」

「俺たちは今までおまえのこと、バカにしてきただろ? けど、それは全部、俺たちも不安だったからなんだ」


「俺たちも下から数えた方が早いくらいの成績で、学園を卒業できるのか、いつも不安だった」

「その不安から逃げたくて、現実を忘れたくて、それでユーリをバカにしてしまったんだ」


「けど、ユーリに退学してほしいなんて、これっぽっちも思わなかった。これは本当だ!」

「俺たちも今回は大丈夫だったけど、来年はどうなるかわからない」

「そんなおれたちだから、今までユーリが抱えてきた不安や焦燥、怖れは実感として理解できるんだ」


「だからこそこの学園を去る前に、ユーリに謝っておきたかったんだ」

「今更だけど……本当にすみませんでした!」


 三人が地に膝をつき、手をついて謝罪した。


「ちょ、ちょっと、気持ちはわかったから、そこまでしなくていいよ!」


 僕は慌てて彼らを押しとどめた。

 たしかに僕は彼らにバカにされて嫌な思いをしてきた。

 けど、いつもってわけじゃなかった。

 僕が失敗した時、たまに笑うくらいだったのだ。


 彼らよりもっとバカにしてきたひとは、キースを筆頭に、他にいくらでもいる。


「ユーリ,許す必要は全然ないけど、こいつらも本気で反省してるってことだけはわかってやってくれ」


 ルカがとりなすようにいった。


「う、うん」


「「「すまない……すまない……」」」


 なんだか放っておいたら、三人とも泣き出しそうな勢いだ。


「ユーリ、まだ時間はあるんだろ?」

「え? まあ、すぐに帰らなきゃいけないってわけじゃないけど……」

「じゃあ、今から迷宮探索に行かないか?」

「迷宮探索!?」


「ユーリくんと最後の思い出作りにと思って、先生に許可をもらってきたの。ジルくんたちも協力したいっていってくれてるのよ」

「え、ええ!? 思い出作りに?……」


「なんつーかさ、俺たちもそうなんだけど、迷宮探索って落ちこぼれだとあんまり楽しめないだろ? 皆の足引っ張ってばかりでさ」

「けど、今日はリンとエイシャがいるし、普段は五人パーティーのところが七人もいるんだ。俺たちだって、少しくらいはフォローできるぜ」

「なあユーリ、最後くらい思いっきり楽しもうぜ!」

「皆……」


 僕は呆気にとられていた。

 と同時に、感動してもいた。


 皆が僕を喜ばせるために誘ってくれている。

 それが心から嬉しかった。


「ほら、ユーリの剣だ。受け取れ」


 エイシャが収納魔法で持ち運んでいた剣を取り出し、僕の前に差し出してきた。


「皆、ありがとう!」


 僕は剣を受け取った。


 最後の迷宮探索――。



 思い切り楽しもう!

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