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呪解師  作者: 佐江草依月
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錆御納戸の解 その2


チェーンメールというと、歩幸(ふゆき)たちが小学生の時に、高校生だった弓唄(ゆうた)のお姉ちゃん世代で流行っていたものだ。


メールに限らず手紙などでも似たようなものがあるという。世代じゃない歩幸でも知っているのが「不幸のメール」だ。

例えば「このメールを5人に送らなければ、あなたは不幸になる」みたいな感じだっただろうか。

受け取ったことがないので記憶も知識も曖昧だ。

逆に「幸せになる」とか「恋が叶う」などというメールもあるらしい。


「ねえ、歩幸。チェーンメールってあれだろ?今すぐ送らないとお前を殺す。みたいなアレだろ?」


「いや、それただの脅迫状だから。」


「じゃ、あれか!早急にお支払い頂けない場合、法的措置を…」


「それは督促状。」


「新緑の眩しい季節となってまいりました。この度、フランソワ邸にてお茶会を開催いたします。伯爵令嬢のユーリ様には、是非いらして頂きたいと…」


「突然、光藍(リュミェール)の貴族出てきたな。フランソワって誰だよ。てか伯爵令嬢呼べるってそこそこ身分上だな?おい。」


「あ、光藍(リュミェール)と言えばさ、この間のサンリー物理学賞のおっさん、マジですごいよな。」


弓唄が鞄から新報小説を取り出してペラペラと捲り始める。

新報小説というのは、全国で毎日のように配達・配信されている新聞の中から自分で好きな期間と分野、キーワードなどを選んで指定すると、人工知能が一冊の文庫本にまとめてくれるサービスのことだ。

もちろん電子版もある。

新報小説は、去年から運用されている新サービスで、自分が普段購読していない新聞からも情報を取り寄せられることや、手軽にスクラップブックが作れるということから多くの人に人気を博している。


弓唄から「自分が生まれる前の記事とかも取り寄せられるから便利だぞ」と聞いて、如月家でも最近になって呪術関係の記事を数年単位で纏めて注文することになった。

最新のものだと2日前のものから選んで取り寄せられる。電子版なら次の日には閲覧が可能になり、文庫本なら5日ほどで手元に届く。

また、キーワード指定で定期購読すれば、1ヶ月ごとに最新の情報をまとめて電子データで送ってくれるというサービスもあり、こちらも活用することになった。

残念ながら定期購読は電子版のみの配信らしいが、新聞をじっくり読まない歩幸にはとてもありがたいサービスだ。

弓唄は、誕生日プレゼントで「サンリー賞」の記事を集めた新報小説を買ってもらったらしく、それ以来何処へでも持ち歩いて暇さえあればペラペラと眺めている。


「この間って言ってももう半年前だけど。」


「俺の中では色褪せてないの!!」


「科学は退化しないんだもんな。」


「そう!学問ってのは前にしか進まないわけ!」


光藍(リュミェール)のサンリー賞受賞者のページを見てニヤニヤしながら答える。

国ごとで記事を分けてもらったらしい。

楽しそうで何より。このまま放置しよう。


この星は、大陸国家の「夕藍(アーベント)」「光藍(リュミェール)」「雛藍(シャオジー)」「雲藍(ヌヴォラ)」そして島国の「風藍(ふうらん)」の5つの国によって構成されている。

歩幸たちの住む国は、風藍と呼ばれるこの世界で唯一の島国だ。

他の4カ国は、全て地続きになっている。


空に浮かぶ白い光源は、華陽(かよう)と言い、この星「天藍(てんらん)」は、華陽系の第7惑星にあたる。


確か去年のサンリー物理学賞は、華陽の表面温度の変化から華陽における気象変動の観測が可能になった。というものだった。

確かにすごい発見だ。

華陽の気象変動が観測できるようになれば、ここ数年全世界で発生している異常気象についてもある程度予想ができるようになるかもしれない。

そうなれば、一昨年起きた『夕藍(アーベント)大規模 凍害(とうがい)』なんかも事前に対策ができるようになるかもしれない。

対策といっても、未だ凍害の根本的な解決策はないため、命を守るという最低ラインを超えることは、まだ、出来ないかもしれないけれど。


「てかさあ。」


弓唄が新報小説を畳の上に置く。


「なに?」


「チェーンメールと呪術って関連性あるの?」


「ああ、それね。あるある。ちょっと待って」


歩幸は立ち上がって本棚に並んでいる新報小説を数冊抜き取る。

この間読み返した時に付箋をつけておいたページを開くと弓唄にも見えるように本を文机に広げる。


見出しには「大規模通信障害、呪術の影響か?」と書かれている。

次の付箋のページを開くとそこには「大手通信三社で情報漏洩。プログラム内に複数の呪術使用の痕跡。」とある。


「ああ、なるほど。」


「関係ありそうでしょ?」


「これは、ありそうだね。」


2人してニヤニヤしていると、唐突に襖が開き何かが転がり込んできた。

黒いのと、白いの、だ。


「兄ちゃん!宿題終わった!」

「兄ちゃん!遊んでいただきたてまつる!」


弟の春樹(はるき)真咲(まさき)だ。

黒い服を着ているのが春樹で、白い服を着ているのが真咲。

双子の割に顔が似ていないので見分けるのは簡単だ。


「兄ちゃん達、今お仕事中だから2人で遊んでおいで。」


「えー!」


と頰を膨らませているのが春樹。


「仕事なら致し方ない!」


妙に物分りが良く、変な物言いをするのが真咲。


真咲が春樹の手を引いて廊下へ戻っていく。

それを見ていた弓唄がぼそりと呟く。


「いやあ、2人ともそっくりすぎて見分けつかないな。黒が真咲だっけ?」


「え、顔全然違うじゃん!黒が春樹だし。」


「この間は白い服の方が春樹じゃなかったっけ?」


「それはないと思うけど。」


「なんで?」


「いや、まあ、ほら。あいつらなりに、色のこだわりみたいなのがあるらしいから。」


「ふーん。」


歩幸の苦し紛れの誤魔化しに少し怪訝そうな顔で顎の下をさする弓唄。

最近やけに春樹と真咲の服の色について聞いてくる。何か勘付いているのは明らかだが、言えないものは言えない。

弟達が黒と白しか着ないのは、いろいろと言ってはいけない事情があるので、親友には察してもらうしかない。


「それでさ…」


話題を元に戻そう。


「注目して欲しいのはここ。これ3年前の記事なんだけど…」


歩幸は見出しの下、枠外に書かれた数字を指差す。


「2019年12月3日(3)。かっこの中の数字の意味は、知ってるだろ?」


「ああ、3ページ目って意味だな…なるほど。」


「気づいた?」


弓唄が髪をくしゃっとしながら頷く。


「どの記事も、一面になったっておかしくない内容なのに、全部3ページ以降だ。」


「そうなんだよ。」


そう言いながら歩幸はノートを広げる。

事件ごとに得た情報や疑問、気になることなどを書き込んでいるノートだ。


「この記事が掲載された日の一面を図書館のバックナンバーで調べたんだけど…」


「そこは図書館なんだな。」


「まあね。いちいち新報小説作るような金ないし。」


「たしかに。興味のあるジャンルならまだしもな。」


「そうそう。でね、その日の一面はスポーツ関連の話題!しかもほぼ全部野球!」


「うっわ…スポーツ紙じゃないんだから。」


「ま、野球は競技人口も多いしそれなりに大衆の興味の的にはなるけどね。」


「それにしても。リーグ優勝とかならまだしも、推しチームの連敗ストップとか…この新聞社、どんだけ嬉しかったんだよ。」


「それな。」


そう言いつつ、歩幸は一面の見出し文を右手の薬指でなぞる。


『彗星ホールディングス、7連敗に終止符。』


すると歩幸がなぞったところから文字がアルファベイトの羅列に変換された。

アルファベイトとは、主に雲藍(ヌヴォラ)夕藍(アーベント)光藍(リュミェール)で用いられる言語表記記号だ。

風藍で言うところの平仮名や片仮名、漢字などと同じ役割を持つ。


「suisei impresa risolvi i settimo sconfitta」


アルファベイトになった文を見て即座に弓唄が両の手を挙げる。


雲藍(ヌヴォラ)語かあ…苦手なんだよなあ」


「弓唄にも苦手なものってあるんだな。」


雲藍(ヌヴォラ)は、なーんか苦手なんだよな。光藍(リュミェール)語の方が好き。」


「大丈夫。重要なのは雲藍(ヌヴォラ)語じゃなくて、この文章に使われてる単語の頭2文字までだから。

これを順番に取って並べるとこうなる。」


見出しをなぞり切ってノートの右端まで来ていた薬指に中指を引き寄せるようにして紙を撫でると、そこに新たな文章が現れた。


「suim rises con」


suimは「水の」、

risesは「昇る」、

conは「反して」という意味だ。

これを組み合わせると「水の流れに逆らう」という呪術語が出来上がる。


「…こんな単語、見たことない。何語?」


弓唄が食い入るようにノートに現れた文章を見つめている。


「古代呪術語って呼ばれてるもので、現代ではどこの国でも使われてない言語だよ。」


「…」


「弓唄…?」


目を見開いたまま弓唄が微動だにしなくなったので、心配になり肩を叩いてみる。


「…すごい。」


もにょもにょと何かを呟く弓唄。


「え?なに?」


「すごいよ!呪術語って面白いな!!」


急に顔を上げたので、覗き込もうとしていた歩幸の顔面を弓唄の後頭部がかする。

危なかった。ひとり、胸を撫で下ろす歩幸。

弓唄は石頭なので、多分当たったら俺の顎が砕ける。


当の弓唄は、後頭部がかすったことにも気付かずに何かぶつぶつと独り言を言い始めている。目がキラキラしている。


少しそっとしておこう。

そう思い、歩幸は席を立つ。

玄米茶持ってこよ。

喉が渇いた。


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