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プールサイドの人魚姫  作者: 星野 ゆか
2/47

契約


ぱしゃぱしゃ、とぷん。





___やっぱり居る。見間違いじゃ無かったんだ‥‥‥。



昨日の事が気になって、帰りのホームルームの後に来てしまった。





ここに来たのは、好奇心からかもしれない。



昨日の事が本当なのか確かめたかったっていうのが本音だけど、内心信じられなかった。









「人魚姫に会った」というその事実が。








というのも、「人魚姫の姿が見えるのは、恋愛中の人だけ」とかいう言い伝えがあるせいだ。




そのお陰で、気になって仕方がなかった。






















だってあたし、好きな人なんて居ないのに。






















ぱしゃぱしゃ、ざぶん。
















「人魚姫に会うと声を掛けられる」とかいうけど、そんな事無い。




昨日会った時は何も言われなかったし、現に今、この距離で何も起きていない。




あたしはプールサイド近くのシャワーのある所に身を潜めている。




此処から見て斜め右の位置に、人魚姫が座っている。





彼女からは死角になっているから、見えないはず‥‥‥。













その時、ふと水の音が止んだ。













「貴女も、私に相談事?」





「ふぇっっ!?」







いきなり声を掛けられ、体が跳ね上がる。




叫びそうになって、必死に口を抑える。






「さっきからバレバレなのだけど。それでも隠れているおつもりかしら?」




「‥‥‥っ‼︎」












バレてたぁぁぁぁ‼︎






「大丈夫。何もしないわ」






いやいやいや。それで出てくる訳あるか‼︎




と叫びたい所だったけど、バレている以上出て行くしか無い。






おそるおそる彼女を見ると、こっちに向ってニコニコしていた。




やっぱり、何度見ても綺麗な笑顔。




このまま隠れている訳にもいかず、仕方なく彼女の側に腰を下ろす。







「貴女、昨日もお会いした気がするのだけど、気のせいかしら」




「いっいえ‼︎昨日もお目に掛かりまして、えっと‥‥‥」






緊張で、日本語が変になる。






「そんなに緊張しなくても大丈夫よ」




「は、はい‥‥‥‥」





でも、こんなに綺麗な人が目の前に居たら、誰だって緊張すると思う。





「藤田 望美さん‥‥‥で、よろしいかしら?」




「え?何であたしの名前‥‥‥‥‥」




「だって昨日、そう呼ぶ声が聞こえたものだから」







聞かれてた事を知って、一気に恥ずかしくなる。







「ふふっ‥‥‥‥可愛い」







赤面したあたしに彼女はそう言って、あたしの頭を軽く撫でた。




あれ?普通に触れられるんだ‥‥‥。てっきり幽霊みたいに突き抜けちゃうのかと思った。






「貴女、何か恋愛で悩んでいる事はある?」




「特にない‥‥‥と言うか、好きな人が居ないと言うか」




「あら、そうなの?珍しいわね、好きな人が居ないのに私の事が見えるなんて」




「やっぱり、恋愛中の人だけにしか見えないんですか?」




「ええ。私が会った人の大半は、ね。たまに居るの。恋愛未経験の人。__でも、本当は気付い ていないだけ。無自覚だから、ある意味で幸せなのかもしれないけれど」












え‥‥‥‥‥‥?

















「‥‥じゃあ、私の話を聞いて頂けるかしら?『人魚姫』のお話はご存知?」







『人魚姫』かぁ‥‥‥‥。




最後に読んだのは、小学校2年の時だったかな‥‥‥‥。




「海の王国に住んでる人魚姫が、15歳の誕生日に海の上に出て、王子様に一目惚れするんだけど、結局結ばれずに海に身を投げたっていう‥‥‥」












「そうね。もう何100年も前の話だけれど‥‥‥‥」












そう言った彼女は、何だか寂しそうで。






深呼吸を1つしてから、静かに話を始めた。






「人魚は‥‥‥人の目に触れてはいけないから、彼の前に姿を見せる事はどうしても出来なかった。だから、魔女のおばば様に頼んでお薬を作って貰ったの。



現代の本には書かれていないそうだけれど、その時、2つ忠告を受けたの。



人間の姿になったら、もう2度と人魚には戻れない事。 王子が別の人と結婚したら、次の日の朝に、私の心臓が粉々に砕け散ってしまう事。





元々、人魚は300年生きて、亡くなると海の泡になると言われていたから、ちょっと死期が早まる位のものだと思っていたし、



その後も、歩く度にナイフの上を歩いている様な痛みが走ると言われたわ。





どうしても人間になりたいのなら、代償として声を貰うともね。











でも、そんな物はどうでも良かった。











足が痛くても、声が出せなくても、彼のそばに居られるならそれで良かったの。






私は全ての条件を呑んで、そのお薬を飲んだ後、気が付いたら海岸に倒れていて。



たまたま近くを通り掛かった彼に見つけられて、お城まで連れて行って貰って。






‥‥‥まともに彼に触れたのは、その時位かしら。マント越しだったけれど、人間って暖かいのね」






「え、ちょっと待って」




「‥‥‥‥?」




「マント越しって‥‥‥どういう‥‥‥‥?」




「何も着てなかったから、彼が被せてくれたのよ」





「それって‥‥‥‥‥‥はっ、ははははははは裸だったって事!!?」





「‥‥‥まぁ、そうなるわね」









無理だ。あたしだったら叫んでる‥‥‥‥。









想像したら、顔が熱くなってきた。









「ぇ、は‥‥‥恥ずかしく無いのっ?」




「何故?」




「だっ‥‥‥だってっ、裸見られたんだよ⁉︎」







「海の中ではお洋服なんて着られなかったし、そのまま生活している様なものだったから、特に疑問には思わなかったけれど‥‥‥考えてみれば、そうね」







成る程。常識からして違うのか。 それなら、当然かもしれない。







「彼は私の事を可愛がってくれたけれど、恋人としては見てくれなくて。




私が海に居た時と人間の世界とは、時間の流れが全く違ったの。







海では1週間でも、向こうでは2カ月。







2カ月なんて、お互い気持ちがあれば充分でしょう?




私が来た時にはもう、間に入る余地なんて殆ど無くて。








当たり前よね。‥‥‥だって、彼はその人が助けてくれたと思っているんだもの。














‥‥‥‥‥本当は、悔しくて堪らなかった。














彼に本当の事を伝えたかったし、もう少し早く人間になっていればって後悔もした。




同じ言葉を使っていたから、聴く分には理解出来たけれど。





私、文字が読めなくて。書く事も出来なかったから、気持ちを伝える方法が動作以外何も無くて。そうこうしているうちに、結婚の話が出てきて。





最初はただの噂だったし、信じられなかった。信じたくなかったって言った方が正しいかしら。




彼の口から聞いた時は、おかしくなってしまいそうで。



結婚式までにどうにかしようとしたけれど、私1人が動いたって何もならないし。




結局、船上で予定通り式が行われて。







その日の夜、お姉様達が私にナイフをくれたの。




これで王子の胸を突き刺せば、人魚に戻れると言われたわ。








私はそれを受け取って、彼の寝室まで行ったのだけど。








何度も試みたけれど、私には無理だった。










あと1歩で踏みとどまったまま、そこから先はどうしても出来なくて。









時間だけが過ぎて、空も明るくなって来て。




不思議と、焦りは感じなかった。






海にナイフを捨てて、私も海に身を投げたわ。






それから直ぐ、身体が泡になって消えて行くのが判って。






気が付いたら此処に居て、此処で恋人同士を見守るのが私の使命なんだなぁって、最近なんとなく分かって来た所かしら」





「最近‥‥?」




「ええ。そうは言っても、30年程経つけれど」




「全然最近じゃ無いじゃん‥‥‥」










「‥‥‥‥‥でも、私にとっては最近よ」










彼女はそう言って、何処か遠くを見ていた。






王子様の事、思い出してんのかな‥‥‥‥‥。






ぎゅぅっと胸が締め付けられる感じがした。




その横顔が、あまりにも寂しそうで。









気が付いたら、彼女を抱きしめていた。










いい匂いする。








「‥‥‥凄いね」




「ふえぇっ‥‥‥‥??」








「あたしだったら、絶対無理だよ」








「‥‥‥‥‥」




「‥‥‥あたしには、そんな事出来ない」







ゆっくりと体温が離れる。







「‥‥いずれ、分かる様になるわ」









そんなものなのかな。











「‥‥藤田望美さん」









「は、はいっ!!」









いきなり手を握られる。




何でしょうか。








「私と、契約してみない‥‥?」




「契約っ‥‥‥‥?」






魔法少女にはならないよ?






「ええ。私に、貴方のお手伝いをさせて欲しいの。‥‥‥と言っても、相談にのってあげる位しか出来ないけれど」




「アドバイス‥‥‥って、事ですか?」




「これをしたからと言って、結果が上手く行くとは限らないわ。貴女自身の力でやり遂げて欲しいの」





成る程。あくまでサポートのみって訳か。




告白したいからとかって頼んでも、別に何かしてくれる訳でも無さそう。






「でも、あたしにメリットってあるの?」






素朴な疑問を口にしてみる。




プラマイゼロって事もあり得るけど。






「例えば‥‥‥好きな人との距離を縮めたりとか、告白し易くするとか、そう言った所かしら。


ほんの数パーセントだけれどね。


でも、私の力で相手の気持ちや結果を動かす事は出来ないし‥‥‥」






「そっか‥‥‥‥」









正直、何もメリットが無かったら断るつもりでいた。




今も迷ってはいるけど、ある意味良いかもしれない。








「成功した人って、どの位居るの?」




「私が見て来たほとんどの人は、上手く行っているわね。




そのまま結婚までした人も中には居るし、告白まで行かなかった人は‥‥‥1年に2人位かしら。元々、カップルの数もそんなに多くは無いし‥‥‥‥。


私が力になれるのは、告白するまでだけれど」







「‥‥‥‥出来るの?あたしでも」








「ええ。貴女がそうしたいなら」




「‥‥‥じゃあ、やってみよっかなぁ」








「本当っ!?」









ぱしゃん、と水の跳ねる音がした。









ずっと思ってたけど、プールに脚浸かってて寒くなんないのかな。








「‥‥‥‥うん」




「少し、そのままで居て下さる?」






言われなくても、ずっとこの体勢ですけど。




そのまま待っていると、おでこに冷たい感触が。












「ひゃっ‥‥‥‼︎」











なっ、何‥‥‥‥‥!?











反射的に目を瞑ってたから、何が起こったのか全く分からない。




目を開けると、目の前に彼女の顔が。






「っ‥‥‥‥‼︎」




「‥‥‥あら、ごめんなさい。ビックリさせてしまったかしら?」









っていうか今‥‥‥キスされたっ‼?









「するよ!?‥‥‥ぅあぁぁぁぁもー‼︎」




「ふふっ、こんな事で真っ赤になるなんて‥‥‥。先が思いやられるわ」




「うっさい‼︎いーでしょ別に‼︎」








下校途中。





あたしはスマホ‥‥‥ではなく、ポケットから取り出した鏡でおでこを確認してみた。





さっきのキスで契約成立したと言われたけど、いまいち実感がない。





ひょっとしたら、おでこに変なマークとか魔法陣とか付いてるかな、と思ったんだけど。









「‥‥‥‥」









何も無かった。




時間差で出てくる‥‥‥とか?






「さっきからどうしたの?真剣におでこなんか見て」






まじまじとおでこを凝視していると、隣を歩く夢乃に心配されてしまった。







「ニキビ?」




「えっ!?ま、まぁ‥‥‥そんなとこ」






適当に誤魔化しておく。




本当の事を言ったら、頭オカシイ人だと思われるだろう。







それに‥‥‥‥‥。











『__でも、本当は気付いていないだけ。無自覚だから、ある意味で幸せなのかもしれないけれど』












あたしが質問した時、彼女はそう言っていた。




無自覚、か‥‥‥‥‥‥‥‥。



そもそも恋愛って、無自覚で出来るものなのかな。



という疑問が、微かに脳裏をかすめる。













生暖かい風が、あたしのポニーテールを揺らす。



夢乃と別れ、まだ長い帰路を歩く。










恋なんて、あたしにはまだ早くて。





漫画とかドラマで見た事ある程度の知識しか無い。




頭の中に思い浮かぶのは、どれも架空の世界。






もし、そんな恋が現実に起きたとしたら。





素敵な出逢いをして。




その人が居ないと生きていけない位好きになって。




失恋したとしても、後悔しない様な恋。








そんなの、あたしには無理。








出来たとしても、そんなに上手くは行かないだろう。











「恋、かぁ‥‥‥」










あの子の話を聞いたせいで、いつまでも頭から離れない。






























「た‥‥‥藤田っ‼︎」






「わぁぁぁああああぁぁっ!?」






いきなり近くで声がして、思わず叫んだ。






「オイ、頼むから耳元で叫ぶな‼︎」




「あっ、あんた、いつから!?」




いつの間にか、幼馴染みの一ノ瀬青空が隣を歩いていた。






因みに、「青空」と書いて「はるか」と読む。






家が向かい同士で、お腹の中からの付き合いである。






「ついさっき。なんか悩み事?ずっと下向いて歩いてる」




「え?‥‥‥あ〜、なんでも無い」






流石幼馴染み。よく見てる。




彼の言う通り、あたしは考えたり悩み事があると下を向く癖がある。





だけど正直に言った所で、茶化されるのがオチだろう。






「青君は、部活?」




「そうだけど。‥‥っつーか、その呼び方やめろって」




「だって、いきなり変えられる訳無いじゃん」








彼は嫌がるけど、小さい頃からずっとこの呼び方。




中学に上がる時に変えようと思った事もあったけど、結局出来なかった。






「一ノ瀬、君‥‥‥」




「‥‥‥キモイ」





「何それ〜!じゃあ、イッチー?」




「ん〜、なんかやだ」




「せっかく考えたのにヒドイ‥‥。やっぱ青君しかないじゃん!」








うん。この呼び方が1番あってる気がする。










「‥‥‥‥」








「はーるくんっ!!」







「‥‥‥‥なんだよ」











軽く溜息を吐きながら私を見たその顔は、なんだか少し赤い気がした。





「何?照れてんのっ?可愛いなぁもー!!」






そう言って、彼の背中を叩く。








「痛って!!‥‥‥‥‥だからやめろって!別に照れてないし!」




あたしとの距離が、数歩分離れた。









「‥‥‥‥やっぱ照れてんじゃん」








追いかけるように、その距離を埋める。











彼と話していると、家までの距離がやけに短く感じる。




あたしはまだ知らない。












この温かい気持ちが、何なのか____。





姫ちゃんの過去話は、アンデルセン童話『人魚姫』より引用です。

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