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プールサイドの人魚姫  作者: 星野 ゆか
3/47

雨のちレモン





ぱしゃん。






水の跳ね返る音が、やけに大きく聴こえる。









昼休み。




6月だというのに、ここ1週間程晴れの天気が続いている。




今日も雲一つ無く、晴れ晴れとした良いお天気。




気温は20度前後。海が近いという事もあり、他の所に比べればまだ涼しい方‥‥‥‥‥だと思うけれど、この季節特有の湿気のせいで蒸し暑い。




教室なんて蒸し風呂状態で、冷房の代わりに設置されている扇風機もあまり役に立たず、かえって暑さが倍増する様な結果になっていた。







やはり水場のせいか、側に居るだけで涼しい。




いつも通り彼女の隣に座り、脚をプールの水に浸ける。






今日は割と涼しいが、最近は30℃近い気温が続いている為、水も少し暖かい。






「ねえ」




「何かしら?」




「人魚姫様ってさ、名前無いの?」






それとなく、思った事を訊いてみる。




実は、最初から気になっていたんだけど。






もう1週間は経つのに、教えてくれる気配が全く無い。




あたしの名前は初日に知られたというのに、契約までしておいて不公平である。







そんな彼女はというと、「そうね‥‥‥」と考える素振りを見せたものの、「もう、覚えてないわ」と笑顔で答えた。







「‥‥‥‥そうなの?」




「ええ」







困った。名前が無いのは予想外だった。





7不思議になっているとはいえ、流石に名前が無いと不便だ。






「じゃあ、あだ名でも良い?」




「えっ!!?あだ名、付けてくれるのっ?」




今度はあたしが考える番。







「姫ちゃん‥‥‥とか、どうかなぁ」






「!!」




「?‥‥‥‥ダメだった?」







「‥‥‥そのあだ名、前にも付けて貰った事があるのだけど、今の貴女が、その子とあまりにも似ているものだから」




ちょっとびっくりした、と彼女は言った。






そんな事もあるのか。










「‥‥‥‥‥‥のんちゃん」










少しの沈黙の後、彼女が口を開く。






「ふぇ!?」




「なんて、どうかしら?」





「‥‥‥その呼び方、なんだか久しぶりだなぁ。小さい頃、幼馴染にそう呼ばれてたの。他の人に呼ばれるのは初めてかな」




あたしは伸びをしながら答える。






正直、すごく嬉しい。そんな話をしていたら、一気に懐かしくなってきた。




もう呼んでくれないけど。










心地良い海風が吹き抜ける。





プールの水も良い感じに温まっていて、このまま寝られそう‥‥。







そう思ったら、本当に眠くなってきた。






「その子とは、今も仲が良いの?」




「うん。家が目の前なの。いつも一緒に学校来てるんだー」






そう言えば、姫ちゃんに(はる)君の話、した事なかったなぁ‥‥‥。




名前を出した訳でもないのに、自然と笑顔になってしまう。









「のんちゃんは、その子の事、好き?」




「うん!大好き!!‥‥‥‥その子は、違うみたいだけど」




「‥‥‥?」




「なんかいっつも不機嫌そうだし、あだ名で呼んだら嫌がるし、昔みたいに仲良くしてくれないってゆーか‥‥‥」










その時、





「藤田ー」




見ると、フェンスの向こうに青君が居た。




「!!‥‥‥青君」




「だからその呼び方やめろってー」




「どうしたの?」




「次、移動だから呼びに来た」




「そーだった!!」すっかり忘れてた。




「俺先に行くけど、早めに来いよー」




「うん!ありがと!!すぐ行くね!!」








彼を見送った後、










「あの人が、貴女の想い人?」










姫ちゃんが急に爆弾を落とした。




「なっ!?え!?‥‥‥‥‥いっいや、そんなんじゃ‥‥‥」




突然過ぎて、動揺してしまった。







「?‥‥だってさっき、大好きだって言ってたじゃない?」




「え、あ、いや‥‥‥それは、そうだけどっ!そーゆー訳じゃないってゆーか‥‥‥‥。友達‥‥‥的な、意味での好きで‥‥恋とか、そーゆーのじゃないんじゃないかな」







っていうか今の、さっきまで青君の話してたって認めた事になるんじゃ‥‥‥。




青君の話をしてたのは事実だけど。






「凄く優しそうだったわね、彼。わざわざ呼びに来るなんて、何か思う所でもあるんじゃないかしら?」




「う〜ん、そうかな‥‥‥‥?」







彼女の言う通り、青君は優しい。




でもそれは昔からだし、あたしだけにという訳でもない。




一緒に居るのが当たり前過ぎて、あたしにとっては家族の様な感覚だし。







そんな話をしていると、予鈴が聞こえてきた。




次は、確か音楽だったはず。




途中で教室に行くにも、音楽室までは学校の端から端まで移動しないといけない。







授業開始まで、あと5分。




あたしは彼女に別れを告げ、急いで教室へと向かった。














「はぁ‥‥‥‥‥」







荒れ模様の空を見ながら、思わず溜息が漏れる。






あんなに晴れていたのが嘘の様に、土砂降りの雨がアスファルトを叩く。




雨の日特有の湿気と、ツンとした匂いが鼻につく。




おかしい。天気予報は晴れだったはず。






5時間目が終わる頃から急に雲行きが怪しくなってきて、6時間目が始まる頃にはこのザマである。




時間が経てば止むだろうと思っていたけど、雨足は強くなるばかり。




「バケツをひっくり返した様な」とはよく言うけど、まさにそんな感じである。








さて、どうしよう。





当然、傘は持ってない。





いつもは常備しているのに、今日に限って置いてきてしまった。









お天気お姉さんの馬鹿。








心の中で毒を吐くものの、このまま待っている訳にもいかず、意を決して昇降口をあとにした。

















バシャバシャとあり得ないくらい大きな音と共に、大量の雨粒が止めどなく落ちる。






学校から10分。






歩き始めて5分も経たずに、全身びしょ濡れになる。







女子力無いとか笑わないで欲しい。




夢乃の部活が終わるまで待ってればよかったかもしれない、と今更ながらに思う。




雨だけでなく、車からの水しぶきや水溜まりが更に追い討ちを掛ける。







水を吸って重くなる服と共に、あたしの気持ちも沈む。













『あの人が、貴方の想い人?』












不意に、彼女の言葉が脳裏に浮かぶ。






そんなんじゃない。






あたし達はただの幼馴染みで、小さい頃からずっと一緒だから仲良く見えるだけ。






青君はいつも嫌そうにしてるけど、主に引っ付いているのはあたしの方だ。




勘違いされてからかわれた事も、1度や2度ではない。




確かに色々とあたしに気を使ってくれているけど、それは幼馴染みとしてずっと見てきたからだろう。








そもそも、青君の好きな人とかそーゆー話は一切聞かないし‥‥‥。










ぱしゃぱしゃ。










歩道に溜まった水を蹴りながら歩く。




既に靴の中まで水が入り込んでいる為、今更気にする事ではないだろう。







____というのは言い訳で、本当はこの雨の中を歩くのが疲れただけ。




憂鬱な気持ちと疲労感と服の重みと蒸し暑さがブレンドして、どうでもいいやという気になっているのが一番の理由なんだけど。









「はぁ‥‥‥‥‥」









今日何度目かの溜息を吐く。




なんだか、いつもより長く歩いてる気がする。







これも雨のせいかな‥‥‥なんて思っていると、後ろからぱしゃぱしゃと水を蹴る音が聞こえてきた。




音の間隔からして、多分走ってるんだろう。




この歩道は道幅が狭く、人がやっとすれ違える程度しかない。







避けなきゃと思ったその時。




降っていたはずの雨が、突然止んだ。










と言うと、少し語弊があるかもしれない。








言い直そう。正確には。










「はぁ‥‥‥はぁ‥‥‥‥」









あたしの後ろには、彼が肩で息をして立っている。








いつの間にか、あたしの足も止まっていた。







ぶつかるかどうか、ギリギリの距離。















雨音が響く。
















「おま、馬鹿か!?待ってれば一緒に、帰ったのに‥‥‥」







まだ息が整っていないのか、途切れ途切れになっている。




その声と、あたしが振り向くのがほぼ同時だった。









「青君‥‥‥‥」









何で怒られたんだ?あたし。







別に。馬鹿じゃないし。






あたしの方に、傘が傾けられている。






と言うかそんな事よりも、何故今この時間に彼が居るのだろう。






そっちの方が気になる。










沈黙。










「はぁ‥‥‥‥‥」








斜め後ろから溜息が聞こえた。





まるで「行くぞ」とでも言うように、いつも通りあたしの隣に立って一緒に歩いてくれる。




何で走ってたんだろ。




もしかして、心配してくれてたのかな‥‥‥。




あたしが傘持ってなかったから?









あれ?でも‥‥‥。








そこまで考えて、朝の事を思い出す。




晴れの予報だったし、青君も傘持ってなかった気がする。




いや、ただあたしがよく見てなかっただけで、雨の予報もあって傘持ってきてたとか?






そう思って隣を見るが、傘は明らかに折り畳みのものではない。









置き傘でもしてたのかな‥‥‥。








目が覚めるような、彩度の高い青色。




周りが灰色ばかりなので、結構目立つ。







こんな色の傘、持ってたっけな。




朝持ってたとしたら、流石に気付くだろう。







傘をまじまじと見ていると、青君と目が___合いそうになって逸らされた。




何かしただろうか。




あたしの服が透けてるからだろうか。








「‥‥‥雨だし」








一応、そう言っておく。






付けてはいるが、今日は薄い色なので大丈夫なハズ。多分。




第一、あんまり育たないし見ても得なんてこれっぽっちも無いだろう。






色気なくて悪かったね。












「今日、雨の予報なんてあったっけ?」






意外にも、そう言ったのは彼の方だった。






「無かった‥‥‥気がする」






無かったと思うが、確信が無いので曖昧な答えになってしまった。





「だよなー」





その時初めて、彼が制服ではなく体育着を着ている事に違和感を覚える。




あたしの通う学校は、原則制服だ。




体育着に着替えるのは、(部活を除けば)主に体育の時か掃除の時だけである。






「制服じゃないの?」




「ジャージ下校OKだって放送入ったから、そのまま出て来た」






なるほど。




許可降りたなんて聞いてないぞ。




それなら最初からそうしてくれれば良かったのに。




途中からOK出すとか。




天気見ろし。




まぁ、「制服が濡れるから」と着替えても、同じ結果になった事に変わりはないが。




それはそれである。






「傘、どうしたの?」




「借りた」




「え。何処から?」









「‥‥‥学校」








なっ‥‥‥‥‥何だって!!?






それは初耳だ。







忘れた人の為に傘を貸してくれる制度があるなんて!!








なんて優しいんだ‥‥‥‥‥‥‥‥。







待っていたとはいえ、もう30分程早く出してくれればこんな事にはならなかったかもしれない。




3年間通ってたのに、全く知らなかった。







彼によると。




この大雨で部活が中止になって、簡単なミーティングだけで終わったらしい。




その時に放送が入り、下駄箱に学校の予備傘が何本か置いてあったのだとか。








言われて見れば、傘の持ち手部分にちゃんと学校のラベルが貼ってあった。




次からは、忘れたら学校のを借りよう。




返すの面倒臭いけど、無いよりはマシだ。







「‥‥‥‥寒い」







自分の腕を触ったら、思ったより冷えていてびっくりした。






「馬鹿じゃねーの?待ってれば良かったのに」






と、さっきと同じ事を言われてしまった。







図星なので何も言い返せないが、過ぎた事は変えられない。




昼に比べて気温は下がっているし、雨という事もあって蒸し暑いと言うより寒い。




元々気温が高くなかったのと、服が濡れているので更に寒さは倍増。





上に着るものは、当然ながら持って来てない。






「何も無いしなー‥‥‥。持って来れば良かった」




「え、いっいーよそんなっ!!気使わなくても‥‥‥」






昔はよく、寒い時に2人で手繋いだりしてたな‥‥‥。




クラスの男子にからかわれて、小学校低学年のうちにやらなくなっちゃったけど。













「‥‥‥‥使うよ。気ぐらい」













言ってて恥ずかしくなったのか、顔を逸らした。





優しいな。





あたしを気遣ってくれる所も、昔から変わらない。






「‥‥‥‥‥ふふっ」




「‥‥‥何だよ」




「別にー?昔から変わらないなって思っただけー」




「‥‥‥何それ」







あ。笑った。




少し下を向いて笑うのは、彼の昔からの癖だ。













話しながら歩いていると、青君が突然あたしの肩を引き寄せた。




「っ‥‥‥‥!!」




肩同士がぶつかるのが判る。







なっ、何‥‥‥?







あたしのすぐ横を、自転車が猛スピードで通り過ぎた。それも、凄くギリギリで。




青君が庇ってくれなかったら、確実にぶつかっていただろう。









「あ、ありがと‥‥‥‥」








触れた所から、体温が伝わってくる。






あったかい。









青君の手って、こんな大きかったっけ?




掴まれている方の肩を見ながら、ぼんやり思う。




もう用は済んだはずなのに、なかなか離して貰えない。











「は、青君‥‥‥‥?」






「え、あ‥‥‥ご、ごめん」






あたしが声を掛けると、我に返った様に慌てて手を離した。




今まで触れられていた所が、何だか寂しく感じる。



























あ‥‥‥‥‥。



























彼の顔が、耳まで真っ赤だった。
















そっぽを向かれているから、表情までは分からないけど。




ここまで赤くなった青君を見たのは、小学校以来かもしれない。







いつの間に、背伸びたんだ‥‥‥‥。






あたしも伸びたからそんなに差は無いけど、最近また伸びた気がする。




4~5cm位かな。







相変わらず、恥ずかしがり屋さんなのは治っていないらしい。




少しびっくりしたけど、あたしのスキンシップに比べたらまだまだ許容範囲だ。




抱きついたりとかスリスリしたりとか、普通にしてるし。

















だけど。















彼の顔が、上手く見られない。












手、触れそう。











と言うか、たまに当たるし。




さっきまで喋ってたのに、ずっと黙ったままだし。












違うか。











喋らないのか。あたしが。










青君は、昔から口数が少ない人だった。




あたしが1人で頑張っちゃってるだけだ。




お人好しだから。















「はぁ‥‥‥‥‥」















相変わらず、彼は赤くなったまま無言だ。











あたしまで赤くなっちゃうじゃん。






あたしの吐いた溜息は、雨の中に消えた。

















家の前で青君と別れ、中に入るべくドアに手を掛ける。







ガタン。








開かない。







え。嘘。いっいや、そんな事は。



確認の為、もう一度。










ガタン、ガタガタ。










やっぱり、開かない。








目の前にある頑丈で大きな扉は、ただ音を立てるだけ。




ふと、家の駐車場に目が行く。



そこにあるはずのママの車が、無かった。





そう言えば。





朝、『今日は、高校の同窓会があるの〜♪』ってはしゃいでたなぁ‥‥‥。



何時からか聞いてなかったけど、まだしばらく帰って来なさそうだ。










「‥‥‥‥」











どうしよう。




ママは専業主婦だし、家に居るのが常だ。



鍵を持たされた経験は、これまでに2、3回ある程度。




あたしにピッキングの技術が備わっていれば話は別だが、職業は学生の為、専門外である。



空き巣の凄みを感じる。









ピンポーン。








あたしは仕方なく、インターホンを押した。



勿論、向かいの家の。







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